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最近の五本
正体
藤井道人・監督/横浜流星、吉岡里帆、山田杏奈/2024年/日本/Netflix
藤井道人という人が監督した映画を観るのはこれが三本目。連続ドラマの『100万円の女たち』も入れていいなら四本目。
ほとんど日本の映画を観ないくせに、それだけの作品を観ているのは、もちろんファンだから――ではない。単なる巡りあわせ。
まぁ、そのうち三本が野田洋次郎絡みで、この映画の主題歌はヨルシカなのだから、音楽の趣味はきっと近いんだろうなと思う。
この映画を観ようと思ったのは、評判がよさとヨルシカに惹かれたからだったけれど、いやでもこれはよかった。これまでに観たこの人の映画ではいちばん好き。
高校生のときに冤罪で死刑宣告を受けた青年が、脱走して正体を偽りながら無罪を証明しようと逃走生活をつづけるというサスペンス・スリラー。
最初の逃走劇を観たあたりで、これでもしも横浜流星がやはり犯人でした、なんてどんでん返しがあったら嫌だなぁとか思ったりしたけれど、さすがにそんなことはない。
あとスリラーだからこれまでの藤井作品のように泣かせにきたりしないだろうと思っていたら、そんなこともない。
逆にいちばん泣けた。油断していた分、ラストは涙腺ゆるみまくりだった。
日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞をとった横浜流星の化けっぷり――変装四人分と高校生のときと事後の顔でじつに六人分の顔を使いわけている――はさすがに見事だし、物語も最初から最後までスリリングで目が離せない。藤井作品に限らず、この十年くらいに観た邦画のなかではこれがいちばん好きかもしれない。
惜しむらくは、吉岡里帆が絡む二度目の逃走劇でパパラッチに正体を見破られる不自然さと、クライマックスの逮捕劇の演出。前者はなぜ正体がわかったのか説明不足だし、後者は僕の趣味からするとちょっとあざとすぎた。もしかしたらどちらも原作通りなのかもしれないけれど、その二点がもうちょっと違った形だったら満点だった。すごく惜しい。
とはいえ、間違いなくおもしろかった。まだ三月だから気が早いけれど、もしかしたら今年のナンバーワンはこれかもと思うくらいに。
(Mar. 29, 2025)
夜明けのすべて
三宅唱・監督/松村北斗、上白石萌音/2024年/日本/Netflix
上白石萌音と松村北斗という超人気者ふたりの共演作だから、あたりまえのように恋愛映画だと思っていたら、これが違う。このキャスティングで、ここまで恋愛度の低い映画って、逆に珍しくないですか?
この映画で上白石萌音が演じるのは、PMS(月経全症候群)という症状に悩む女性。一方の松村北斗もパニック障害という精神疾患に苦しんでいて、ともにその症状のせいで人間関係や日常生活に支障を来している。
彼らは病気のためにそれぞれの職場を離れざるを得なくなり、救いの手を差し伸べてくれた小さな町工場で職を得て、そこで出会って同僚となる。でもってお互いに病気持ちであることを知って、次第に親しくなってゆく。
ふつうならばそこからロマンスが始まるだろうところで、まったくそういう気配もないのがこの物語のおもしろいところ。ふたりきりでアパートの部屋で過ごしたりするくせに、そこから恋愛関係が発展していったりしない。お互いに好意は寄せつつも、あくまで親しい仕事の同僚以上にはならない。
そんなふたりの微妙な距離感から生まれるぬくもり。その感触がこの映画の全編を貫いているような気がする。
PMSを患う上白石さんは、生理の時期になると自分が制御できなくなり、無気力になったり、ヒステリーを起こして人にあたってしまう。とうぜん周囲との関係はそれでギスギスするのだけれど、演じているのがおっとりとした上白石萌音だからなのか、その演技は不思議と嫌悪感を抱かせない。それどころか逆にコミカルな雰囲気さえ漂わせる。深刻な話なんだから笑っちゃいけないだろう思いつつも、何度かくすりとしてしまった。
松村北斗もそこは同じで、本人たちが深く悩んでいるのは間違いないのだろうけれど、不思議と深刻なムードにはならない。説明的な描写の少ない淡々とした演出と、ポロンポロンと鳴るおだやかな音楽に負うところも大きいのかもしれない。
とにかく激しいところのほとんどない、全編にわたって非常におだやかな作品。おかげで盛り上がりには欠けるけれど、いろいろと過剰さばかりが溢れる世の中だからこそ、たまにはこういう映画があってもいいかなと思った。
(Mar. 27, 2025)
ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ
アレクサンダー・ペイン監督/ポール・ジアマッティ、ダヴィアン・ジョイ・ランドフル、ドミニク・セッサ/2023年/アメリカ/Amazon Prime
ポール・ジアマッティ主演で2023年のアカデミー作品賞にノミネートされたコメディ。
舞台は七十年代の男子寄宿学校。誰もが帰省して人影まばらになるクリスマス休暇中に、それぞれわけありで校内に取り残された三人――ポール・ジアマッティが演じる嫌われ者の教師と、ひとり息子をベトナム戦争で失ったばかりの学食の料理人(ダヴィアン・ジョイ・ランドフル)、再婚した母親からハブられた学生(ドミニク・セッサ)――が、嫌々ながら同じときを過ごすうちに、次第に打ち解けてゆく。
序盤の展開では、帰省できなかった学生が五人いたので、この子たちがなかよくなってゆく青春物語なのかと思っていたら、そのうち四人はコネを使った資産家の息子の帰省に便乗する形で姿を消してしまい、親と連絡が取れず許可が得られなかったひとりだけが取り残されるという可哀そうな展開に……。
結果として、体臭がひどい頑固者の老教師と、孤独な黒人中年女性、親に見放された悩める学生という三人が、校内に取り残されることになる。
とはいえ、それぞれ年が離れているし、立場も違うので、親しくなるにもほどがある。適度な距離感を持ちながら、お互いを受け入れあう――くらいの感じのほどほどの接近の仕方が、この映画のリアルなところだ。でもってそれゆえにそれほど感動的な映画にはなっていない要因でもある。
監督のアレクサンダー・ペインは、かつて『アバウト・シュミット』や『サイドウェイ』を撮った人だった。いわれてみれば、なるほどという感じ。べたな感動は狙っていないというか、なんだか微妙に受け取り方が難しくて、うまいこと感動させてくれないテイストがどれも似通っている。
(Mar. 05, 2025)
ボブ・マーリー:ONE LOVE
レイナルド・マーカス・グリーン監督/キングズリー・ベン=アディル、ラシャ―ナ・リンチ/2024年/アメリカ/Apple TV
僕はボブ・マーリーの大ファンというわけではないから、かの人の来歴についてはほとんど知らないこともあり、この伝記映画の序盤の展開には驚いた。
だって自宅に侵入してきた暴漢に、ボブ・マーリー(キングズリー・ベン=アディル)と妻のリタ(ラシャ―ナ・リンチ)、そしてマネージャーのドン(アンソニー・ウェルシュ)の三人が撃たれちゃうんだよ?
いきなりボブ・マーレ―が殺される衝撃シーンから始まり、過去にさかのぼるという演出なのかと思ったら違った。事件は殺人未遂に終わり、マーリーは軽傷、重傷を負ったリタとドンも助かるという展開。
そもそもリタ・マーリーはいまだご存命じゃんね? さすがにそれは知っていたので、なんだこの展開と驚いた。だってあのシーンを見るかぎり、この三人が助かるとはとても思えなかったから。そういう意味では、やや演出過多な気がした。
冒頭にいきなりそんな事件があったりするので、当時(僕が小学生のころ)のジャマイカは物騒だったんだなぁと思って観ていたら、そのあとのロンドンのシーンでもクラッシュもどきが演奏しているライブハウスの外はスラム状態で、「あぁ、当時の日本って本当に平和だったんだなぁ」と思ったという。
この映画は、すでにボブ・マーリーが有名になり、ジギーほか何人もの子供もいる時期から始まり、ときおり過去の回想シーンを交えながら、彼の音楽シーンでの活躍を描いてゆく。
ジャマイカが主な舞台で、登場人物はほとんどが黒人だから――主要キャラで唯一の白人であるクリス(演じているのはジェームズ・ノートンという人)はアイルランド・レコードの創業者だそうだ――マーリー以外の登場人物の見分けがつきにくく、そこにランダムに回想シーンがインサートされるから、なおさらわかりにくくなっている。
何度もリピートされる、子供時代のマーリーが焼け野原からひとり駆け出してくるシーンも、それが現実なのか幻想なのかわからなかったし、時系列を乱した演出があだとなり、ボブ・マーリーを知らない人にとってはいまいち不親切な映画になってしまっている気がした。
それでも使われている音楽は基本的にボブ・マーリーのオリジナルだし、ジャマイカの美しい風景や、いきいきとしたライブの再現シーンをバックに、彼が残した数々のレゲエの名曲をたっぷりと聴けるのは新鮮な経験だった。
少なくても音楽シーンは『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』や『エルヴィス』よりも好みだった。まぁ、単なる個人的嗜好の問題として。
(Feb. 13, 2025)
オッペンハイマー
クリストファー・ノーラン監督/キリアン・マーフィー、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・ジュニア/2023年/アメリカ
原爆の発明者ロバート・オッペンハイマーの半生を描いたことで、日本では公開が半年以上遅れた話題作。
クリストファー・ノーランほどの人気監督の作品が未公開のままで終わるわけがないのだから、いずれは公開せざるを得ないのはわかりきったことだ。話題になっているからこそ、さっさと公開してその是非を問えばいいのに。延期にするなんて馬鹿じゃないのと思った。
いざ観てみると、原爆投下によるアメリカの勝利に熱狂する人たちが描かれていたりはするけれど、キリアン・マーフィー演じる主人公のオッペンハイマーは決して肯定的な態度を取っていない。むしろ自らの発明が多くの人たちの命を奪ったことに苦悩の表情を見せている。この映画の公開を遅らせた人たちはなにを見ていたんだろう。
ただ、登場人物が多くて、それも科学者、政治家、軍人と、似たような堅苦しい肩書を持った人たちばかりなので、その辺の実話の知識が皆無なものとしては、とにかく話がわかりにくかった。
映像のシャープさやフラッシュバックを多用した演出など、表現面ではこれまでのノーラン作品と同じテイストなのだけれど、過去の作品が難解ながらもギリでエンタメ性を失っていなかったのに対して、この映画は原爆という深刻なテーマのせいもあって、エンタメとは呼びにくい仕上がりになっている。
ロバート・ダウニー・ジュニア(名演!)にせよ、マット・デイモンにせよ、年を取ったせいもあってこれまでとイメージが違うので、途中までその人と気がつかなかったりしたし、そのせいでキャスティングの豪華さもいまいちアピール度が低い。
ということで、現時点ではこれまでで、もっとも取っつきにくいノーラン作品だった。まぁ、二度、三度と観なおせば、また印象が変わるのかもしれない。
(Feb. 1, 2025)