2009年5月の映画

Index

  1. ジャンパー
  2. ザ・ハリケーン
  3. 風と共に去りぬ
  4. チャーリー・ウィルソンズ・ウォー
  5. スターダスト
  6. アイム・ノット・ゼア
  7. ノーカントリー
  8. ソードフィッシュ
  9. ペネロピ
  10. アメリカン・ギャングスター
  11. グレムリン
  12. アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生
  13. リボルバー

ジャンパー

ダグ・リーマン監督/ヘイデン・クリステンセン、レイチェル・ビルソン/2008年/アメリカ/BS録画

ジャンパー [Blu-ray]

 ダグ・リーマンの監督作品を観るのは 『ボーン・アイデンティティー』 『Mr. & Mrs.スミス』 につづいて、これが三作目だけれど、ことアクション映画ということについていえば、僕はいま、この人の映画が一番好きかもしれない。演出のリズムが見事につぼ。無駄なくてきぱきと話が進んでいって、観ていて気持ちいい。この手の派手な映画だと、普通はもっと長くなりそうなものなのに、1時間半にも満たない短さにまとめてみせたところにも好感が持てる。
 物語としては、ある日突然テレポーテーションの能力を発現させたいじめられっ子が、その能力にものを言わせてゴージャスな第二の人生を歩んでいるうちに、彼のような能力者を処刑してまわっている、サミュエル・L・ジャクソン率いる謎の秘密結社に命を狙われるようになるというもの。主人公が世界中どこでも好きな場所に瞬時にジャンプできるということで、渋谷や新宿でのロケ・シーンなどもあってちょっと驚いた。
 この映画に関しては、主人公がそれほど魅力的とは思えないし、彼のおいたちや母親(ダイアン・レイン)との関係、敵対組織の過去など、あまりに説明不足だと思う人もいるんだろうけれど、まあ、それはそれ。決して上出来な映画とは言えないかもしれないけれど、僕にはこれはこれで楽しかった。好きです、ダグ・リーマン――とか書いてみたら、なんだか告白しているみたいで、われながら気持ち悪かった。
 ちなみに 『スター・ウォーズ』 好きなうちの奥さんは「やっぱりアナキンはイヤなやつだ」とあらぬ非難をあびせてました。かわいそうなアナキン、じゃなくて、クリステンセン。
(May 06, 2009)

ザ・ハリケーン

ノーマン・ジュイソン監督/デンゼル・ワシントン、ヴィセラス・レオン・シャノン/1999年/アメリカ/BS録画

ザ・ハリケーン [Blu-ray]

 黒人差別による冤罪{えんざい}で20年以上の長きにわたり服役することになった実在の黒人ボクサー、ルービン・“ハリケーン”・カーターの半生を描く伝記映画。
 不勉強な僕は、ボブ・ディランのアルバム 『欲望』 の一曲目 『ハリケーン』 がこの映画で描かれる冤罪事件を歌ったものだということをまったく知らなかったものだから、この映画のなかでディランのローリング・サンダー・レビューのライヴ映像とともにその曲がかかるのを聴いて、「おー、これってこの事件の歌だったんだ」と思わぬ感銘を受けることになった。あらためて映画のあとで 『欲望』 を引っぱり出してきて聴いてみれば、歌詞の内容はこの映画の内容をなぞるかのよう。自分の至らなさとともに、ボブ・ディランのすごさを再確認してしまった。
 この映画では前半でその殺人事件に至るまでのルービン・カーターの半生を描き、途中からは彼の冤罪を晴らそうと立ち上がるカナダ在住の黒人青年レスラ(のちに 『24』 で初代黒人大統領デイヴィッド・パーマーの息子役を演じるヴィセラス・レノン・シャノン)とその扶養者たちの活動へと焦点が移る。レスラを養う白人男女三人の関係やその人となりが説明されていない点には、物語としての据わりが悪い印象があるけれど、まあ、この辺は映画のために脚色されている点などもあるみたいなので、仕方がないのかもしれない。
 それよりも後半になって物語の方向性が変わり――というかこの映画はそこからが本筋で、それはそれで見ごたえがあるのだけれど――、せっかくの熱演を見せていたデンゼル・ワシントンの存在感が薄れてしまうのがやや残念なところ。もしも後半になっても視点がぶれず、カーター中心で物語が語られていれば、彼がオスカーを逃すこともなかったかもしれない(99年の主演男優賞にノミネート)。どちらかというと 『トレーニング デイ』 よりもこの映画のほうが感動的で、オスカーにはふさわしいと思うだけに、惜しい。
(May 10, 2009)

風と共に去りぬ

ヴィクター・フレミング監督/ヴィヴィアン・リー、クラーク・ゲーブル/1939年/アメリカ/BS録画

風と共に去りぬ [DVD]

 僕はいい歳をしているくせに、映画史上に残る名画をいくつも見逃してきている。これもそのうちのひとつで、純然たる恋愛映画という間違ったイメージを抱いていたために興味がわかず、なおかつ四時間近い長さにたじろいで、これまでなかなか観る気になれないでいた。うちの奥さんがすでに観ていて、なおかつ彼女好みの映画じゃないというのも痛かった(大半の映画は彼女とふたりで観ているので)。そんなこの歴史的名画を、このゴールデン・ウィークになってようやく観た。
 でもって、観れみれば、そこはそれ。映画史に名前を残すほどの作品がつまらないわけがない。南北戦争による南部貴族社会の没落と復活を描く壮大な一大歴史絵巻として、十分に楽しめた。
 意外だったのが、恋愛映画としての側面。ここまで主演のカップルがすれ違いまくりの映画とは思ってもみなかった。最初は対立していた主人公ふたりが途中から熱烈に愛しあうようになるもんだとばかり思っていたら、いつまでたってもそうならない。スカーレット・オハラとレット・バトラーの関係は、ちっともべたべたしていないどころか、いまとなるとかなり現代的なんじゃないかと思うくらいにドライだ。少なくてもこの映画では、ふたりの関係の不憫さに胸を痛める人はいても、胸を熱くする人っていないんじゃないだろうか。意外な苦みのある男女関係の描き方には──主人公とは対照的なメラニーとアシュレーという善良なカップルをとなりに並べてみせた点も含めて──、かなり感心させられた。
 まあただ、南北戦争という歴史的悲劇の裏で繰り返されるオハラ家の家庭内悲劇には、作り手の作為が{にじ}んでしまっているし、主人公が最終的に愛より土地に救いを見いだすという点には、郷土愛というよりも、むしろ拝金主義的な匂いを感じてしまって、その点ちょっとなんだなあとは思う。それでもこの映画は十分におもしろかった。さすが名画。
(May 10, 2009)

チャーリー・ウィルソンズ・ウォー

マイク・ニコルズ監督/トム・ハンクス、フィリップ・シーモア・ホフマン/2007年/アメリカ/BS録画

チャーリー・ウィルソンズ・ウォー [DVD]

 アフガンでの戦争を支援するため裏で莫大な国家予算を動かし、みごとソ連を撤退に追い込んだアメリカの下院議員にまつわる実話を映画化した風変りな政治ドラマ。
 最初に主演がトム・ハンクスだと聞いたときには、本で受けたチャーリー・ウィルソンという人のイメージ――カーボーイ・ブーツを履いたテキサス出身のワイルドな政治家――にそぐわないんじゃないかと思ったのだけれど、いざ観てみればそこはさすが名優。最近かなり恰幅がよくなっていることもあって、眉間にしわを寄せたその姿はこわもてな政治家の役にふさわしかった。共演のフィリップ・シーモア・ホフマンも 『カポーティ』 の演技とは打った変わった渋い声で、冴えないルックスの切れ者CIA局員を好演している。この二人の演技はいつ観ても見事だ。
 いっぽうでジュリア・ロバーツの役どころ――中東を支援する慈善事業家?──は、原作でもそれほど目立っていないと思っていたらば、やはり映画でもそれほど出番は多くない。中東での戦争と政治の裏幕の話ということで、内容的に華やかさが足りないから、大物女優をキャスティングして無理やり話題を増やして加えてみましたという感じで、あまり彼女を担ぎ出した必然性が感じられなかった。
 どちらかというと、チャーリー・ウィルソンの第一秘書のボニーを演じるエイミー・アダムスがいい。ディズニーの 『魔法にかけられて』 で主演に抜擢された人らしいけれど(そちらも近日鑑賞予定)、なるほど、それもわかると思わせる、あまり政治家の秘書らしからぬ、健康な可愛さがある。カジュアルな僕の趣味からすると、おそらくお姫様を演じているよりも、こちらのミスマッチな役どころのほうが、魅力的なんではないかと思った。でもまあ、こちらはあくまで脇役なので、出番はそれほど多くないけれど。
 ということで、これはあまり華やかさは求めずに、主演の名優二人よる横紙破りの政治の内幕劇を楽しむべき作品かなと。だた、文庫上下巻とボリュームのあった原作からすると、内容も比較的あっさり目で、ややもの足りない感があった。
(May 10, 2009)

スターダスト

マシュー・ヴォーン監督/チャーリー・コックス、クレア・デインズ/2007年/イギリス、アメリカ/BS録画

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 『ロミオ&ジュリエット』 のクレア・デインズは、十代の女の子だけが持つ{はかな}さゆえに輝いていたけれど、あれから十何年後のこのファンタジー映画でも、彼女はふたたび輝いている。ただ、今回はまったくちがった意味で。目に見える形で。
 この映画で彼女が演じる役どころは「星」。映画スターとかじゃなく、夜空に輝く本当の星。魔法の国の王様(ピーター・オトゥールだそうです)が夜空に放ったルビーのペンダントにぶつかって、地上に落ちてきてしまった星の役。
 ということで、このたびの彼女は十代の若さの代わりに、CGによる特殊効果で光り輝いてみせるのだった。正直なところ、僕にはこの映画の彼女はとりたてて魅力的とは思えなかったので、そんな彼女がなにげに光っているのはけっこうおかしかった。
 なにはともあれ、この映画のファンタジー・ワールドでは、そんなふうに星が女性の姿をしているってのが暗黙の了解らしい。片想いの女性の心を射止めるために流れ星を手に入れようと魔法の国へとやってきた主人公のトリスタン(チャーリー・コックス)は、彼女と出会ってそうそう、なんの疑問も抱かずに、「あの星は君だったんだね」とかいって、いきなり彼女を拉致して自分の街へと連れ帰ろうとする。この辺の展開からして、なんだそりゃって感じで苦笑もの。
 そもそも彼女が自分を地上に落とす原因となったペンダントを、なんの説明もなくあたり前のように身につけるってのもすごい。で、実はそのペンダントを手に入れたものが王位継承者となるってんで、その国の王子たちが彼女のことを追い回すことになり、さらには星の心臓を食べると永遠の命が得られるってんで、ミシェル・ファイファー演じる恐い魔女が彼女のことを追っかけ始める。かくして三つ巴のクレア・デインズ争奪戦が巻き起こるのだった。
 さらに。王子や魔女を相手に、ありふれた庶民のトリスタンがはりあえるはずもないってんで、教育係としてロバート・デ・ニーロが登場(役柄は空飛ぶ海賊船の船長)。わずか数日でトリスタンを一人前の紳士に鍛えあげる。このへんの展開は──というよりもこの映画の全編が──とても少年ジャンプ的。高尚さはまったくないけれど、それでもとりあえず飽きさせない。
 変な役まわりを嬉々として演じているデ・ニーロやミシェル・ファイファーの大物二人はもとより、そのほかの脇役陣もみんな、いい味出していると思う。主人公の恋人ヴィクトリア役のシエナ・ミラーという女性も、損な役どころながらなにげに可愛い。だもんで、結局、終わってみれば、あまりぱっとしなかったのは主役の二人だけかなあと。そんな映画だった。
(May 13, 2009)

アイム・ノット・ゼア

トッド・ヘインズ監督/クリスチャン・ベール、ケイト・ブランシェット/2007年/アメリカ/BS録画

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 この映画はアイディア勝ち。しかも勝ちも勝ったり。老若男女6人の俳優陣にボブ・ディランの異なった側面を演じさせるという着想が素晴らしすぎる。
 伝記映画を撮る場合、まずは本人に似ている俳優を選ぶところから始まると思うのだけれど、この映画の場合、ボブ・ディランに似ているのはケイト・ブランシェットだけってのが、まずすごい。なにゆえ女性……。彼女の起用を思いついた人に幸あれ。
 いや、もしかしたら最初に彼女の起用を思いついたがゆえに、こういう独特の映画が生まれたのかもしれない。
 ルックス的には、彼女はまさに65年前後のディランにそっくりだ。けれど声だけ聞けば、そこはやはり女性。なまじ相手がだみ声のディランだけに、その声で全編を押し通すのは無理がある。でも彼女のルックスはぜひ使いたい。ならばいっそ、配役を多重化することで──なおかつ、あとの俳優はルックスを問わず、演技力だけでディランを表現できる演技派を起用することで──、ボブ・ディランという複雑な人間の持つ多様性を表現したらどうか。
 作り手が本当にそう思ったかどうかは知らないけれど、結果としてこの映画はそういう作りになっている。クリスチャン・ベール、ケイト・ブランシェット、ベン・ウィショーの三人が演じるのは、現実に存在するドキュメンタリー映像に即したディラン本人のクローン。
 ヒース・レジャーは表には出てこないディランの私生活を反映した映画俳優の役(彼の奥さん役のシャルロット・ゲンズブールがとても素敵)。『ダークナイト』 でのジョーカー役しか知らなかったので、僕はこの人の素顔を見るのは初めてだった。
 ディランの少年時代を演じるのはマーカス・カール・フランクリンという黒人の男の子。この子が黒人で、しかも左利きだというのにも、映画としてきちんと意味がある(それゆえ味もある)。ケイト・ブランシェットと並んで、このキャスティングの着想も見事だと思った。
 最後のひとり、リチャード・ギアはディランが出演した映画の主人公、ビリー・ザ・キッドの役だそうだけれど、あの映画のビリー・ザ・キッドはもっと若かったし、そもそもディランが演じていたのがビリー・ザ・キッドではなかったこともあって、この人の位置付けだけはいまひとつよくわからない。ディランがこの歴史的人物に憧れていたとかいう話も背景にあるらしい。なんにせよリチャード・ギアの出演シーンだけはあきらかに全編フィクション。このシーケンスには、そのほかのキャストも意味ありげにカメオ出演している。
 ボブ・ディランをモデルにした映画でありながら、ストレートな伝記映画というわけではなく、虚実入り混じりまくりで、内容は玉虫色。登場人物はすべて別の名前になっていたりするし(ボブ・ディランという名前は一度も出てこないんじゃないだろうか)、音楽もディランのオリジナル曲とカバー・バージョンがランダムに使い分けられていたりするしで、もうわかりにくいったりゃありゃしない。だけれど、この映画の場合、そうしたわかりにくさもまた魅力のひとつという気がする。少なくてもまた観たいと思わせる。一度観てなにもかもわかってしまうような映画よりはよほどいい。
 ということでこの映画、僕はとても好きだった。今回は深夜に小さな音で観てしまったので、いずれDVD(もしくはBlu-ray)が安く入手できるようになったら買って、大音量のサラウンドで観なおしたいと思う。
(May 13, 2009)

ノーカントリー

ジョエル&イーサン・コーエン監督/トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン/2007年/アメリカ/BS録画

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 コーエン兄弟のアカデミー賞受賞作をようやく観た。
 この作品については、観るまではあまり楽しめないんではないかと思っていた。すでに原作を読んでいるので、なんらかの手を加えていないかぎり、ストーリーとしての意外性はほとんどないはずだし、あとは映画としてのプラスアルファがどれだけあるかということになるけれど、原作の出来が素晴らしいだけに、さすがに厳しいんじゃないかと思った。なおかつ、僕は絶賛されている彼らの 『ファーゴ』 があまり好きではなかったので、あれと同じ系統のこの映画は、なおさら分が悪い気がした。
 で、いざ映画が始まってみたら、やはり印象はいまひとつ。僕が小説を読んで想像していたルウェリンは、失礼ながらジョシュ・ブローリンよりももっとスマートでカッコいい男だったし──そういえばこの人、『プラネット・オブ・テラー』 でお医者さんを演じてた人なんですね。気がつかなかった──、シガー(小説ではシュガー)も、もっと禍々{まがまが}しかった。序盤でもっとも印象的なはずの、シガーがドラッグストアの店主を相手にコイントスをするシーンからも、小説ほどの凄みは伝わってこなかった。
 ただ、そこはさすがコーエン兄弟、そのままでは終わらない。観つづけているうちに、僕は知らず知らずのうちにこの映画のリズムに引きずり込まれ、いつの間にか食い入るように画面に見入っていた。
 ほとんど音楽なしに淡々と進んでゆくこの映画は、小説とはまた違った静かな緊迫感であふれている。おそらく、その緊迫感を支えているのは、ハビエル・バルデム演じるシガーの、えも云われぬ迫力。初めはそれほどでもないかなと思っていたのに、いつの間にかすっかり魅せられてしまっていた。なるほど、これはオスカーも納得でした。
 もしかしたら 『ファーゴ』 もいま観たらすごく気に入るのかもしれない。
(May 13, 2009)

ソードフィッシュ

ドミニク・セナ監督/ジョン・トラボルタ、ヒュー・ジャックマン/2001年/アメリカ/BS録画

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 ヒュー・ジャックマン演じる前科ありの天才ハッカーが、政府の埋蔵金横領をたくらむジョン・トラボルタにそそのかされて、ど派手な犯罪計画に巻き込まれるというアクション・スリラー。
 この映画、ちょっとばかり配役でまずっていると思う。トラボルタの切れ者ぶりには、いまひとつ説得力がないし、ヒュー・ジャックマンが天才ハッカーだって設定にしても同じ。あんなマッチョなハッカーはいそうにない。トラボルタの場合、「太ってしまった往年の美丈夫」としてのユーモラスさこそが、再ブレイク後のいちばんの持ち味だと思うので、この映画でのユーモアを含まない格好よさは、どうにも収まりが悪いような感じがしてしまう(その点 『パルプ・フィクション』 の役どころは絶妙だった。さすがタランティーノ)。
 そういう意味では、この映画の場合、両者の役が逆転していたら、もっとしっくりしたような気がする。筋肉質でハンサムなジャックマンが天才的な犯罪者を演じ、太めのトラボルタが子煩悩な天才ハッカーを演じる。ジャックマンならばハル・ベリーとのツーショットも美男美女でふさわしいし、逆にブラック・ビューティーに惑わされるトラボルタって構図も、イメージ的には{はま}る。若くて大胆な天才犯罪者と、ちょっと歳は行っているけれど、いまだ他の追従を許さない世界トップクラスのハッカー。この設定のほうがよほどしっくりくると思うんだけれど、どうですか?
 それにしても、この映画、トラボルタ演じるガブリエルがテロリストへの報復をもくろむ狂信的な愛国者だったという設定になっているので、おそらく9.11以降の作品なのだろうと思ったら、意外や意外、公開されたのはあの事件のわずか2ヶ月後だった。つまり製作していた時点では、まだ同時多発テロは起こっていなかったものと思われる。それでいてこの内容なのかと思うと、9.11以前から、いかにアメリカがテロに悩まされてきたかが思いやられて、なかなか複雑な気分にさせられる。
 なんにしろ、そんな設定のせいもあって、素直に娯楽大作と割りきって気分よく終われない点も、この映画の欠点かもしれない。でもまあ、それなりにはおもしろかった。
(May 15, 2009)

ペネロピ

マーク・パランスキー監督/クリスティナ・リッチ、ジェームズ・マカヴォイ/2006年/イギリス、アメリカ/BS録画

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 先祖が魔女に受けた呪いのため、ブタの顔で生まれてきてしまった名家の令嬢、ペネロピを主人公にした現代のおとぎ噺。
 クリスティナ・リッチがブタの鼻をつけて、不遇な主人公を好演している(耳もブタだけれど、髪にかくれていてほとんど見えない)。どれくらい好演しているかというと、呪いがとけて、普通になった顔を見て、なんとなく淋しい、なんだかもの足りないと感じてしまうくらい。それくらい彼女のブタ顔は似合っていた。
 恋人役のジェームズ・マカヴォイも、疲れた優男{やさおとこ}ぶりが好印象。僕はUKロック・ファンなもので、こういうタイプのちょっと{やわ}そうな青年が一番しっくりくる。この主演ふたりの魅力だけでも、この映画はある程度、楽しめた。
 物語としても、(正直なところそれほど期待していなかったのだけれど)これが意外とよかった。とくに主人公がいかに呪いをとくかという部分に意外さがあって――しかもそれが非常にポジティヴなところが──、とてもいい。ただ、それで映画自体の魔法がとけてしまったかのように、その後の展開があまりぱっとしないのがなんだけれど。やはりこの映画のポイントはクリスティナ・リッチのブタ鼻だった。
 プロデューサーにはリース・ウィザースプーンが名を連ねていて、彼女はペネロピの最初の友達役として自らも出演している。原作の文庫本には彼女の序文が添えられているそうなので、どうやら彼女が惚れこんで映画化権を獲得したとかいう話なんだろうと思う。それならば自ら主演してもよさそうなものだけれど、あのブタ鼻は自分には似合わないと思ったのか、はたまた単にやりたくなかったのか。いずれにせよ、クリスティナ・リッチに主演を譲ったのは英断だった。まさにはまり役。
(May 18, 2009)

アメリカン・ギャングスター

リドリー・スコット監督/デンゼル・ワシントン、ラッセル・クロウ/2007年/アメリカ/BS録画

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 ギャングやマフィアといえばイタリア系。そんな固定観念を打ち破ったところに、この映画のおもしろさがある。終盤、主人公の悪事が発覚するところで、白人の捜査官が「黒人にそんなことできるわけがないだろう」みたいなことを云うけれど、まさしく黒人差別に根付いたああいう先入観を打ち破る形で頭角を現したのが、この映画でデンゼル・ワシントンが演じる実在の人物、フランク・マーカスという人だったわけだ。まあ、裏社会での麻薬取引という、まったく褒められない世界の人なので、よくやったとか、偉いとかは言いようがないけれど。
 なんにしろ主人公がアフリカン・アメリカンで、それまでのイタリア系マフィアとはまったく異なる、裏技的な方法で名を揚げた人物なので、この映画はこれまでのギャング映画とは似ても似つかない。それこそ 『ゴッドファーザー』 のようなスタイリッシュなギャング映画を期待して観た人には、かなり期待はずれの内容だと思う。僕もはじめのうち、ちょっと戸惑った。ようやくそのテーマに慣れて、おもしろいと思うようになったのは、半分くらい観たあたりからだった。
 この映画でその内容以上によかったのは、音楽の使い方。大半が70年代の黒人の話ということで、あの時代のソウルやファンクがたっぷりと使われている。やがて時が過ぎて、90年代に入ってからのラストシーン。その場面で流れるのがパブリック・エナミーの 『Can't Truss It』 という曲なのだった。これが見事に効いていて、めちゃくちゃカッコいい。かなり地味な終わり方ながら、このラストシーンが僕にとってのクライマックスだった。
 音楽といえば、このあいだの 『トレーニング デイ』 と同じく、この映画にもコモンやウータン・クランのRZAといった黒人ミュージシャンが出演している(僕はどちらも顔を知らないので、どの役かは不明)。 『トレーニング デイ』 は黒人監督だったので、そのコネかと思ったけれど、リドリー・スコットのこの映画でも同じようなキャスティングがなされているということは、もしかして音楽界とのかかわりはデンゼル・ワシントンの人脈なのかもしれない。
(May 24, 2009)

グレムリン

ジョー・ダンテ監督/ザック・ギャリガン、フィービー・ケイツ/1984年/アメリカ/DVD(吹替)

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 うちの子ももう小学校高学年だし、吹替ならばそろそろこういう映画も一緒に観られるかなと思って、ひさしぶりに家族そろって観てみたのだけれども……。
 いやぁ、これが見事にB級。こんなレベルの低い映画だとは思わなかった。なんで学生時代の僕はこんな映画を喜んで観ていたんだろうと、若き日の自分に苦言を呈したくなった。
 かわいい一匹の小動物が、莫大な数のモンスターに変身してしまうというアイディア自体は、いまでもおもしろいと思う。当時の最先端の特撮技術を駆使して、そうしたアイディアを映像化してみせた点で、この映画が人気を博したのもわかる。
 ただ、この映画のシナリオはあまりにいい加減だ。とくに大暴れしていたグレムリンたちが、映画館に全員集合して 『白雪姫』 を観ているってところでは、あまりの展開にあきれてしまった。なにそれ? なんで集まってんだか。そもそも水一滴で何匹も増えるグレムリンが、プールに落ちてあの程度の数にしかならないってのがあり得ない。子供だましもいいところだ。
 それでもまあ、はじめから子供向けと割りきって、もっときちんと子供向けに徹していてくれれば、まだ許せるのだけれど、この映画の場合、中途半端に人を殺していたりするから困りもの。嫌なおばさんだからって殺してもいいなんてこたあ、ないでしょうに。
 子供向けの映画ならば、あれくらいのパニックでなお死者ひとり出さないってくらい、ご都合主義に徹してほしい。そうでないのならば、逆に子供に人の死ぬ意味を考えさせるくらい、真面目に作ってほしい。人の死ぬシーンで笑いをとるなんて、もってのほかだ。
 老婦人を窓から放り出すシーンにしろ、グレムリンをミキサーにかけるシーンにしろ、この映画のユーモアは、自らの残酷さに無自覚な、いたずら好きの小学生となんら変わりがない。たんに子供が想像をたくましくしているだけならば仕方ないけれど、この映画の場合、大人が大金を投じてそんなものを娯楽にしてしまっているからたちが悪い。
 まったくもって、製作総指揮に名を連ねるスティーヴン・スピルバーグの若気の至りとしか思えない、なんとも無邪気なB級娯楽映画だった。
 などと、さんざんケチをつけておきながら、近いうちに続編も観る予定。
(May 24, 2009)

アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生

バーバラ・リーボヴィッツ監督/2006年/アメリカ/BS録画

アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生 [DVD]

 ジョン・レノンが裸でヨーコに抱きついている有名な写真。ジョンの死の直後にローリング・ストーン誌の表紙を飾ったあの写真を、ジョンが射殺される数時間前に撮影したというのが、このドキュメンタリーの主役、アニー・リーボヴィッツ。
 この人は初期のローリング・ストーン誌の専属カメラマンとして活躍したという女性で、ロック・ファンならばこの映画を見て、おおっこの写真も彼女が撮ったのかと、感心すること受けあい。僕に馴染みのあるところでは、スプリングスティーンの 『ボーン・イン・ザ・USA』 で星条旗に見立てたジャケットの写真を撮ったのがこの人だった。
 もっとも、その時期にはもうローリング・ストーンを離れて、ヴァニティ・フェアに移籍していたそうで、舞台を音楽業界からファッション業界へと移籍したあたりから、なおさらその名声は高まり、以降はセレブ御用達の超一流カメラマン(いやカメラウーマン)として、誰ひとり並ぶことのないステータスを築いているという。世間を騒がせたデミ・ムーアの妊娠ヌードもこの人の作品だとか。
 そんな人の半生をたどるドキュメンタリーだけあって、まるでスライドショーのように、数々の傑作写真がスクリーン上を彩っている。ミック・ジャガーやキース・リチャーズを始めとしたロック・ミュージシャンや映画俳優ら、多くの著名人のインタビューが織り込まれているし、英米のポピュラー・ミュージックや映画が好きな僕にとっては、とても楽しめる内容だった。
 なんでもこの人は作家のスーザン・ソンタグと親密な関係にあったそうで(つまり同性愛ということなんだと思うけれど、この映画の中では詳しくは説明されていない)、その人に関心のある人も一見の価値ありです。
(May 24, 2009)

リボルバー

ガイ・リッチー監督/ジェイソン・ステイサム、レイ・リオッタ/2005年/イギリス、フランス/BS録画

リボルバー DTSスペシャル・エディション [DVD]

 僕はガイ・リッチーのこの映画、以前の 『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』 や 『スナッチ』 同様、雰囲気的にはとても好きだ。カメラワークや音楽の使い方はスタイリッシュに決まっているし、銃撃戦も臨場感たっぷりだし、とてもかっこいいと思う。
 ただ、今回は終盤のシナリオに難がある。いや、あるどころの話じゃない。大あり。冒頭からやたらと主人公のモノローグが多いなあと思っていたら(以前の作品からユーモアを取り除いて、代わりに文学性を盛り込んでみたかのようだ)、やがて映画全体がモノローグであふれかえって、どんどんわけがわからなくなってゆく。
 で、結局、作り手自身がそんな展開にうんざりして投げ出してしまったみたいに、唐突で意味不明な終わり方をする。あれだけ謎をちりばめておきながら、結末をはっきりと描かずに終われば、そりゃ誰だって欲求不満になるだろう。まるでエヴァンゲリオンの最終回状態。いや、あそこまで強烈な吸引力はないので、それでは褒めすぎというもの。これじゃ酷評されても仕方ないと思う。途中まではいいムードだっただけに、とてももったいない。
 ほんと、なまじ俳優陣がいい演技を見せてくれているだけに、なおさら残念だ。主演のジェイソン・ステイサムはかっこいいし、レイ・リオッタも 『グッドフェローズ』 の役がそのまま歳をとったような情けない悪玉を好演しているし、アンドレ・ベンジャミンという小柄な黒人俳優とヴィンセント・パストーレ( 『ザ・ソプラノズ』 のビッグ・プッシーの人。先日の 『ザ・ハリケーン』 に出ていたと思ったら、こんなところでまた再会した)のコンビや、殺し屋ソーター役のマーク・ストロング(こちらも少し前に観た 『スターダスト』 でいちばん目立つ王子を演じていた人だった)など、脇役陣も個性豊かでみな印象的だ。これで結末がもうちょっとちゃんとしていたら、段違いにいい映画になったんじゃないだろうか。こんなにもったいない映画はめったにないと思う。
 そういえばエンドロールをノン・クレジットにして、真黒な画面で延々と音楽だけを流してみせた演出も意味不明だったし(そもそもこの映画、まったくクレジットがないんじゃないだろうか)、いったいどうしてガイ・リッチーはこんな映画を作ってしまったんだろうと不思議に思わずにはいられない、そんな謎の作品だった。ほんと、もったいないにもほどがある。
(May 26, 2009)