2016年のコンサート
Index
- エレファントカシマシ @ 東京国際フォーラム・ホールA (Jan 04, 2016)
- BUMP OF CHICKEN @ 幕張メッセ国際展示場9~11ホール (Feb 11, 2016)
- HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER @ 幕張メッセ (Aug 20, 2016)
- SUMMER SONIC 2016 @ QVCマリンフィールド&幕張メッセ (Aug 21, 2016)
- エルヴィス・コステロ @ 昭和女子大学・人見記念講堂 (Sep 7, 2016)
- エレファントカシマシ @ 日比谷野外大音楽堂 (Sep 17, 2016)
- エレファントカシマシ @ Zepp Tokyo (Oct 15, 2016)
エレファントカシマシ
新春ライブ2016/2016年1月4日(月)/東京国際フォーラム・ホールA
毎年恒例──といっていいのかどうかよくわからないエレカシの新春公演。今年は東京国際フォーラム・ホールAでの2デイズ。その初日を観に行ってきた。
この会場ができてからかれこれ二十年近くになるのに、なぜだかエレカシがここでやるのは、おそらくこれが初めてだ。
東京という生まれ故郷にただならぬこだわりがあるはずの宮本が、なぜゆえにその「東京」を頭につけたこのホールをこれまで避けてきたのか、ほんとのところはわからない。想像するに、全面ガラス張りのその近未来的なデザインが、宮本の懐古趣味的なセンスにあわなくて、毛嫌いされていたんではないかと思う。
かくいう僕もこのホールにはあまり愛着がない(うちの奥さんは好きだそうだ)。なんだか来るたびに階段をたくさん上らされて、やたらと高くて遠いところからステージを見下ろしているような気がして、あまりいいイメージがないのだった。数年前に最後に観た東京事変が残念な席だったせいで、さらに印象が悪くなった感がある。
ところがどっこい。今回はとてもよかった。単純に席がよかった。なんたって一階席の十一列目。いつもは長すぎる階段も、この日は入ってすぐ正面のエスカレーターを一階上がっただけでおしまい。東京国際フォーラム(ホールA)に来て、こんなにすぐに席につけたのって初めてじゃないだろうか。位置的にもステージに向かって、やや左手の真ん中あたりで文句なしだった。
で、今回はこの距離感がとても重要だった。なんたって、新春ライブの恒例でゲスト参加していた、金原千恵子さんのストリングス・チーム(六人編成)がほぼ全員しっかりと視野に入る位置だったから。
さすがに生音をそのまま楽しめるほどの距離ではないけれど、それでもやはり弦楽器は近くで見ると印象が鮮明。金原さんたちの生演奏を間近に感じられたのが、この日のライブのいちばんの収穫だった。
バンドは昨年の豊洲PITのときと同じく、メンバー四人にミッキーと村山☆潤が加わった六人編成。つまり総勢十二人での演奏だった。
アルバム『RAINBOW』のツアーが始まってからわずか二ヶ月たらずということもあって、セットリストはあのツアーのものを踏襲していた。なので、曲目の面では若干新鮮さを欠いた感はあったのだけれど、その分を補うように、この日は演出があれこれ振るっていた。初めての会場だからということもあってか、初めてづくしと言ってもいいようなサービスぶりだった。
まずはオープニングからして違う。
BGMでかかっていたビョークの荘厳なストリングス・ナンバー『Family』──その前はなんと、レディオヘッドの新曲『Spectre』という嬉しい選曲──がフェードアウトするとともに、その流れを汲むようなクラシック・ナンバーのSEでもって、この日のライブは始まったのだった。
おいおい、ミッシェルやバンプならばともかく、エレカシがクラシック?
――と驚くまもなく、それがなんと金原さんの生演奏だという二重のサプライズ! お~、カッコいい!
いや、最初の大音量からすると、もしかしたら最初の入りはテープで、途中からが生演奏だったのかもしれない。そこんところはよくわからない。
いずれにせよ、この日のライブはエレカシのメンバーが登場するよりも先に金原さんチームの生演奏で幕を開けるというドラマチックな始まり方をしたのだった。
さらにエレカシのメンバーが登場してみれば、そこにはさらなるサプライズがあった。
全員が黒のスーツに黒いシャツを着用。おまけに黒ネクタイまで締めている。
えー、エレカシがトータル・コーディネート!? そんなのも当然、史上初だ。
フォーマルな衣装にあわせてか、いつもは殺風景なステージにも、この日はしわのよったラグジュアリーな垂れ幕が五枚ほど飾られていて、なにやら歌謡ショー的な雰囲気が漂っている。ライティングもそれにあわせて凝っている。
オープニングの演出といい、衣装や舞台装置といい、これまでの「音楽以外のことにはいっさいかまわない」といった姿勢から一変。この日のエレカシは、いままでにないショーマンシップにのっとっていた。
セットリストがツアーのものをベースにしていたのは前に書いたとおりで、実際に第一部を中心として、ふたたびアルバム『RAINBOW』の全曲が演奏された(こんなにも早く『昨日よ』や『Under The Sky』を聴くことになろうとは思わなかった)。
とはいっても当然ながら、まったく同じってこともなくて、オープニング・ナンバーは激渋の『脱コミュニケーション』だったし、つづけて新春ライブの定番曲というイメージの『今はここが真ん中さ!』も演奏された(この日までの数日、僕の頭ン中はずっとこの曲だった)。金原チーム参加時の定番ナンバー、『彼女は買い物の帰り道』と『リッスン・トゥ・ザ・ミュージック』が、一部と二部にわけて両方演奏されたのも、ちょっとしたサプライズだった。
あと、ツアーでは序盤で演奏された『RAINBOW』が、この日は第一部のとりへと配置換えされていた。やはりこの怒涛のナンバーはうしろのほうが収まりがいい。もちろん導入部となる『3210』は金原ストリングスによる生演奏~。これで盛り上がらないほうがどうかしている。
もともと『RAINBOW』というアルバム自体が、ストリングスなどの装飾音を大きく取り入れたウェル・メイドな作品だっただけに、それを金原さんたちのサポートを受けて、ライブで全曲再現したこの日の演奏には、ツアーの時とはまたひと味違った──いわばレインボー・ツアーのアップグレード・バージョンとでもいった──味わいがあった。
そうそう、この第一部で忘れちゃいけないのが、新曲群のなかに唐突に差し込まれた『曙光』──。初期エレカシを代表するこの曲の迫力はいまだに格別だった。
いやでも、思い返してみれば、この曲をニュー・シングルとして初めて聴いたときの「なんだこりゃ」感は、ある意味『あなたへ』に近いものがあったんだよな。えらくヘビーかつ古風で。バブル崩壊の時期とはいえ、まだまだ軽薄な空気が漂う世間にあって、この曲の持つ重厚さはあまりに異質だった。こんなの売れるわけないじゃんと思った(実際売れなかった)。そんなナンバーがいまや大きな喝采を受けているのだから、なんとも感慨深いものがある。
【SET LIST】
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『I am Happy』から始まった第二部の序盤では、その前のストリングス満載の分厚いサウンドから一転、バンドだけでのシンプルなロック・サウンドを聴かせた。
その中にあって、ひときわ輝いたのが、アルバム『生活』における名曲中の名曲『偶成』。輝いたって言っても、いわゆる「いぶし銀」ってやつだけれど。
もとより個人的にもっとも愛着のある初期のナンバーながら、この日の演奏では宮本のボーカルの朗々とした響きが出色だった。若いころとは違う、五十に手が届こうとしている今だからこそ歌える『偶成』。これがまたなんとも素晴らしかった。これはぜひとも音源を残して欲しいと思わずにいられない名演だった。この日の僕のクライマックスはこの曲(……と『曙光』とアンコールのもう一曲)。
その後の第二部は、ふたたび金原さんらを交えてのポップ・ナンバーのオンパレード。エレカシのもう一方の側面が出た演奏で、僕にはやや歯ごたえ(もしくは毒)が足りなかったのだけれど、まぁ『偶成』がすばらしかったからよし。
それにこの日のライブでは、そのあとのアンコールにさらなるサプライズが用意されていた(おそらく宮本の唐突な思いつきによる?)。
再登場しての一曲目に『俺たちの明日』を聴かせたあと、宮本がいつもの黒いテレキャスをぎこちなくかまえて、なにやら聞き覚えのあるギターのイントロを弾き始めたのだけれど、不覚にも僕にはそれがなんの曲かわからなかった。
「あれ、このイントロってなんだっけ?」
──と思っていたところへ、張り裂けんばかりの咆哮とともに歌が始まる。それがなんと、『おはようこんにちは』だっ!
え~、そんなのあり!?
宮本がイントロを──いや、ギターを弾く『おはようこんにちは』なんて四半世紀にして初めて見たぞ。そもそも、アンコールでこの曲を聴くのが初めてじゃなかろうか。予想外すぎて、イントロではまったくわかんなかった。しかもこれが、もう最後の最後ってことで、『待つ男』に劣らぬフル・パワーで歌われるんだからたまらない。
いやぁ、すげーもの聴かせていただきました。最高だった。
僕はこの曲ですっかり満足していたので、そこで終わってくれてかまわなかったのだけれど──というか、終わりだと思ったのだけれど──、宮本はそのあとにもう一曲『花男』も歌って、この日のライブを締めてみせた。僕同様、もう終わりだと思ったのか、『おはようこんにちは』が終わったあとで、成ちゃんがベースを置こうとしていたのがおかしかった。
そうそう、演奏を中断するといえば、前半戦の演奏中に、宮本が「もういっちょう!」とかいってイントロをワンフレーズ長く要求したときに、金原さんチームのメンバーがそうしたアドリブに慣れないらしく、ひとりか、ふたり、先に演奏を止めてしまうシーンもあった。プロとはいえ、クラシック畑の人は、さすがにああいうアドリブには慣れてないんだなと思った。それとも透明のパーティションで仕切られた中にいるせいで、演奏中の宮本の声がよく聞こえないんでしょうか?
ミスといえば、『ガストロンジャー』では最後の決めの部分で、トミのドラムがバシッと決まらず、宮本がもう一回、最後だけをやり直すなんて場面もあった(もう一曲、同じようなことがあったような気がするんだけれど、記憶がさだかでない)。
まぁ、そんな風に、ところどころでバンドの息があわない場面も見られたけれど、それでも基本的にはとても充実した素晴らしいコンサートだった。そもそもエレカシの場合、昔からミスも愛嬌のうちという感があるので、そういうところは(親しみを覚えこそすれ)あまり気にならなかったりする。
この翌週にWOWOWで生放送された大阪公演の最終日では、さらに二度のアンコールがあり、『男は行く』なんかも演奏される超サービス・メニューだったけれど、まぁ、僕はこの東京公演が観られただけでもう大満足。いやはや、新年早々いいもん見せてもらいました。サンキュー、エレカシ。今年もよろしく。
(Jan 25, 2016)
BUMP OF CHICKEN
結成20周年記念Special Live「20」/2016年2月11日(木)/幕張メッセ国際展示場9~11ホール
BUMP OF CHICKENが初めて人前で演奏したのが、1996年の2月11日に行われた公開オーディションだったということで、その日からの20周年を記念して行われた一夜限りのスペシャル・ライブ。
結成記念日とはいっても、この日のそれは一般的な意味でのそれとはちょっと違う。2月にオーディションに出たというのだから、少なくてもバンドはその前の年から活動していたはずだ。つまり結成したのはそれ以前の話になる。
なので、この日は結成記念日というよりは、正しくはBUMP OF CHICKENというバンドがプロへの第一歩を踏み出した日。藤原基央が書く歌が、初めて世間の人々にその存在を知らしめた日。
人の誕生がお母さんのお腹に宿ったときではなく、そのお腹から出てきて世界に認知されたときなのを踏まえれば、この日はBUMP OF CHICKENの誕生日と呼んでしかるべき日だという話。
そんな日を選んで、わざわざ行われたライブだ。これが普通であるわけがない。このところのショーアップされた内容をさらに進化させて、二十年に及ぶキャリアの集大成と呼んでしかるべき、絢爛豪華な一大スペクタクルを見せてくれるのかと思ったら──。
バンプのアプローチはまったく逆だった。
テーマはずばり、初心忘るべからず。
初めてステージに立った、あの日の初心に立ち返ること。
自分たちの音楽以外には、なにひとつ後ろ盾のなかった最初のころと同じように、シンプルに自分たちの音楽を届けること。
この日のバンプがやってみせたのは、そういうことだった。
だからこそ、ステージセットは照明のために組まれたやぐらと、いつもの巨大なBUMP OF CHICKENのエンブレムのみ。広い会場なので当然左右には大型モニターが配されているけれど、基本、演出はライティングだけ。
二万五千人が集まったホールにしてはシンプルすぎるそのステージ(まるで三十年くらい昔にさかのぼったみたいだった)で、目の前に広がった広大なスペースを埋め尽くした僕らオーディエンスへ向けて、彼らはただひたすら自分たちの音楽を響かせてみせた。
オープニングでメンバーが登場する際にザ・フーのナンバーをBGMに使っていたけれど、あれも初期のころにやっていたスタイルらしい。
演出が簡素なぶん、セットリストはふるっていた。『天体観測』で始めて『ガラスのブルース』で本編を締めるってのが、まずは驚きだったし、最近ではめったに演奏されていなかったらしい『バトルクライ』に『ランプ』に『ナイフ』、ライブで演奏するのはこれが初めてだという『ベル』などの古い曲を演奏する一方、最新作から『Butterfly』と『Hello,world!』の2曲を含めたセットリストは、比較的初期の曲を中心としながらも、ある程度バンプの歴史を振り返るような内容だった。
【SET LIST】
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まぁ、とはいえ、個人的には前日に出たばかりの新作『Butterflies』の曲をもっと聴きたかったし──新曲はこれから始まるツアーまでおあずけって話としてはわかるんだけれど、チケットが高い上にレアすぎてそんなに何度も行けません――、なにより名曲『メーデー』をやってくれなかったのは
そもそもエレカシのライヴに慣れている身としては、全18曲の2時間半では、ものたりなく思ってしまうところもある。なんたって素晴らしい曲はもっとたくさんあるのだから。もっと聴きたいと思ってしまうのは致し方ないところ。
これが最後の曲だと聞かされて湧きあがった「え~」という悲鳴の大合唱に、藤原くんが「俺たちももっとやりたいよ」と言うのを聞いて、じゃあもっとやったらいいのに……と思わずにはいられなかった。
まぁ、熱いようでいて、熱くなりすぎない。全力でやってもなお、過剰になりすぎない。つねに中庸というか、どこまでいってもニュートラルというか。そういうあくまでマイペースな感じがいかにもバンプらしいような気もする。
なにはともあれ、この日の演奏はとてもよかった。藤原くんがMCで「ぶっちゃけ、昔の曲をやるの、すげー楽しい」とかいっていたけれど(この日は藤原くんはこれまでになく饒舌で堂々としていた)、やっている本人たちが本当に楽しんで演奏している分、ブレがなくて力強かった。
僕自身はどちらかというと初期のシンプルなアレンジの曲よりも、最近の凝ったアレンジの曲のほうが好みなのだけれど、『ナイフ』とか『ダイヤモンド』とか、改めてライブで聞いてみたら、すごくよかった(『K』はいうまでもない)。
この日はあまり打ち込みには頼らず、四人だけのアンサンブルで成り立っている曲主体というイメージだったので──だから『メーデー』がはずれたのかもと思う──、もしかしたら最後までそういう曲だけで押し切るのかと思ったのだけれど、例外的に『ray』は、やってくれました。紅白でもやった今現在のBUMPを代表する一曲だけあって、さすがにあの曲ははずせなかったらしい(はずされなくて本当によかった)。
アンコールのラストを飾ったのは、『ガラスのブルース』の次に作ってはみたけれど、ライヴで受けないからとお蔵入りしたという未発表曲、その名もずばり『BUMP OF CHICKENのテーマ』(「へなちょこ」連発の歌詞からして、なるほどな出来栄え)。
そして本当はそれで最後のつもりだったのに、やっぱその曲じゃ終われないからと、再び登場して演奏された『DANNY』。
公式音源ではまともに聞けないレア曲二連発が締めっていう。レアもいいところな終幕だった。まぁ、『ガラスのブルース』で本編を締めてしまった以上、ああいう形で終わるのは、ある意味必然だったんだろうなと思う。
なんにしろ、レア・ナンバー満載で、演奏もソリッド、藤原くんの声の通りもよくて、その真摯なメッセージが広いホールのすみずみまで響き渡るような、とてもいいコンサートだった。
ちなみに個人的には高校生になった娘と初めて家族三人で行った記念すべきライヴでもありました。幼いころにフジロックやサマソニに連れていったことはあるけれど、彼女自身が自ら望んでライブホールへ足を運ぶのは、これが初めて。
そういう意味で僕個人にとっても一生の思い出になるような一夜だった。
(Feb 13, 2016)
HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER
2016年8月20日(土)/幕張メッセ
今年も行ってまいりましたサマーソニック2016。まずは初日の深夜に開催されたホステス・クラブ・オールナイターから。
去年から始まったこのイベントは、サマソニの一日券さえ持っていれば、それがどちらの日であろうと観ることができる。
去年は一日目を観たので、そのままサマソニの延長戦という感じで観ることができたけれど、今年の僕が持っているのは二日目のチケット。なので参加するにしても夜の11時からで、朝5時にイベントが終わって、ふたたびサマソニが開場する午前10時まで、さすがに6時間もひとりではつぶせない。仕方なく、いったん始発で帰宅して、2時間ばかり仮眠をとってから出直すことにした。
ということで、いったん帰宅したこともあって、今回はサマソニとは別扱いで。
ちなみに二日目のチケットでホステス・クラブ・オールナイターに参加する人は、なるべく早めに行った方がいいです。リストバンドの受付が昼間より少ないせいで、入場するのにやたらと時間がかかる。僕は余裕を持って出かけたはずが、予定より到着が遅れたこともあって、ようやく入場できたのは最初のステージが始まる3分前だった。いやはや、あぶなかった。
さて、この夜の一発目はディアハンター。去年も出演が決まっていたのに、ドタキャンで観られなかったこのバンドを、一年越しでようやく観ることができた。
しかしこのバンド──観たいっていいながらこんなこと書くのもなんだけれど──、僕にはやっぱりよくわからない。CDで聴いて、なんとなくいいけど、どこがいいのか、いまいちよくわからないと思っていたら、ライブで観ても同じようによくわからなかった。
カッコいいような、わるいような。古いような、新しいような。平凡なようで、どことなく風変わりな。ポップだけれど、なんとなく地味? うーん、やはり、とりとめがなくて言葉に困る。
【SET LIST】
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まぁ、フロントマンのブラッドフォード・コックスの見た目だけでいえば、確実にカッコよくない。背こそ高いものの、手足が長くていまいちスタイルがよくないし、服装にしろ、この日はベージュのぞろっとしたスーツに同じ色のソフトハットという格好で、とてもファッション・センスがあるようには見えなかった。あれは70年代風? それともまわりまわって、ああいうのがトレンドだったりするんでしょうか(そんなわけが)。
音に関しては、ギターのソリッドな響きは好きだったものの、キーボードがふたりいる分、全体的にはシンセが勝っていて、素直に好きとはいいきれず。もっとガツンガツンとアタックが強い音か、もっと隙間のある音のほうが好みだ。
そういう意味では、ブラッドフォード・コックスがギターを弾いた曲──残念ながら2、3曲しかなかった──では、もう一本ギターが加わる分だけ、ギターの比重が高くなって、より気持ちよかった。彼はハンドマイクで歌う姿がいまいち垢抜けないので(そこが個性なのかもしれないけど)、どうせならば全曲ギターを弾いていてくれたら、もっと盛り上がったかもしれない。
ということで、決してつまらなかったわけではないけれど、かといってど真ん中を射抜いてもくれなかったディアハンターでした。
ディアハンターのあとで、裏でやっていたアウスゲイルのステージも観に行ってみたのだけれど、この人はアイスランドの人だから、ビョークやシガー・ロスみたいに独創的な音楽を聴かせてくれるのかと勝手に思い込んでいたら、なんだかふつうのシンガーソングライターっぽくて(しかも思ったより恰幅よさげ)、このときの気分ではなかったので、体力温存ですぐに引き上げてしまった。
さて、お次は、この日もっとも楽しみにしていたダイナソー・Jr.。
僕が初めて彼らのアルバムを買ったのは88年の『Bug』(当然そのころはアナログ盤)だから、かれこれ30年近く聴いているにもかかわらず、ライブを観るのはこれが初めて。そういうのもちょっと珍しい。
いやしかし、ダイナソーはディアハンターやそのあとのアニマル・コレクティヴとは対照的。みごとに予想通りの音を聴かせてくれた。
マーシャル6台(2台重ねが3列)を背に、身体を左右に揺らしながら歌う白髪ロック仙人然としたJ・マスキスに、ベースのルー・バーロウ、ドラムのマーフという3人組が鳴らすのは、これぞグランジというサウンド。ディストーションがかかったギターが好きな人ならば、もうこれこれ、聴きたかったのはまさにこれという音。若い子に大人気だったのもよくわかる。問答無用に気持ちよかった。
【SET LIST】
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ちょっと意外だったのが、そのギターの音色や音量が曲によって微妙に変わること。轟音一発勝負かと思っていたら、ちゃんと細かく変化がついていた。決して一本調子にならない、その懐の深さに感銘を受けました。
あと、ベースのバーロウさんがボーカルをつとめる曲が2曲もあったのも意外(この人はベースをギターのようにストロークで弾きまくって、なにげに目立ちまくっていた)。まぁ、J・マスキスという人は決して歌のうまさを売りにしているわけではないし、なによりギターを弾くのが大好きそうだから、仲間が歌ってくれるならば、一、二曲は任しておいて、その分、ギター弾きまくりたいって思うのかもしれない。
そういえば、ディアハンターでもギターの人がボーカルを取った曲があったし──最後から2曲目だったので、時間的にもしかしてこの曲が締め?とちょいびっくりした──、どちらもワンマン・バンド然としているわりには、なにげにメンバーに華を持たせているところが意表をついていた(それもフェスの短いステージで)。まぁ、ダイナソーの場合は1時間半もあったから、ほぼフルセットと変わらないんだろうけど。
なんにしろ、『The Wagon』や『Freak Scene』、そしてなんと『Just Like Heaven』──ザ・キュア~!! ライブでもCDと同じように唐突に終わるのがおもしろかった──といった、四半世紀ものあいだ愛聴しつづけている名曲もちゃんと演奏してくれたし、いやぁもうほんと最高でした。それこそ今回のヘッドライナーであるレディオヘッドとは対極にある気持ちよさがあった。今回のサマソニのベスト3に入る名演。ダイナソー、ほんとカッコよかった。
ダイナソーとアニマル・コレクティヴのあいだが1時間ほど空いていたので、つなぎでサヴェージズを何曲か聴いた。
「観た」ではなく「聴いた」と書いたのは、フロア後方に座っていたので、ステージが見えなかったから。この時点ですでに2時間半も立ちっぱなしだったので、すでに疲れていて、本命でもないバンドを立って見るパワーがなかった。
サヴェージズについては、13年のフジロックでもちょっと観たことがあるのだけれど、彼女たちの場合、ムードがシリアスすぎて、おどけものの僕にはいまいち近寄りがたい感あり。その点は今回も同じだった。残念ながら、やはり僕のバンドではないなと思う。でも音はソリッドでなかなかカッコよかった。
さて、ということで、そのあとがこの夜最後のバンド、アニマル・コレクティヴ@ソニック・ステージ(前のふたつはレインボウ・ステージだった)。
CDを聴いても、いまいち演奏シーンが頭に浮かばないバンドだと思っていたら、なんとこの人たち、生楽器はドラムだけだった(少なくてもこの日はそう)。
ステージはひな壇のようになっていて、いちばん上の列にドラマーがひとり(この人はサポート・ミュージシャンっぽかった)。で、その前に奇妙な頭の彫像が3体ほど飾ってあって、さらにその前にメンバー3人がクイズ番組のボックス席みたいな感じで並んでいる。
とにかくメンバーにはほとんどスポットがあたらないので、誰が誰なんだかさっぱりわからない。たぶんいちばん右にいて、いちばん目立っていたのがパンダ・ベアなんでしょう。真ん中の人なんかは頭につけたピンライトだけが見えるだけで、顔はまったく不明。おいおい、銀河鉄道999の車掌さんかいっ。
3人ともDJ卓みたいな上にあるシンセだかシーケンサーだかをいじっているようだけれど、なにをしているか不明。ただ、三者三様にべつべつに機械をいじっているので、それが独特のヒューマン・タッチな感触の音を生み出しているんだろうなと思った。
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なんにしろ、そんな風にメンバーがよく見えない&なにをしているかわからない状態で、ふわふわとしたサイケデリック・サウンドがたゆたうわけですよ、午前3時過ぎに。
新作『Painting With』のコンセプトを受けたものか、さまざまなペインティングをステージ全体に映し出す演出はとてもカラフルかつポップでおもしろいのだけれど、肝心の音楽がそのポップさに追いついてこない。シンセを使ったサイケな読経を聴かせられているよう。
ところどころはアッパーに盛りあがる部分もあるんだけれど、そこにたどり着くまでのつなぎのパートがほんと長いこと、長いこと。抑揚のない、踊れない、ふわーっとしたコーラスワークだけのパートが延々とつづく。おいおい、真夜中に疲れ切った状態で観るもんじゃないでしょう、これって。
あとでネットでセットリストを確認したら、マーサ&ザ・ヴァンデラスの『Jimmy Mack』をやったとか書いてあったけど、まったく気がつかなかった。
いやはや、ウィキペディアのアニコレのジャンルに「エクスペリメンタル・ポップ」とあるわけがよくわかりました。なるほどこりゃ実験的だわ。
ということで、途中で飽きてステージを離れる人多数。終盤はフロアがすっかりガラガラになって観やすくなったのだけれど、僕も最後のほうは疲れて耐えきれなくなり、フロア後方へ移動して坐ってしまった。いやぁ、ほんと疲れた。
ほんと、もうちょっとダンス・ビートが前に出ててくれれば、また違っただろうに。もしくはフェスではなく、単独公演で観ていれば、その世界観に浸って気持ちよくトリップできたかもしれないけれど。少なくてもこの日は、疲れを吹き飛ばすような陶酔感は与えてもらえませんでした。残念。
いやもしかしたら、酒が足りなかったのかもしれない(なんと僕はこの夜ビールを一杯しか飲んでない)。もっと飲んでべろべろの状態で観ていたら、もしかしたら気持ちよかったのかも……って、でもそんなことしたら、サマソニ2日目の本編に確実にさしつかえていただろうし。なかなかうまくいきません。
ということで、サマソニ初日深夜枠は、アニコレのカラフルだけれどわかりにくいパフォーマンスに悩まされて終了。翌日──じゃなくてもうその日──のサマソニ本編に向けて、少しでも休みを取りたかったので、終わるが早いか、そそくさとメッセを抜け出して、駅へと向かいました。去年は激混みだった始発電車が、この日は比較的空いていて、楽に帰宅できたのがありがたかった。
ちなみに帰宅したのは、ちょうどリオ五輪のサッカー決勝戦の真っ只中で、ブラジルがドイツと熱戦を繰り広げていたんだけれど、さすがに疲れには勝てず、さっさと寝ました(ブラジル、優勝おめでと~)。
ということで、サマソニ本編へとつづく。
(Aug 27, 2016)
SUMMER SONIC 2016
2016年8月21日(日)/QVCマリンフィールド&幕張メッセ
さて、サマソニ2日目・本編の一発目は、ブルックリンからやってきた紅一点のスリー・ピース・バンド、サンフラワー・ビーン@ソニック・ステージ。
この子たち、期待にたがわず、すごいよかった。前の晩のダイナソー・Jr.にしてもそうだけれど、やっぱりギター、ベース、ドラムの三点セットだけでしっかりとロックンロールを鳴らせるバンドって最高だと思う。
このバンドはダイナソーほどノイジーじゃないけれど、でも三人のアンサンブルがとてもしっかりしていて、聴いていて非常に気持ちよかった。
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そしてなにより目を引くのが、紅一点のベーシスト、ジュリア・カミングちゃん。
この人、もっとおとなしいのかと思っていら、ステージではやたらとパンキッシュだった。コートニー・ラヴかよってくらいのシャウトを見せていてびっくり。
ブロンドをボーイッシュなベリー・ショートにして、ラメ入りの黒いミニのワンピースを着たキュートな女の子が、ベースをブンブンいわせながら、ノリノリでシャウトしているわけです。そりゃ観ていて盛りあがろうってもの。
楽曲もスタジオでのアレンジ通りではなく、なにかと長めのインプロヴィゼーションやりまくりだったりするし、わずか8曲のなかでデビュー・アルバム未収録のアナログ盤EP限定の曲を2曲もやっていたりするし、この人たち、見た目のファッショナブルさに反して、やっていることはとても古典的でアグレッシヴなロック・スピリッツを感じさせた。そのミスマッチがまたなんとも新鮮だ。
このバンドが出ないならば、昼まで寝ていたかったんだけれどなぁ……とか思いながらも、がんばって起き出してきて正解だった。僕はこのバンド、大好きです。
そうそう、惜しむらくは、トップバッターということで、出演時間がわずか30分だったこと。おいおい、短いって。もっとたくさん聴きかったよ。
この日はサンフラワー・ビーンとレディオヘッド以外には絶対に観たいというほどのバンドがなかったので、このステージのあとしばらくは、マウンテン・ステージとソニック・ステージのあいだをうろちょろしながら、だらだらと過ごしていた。
フロア後方に座り込んで、Run Live North、Pop Etc、MO(ムーと読むらしい)、Blossoms、といったアーティストの音に耳を傾けていた。でも、ブロッサムズ以外は名前も知らないバンドだったし、集中力も足りなかったので、この人たちについてはなにも語れません。
さて、そのあとメッセを離れて、QVCマリンフィールドへ移動。トゥー・ドア・シネマ・クラブを観る。同じ時間にメッセでやっていた高橋幸弘、小山田圭吾らが組んだ大物バンド、METAFIVE にも興味はあったんだけれど、立ち見をする余力がなかったので、スタンド観戦できるスタジアムを選んだ(根性なし)。
とはいえ、午後2時のスタンドは灼熱。日影の席はほとんど埋まっていて、おっ、あそこはガラガラじゃんと思って行ってみた場所は、どこも見事にかんかん照り。台風が近づいているせいで曇りがちとはいえ、完全に太陽が隠れているわけではないので、その陽射しの凶暴なこと、この上なかった。
でもまぁ、立って見る体力はないし、ほかに席が空いてないんだから仕方なし。日光けっこうと二階スタンドに腰をおろしてはみたけれど、プラスチックのシートはアツアツだし、1時間も座っていたら、ペットボトルの水はぬるま湯状態。もともと湿疹が出ていた両腕は陽に焼かれてなんだか悲惨なことに……。やれやれ、あちいよ、幕張。
トゥー・ドア・シネマ・クラブについては、秋にリリースされるサード・アルバムからの先行シングルがミドルテンポでシンセ中心の音作りだったので、あまり期待していなかったのだけれど、いざライブで観てみたら、それらの曲がまったく違和感なく過去の曲とまじりあい、みごとなポップ・ワールドを生み出していた。
僕は彼らの曲ってファースト・アルバムの『What You Know』くらいしか認識していないのだけれど、なんだかあの曲に通じるエッセンスを感じさせる曲が何曲もあった。ボーカルのアレックス・トリンブルという人の書く曲には、トリンブル節ともいうべき癖がある。そこにはまったら、このバンドのライブはやたらと気持ちよさそうだ。
実際にステージ開始当時にはそれなりに空いていたアリーナのスペースが、終わるころにはほとんど埋まっていた。途中で帰る人でさえ踊りながら去ってゆく。すげー、トゥー・ドア・シネマ・クラブってこんなに人気があるんだと感心しました。とはいえ、暑すぎて、いまいち音楽に集中できなかった。
一時間、陽に焼かれてうんざりしたので、彼らのステージが終わったあとでいったん席を離れて、スタジアムの売店をのぞいて歩いたら、ビールを買って戻ったころにはスタンドはすっかり埋まって、坐る場所がなくなっていた。おいおい、なぜいきなりこんなに混んでいる。
仕方なくガラガラのバックネット裏──陽射しを遮るものがなにひとつない上に、PAのテントと照明のやぐらのせいで直接ステージが見えないので、不人気度ナンバーワンだった──に座って、左右の大型モニターを頼りに、THE YELLOW MONKEY を観た。このころには日が陰っていて、直射日光が刺さなくなっていたので助かった。
ちなみにこの席、やぐらの真ん中くらいに設置された「audio-technica」の青い看板がなければ、もっと見晴らしがいいんじゃないかと思った。ちくしょう、あれがなければなぁ……って思わせる看板って、広告として逆効果じゃないだろうか。オーディオ・テクニカさん、少し考えたほうがいいと思います。以上やや脱線。
いやでも、イエモンにもいきなり意表を突かれた。一曲目がいきなり『夜明けのスキャット』って。しかも吉井より先に、その歌のご本家の由紀さおりさんが登場というサプライズ。
まぁ、イエモンからしたら、サマソニだからこそのスペシャル企画を用意しましたってことなのかもしれないけれど、普段から彼らの音楽に親しんでいるわけでもない僕にしてみれば、あまりありがたくないわけです。わずか一時間足らずのステージなんだから、その分たっぷりとオリジナルを聴かせてほしい。
いきなり肩すかしを食った気分になって、あぁ、こんなことならば、いっそ裏でやっているキングとか、ミュージック・ソウルチャイルドとかに移動しちゃおうか……とちょっと思ったんだけれど、いやぁ、そこで思いとどまってよかった。由紀さんは一曲歌ってしずしずと退場。その後はイエモンの代表曲をしっかりと聴かせてもらえて大満足だった。
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個人的にぐっときたのは、途中で再結成の経緯を語った吉井くんのMC。
「ストーンズの50周年ライブを観て、やっぱりバンドっていいなと思って。僕が一緒にバンドをやりたいと思うのは、やはり大好きなこのメンバーで。だから僕からひとりひとりに、また一緒に演奏してくださいと連絡しました。実現するのに一年もかかっちゃったけど(笑)」
……というような話で。今回の再結成が、昔の名前で出ています的な、ビジネスライクなものではなく、いちバンドマンとしての再出発であることがわかって、とてもいいなぁと思った。これから彼らがどんなふうに活動をつづけてゆくのか、ファンならずとも楽しみになった。これまでイエモンってまともに聴いてこなかったけれど、これを機にちゃんと聴きたくなりました。
あと、サマソニがアウェイだからかもしれないけれど、吉井くんのMCがとても謙虚なのも印象的だった。最近はバンプとかラッドとかサンボとか、オーディエンスに対して上から目線で「おまえら!」ってMCする人たちばっか観ていたので、彼のようなキャリアの人が「再結成したばかりの新人バンドです。よろしくお願いします」みたいな低姿勢でステージに立っているのを見るのって、逆にとても新鮮だった。この人、ちょっと宮本と似ているかもしれない。印象は民生さんと宮本の中間くらい。少なくても同い年ってこともあって、僕はけっこう親近感をおぼえた。
あと、サマソニではやたらとアーティストと一緒に歌っているオーディエンスの映像を拾ってスクリーンに映し出すんだけれど、イエモンでは老若男女を問わず、歌いまくっている人が多いのも印象的だった。愛されてんだねぇ、イエモンの歌。こういうとこもいいなぁと思いました。
この日のラストは『LOVE LOVE SHOW』から『JAM』という流れ。僕の知っている数少ない(そしてもっとも好きな)イエモン・ナンバーで締められたら、そりゃしびれないはずがないでしょう。さすがにスタジアム慣れしているバンドだけあって、スタジアムの広さをものともしないその演奏力にも感銘を受けました。イエモン、観れてよかった。
そのあとでいったんスタジアムを離れ、メッセに戻ったら、マウンテン・ステージではジャクソンズが『I'll Be There』とか『Don't Stop 'Til You Got Enough』とかやってました。兄ちゃんたち、マイケルの遺産で稼ぐの図。まぁ、それでもファンが盛りあがっているんだから、それはそれでいいんでしょう。
ちまたの評価がやたらと高いジェイムズ・ベイもちょこっと観たけれど、やっていることが思ったよりオーソドックスで、とくに惹かれず。まぁ、とはいえ、つべこべ言えるほど、ちゃんと観れてませんが。あらためて今度ちゃんと音源を聴こう。
ということで、イエモンのあとメッセで1時間くらいだらだらと時間をつぶしたのちに、ふたたびスタジアムに戻って、いよいよレディオヘッド!
――と思ったんだけれど、まだ時間が早い。でもトゥー・ドア・シネマ・クラブでもあれくらいアリーナが埋まっていたのだから、レディオヘッドはもっと混むのは必至。こりゃちょっと早めに入っておいたほうがいいなと、思いきって、いまだサカナクションのステージが終わらないうちにアリーナに入場したんでしたが。
そしたらまぁ、これがすごい人&すごい盛りあがりで。サカナクション、だてにトリ前を任せられていないな。
僕はサカナクションって音的にまったく惹かれないのだけれど、スタジアムのアリーナで体験する彼らの演奏はとてもダイナミックだった。若いのにたいしたもんだと思いました。──っていや、もしかしてそれほどもう若くもないのかな。よくわからない。
結局、セッティングが押したこともあって、レディオヘッドのステージが始まるまでは、それから1時間も待たされた。しかもサカナクションの時点でアリーナ前方にはすでにかなりのファンが入り込んでいたらしく、あまり前のほうへは移動できず。結局アリーナのうしろのほうで観ることを余儀なくされた。しかもぎゅうぎゅうで暑いっ。そんな中、ひとりぽっちで1時間もつっ立っまま待たされて、お目当てのレディオヘッドが出てくるころには、もうすでに足は痛いわ、腰は痛いわ。しまった、トゥー・ドア・シネマ・クラブから動かず、スタンドでじっとしていればよかったかとちょっと思った。
でもまぁ、過去の経験からして、スタンドよりもアリーナで観るほうが、音も映像も絶対にいいんだから、ここはやはりアリーナの一択で正解。疲れ切った体で観てなお、レディオヘッドは素晴らしかった。
この夜のレディオヘッドのステージは真っ赤なライティングが印象的な『Burn the Witch』から始まった。
この選曲自体は予想どおりだけれど、演奏自体はそうはいえない。レコーディング音源ではストリングスが主役のこの曲が、ライブではそのイメージを残したまま、それとはまた違ったバンド・アレンジに編曲し直されていた。
この日のライヴで感銘を受けたのは、そうした楽曲ごとのアレンジの変幻自在さ。新譜の曲のみならず、昔の曲も、ものによっては以前とは違ったアレンジが施されることで、馴染みがあるのに新鮮という、二重の味わい深さを獲得していた。
たとえば本編最後の『Idioteque』は以前より緻密なデジタル・ビートをほどこされて、まるで『The King of Limbs』のナンバーみたいだったし、反対に繊細なイメージだった『Lotus Flower』はより骨太なロック・ナンバーに変化していた。もちろん『Airbag』みたいな、このアレンジであってこそという曲はオリジナルのままで聴かせてくれる。
そんな風に今回のレディオヘッドは、過去に自分たちが培ってきた音楽性の豊かさを新旧の楽曲にほどよくミックスして、これぞキャリアの集大成と呼んでもいいような奥行きのあるライヴを見せてくれた。
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彼らのライヴではライティングや映像表現の美しさも重要な要素だけれど、その点は今回も健在。まぁ、映像的に凝りすぎていて、演奏シーンをそのまま映すことがほとんどないので、メンバーの表情がまったく伝わらないというのは難点かなという気はするけれど。それでもその演出は今回もとてもスタイリッシュで美しかった。
あと、アリーナの群衆の中にいて感動的だったのが、とにかくオーディエンスの乗りがいいこと。レディオヘッドの楽曲って──新譜はとくに──かなり地味目だと思うんだけれど、それでもみんな踊る、踊る。僕のまわりにいた人たちは、おひとり様で地味目な印象の人が多かったけれど、それでもライヴが始まったとたん、そんな人たちがいっせいに身体を揺らして踊り始めたのには、正直ちょっと驚いた。
決して明るく高揚感のある音楽ではないけれど、しっかりとした上質のダンスビートに裏打ちされているからこそ、こうなるんだよなと。これぞロックの本質だよねと。僕はその場にいてそう思った。
まぁ、新譜の出来がいいとはいえ、やはり全体的にはストイックな出来栄えだから、昔の曲のほうが盛りあがるのは避けられず、とくにめったに演奏されない明るい曲に対する盛りあがりはすごくて、本編なかばの『No Suprises』や、アンコール一曲目の『Let Down』なんかはもうえらい盛りあがりだった。
そして、この日最大級の盛りあがりを見せたのは、もちろん『Creep』。
この曲のオーディエンスの合唱っぷりったらすごく、2コーラス目に入ったころにはその大合唱でトム・ヨークのボーカルが聴こえないくらいのレベルだった。どんだけ好きなんだ、みなさん。
僕自身はデビュー当時のレディオヘッドをスルーしていて、『Kid A』から遅れて入ったリスナーなので、いまさら『Creep』で盛りあがれないというか、やはりそれほどの愛着がないので──まぁ、いい曲だとは思うけれど──、あれほどまでに盛りあがる人たちの気持ちがよくわからない。
どう考えたって、『Creep』より『Paranoid Android 』のほうが名曲だと思うんだけれど……。どちらかというと、僕個人は『There, There』や『15 Step』が聴けたほうが嬉しいんだけれど(この日はどれもやってくれませんでした(涙))。
おもしろかったのは、ライヴの締めがそんな大盛りあがりの『Creep』ではなかったこと。ふつうのバンドならば、当然あそこでおしまいだろうに。これでやめたんじゃ、俺たちらしくないぜっとばかりに、レディオヘッドはそのあとにあと2曲を演奏してみせた。その姿勢やよし。
ということで、この日の最後の曲はセカンド・アルバムのエンディング・ナンバー『Street Spirit (Fade Out)』だった。この曲を聴きながら僕は、あぁ、この曲ってそのまま新譜に入っててもおかしくなさそうだなぁ、レディオヘッドの音楽ってここからずっと地続きなんだなぁと思った。
そういえば、この日のトム・ヨークはまともなMCもしないで、最初から最後まで謎の奇声ばかり発しては、観客の失笑を誘っていた。あれはいったい、なんだったんでしょうかね。機嫌がいいんだか、悪いんだかさえ、よくわからなかった。この人、年をとるにつれて、どんどん奇人度が増してゆく気がする。
ま、そんなこんなで、レディオヘッドの2時間に及ぶフルセットのライヴを堪能して、今回のサマソニは終了。前夜──ではなくその日の朝か──と同じく、帰宅の電車の乗り継ぎもなぜだか上手くいって、今回は帰りがとても楽だった(とはいっても、家に帰りついたのは11時半すぎだったけど)。日本の優秀な交通機関に感謝。
いやしかし、いちにち汗をかきまくって、くたくたになったあとだけに、帰宅後のシャワーの気持ちよさとそのあとのハイボールのうまさには筆舌に尽くしがたいものがありました。いやぁ、しあわせだった……。
(Aug 28, 2016)
エルヴィス・コステロ
"Detour"/2016年9月7日(水)/昭和女子大学人見記念講堂
エルヴィス・コステロ3年ぶりの来日公演。会場は僕の奥さんの母校である昭和女子大学の人見記念講堂。彼女とは学生のころからのつきあいなのに、僕がこのホールでライヴを観るのは今回が初めてだ。まさかこの年になるまでくる機会がないとは──しかもひとりでくることになるとは──思わなかった。
今回のソロ・ツアーでは、ステージのサポート・メンバーでもあるラーキン・ポオ(Larkin Poe)という女性二人組のアーティストのオープニング・アクトがあった。なので開演時間も、平日なのに6時半からと早め。仕方なく仕事を早退したものの、初めての開場だったから移動時間を見誤って、会場入りするのとほぼ同時に彼女たちのパフォーマンスが始まってしまった。ちゃんと席について、拍手で迎えられずに残念。
ラーキン・ポオはミーガンとレベッカ・ロヴェルの姉妹ユニット。もとは三人姉妹のロヴェル・シスターズという名前で活動していたらしいのだけれど、真ん中の子の結婚を機にバンドを解散、残ったふたりで名前をかえて活動をつづけているとのこと。
彼女たちがやっているのはブルースやフォークをベースにした古典的なロックなのだけれど、演奏スタイルがちょっと変わっている。
ステージ右手に配する妹のレベッカがメイン・ボーカルで、彼女はギターを弾きつつ、右足でベードラを踏んでリズムを刻む。左手のミーガンはスティール・ギター担当。ただしそれがよくある坐って引く四角いやつではなく、エレクトリック・ギターを腰の位置で地面と水平に構えて立ったまま弾くというスタイル。あれは立って弾くための専用のスライド・ギターなんでしょうか? へー、こんな演奏スタイルもあるんだって、ちょっと感心した。
──というのは、まぁ、この日のパフォーマンスを観たときの感想ではなくて、すでにリリースされていたこのツアーの映像ソフトを観ての感想だったりするんだけれど。それを観て、今回のツアーには彼女たちが同行していることを知っていたので、前座でのパフォーマンスがあると知って、それもぜひ観とかなきゃって思ったのだった。知らなかったら、もしかしたら観てなかったかもしれない──というか、チケットには開演7時とあったので、開演時間が変更になったことに気がつかなかった可能性もある。
まぁ、なんにしろロヴェル姉妹の演奏はなかなかおもしろかったです。でも、遅れて着いたせいで(すでに場内真っ暗で席がどこかよくわからなかったりして)、いまいち集中できず。レベッカさんのボーカルも、かわいいというよりは終始ハイテンションなシャウト系の王道ブルース・ロックなスタイルだったので、俺は女性ボーカルはもうちょっと力が抜けたほうが好みなんだよなぁって思ってしまいました(失礼)。
さて、彼女たちのステージは30分足らずで終了。20分ばかりのインターバルを挟んで、いよいよコステロ先生のご登場となる。
とはいえ、今回は弾き語りのソロ・ツアーながら、5年前に観たそれと比べると格段に演出が凝っていて、そう簡単には出てきてくれない。
ステージ中央には、ブラウン管テレビを模した高さ4メートル(くらい?)のセットが配置されていて、待っているあいだはここにずっとコステロのミュージック・ビデオが流されていた。前回のルーレットも持ってくるの大変そうだなあと思ったけれど、今回も同じくらい大変そう。
さらにステージの向かって左にはグランド・ピアノが配されている(前回はギターだけだった)。右側にはアンティークな椅子が置いてあって、これに座ってしっとり弾き語りをするコーナーもある(このときだけ帽子をかぶるのもおもしろかった)。さらには先ほど紹介した女の子ふたりに左右を囲まれての三人でのパフォーマンスもある。ギターも単なるアコギによる弾き語りだけではなく、『Watching the Detective』ではフルアコを歪ませまくって、なおかつサンプラーでループさせて、ひとりロック・バンド状態を演出してみせたりもする。
つまり、単なる弾き語りソロ・ライヴでありながら、その演奏スタイルや演出がじつに多種多様なのだった。一瞬たりとも目が離せないし、まったく飽きさせない。すげー、やっぱ師匠はものが違うやと思わされました。
ま、話が先走ってしまったけれど、客電が落ちて、いよいよコステロ先生が登場──かと思いきや、そこから『Monkey to Man』のプロモビデオをまる一曲ぶん見せられるという謎の演出があったりもする(なぜいまさらこれ?)。
そのあとでようやく姿を現してくれたコステロ先生がこの日のオープニング・ナンバーに選んだのはなんと。今回の日本公演で世界で初披露されたという知らない曲でした。おいおい。
コステロ先生はこの曲を、幼少期からのスナップ写真のスライドを背にして聴かせてくれたので、もしかしたら子供時代の思い出の曲のカバーとかだろうか……とか思ったんだけれど、どうも違ったらしい。
この日のステージではその曲にかぎらず、いつになく知らない曲が多かったので、これはレトロなテレビのセットや、自身の懐かしのピンナップなどを盛り込んだ懐古的なモチーフでもって、思い出の曲をカバーで聴かせてくれているのかなと思ったんだったけれど、どうもこれもはずれで、知らない曲はほとんどがオリジナルだったらしい。このごろはツアーばかりやっていて、レコーディングをしていないけど、新曲は増えてますよと。そういう話なのかもしれない。
とはいえ、『Ascension Day』ではアラン・トゥーサンとの思い出を語っていたし、『Veronica』は祖母の歌だと紹介していたし、ボブ・ディランの未発表の歌詞にコステロが曲をつけた『Down on the Bottom』なども、ディランの名前を出して演奏していた(ヒアリング能力が低くてちゃんと理解できなかったけど。情けねぇ)。アンコールの待ち時間にはコステロのお父さんが歌う『ハンマー・ソング』(僕はサム・クックが歌うこの曲が大好き)のミュージック・ビデオが流されていたりしたので、いちおうコステロ回顧展的なコンセプトもいくらかあったのだろうと思う。
個々の楽曲でつよく印象に残っているのは、ちょっとスローでレゲエ的なアレンジを施されていた『Everyday I Write the Book』、右手の椅子セットで演奏された『Little White Lies』(知らない曲だったけど、ミニマムな音量の繊細なアコギのアルペジオが美しかった)から、『Beyond Belief』(緩急のつけかたが見事のひとこと)、『She』の流れがやたらと素晴らしかったこと、そのあとの『Watching the Detective』がこの日もっともラウドなアレンジで最高だったこと──でもパルプ・フィクション雑誌の表紙をスライドショーにして、コステロはずっと暗い中にいたので、どんな風に演奏しているかわからないのが残念だった──など。
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ラーキン・ポオのふたりがようやく登場したのは、コステロがいったん引っ込んで、コステロ・パパのビデオが上映されたあと(つまり第二部?)。ビデオが終わらないうちに三人で登場してきて、コステロが父親のあとを引き継ぐようにパフォーマンスに入った。前座のパフォーマンスではエレクトリック・ギター(たぶんジャズマスター)を弾いていたレベッカ・ロヴェルは、ここでは楽器をマンドリンに持ち替えていた。
若い女性ふたりが加わって、ステージはとても華やかな印象になる。レベッカさんがメイン・ボーカルをつとめる曲あり、コステロが右手の椅子に座ってウクレレを奏でる50年代ポップス風のかわいい新曲ありと、このパートも単なるコラボには終わらない。ソロでは力強いボーカルが印象的だったレベッカ・ロヴェルも、このときは主役を立てて、ほどよいコーラスを聴かせてくれていた。彼女たちの抜擢は大成功だったと思う。
本編はそのあと、コステロがピアノ弾き語りで『Shipbuilding』を披露して終了。師匠のピアノの腕もずいぶんと上がったようにお見受けする。
この日のライヴで唯一そりゃないよと思ったのが、そのあとのアンコールの一曲目。コステロ先生はアコギをジャカジャカかき鳴らしながら、客席へと降りていって場内を一周しながら、ノンマイクで一曲を歌って歩くという意表をついたサービスに出たのだった。
これにはまいった。僕がいたのは二階席だったので、ほとんど姿が見えないどころか、観客の手拍子で歌も演奏もまったく聴こえない。結局最後までなんの曲をやっていたのかさえわからなかった(『Pump It Up』だったらしい)。
先生、勘弁してください……というか、チケット代けちって二階席になっちゃったのが敗因か。しばし反省。
大歓声をあびてステージに戻ったコステロは、ステージの最前列に昔風のまるい輪っかのついたマイク・スタンドを出してきて、そこで『Alison』をしっとりと歌いあげた。海外ならあそこでコステロと観客の大合唱になるところのような気がするけれど、残念ながら僕ら日本人は静かに聞き入るばかり。
そのあとでラーキン・ポオがふたたび登場して、最後は三人でこの日のライヴを締めくくった。『Love, Peace and Understanding』のあとのラスト・ナンバーが『The Scarlet Tide』ってのも意外だった。最後がこれってちょっと地味すぎるような……。
いやでも、なんとも素晴らしいライヴでした。
今回の来日公演でとにかく印象的だったのは、その音楽表現の豊かさ。アンブラグドでも音楽はここまで多様な表現ができるんだって。その事実に深く感銘を受けました。
いやぁ、エルヴィス・コステロのファンでよかった。
(Sep 19, 2016)
エレファントカシマシ
2016年9月17日(土)/日比谷野外大音楽堂
エレカシ二十七年連続の野音。宮本が五十になって初めて立つ野音のステージを今回も無事に観ることができました。めでたし、めでたし。
今年もさらっとチケットが確保できて、やっぱり俺ってラッキーとか思っていたけれど、今年は2デイズあった上に特別なアニバーサリーでもなかったので、比較的楽にチケットが入手できたみたいだ。
でも初日のチケットを取ったおかげで雨に悩まさせることもなかったし(翌日は途中から降られたらしい)、おまけに過去最高といっても過言ではないセットリストのライヴが楽しめたのだから、俺のエレカシ運はいまだ有効だろうと思う。まぁ、電車の乗り継ぎを失敗して、危なく遅刻しそうになりましたが(馬鹿)。今年も嫁さんと席が離れ離れなので、別行動をとって失敗した。
さて、今年の野音で一番目のトピックとしてあげておきたいのは、ついに蔦谷くんが出演しなかったこと。かわりにキーボードは去年につづいて細海魚さんがつとめていた。もしかして蔦谷くんとの蜜月もついに終わりを迎えたんだろうか。だとしたらそれはちょっと寂しいなぁと思った。
これは僕の個人的なイメージだけれど、エレカシって蔦谷くんがいるときのほうが格段に演奏に安定感があるように思う。だからか、けっこうミスが目立ったこの日のステージでは、なおさら蔦谷くんの不在を意識させられた部分があった。
とはいえ、前にも書いたけれど、エレカシの演奏力の不安定さは、それはそれでこのバンドの持ち味だという気もしているので、そういう意味では蔦谷くんがいないときのエレカシ──つまり今回のエレカシ──のほうが、僕には逆にしっくりくる部分もある。
そもそも細海さんが蔦谷くんより劣っているというわけではないし。ピース又吉みたいなルックスで、ときどきびっくりするくらいにノリノリなところを見せてくれる細海さんの鍵盤は、それはそれで素敵だと思う。なんたってエレカシのサポート・ミュージシャンの元祖みたいなイメージの人だし、野音という舞台ではもしかしたら蔦谷くんより似合っているかもしれない。
ちなみにもうひとりのサポート・ミュージシャンのヒラマミキオくんもまた、いまやいないほうが事件というくらいの印象になりつつある。
さて、そんなサポートのふたりを加えて、今年のエレカシは最初から六人でスタートした。オープニングナンバーは『ズレてる方がいい』。最近のナンバーでは個人的にもっとも好きな曲のひとつだけれど、いきなりこれで始めちゃうのは、ちょっともったいない気がした。惜しげもないとはこのことかと。
あと、今回も石くんがそのファッションで笑わせてくれた。宮本や成ちゃんが黒のジャケット姿なのに、ひとりTシャツに膝丈のショートパンツって。しかも足元はビーチサンダルだし(いや、最初からそうだったかは不明。少なくてもアンコールの時はそうだった──というかそう見えた。まさか裸足じゃなかったですよね?)。コンビニ帰りの中年オヤジか君は。どんだけ自由なんだ。
まぁ、なんにしろカジュアル過ぎるギタリストに笑わされつつ、素晴らしい一曲目で始まった今回の野音。2曲目の『歴史』(宮本いきなり歌詞を忘れる)、『ゴッドファーザー』とつづけたあとには、このところのパターンを踏襲してエピック時代のナンバーが並ぶ。『ふわふわ』、『道』、『おれのともだち』、そして『too fine life』の四曲が並んだ部分は、個人的にはいきなりこの日のクライマックスといっていい内容だった。
僕は去年の『RAINBOW』のツアーで「野音よりもアルバムのツアーのほうがレアな曲が聴ける」というようなことを書いたけれど、それはあくまで一生に一度しか聴けないような(アルバム収録の地味な)曲が演奏されるという意味であって、何十年も親しんできた大好きな曲が聴けるのは、やっぱここ野音なんだよなぁと思った。
そのあと『風に吹かれて』──これもなにやらひさしぶりでちょい嬉しい──につづいた『いつものとおり』もレア・ナンバーだったけれど、この手の軽い音作りの曲は昔からライヴだといまいちアンサンブルがこなれない印象が強い。残念ながらこの日も演奏はいまいち(こういうところに蔦谷くんの不在を感じる)。でもこの曲を聴かせてもらえたのは当然うれしい。
それから野音の定番『月の夜』に、ひさしぶりの『珍奇男』──珍しくパイプ椅子にふつうに坐って演奏を始めたと思ったら、エレキ・パートに入って結局中腰になってしまう謎行動の宮本くん──、さらには『武蔵野』と、中盤のこの辺も盛りあがりは必至。
でもって、個人的にこの日もっとも嬉しかったのがそのあとの『流れ星のやうな人生』。
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僕はこの曲と『星の降るような夜に』と『友達がいるのさ』の三つをあわせて「野音で聴きたい三大夜空ソング」と呼んでいるのだけれど(嘘です、呼んでません)、前の年にそのうち二曲がつづけて演奏されたのを聴いて、「あぁ、これであと『流れ星のやうな人生』も聴かせてもらえたらなぁ……」と思ったので、今年はその思いが届いたかのようにこの曲を聴かせてもらえてほんと嬉しかった。この日はさらにはアンコールであとの2曲も演奏されたので、なおさら感無量。
そのあとの『昔の侍』もよかった。『いつものとおり』と同じく、この曲も昔からライヴだといまいちアンサンブルがまとまらない一曲だけれど、この日はヒラマくんのアコギがいい感じで鳴っていて、文句なしの演奏だった。ストリングスなしでの演奏では過去最高だったんじゃないだろうか。
つづく『流されてゆこう』もよかった。『ココロに花を』の収録曲だから、それほど思い入れはなかったんだけれど、ひさしぶりに聴いたらサビメロでマイナーが入る部分がめちゃくちゃ切なくて、すごくいい曲だなぁと、いまさらながら感動した。
ここからは途中に『so many people』(ソリッドな演奏で迫力満点だった)を一曲だけ挟んで、『ココロに花を』のナンバーを並べて本編は締め(『悲しみの果て』では歌い出しをとちって歌い直す一幕あり)。ラストの『四月の風』のあとで、宮本が「第一部終了!」とか叫んで退場するものだから、アンコールの手拍子が起こらず、しばらくのあいだ場内がシーンとしてしまって、ちょっと変な感じのインターバルになった。
第二部──といいつつ、この日は曲数があまり多くなかったので、長めのアンコールの一回目という印象──では、『友達がいるのさ』につづけて、新曲『i am hungry』が演奏された。ライヴ映えしそうな曲だと思っていたら、やはり予想どおり。『RAINBOW』と同じく、宮本が出せる声域の上限に近いところにキーがあるみたいで、かなり苦しげな歌いっぷりではあったけれど、それゆえに絞り出すような歌い方に迫力があった。
このパートでよかったのは、やはり『コール アンド レスポンス』、『RAINBOW』、『FLYER』と、エレカシ史上もっともアグレッシヴな曲がつづいた締めの部分。もう硬質&ハイパーな演奏で最高だった。
そういや、『コール アンド レスポンス』では宮本がギターを弾いていたけれど、あれって昔からでしたっけ? この曲はハンドマイクのイメージがあったので、なんとなく意外だった(記憶力のない男──ま、だからこんな文章を書いているわけですが)。
あと、『RAINBOW』では演奏が終わったあとに、宮本がひとりでサビをアカペラでワンコーラス歌うなんて一幕もあった。この日の宮本はそういうのが多くて、この曲以前にも二度か三度、そうやって演奏終了後に歌を蒸し返していた。やる気が溢れすぎて、よほど歌い足りない気分だったんでしょうか。よくわからない。
ちなみにこのあとも宮本が「第二部終了」といって去っていたせいか、アンコールの手拍子がすぐには起こらなかった。第二部が終わったらさすがにそのあとはアンコールの拍手でしょうよ(俺はしたよ)。お客さんたち、そこはちょっとなぁと思ってしまった。
この日のアンコールは二回。『星の降るような夜に』と新曲『夢を追う旅人』が演奏されたのを除けば、あとは『ガストロンジャー』や『ファイティングマン』などのお馴染みのナンバーを聴かせて──『この世は最高』では石くんと成ちゃんのふたりがいつになくしっかりとした声で「サイコー、サイコー」とコーラスをつけているのに感動した──怒涛の終幕……かと思いきや。
この日の締めにはとっておきのサプライズが用意されていた。
その一曲がなんと──『夢のちまた』。
なんと「序曲」ですよ、序曲。ライヴの締めに『「序曲」夢のちまた』。
これまではそのタイトルのとおり、オープニングで演奏されるのがほとんどだった静かめの曲だけれど、これがラストでも驚くほど映えた。
静かな分、それまでの喧騒の余韻を慈しむような気分になれる。さらには歌のあいまに宮本が「今日はどうもありがとう、エブリバディ」みたいなMCを挟むので、そのたびにわーっと歓声があがる。「ミヤジ~!」というエールがかかる。そして最後にあの「あぁ~今日も夢か幻かぁ~」という宮本の爆発的な大絶叫が待っているという。いやぁ、もう最高。
客とのコール・アンド・レスポンスがあった分、迫力に押されっぱなしの『待つ男』なんかとはまた違った、なんともいえない味わい深いエンディングでした。ほんと最高だった。この一曲でもって、今年の野音が過去最高のうちのひとつになるのが確定したといってもいいくらい。
最後のほうのMCで宮本が「皆さんの、いや、俺のおかげで27年もつづけてこられました。これからもついてこさせてやるぜ!」みたいな大言壮語を吐いていた。いいぞいいぞ、もっと言ってくれって思った。
そういや今年も最後に宮本が「ストーンズみたいにやろう」と言い出して、でも去年とはちがって、今年はちゃんとその言葉どおりに全員で肩組んで挨拶してくれた。最後の最後まで、本当に素敵なコンサートだった。
すべてが終わって、退場のために出口へと向かう人混みのなかで夜空を見上げたら、朧月がぼうっと滲むように輝いていた。
来年もまたこの場所にこられますように──って。
あの月にお願いしておいたらよかったかもしれない。
(Sep 22, 2016)
エレファントカシマシ
Zepp Tour 2016/2016年10月15日(土)/Zepp Tokyo
野音からわずか一月たらずで行われたエレカシのZeppツアーの東京二日目。
いまの懐具合だと一ヶ月に二度も同じバンドのライヴを観るなんて、どうにも贅沢すぎる気がするのだけれど、でも野音はチケットが取れるかわからなかったし、こちらのほうが先にチケットが発売になったので、スルーするわけにはいかなかった。もしも野音のチケットが先に入手できていたら、もしかしたら観ていなかったかもしれない。どうせ野音と同じような内容なんだろうと思っていたので。
でもこれがそんなふうに思った僕の予想を大きく裏切る内容だった。いやぁ、観ておいてよかった。エレカシ、なめてました。すいません。
この日のライヴを野音とは違うものにしていたのは、なによりキーボードの不在。この日のエレカシはメンバー四人+ヒラマミキオくんの五人編成だった。
これだけでもう、ぜんぜん印象が違う。鍵盤レスのエレカシの音はよりラフになる。でもミッキーがいるおかげで、昔よりは安定感もあるという。いい意味でバランスがとれた、ガリガリしたバンド・サウンドが楽しめて、とてもよかった。
この日は宮本がギターを弾く比率がいつもより高かったのだけれど──2曲目の『ズレてる方がいい』を初めとして、そのほか何曲か(もうなんだったか忘れている)で、「あれ、この曲ってギター弾いたっけ?」と思わされた──、それは以前のように「自分が弾かないとバンド・サウンドが成り立たない」という必死なプレーではなく、「まぁ、俺が弾いたほうが厚みが出ていいよね」くらいの余裕のある弾きっぷりだった。
そんなふうに宮本が余技的にギターが弾けるのも、ミッキーが足りない部分をがっしり支えてくれているからこそ。あらためて現在のエレカシにとってのヒラマミキオというギタリストの存在の大きさを感じさせるライヴだったと思う。
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キーボードがいないせいかどうかは定かじゃないけれど、この日はセットリストも野音とはずいぶんと違っていた。数えてみたら、あの日は演奏されていない曲が過半数を超えている。
まぁ、終盤の構成は野音と地つづきな感じが強かったけれど、それでも序盤の曲目をみるかぎりでは、まったく別のライヴといっていいほどの内容だった。さすが三十年近いキャリアはだてじゃない。いやはや、おそれいりました。
この日聴かせてもらえた曲で個人的に嬉しかったのは、『DJ in my life』、『おかみさん』、『世界伝統のマスター馬鹿』などの、第一部後半の楽曲群。
『おかみさん』ではなんと、石くんがバイオリンの弓でもってギターを弾くという、ジミー・ペイジ的な新技を繰り出して、びっくりさせてくれた(意外すぎる)。『マスター馬鹿』は僕にとっては生涯初の生『マスター馬鹿』だったので、感慨ひとしおだった。
あと、同じあたりで演奏された『リッスントゥザミュージック』も、「え~、キーボードもストリングスもいないのにこの曲やるのか!」という驚きがあった。でもってそれがしっかりと文句なしのいい音で鳴っているんだから、これまた感動的。とくに好きな曲ではないんだけれど、ちゃんと心に響きました。
順番は前後するけれど、頭のほうで演奏された『クレッシェンド・デミネンド』では、いまさらながら曲調が変わる部分でのトミのドコドコドコドコというドラム・ロールがカッコいいなと思った。
あと、かつてのライブでは『デーデ』と『星の砂』は間髪入れずにつづけて演奏されるのが常だったので、この日のようにあいだに何曲かを挟んで、それぞれべつべつに演奏される──しかも『星の砂』が先──ってのにも、ロートル・ファンとしては、なかなか感慨深いものがあった。
そういや『ハロー人生!!』で始まって『生命賛歌』で終わるという、アルバム『俺の道』収録の激渋シングル2連発も、地味ながらも個人的にはつぼだった。
ということで、ライヴ自体は素晴らしかったのだけれど、情けないことに最近疲れまくりの僕は、第一部が終わった時点ですっかりばてていて、第二部以降はすでに印象がおぼろ。そこからあとはポニー・キャニオン色が強くなったこともあり、疲れてモーローとしているうちに終わってしまった感じだった。同い年のバンドがこんなにパワフルで内容の濃いステージを繰り広げている前で、ただ観ているだけでへばりきってしまう俺って……。なんかすげー情けねぇ。面目ねぇ。
アンコールといえば、この日のライヴではここ何年かすっかり定着していた、何度目かのアンコールで出てきて、最後に『待つ男』や『花男』を一曲だけ歌って締めるというパターンを取らなかった。よもやアンコールは一度だけ──しかも最後は『四月の風』――ってのも、なにげに規格外だ。まぁ、最近「第二部」と呼んでいるのは、ひと昔前なら一度目のアンコールだったものなので、実質的には二回アンコールに答えているようなものだけれど。
僕としては当然『待つ男』を聴きたかったけれど、なにせ疲れ切っていたし、そういう肩すかしを食わせるような意外性もバンドとしてはありなので、この日はそれもまたオッケーと思った。
『四月の風』のあと、エレカシはこの日もストーンズのように肩を組んで挨拶をしてから去っていった。
変わらないようでいて、ちょっとずつ変わっている。そんなエレカシはいい感じで年を重ねていると思う。俺もへばってばかりいないで、見習わないといけない。
(Oct 30, 2016)