2024年8月の本
Index
- 『了巷説百物語』 京谷夏彦
- 『三体Ⅱ 暗黒森林』 劉慈欣
- 『オン・ザ・ロード』 ジャック・ケルアック
了巷説百物語
京極夏彦/KADOKAWA
巷説百物語シリーズ、怒涛の完結編!
完結をうたうからには、『続巷説百物語』でほのめかされたきり詳細がわからないままの水野越前頭との抗争の顛末が描かれるのだろう――でもってその過程で事触れの治平や一文字狸が命を落とすことになるのだろう――というのは想定内。
でも京極夏彦はその大事件を思わぬ形で描いてみせた。
物語の中心人物は、
狐取りの名人として名をはせ、その一方で人の嘘を見抜く
でもって、又市の仲間たちと次々と出会う――のだけれど、肝心の又市にはまったく出会わない。一話目の最後でニアミスしたかと思わせておいて、じつはそうじゃなかったりするし。なるほど、このふたりがいつ出逢うのかが、この小説最大の見せどころなんだろう――と思って読みつづけていたら、それがまさかのタイミングで……。
この作品のもうひとりの重要人物が、京極堂のご先祖様、
このふたりに絡んで、旧作のキャラクターが続々と登場。おぎん、治平、徳次郎、林蔵らは当然として、東雲右近、旗屋の縫、同心の志方や田所ら、シリーズを再読したばかりでなかったら「それは誰?」と思ってしまっただろうキャラが次々と出てきて、話に色を添える。
登場人物のみならず、舞台も旧作を踏まえている。一話目のクライマックスを飾るのは『数えずの井戸』の青山屋敷だし、二話目は『巷説物語』の『柳女』の旅籠だ。後半では長耳の仲蔵の浅草の隠れ家も登場する。
最終回ということで、そんなふうに過去作への言及がはんぱない。物語自体おもしろいから旧作を知らなくてもそれなりに楽しめると思うけれど、知って読むのと知らないで読むのでは、まったく感慨が違うだろう。いやぁ、直前に旧作を再読しておいてほんと正解だった。
時代劇マニアの京極夏彦がチャンバラを書きたかったといって用意したど派手なクライマックスには江戸怪談三部作につながる血生臭さがある(おぎん強い)。あぁ、あのシリーズが血みどろなのは、チャンバラを書きたかったからなのかと、いまさらながら思った。あと、悪役に七福神のコスプレをした七福連なるチームを配したことで、山田風太郎の忍法帖シリーズに通じる感触もある。――まぁ、風太郎先生のような清々しい読後感はないけれど。
ということで、これまでと同じように連作短編の形はとっているけれど、最終作というだけあって、全編を通じて一個の長編のような読みごたえのある怒涛の力作に仕上がっている。
唯一惜しむらくは、事件の裏方として黒子に徹している又市の存在感が希薄なこと。まさか又市がこんなにも出てこないとはおもわなかった。
これで最後というのならば、もうちょっと彼の活躍する姿を見たかったよ……。
(Aug. 11, 2024)
三体Ⅱ 暗黒森林
劉慈欣/大森望・立原透耶・上原かおり・泊功・訳/早川書房(全二巻)
『三体』三部作の第二弾。
前作では過酷な惑星に生まれた三体星人が安息の地を求めて、地球に攻めてくることを地球人が知ったところまでが描かれた。
でもその時点では、地球人は三体星人と通信でのコミュニケーションは取っていたけれど、実際に面と向かって接触してはいない。
この二作目ではいよいよ地球と三体文明が物理的接触を果たす。
ただ、地球と三体星系とは距離が離れているので、三体艦隊が地球に攻め寄せてくるのは前作のエピソードから四百年先の話ということになっている。
このスパンの長さが今回の話の肝。現在の地球の科学力ではとうてい三体文明には太刀打ちできないし、三体文明からの干渉を受けて、地球の基礎科学の研究は滞ってしまい、それまでに相手を上回る発展を遂げる望みもない。
その時が来たら人類が滅ぼされることは必定。そのころには現代人はすでに生きていないけれど、自分たちの子孫が皆殺しにされることになる。
さて、この事態に、いかに対処すべきか?
彼らが地球に送り込んできたナノサイズの量子コンピュータ「智子」――「ともこ」ではなく「ソフォン」――によりIT情報はすべて三体人につつ抜けなので、もはや奴らに秘密で計画を立案・推進できる場所は、人の頭の中にしかない。
――ということで、全人類から四人の代表者――面壁者(ウォールフィクサー)――を選び出し、彼らに予算度外視の権限を与えて、三体文明への秘密の対抗策を立てさせようとする。
そんなナンセンス極まりない――けれど、それゆえ発想が斬新な――「面壁計画」の顛末を描くのがこの作品の前半部分。
このパートは時代設定がまだ現代なので、前作のつづぎ感が強い。
後半になると、主要キャラ数名がコールドスリープで時を超えて、物語は一気に200年後の未来へ。ここからは本格的にSFらしくなる。そして人類はいよいよ本隊より一足先に到達した三体文明の先遣隊と接触することになる。
いろいろ予想外の展開をみせるシリーズだけれども、今回もすごい。とくに主要なキャラの運命に対する筆者の姿勢が驚くほどドライ。ここまで登場人物にやさしくない作品も珍しいんじゃなかろうか。あまりに諸行無常。
今作の中心人物である羅輯(ルオ・ジー)だけには甘い気がするけれど、彼があまり共感を呼ばないタイプの人な上に、事態を解決に導く「暗黒森林」理論がぴんとこなかったこともあり、最終的にいまいち救われた気がしなかった。
(Aug. 05, 2024)
オン・ザ・ロード
ジャック・ケルアック/青山南・訳/池澤夏樹=個人編集 世界文学全集(1-1)/河出書房新社
ビート・ジェネレーションの第一人者、ジャック・ケルアックの代表作。
このところエンタメ系の小説しか読んでいなかったので、ひさしぶりに文学しようと思って、積読の詰まったダンボール箱をあさったところ、いちばん最初に見つかったのがこの本。正直あまりいまの気分ではなかったのだけれども、がんばって読んだ。
本が好きな人ならば、誰もが一度は若いころにビートニクの作家たちに憧れるものだと思う。僕もご多分に漏れず、若いころに『路上』(この作品の旧訳版。鈴木英人のイラストが表紙の河出文庫)や『裸のランチ』を読んだ。
でも、正直なところ、どこがいいのかぜんぜんわからなかった。『裸のランチ』なんてどういう話なのかもわからなかった気がする。
で、今回あらためてこの『オン・ザ・ロード』を読んでみて、なるほど、これは若いころの自分には楽しめなかっただろうなぁと思った。
ケルアック自身の分身である語り手が、ニューヨークからカリフォルニアへ、最後はメキシコへと旅をする。その四回の道程を、ディーン・モリアーティという自堕落な友人との交友を中心にして描いてゆくという、ある種の旅行記。
主人公は貧乏で、旅はつねに金欠。将来への見通しもとくに立っていないようだけれども、彼らはとくに苦悩するでもなく、各都市に住まう友人らを訪ねて、その好意に甘えながら、のほほんと旅をつづけゆく。
ディーンいう人はいまの時代ならば炎上必至なお騒がせキャラで、知識人階層に属する語り手は、自分とは世界観を異にするその人の自由闊達でパワフルなでたらめさに魅了されている。『男はつらいよ』で寅さんがお殿様とか大学教授に好かれるエピソードがあったと思うけれど、たぶんあれと似た感じ。ただ、この人は寅さんとは違って複数の女性と同時に関係をもつような女たらしだ。
セックス、ドラッグ、ロックンロール――ではなくこの時代はジャズ。そんな後の世にもつながるユース・カルチャーの自由な放埓さが、この小説の旅の背景になっている。だらしなくも愛おしき日々の記憶という感じ。
語り手が初めてニューヨークを離れて、デンバーへと向かう道すがらで、「わー、カーボーイだ~、はじめて見た~、本当にいるんだ~」みたいな感じで無邪気に喜ぶところが好きです。
(Aug. 24, 2024)