2024年10月の本

Index

  1. 『三体Ⅲ 死神永生』 劉慈欣
  2. 『病葉草紙』 京極夏彦

三体Ⅲ 死神永生

劉慈欣/大森望・光吉さくら・ワンチャイ・泊功・訳/早川書房/全二巻

三体III 死神永生 上 三体III 死神永生 下

 『三体』三部作の完結編。
 このシリーズはどれも始まり方が振るっている。
 第一作が文化大革命から始まるのにも意表を突かれたけれど、二作目も蟻の描写から始まって、なんだこりゃと思った。
 そしてこの第三作の冒頭を飾るのはコンスタンティノープルの陥落にまつわるエピソードだ。なにそれ?
 だって、前作で二百年とか未来まで話が進んだんだから、誰だって続編は当然そのつづきからだと思うじゃん。まさか時を過去に遡ろうとは……。
 しかもそのエピソードが本編にどうつながるのかよくわからない。
 まぁ、今作の鍵となるのが四次元への侵入みたいな展開なので、その一例だったんだろうと思うけれど、SFにうとい僕のような人間にとっては、それはなにって話だった。
 そんなところにも劉慈欣という人のSF作家ならではのセンス・オブ・ワンダーを感じる。とにかく一筋縄じゃいかない。
 この完結編の主役となるのは程心(チェン・シン)という女性で、三体世界との共存への道を歩んでいたはずの地球は、この人の優しさゆえにふたたび滅亡の危機に瀕することになる。その辺はおそらく第一作で葉文潔(イエ・ウェンジェ)の人類に対する絶望と憎悪が地球を危機に陥れたのと対になっているんだろう。
 愛も憎しみも世界は救えない。ただ滅ぼすのみ――。
 そんな救いようもなくシビアな現状認識がこのシリーズの芯になっているように思う。
 クライマックスで怒涛のカタストロフをもららす三次元の崩潰という出来事が、僕にはビジュアルとしてまったくイメージできなかったこともあり、今回もいまひとつ乗り切れない感がありはしたけれど、まぁ、これが稀有なSFシリーズだというのはよくわかった。
 とりあえず、三次元の崩壊というのが映像としてどんな風に表現されるのか興味があるので、ドラマ版を観てみようかと思ったら、どうもネトフリ版はそこまでたどり着いていないっぽい。残念。
(Oct. 05, 2024)


病葉草紙

京極夏彦/文藝春秋

病葉草紙

 京極夏彦、今年三冊目の新作は『前巷説百物語』に登場した本草学者・久瀬棠庵{くぜとうあん}の若き日を描く連作短編集。タイトルは『わくらばそうし』と読むそうだ(当然読めない)。
 各話の冒頭に江戸時代の文献から引用した絵画と古文の説明を配した構成は巷説百物語シリーズと同じだし、その登場人物が話の中心なので、巷説百物語シリーズのスピンオフ的な作品なのだけれども。
 これはおそらく引用したそれらの絵画を読者に紹介したくて書かれた作品なんじゃなかろうかと思った。
 なんたって茨木二介という人が記した『針聞書』という書籍から引用された妖怪――ではなくここでは虫――のイラストが、それはそれは珍妙なのだった。そのまま現代のゆるキャラとして流通しそう。
 これらの虫の姿かたちは病気の症状を視覚的に説明するために生み出されたものではないか――というような推測が最後のほうにあるけれど、いやそれにしたって……。
 ゆるキャラ文化の源泉は江戸時代から脈々と受け継がれてきていたらしい。
 ほんと日本って江戸の昔からずっとこんなだったんだなって感心してしまった。
 内容は京極作品にしては地味目な印象だけれど、ずっとニートの駄目男っぽかった長屋の大家の息子――にして本作のワトソン役の――藤介が、最後になって意外な才覚みせる展開が意表をついていて小気味よかった。
(Oct. 10, 2024)