2025年2月の本

Index

  1. 『哀しいカフェのバラード』 カーソン・マッカラーズ
  2. 『美術の物語』 エルンスト・H・ゴンブリッチ
  3. 『ムンクを追え!』 エドワード・ドルニック
  4. 『四十七人目の男』 スティーヴン・ハンター
  5. 『薬屋のひとりごと12』 日向夏

哀しいカフェのバラード

カーソン・マッカラーズ/村上春樹・訳/新潮社

哀しいカフェのバラード

 村上春樹によるカーソン・マッカラーズの翻訳三作目。
 ボリューム的には中編小説なので、通常は単体で刊行されない作品だけれど、春樹氏にとって愛着のある作品なので、今回は山本容子さんというイラストレーターの挿画をたっぷりと加えて単行本化してもらったそうだ。
 とはいえ、僕にはこの作品のなにがそこまで春樹氏の琴線に触れたのかわからない。
 ウィリアム・フォークナーやフラナリー・オコナーなんかもそうだけれど、アメリカ南部発の文学には、どうにもわかりにくいところがある。
 明瞭な書き方を避けて、ぼやかした表現をつかう傾向が強いせいか。人間関係のなりたちが唐突で、なんでそういう展開になるのかわからないことが多い。少なくても僕にとってはそういう印象が強い。単に読書家としての力量不足のせいかもしれない。
 この作品でも、なぜにアミーリアが若き日に突然結婚して、あっという間に離婚したのか、警戒心が強そうな彼女がなにゆえ突然現れた従兄弟を名乗るライモンをいともたやすく受け入れたのか、でもってそのライモンがアミーリアの元夫マーヴィン・メルシーになにゆえ執着したのかとか、さっぱりわからない。
 でもって、困ったことにそのわからないところこそがこの文学作品の核心的なものだという気がする。
 彼ら主要キャラ三人が営むいびつな三角関係は、おそらく彼らを取り囲む脇役の近隣住人にとっても理解不能なものだろう。僕のような凡庸な読者は、彼らと一緒になって、物語の展開をあぜんとして眺めているばかりということになる。
 そんな不可思議な関係から生み出される理不尽で謎めいた愛憎劇には、ある種のホラーに近いものがあるように思う。決して超常現象が起こるわけでも、化け物が出てくるわけでもないのに、なんとなく気味の悪いところがある。このわけのわからない不気味な感触が、アメリカの南部文学のひとつの特徴なのではという気がする。
 少なくても僕はそんな風に感じている。
(Feb. 06, 2025)

美術の物語 ポケット版

エルンスト・H・ゴンブリッチ/天野衛、大西広、奥野皐、桐山宣雄、長谷川宏、長谷川摂子、林道郎、宮腰直人・訳/河出書房新社

美術の物語 ポケット版

 なんでも「世界一読まれている美術史の本」なのだそうだ。
 新装版の発売がSNSで話題になっているのを見て、つい欲しくなってしまったので買ってきた。
 僕が買ったのは「ポケット版」だけれど、オリジナル版は文章で取り上げた作品がすぐにその場で見られるよう、ページのレイアウトに徹底的にこだわったところがポイントなんだそうだ。
 新書サイズのこのポケット版では、そうしたレイアウトを再現するのは物理的に不可能なので、前半に文章、後半に図版をまとめて掲載する形を取っている。でもって、両者を行ったり来たりできるようにと、しおりが二本ついている。
 また、一千ページを超えるボリュームの厚さを抑えるため、図版のカラーページ以外は、辞書に使うような薄い紙が使われている。表紙のカバーにもぬるっとした手触りの独特の紙が採用されている。そんな個性的な装丁が僕にはとてもツボ。
 まぁ、本文と図版を行ったり来たりするのはけっこう読みにくかったし、図版の絵も新書サイズだとどうにも物足りなくて、もっと大きなサイズで見たいと思うことが多かったので、読みものとしては通常版(B5変型)で読んだほうが絶対に楽しいと思うんだけれど、ことモノとしての本としては、このポケット版はとても魅力的だ。本好きとしての所有欲に訴えまくりの一冊だった。
 ただし、小さいながらも後半はまるごとカラー画版というつくりなので、ある種の美術カタログとしても楽しめるかと思っていたら、写真は本文を説明する資料という位置づけなので、僕が当然載っていると思っていた作品――ドラクロアの『民衆を導く自由の女神』やブリューゲルの『バベルの塔』など――で掲載されていない作品がけっこうあるのは残念だった。
 その一方で美術的な価値はそれほどでもなさそうな素描や習作がいくつか載っている。また、刊行が戦後すぐの1950年ということで、それ以降に活躍したアンディ・ウォーホールなどは対象の圏外。ジャポニズムが印象派に影響を与えた例として、北斎と写楽が一枚ずつ取り上げられているけれど、なぜその絵ってセレクションだったりするし、東洋美術に関する説明はきわめて限定的だった。
 なので『美術の物語』と名乗ってはいるけれど、実質的には『西洋美術の物語』と呼んだ方が正しい内容だと思った。まぁ、戦前から活動しているヨーロッパの美術研究家としては、東洋の知識が乏しいのも致し方ないんだろう。
 それでも内容的にはとてもおもしろく読めた。
 僕は美術というものは、風景画や静物画のような写実的なものから始まって、次第に抽象的なものへと遷移していったものだと思い込んでいたけれども、美術の世界で風景画が生まれるのはようやく十九世紀に入ってからだと知って、目からウロコだった。
 ギリシャ・ローマ時代の彫刻や、ルネッサンスのフレスコ画、宮廷貴族のための肖像画など、それ以前の美術はすべて権力者や教会からの要請によって生み出されたもので、描くべきテーマがあらかじめ決められていた。でもって絵をかかせたがる人たちは、ごく普通の風景の絵を欲しがったりはしない。
 なので、なにげない風景をただそのまま描いた風景画が美術史に姿を表すのは、宗教改革やフランス革命をへて、民主主義が芽生えて以降のことなのだそうだ。
 なるほど。勉強になりました。
(Feb. 08, 2025)

ムンクを追え! 『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日

エドワード・ドルニック/河野純治・訳/光文社

ムンクを追え! 『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日

 『美術の物語』のあと、せっかくだから美術つながりということで、積読にあったこの本を読んだ。1994年にオスロの美術館から盗まれたムンクの『叫び』を取り戻すまでを描いたノンフィクション。気がつけば二十年近く前に刊行された本で、いまや絶版だった(わりとよくあるパターン)。
 この話でおもしろいのは、盗難にあった絵画の奪還計画に乗り出すのが、盗まれたノルウェーの警察ではなく、管轄外のロンドン警視庁の特捜班であること。
 ノンフィクションの主役であるチャーリー・ヒルを中心としたイギリス人の美術品盗難事件の専門家たちが、自分たちならば事件を解決できるとしゃしゃり出て――それゆえノルウェーの警察と軋轢を生みながら――見事に事件を解決してしまう。その顛末がまるでフィクションばりにおもしろい。まさに事実は小説よりも奇なり。
 メインストーリーは『叫び』の盗難事件だけれど、それに絡めて、過去に発生したいくつもの盗難事件の顛末がインサートされて、入れ子構造になっているところにも小説っぽさがある。まぁ、おかげで物語の流れが断続的になり、語りがスムーズさを欠くきらいはあるけれど、一編の物語として僕はとても楽しく読ませてもらった。
 『美術の物語』を描いたゴンブリッジの(あの本からの?)引用があったり、以前なら馴染みがなかったティツィアーノ、カラヴァッジョ、ファン・アイクらの名前が出てきたりして、まさにこのタイミングで読んで大正解って一冊だった。
 それにしても、金に目がくらんだ泥棒たちに盗み出されたせいで行方不明になったままの名画が世界にごまんとあるという話には、なんともやる瀬ないものがある。バブル期の日本の資産家が、金にものを言わせて手に入れた名画を、自分が死んだら一緒に棺桶に入れて焼いてくれと言ったとかいう話も、同じ日本人として恥ずかしい。
(Feb. 19, 2025)

四十七人目の男

スティーヴン・ハンター/公手成幸・訳/扶桑社BOOKSミステリー/Kindle(全二巻)

四十七人目の男(上) (扶桑社BOOKSミステリー) 四十七人目の男(下) (扶桑社BOOKSミステリー)

 十一年ぶりに読むボブ・リー・スワガー・シリーズの第四弾。
 日本絡みの作品だという噂は知っていたけれど、まさかこんな珍品だとは思わなかった。いろいろと予想外すぎてびっくり。
 なんたってまず冒頭に日本の時代劇で活躍した著名人らへの献辞がささげられている。
 小林正樹、五社英雄、黒澤明……と始まって、総勢数十名。僕なんかにはまったくなじみのない映画監督や俳優に混じって、角川春樹、山田洋次らの名前もある。さらには上戸彩、永瀬正敏に、いまや時の人、真田広之とくる。なにこのラインナップ。
 物語に入れば入ったで、いきなりアール・スワガーが参戦した硫黄島での戦闘シーンから始まって、こちらの意表をつく。ボブ・リーの話を読むつもりでいたのに、いきなり父親が登場。しかも時代は第二次大戦中。
 結局アールのその戦闘の結果として、とある日本人が息子のボブ・リーを訪ねてくることになり、その縁で日本を訪れたボブ・リーが、いわくつきの一刀の剣をめぐり、ヤクザとの抗争に巻き込まれることになる。
 舞台は日本だから、一般の旅行者として入国したボブ・リーは銃を手にすることはできない。彼は知人のつてで紹介された道場で、剣術を基本から学び、殺し屋との決闘へと乗り出してゆく。
 ――って、いや、なにこの小説?
 まさか現代を舞台に、アメリカ人が書いたチャンバラ小説を読まされることになるとは思わなかった。
 だって、ポルノ業界を牛耳る黒幕を成敗するために、新選組を名乗るヤクザの殺し屋集団と、ボブ・リーが自衛官やCIAらと四十七人のチームを組んで、チャンバラで対決するという話ですよ? マジなにこれ? あまりの展開に唖然。
 もとより人がばたばたと殺されてゆくシリーズだけれど、今作は凶器が銃ではなく日本刀ということで、血生臭さは過去一。あちこちでその残虐さにへきえきとした。
 ハンター自身は親日家なのかもしれないけれど、彼が描く現代日本の風俗は決して好意的なものには思えない。
 この小説で描かれる日本は未知の魔界だ。日本人の僕にとってもそうなのだから、西洋人にとってはなおさらだろう。残念ながらこれを読んで日本が好きになる人っていないんじゃないだろうかと思ってしまった。
 とはいえ、いろいろと張り巡らせた伏線を回収してゆくハンターのページターナーとしての腕前はさすがに見事だ。僕が日本人でなければ、もっと楽しめたのかもしれない。――そんなことを思った珍妙な一品。
 まぁ、誰もが予想しただろう伏線が回収されて、最後にボブ・リーと日本を結びつける新たな絆も生まれるし、スワガー一家の今後が気になるので、次の作品は今年のうちに読みたいと思う。
(Feb. 22, 2025)

薬屋のひとりごと12

日向夏/ヒーロー文庫/主婦の友社/Kindle

薬屋のひとりごと 12 (ヒーロー文庫)

 壬氏(ジンシ)サマ御一行の第二次西都遠征の完結編にして、ひょうきん者の雀(チュエ)さんの意外な出自が明らかになる第十二集。
 前巻で為政者を失った西都のトップに立つのは誰か――ということで、玉鶯(ギョクオウ)の兄弟にスポットライトが当たるのかと思ったら、さにあらず。玉鶯の三人の息子、鴟梟(シキョウ)、飛龍(フェイロン)、虎狼(フーラン)が登場。後継者とするにはそれぞれ違った意味で難ありな三兄弟を前にして、壬氏が頭を悩ませることになる。
 とはいえ主役は猫猫(マオマオ)なので、物語的にはそんな大人たちよりもむしろ、彼女との絡みが多い玉鶯の姪の小紅(シャオホン)と孫の玉隼(ギョクジュン)という子供たちが目立っていたりする。小紅は表紙にも登場しているし、もしかしたら今後も出番があるのかもしれない。
 後半、謎の刺客に命を狙われて負傷した長男・鴟梟を助けるため西都を離れた猫猫は、看病のために数日身を隠したあと、西都への帰路で盗賊に襲われて拉致されてしまう。窮地に陥った猫猫を助けに現れたのは……というのが今回のクライマックス。
 初登場したころはいささかうっとうしいコミック・リリーフだと思ってた雀サンが、いつの間にか、すっかり重要人物に……。
 今回の遠征で猫猫と壬氏との関係も一歩前進したし、都に帰ったあとの展開が気になるので、次の巻もつづけて読んでしまおうかと思ったんだけれど、ラノベばっか読んでいるのもどうなんだと思ったので、いったん自重。つづきはまた来月。
(Feb. 27, 2025)