2024年4月の本
Index
- 『デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界』 村上春樹
- 『ザリガニの鳴くところ』 ディーリア・オーエンズ
- 『マルドゥック・アノニマス1』 冲方丁
デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界
村上春樹/文藝春秋
最近やたらとご自身のレコード・ライブラリーの紹介に熱心な村上春樹氏によるジャズ・レコードのお披露目本。
内容的にはアルバム五枚程度をセットにして語るという『古くて素敵なクラシック・レコード』と同じフォーマットだけれど、今回はあれみたいな四角形・プラケース入りという特殊な装丁ではなく、普通の大きめのハードカバー(菊版?)になっている。出版社は一緒なんだし、どうせならばどっちかに統一して欲しかった。
タイトルになっているデヴィッド・ストーン・マーティンは主にクレフというジャズ・レーベルのレコード・ジャケットのデザインを手掛けていたイラストレーターだそうで、ジャズに詳しくない僕が知ってたのはチャーリー・パーカーの『ウィズ・ストリングス』というアルバム(赤と黄色のやつ)くらいだった。
この本を見て「お、このジャケットはカッコいいから聴いてみよう」と思ったものがあったかというと――。
正直ない。まったくない。
僕が好きなレコードのアートワークは、モノクロ写真にカラフルなレタリングをあしらったブルーノート系のものが主で、イラストのジャケットに惹かれたことがあまりない、というのもある。クラシックの本のときにも思ったことだけれど、春樹氏が取り上げるそれらのアートワークのよさが、僕にはまったくといっていいほど伝わらない。
残念ながらこういう趣味の違いはいかんともしがたなものがあるなぁと思った。
(Apr. 11, 2024)
ザリガニの鳴くところ
ディーリア・オーエンズ/友廣純・訳/ハヤカワ文庫
うちの奥さんがこれの映画が観たいというので、その前に原作を読んだ。
物語の主軸となるのは1969年のノース・カロライナ州の田舎町。湿地帯に囲まれたその土地でひとりの男性が死体が発見される。
地元では有名人だったその人の死亡が殺人事件として捜査されるなか、事件に深くかかわっているのではという疑いをかけられた女性カイアの生涯が、彼女の幼少期にさかのぼって紐解かれてゆく。
不幸な家庭に生まれて、幼少期からひとりで生きてゆくことを強いられた彼女は、いかなる人生を歩んできたのか。そして事件とのかかわりは――。
いま現在と昔、二つの時間軸で物語がスパイラルに語られてゆくという構成の小説は、このところやたらとあるけれど、この小説の場合は、そのふたつの関係が半分以上読むまではっきりしないのが肝だ。
主人公のカイアことキャサリン・クラークが被害者とのあいだになんらかの関係があったことはほのめかされるものの、その真相はなかなかあきらかにされない。少なくても幼少期のふたりには、成長して関係が芽生える要素がほとんどない。
ようやく物語がふたりの関係を描くようになっても、それが殺人事件とどう絡んでくるのかはわからない。
そういう謎の積み重ねで、読者のページをめくる手を止まらなくさせる――そのうえでなお人にとっての罪の是非やなにかについて考えることを余儀なくされる――これはそういう意味で、とてもよくできた小説だった。
万人が望むような結末ではないと思うけれど、でもそれはもう致し方なし。感動的な物語であるにもかかわらず、どことなく肌を寒からしめるような感触が読後に残ったところが、僕にとってのこの小説の醍醐味だった。
それにしても、女性生物学者が
(Apr. 21, 2024)
マルドゥック・アノニマス1
冲方丁/ハヤカワ文庫/Kindle
マルドゥック・スクランブル・シリーズの最新作にして、おそらく最終作となるだろう第三部、ここに開幕――。
舞台となるのは『マルドゥック・スクランブル』の事件から二年後。
ヒロインのルーン・バロットが法律家を目指して勉強中という設定で、ウフコックたちと袂をわかって、普通の女子高生たちにまじってハイスクールに通っている、というのが今作のポイントだ。
まさかそのままバロットが表舞台に出てこないなんてことはありっこないので、この先どこでどういう形で彼女がウフコックのパートナーとして復帰してくるのかというのが、当面のいちばんの楽しみとなる。まぁ、この第一巻の感じだと、かなり待たされそうな気がするけれど。
ということで、バロットの出番がほとんどない今作では、ウフコックはロックという新しい相棒と行動をともにしている。
でもこのロックという人、いっちゃなんだけれど、ウフコックのパートナーに選ばれてる時点で死亡フラグが立ちまくりだよなぁ……と思っていると、最初の任務で出向いた先でいきなり……。
いや、さすがにそんな早い退場は予想していなかった。
今回の敵となるのは「クィンテット」と名乗る異能力者集団。『マルドゥック・ヴェロシティ』に出てきたカトル・カールの後継者的な存在で、バロット抜きのイースター・オフィスの面々にいきなり攻撃を仕掛けてくる。イースター・オフィスも癖のつよい能力者の集まりで、一枚岩ではない模様。
おもしろいのは、両者の小手調べ的な初対決が済んだあと、再び彼らが対決する前に、クィンテットがもうひとつの別の犯罪者グループと戦い始めて、その決着までを描いて本編が終わってしまうこと。
おいおい、主役たち置き去りで終わっちゃったよ。
まぁ、ウフコックが得意の変身で敵のもとに潜入してそれを見守っているという展開なので、まったく主役不在ってことではないんだけれども。
いずれにせよ、いきなり物語があさってのほうへ向かってしまってびっくりだった。
なんでも今作は『SFマガジン』で連載されているそうなので、この先も作者の筆の向くままに、物語は予想外の展開を見せてゆくことになるんだろう。
あらかじめ予告されているウフコックの最期がおだやかなものであることを祈りながら、つづきを読み進めてゆこうと思う。
(Apr. 30, 2024)