2008年4月の映画
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シッコ
マイケル・ムーア監督/2007年/アメリカ/DVD
アメリカの医療保険制度の暗部にメスをあててみせたマイケル・ムーアの最新作。
この映画を観ると、イギリスかフランスかカナダに引っ越したくなる。いや、この際、キューバでさえいい──アメリカと日本でなければ──そんな気がしてくる。
とにかくアメリカはひどい。要するに健康保険の民営化ってことなんだと思うけれど、あの国の健康保険は70年代前後から民間の企業によって運営されているらしい。そして、それらの企業は利益追求のあまり、あまりに国民の健康をないがしろにしているとムーアは告発する。
本当にそのひどさは目にあまる。事故で指二本を切断してしまった人が、つなげるには中指で6万ドル、薬指で1万5千ドルが必要だと請求されて、泣く泣く薬指だけ治して済ませたとか、意識を失って救急車で運ばれた女性が、事前の申請がなかったから保険はおりませんと言われたとか──気を失っていたのに、どうやって連絡すればいいのよと、その女性は憤慨していたけれど、本当にそのとおり──、冗談じゃ済まないない話のオンパレード。保険料を未払いの人ならばともかく、ちゃんと払ってる人までがなんでこんな目にあわなくちゃならないのかと思う。
母国のあまりのひどさにあきれ、海外に目を向けたムーアは愕然とすることになる。カナダ、フランス、イギリスと、彼が取材に出かけた先進国のすべての国で、医療費はタダだった。さらにはとなりの敵国、キューバでさえ……。イギリスでは低所得者のために、病院までの交通費を、病院側が払い戻してさえいるのには、あまりの違いように苦笑せずにはいられない。
アメリカほどではないけれど、日本でも大きな手術となると何百万もしてしまうわけで、この国も状況はアメリカに似たようなものだと思う。イギリスやフランスならば、どんな手術でも無料らしい──もちろん、その陰には高額な保険料を払っている人がいるということなんだろうけれど、それでも貧しい人が病気で苦しんでいるときに、それを見殺しにするよりは──この映画で見るかぎり、実際に現在のアメリカはそうしている──、出せる人が出せるだけ出して、全員で支えあうという姿勢のほうが、圧倒的に正しいと思う。
僕は以前、『トレイン・スポッティング』 の原作だったか、それに類するイギリスの作品を読んだときに、主人公が働きもせずに失業保険をもらって暮らしているのに、どうしてそんな風に保険が適用されるのか、不思議に思ったものだった。けれど、この映画を観るかぎり、どうやら向こうの国では、たとえそれが社会不適合者であっても、全体の利益を考えれば救うべきだという互助精神が根付いているらしい。自己中心的な不正ばかりがはびこるいまの日本にいて、この映画で描かれるような不自然なまでに弱肉強食なアメリカ社会の現状を見せられると、そんなイギリスのような国のあり方が、うらやましくて仕方なくなる。
いや、それはどんな国にだってそれぞれ問題はあるんだろう。それでも僕は弱者を一方的に切り捨てるような社会の一員ではありたくない。この国をアメリカのようにしてはいけない。健康保険という、日本人としても関係のある問題をとりあげていることもあって、僕はこれまでのマイケル・ムーアの映画の中で、この作品にはもっとも考えさせられた。
(Apr 12, 2008)
デス・プルーフ
クエンティン・タランティーノ監督/カート・ラッセル、ゾーイ・ベル、ロザリオ・ドーソン/2007年/アメリカ/DVD
うちの奥さんが好きなので、タランティーノの監督作品はひととおり観てきているけれど、正直なところ、僕自身はこれまで、この人の映画にそれほど惹かれていなかった。
でも今回のこの作品はめちゃくちゃ好きだ。物語の大半を占めるのは、たわいのないガールズ・トークだし、前半の山場となるクラッシュ描写など、目を背けたくなるくらいに残酷でグロテスクだし、冷静に考えるとあまり趣味がいい映画だとは思えないのだけれど、それでいてこの作品のラスト15分か20分間には、そんな冷めた視線を寄せつけない、とんでもない痛快さがある──少なくても僕にとってはあった。
いやあ、笑った、笑った。おもしろすぎた。ほんとにこの映画のラスト15分かそこら──ドレッドヘアの女の子が銃をぶっぱなしてからあと──は問答無用に大好きだ。そのためだけに何度でも、頭っから観なおしたい。なんだかまわりは「おもしろかったね」くらいの感じで、それほど興奮していないみたいなのに、不思議とひとり、おかしなくらいに盛りあがってしまった。
映画の内容はといえば、カート・ラッセル演じるピントがずれた感じのスタントマンあがりのサイコ野郎が、白人黒人取り混ぜたバラエティに富んだ美女たちをクルマで襲うというサイコ・スリラー仕立てのカー・アクション。スタイル抜群の美女らがあけすけなトークを繰り広げるまったりとした部分と、スピード感溢れるカー・チェイスの部分との緩急のつけ方がとても効果的だった。
配役でおもしろいのが、チャレンジャーのボンネットに乗っているゾーイ・ベルという無名の女性。この人はなんと 『キル・ビル』 でユマ・サーマンのスタントをやった人で、そのときにタランティーノに見初められて、監督じきじきのご指名で、今回の実名での出演となったのだそうだ。
あと、プロポーション抜群のジャングル・ジュリア役の黒人女性は、シドニー・ポアチエの娘さんだとか。言われてみると、なんとなく似ている。『25時』 や 『シン・シティ』 に出ていたロザリオ・ドーソンが、思わぬ運動神経のよさで繰り出す、強烈なかかと落としも最高でした。
(Apr 25, 2008)
プラネット・テラー
ロバート・ロドリゲス監督/ローズ・マッゴーワン、フレディ・ロドリゲス、ブルース・ウィリス/2007年/アメリカ/DVD
片足にマシンガンをつけた美女の立ち姿がとても印象的な、B級フィーリング溢れるゾンビ系アクション・スプラッター・ホラー。
普段、この手の映画はまったく観ないのだけれど、これはもともとは、タランティーノの 『デス・プルーフ』 と一本にまとめて公開された作品だというし、それじゃあ観ておこうということになった。でもやっぱり、この手のスプラッターな映画はあまり得意じゃない。べたべた、ぐちゃぐちゃしていて、生理的に苦手。大嫌いな注射のシーンもあるし、わけもなく子供を殺していたりするし、基本的にわざと悪趣味なB級路線のものを目指して作っているのはわかるけれど、それはちょっとどうなんだと思う場面もしばしばだった。
でもまあ、そういう悪趣味な部分をあえてさらりと流して、荒唐無稽なアクション映画として観るならば、90分と短いわりには見どころは満載だし、演出もテンポがよくて、そこそこ楽しめる映画だった。女医さん役のマーリー・シェルトンが、車のドアで手首を折るところの悲惨なギャグなどは、かなりの傑作だと思う。
音楽ファンとして注目すべきところでは、ブラック・アイド・ピーズのファーギーがちょい役で出演して、無残に殺されてます。
(Apr 26, 2008)
グラインドハウス
ロバート・ロドリゲス、クエンティン・タランティーノ監督/2007年/アメリカ/DVD
前の2作品──『プラネット・テラー』 と 『デス・プルーフ』 ――を1本につなげて、その間に実際には存在しない映画の予告編3本──ロドリゲス本人が監督した冒頭の 『マチェーテ』 も加えれば4本──をはさんだ企画もの映画。
昔のアメリカにはこの手のB級映画を、2本立てか3本立てで上映するグラインドハウス方式という映画館があって、タランティーノたちは若いころにそこで映画への愛情を養ったのだとかで、今回この作品でその映画館へのオマージュをささげているらしい。なので両方とも、わざと画質を傷だらけにしたり、途中でフィルムが焼ききれたというギミックを加えたりして、古めかしさを演出している。
それそれの作品の単体バージョンと見比べると、 『プラネット・テラー』 のほうは、細かいシーンがいくつか削除されているくらいで、ほとんど変わりがない。 『デス・プルーフ』 のほうは、ラップ・ダンスのシーンと、コンビニの駐車場でのシーンがまるまるはしょられている。おかげで最初にこっちを観たときには、ラップ・ダンスっていったいなにって感じだったので──「ラップ」は膝のことで(ラップトップのラップですね)、ストリッパーがお客の膝の上で踊ってみせる挑発的なダンスのことだそうだ。アメリカ人にとっては、あたり前の知識なんでしょうか──、単発のほうにはそのシーンがあったのは、ちょっと嬉しかった。
両方とも同じ町を舞台にしている設定らしく、『プラネット・テラー』 で車から流れ出すラジオ放送でDJがジャングル・ジュリアに曲を捧げていたり、『デス・プルーフ』 に 『プラネット・テラー』 の女医さんや双子のベビーシッターがちょい役で登場したりするのも一興。そういった点は見落としがちなので、余裕があるならば、2本が合体したこのバージョンを観てから、それぞれを単体で観なおすというのが、理想的だと思う。
そうそう、『プラネット・テラー』 で片足マシンガンの美女チェリーを演じたローズ・マッゴーワンが、『デス・プルーフ』 では最初の犠牲者となるブロンド美女に化けているのは、あまりにイメージが違っていて、ちょっとした驚きだ。
(Apr 27, 2008)
グッドナイト&グッドラック
ジョージ・クルーニー監督/デヴィッド・ストラザーン/2005年/アメリカ/DVD
赤狩り旋風の吹き荒れる50年代のアメリカで、その風潮にまったをかけて喝采を浴びたニュース・キャスター、エドワード・R・マローと報道仲間たちの姿を描くモノクロ映画。ジョージ・クルーニーが二本めの監督作品にして、アカデミー賞6部門にノミネートされて話題になった。
この映画でおもしろいのは、赤狩りの陣頭指揮をとったマッカーシー上院議員の役に俳優を起用しなかったこと。上院議員の登場シーンには、すべて実際のドキュメンタリー映像が使用されている。そうした手法を用いる上で、現実の映像とフィクションの部分を違和感なく組み合わせるため、ジョージ・クルーニーはあえてこの映画をモノクロで撮ったんだろう。結果は上々。マッカーシー議員は、まるでこの映画のために、最良の演技をしているかのようだ。
この映画でもうひとつ印象的なのが、喫煙シーンの多さ。最近の映画でこれくらい誰も彼もがスパスパとうまそうにタバコを吸う映画も珍しいんじゃないだろうか。観ていると酒が飲みたくなって仕方なくなる映画というのがたまにあるけれど、タバコ好きな人がこれを観たら、タバコを吸いたくなること間違いなし。禁煙中の人は観ないほうがいい。目の毒だ。
DVD二枚組みの豪華版には、実際のエド・マローを紹介したヒストリーチャンネルの一時間番組が収録されていて、本人の素顔が見られるのが嬉しいところ。ただ、その番組が字幕ではなく、吹替なのはいただけない。おそらく、NHKあたりが放送した吹替版を買ってきてそのまま収録したのだろうけれど、映画のタイトルにもなっているエド・マローの決め台詞 「グッドナイト&グッドラック」を、吹替で「おやすみなさい、ごきげんよう」とか聞かされたのではがっかりだ。オリジナル音声が収録されているものの、ヒアリングのできない人間には無用の長物だし、わざわざ豪華版として売り出しているのだから、ここはやはり少しくらい手間をかけてでも、字幕をつけて欲しかった。
(Apr 27, 2008)
コラテラル
マイケル・マン監督/トム・クルーズ、ジェイミー・フォックス/2004年/アメリカ/DVD
ジェイミー・フォックス演じる、ロサンジェルスのしがないタクシー運転手が、トム・クルーズ演じる殺し屋をお客として乗せたことから、大変な一夜の騒動に巻き込まれるというクライム・スリラー。
『ヒート』 にしろ、この作品にしろ、マイケル・マンの作品は、映像はきれいだし、話はおもしろいしで、なかなか好印象なのだけれど、それでいてラストがあまりにありきたりな印象があるのが残念。あとほんのもうちょっとだけでも繊細な終わり方をしてくれれば、絶賛ものなんだけれど、そうじゃないところが惜しい。
でもまあ、そんな風に不満を感じるところはあるにせよ、この映画はかなりおもしろいと思う。そんなのありですかって展開があちこちにあるにもかかわらず、そういうご都合主義的なところがきっちりと物語にうまく収まっていて、嫌味がない。アクション映画としては、非常によくできていると思う。トム・クルーズのターミネーターばりにタフな殺し屋ぶりと、彼の破天荒さにおろおろするジェイミー・フォックスの小市民ぶりの対比がとてもいい。
(Apr 27, 2008)