2014年2月の本

Index

  1. 『書楼弔堂 破曉』 京極夏彦
  2. 『シタフォードの秘密』 アガサ・クリスティー
  3. 『チャイルド・オブ・ゴッド』 コーマック・マッカーシー
  4. 『極大射程』 スティーヴン・ハンター

書楼弔堂しょろうとむらいどう 破曉はぎょう

京極夏彦/集英社

書楼弔堂 破暁

 京極夏彦の新シリーズで、明治時代を舞台に「本とは墓場である」という風変わりなモットーの古書店・弔堂{とむらいどう}につどう人たちの姿を描く連作短編集。
 京極夏彦が描く古本屋の話──とくれば、誰もが「京極堂との関係は?」と思うのが自然の流れ。
 でもまぁ、基本的には関係ない。
 ただ、まったく関係ないということもなくて、最後の短編には中禅寺という僧侶が出てくるし――とうぜん彼の人のお祖父さんでしょう――、『後巷説百物語』の登場人物がフィーチャーされた話もある。つまり過去の京極ワールドとゆるくリンクしている。それだけでもファンとしては読まないわけにはいかない作品。
 内容的には、山田風太郎の明治小説シリーズを京極流に換骨奪胎したというような感じ。だいたいどの話も、歴史に名を残した偉人が人知れぬ悩みを抱えてその古書店を訪れて、店主のお薦めの本によって救われる、というパターンになっている。
 さて、どんな偉人が出てくるか――というのが、この本のいちばんの読みどころだと思うので、登場人物についてはあえて書かない。どの人物も最初は名前を隠した状態で登場するので、ははー、この人はあの人だな、とか思いながら、にやりとする、というのがこの作品のおもしろみのひとつだと思う。まぁ、有名とはいっても、日本史に疎いと、誰それって思うようなレベルの人物が多い気はするけれど。
 あと、この作品で重要なのは、本屋がなかった時代があったという事実を知らしめている点。
 僕らは本屋で本を買って読むという行為を普通のことだと思っているけれど、そうした行為があたり前になるのは、明治時代に入ってからのことで、それ以前には個人が本を所有するという概念自体がなかったんだと。僕ら庶民があたり前に本を読めるいまの時代はなんて幸せなんだと。この本はそのことを教えてくれる。
 名作と呼べるほどの完成度ではないけれど、本を読むことに幸せを感じる人ならば、ご一読をお勧めしたい作品。
(Feb 03, 2014)

シタフォードの秘密

アガサ・クリスティー/田村隆一・訳/早川書店/Kindle版

シタフォードの秘密 (クリスティー文庫)

 大雪の夜に開かれた降霊会で、霊が殺人を告げる。はたしてその時刻に人が殺されていて、さあ大変、という謎解きミステリ。
 クリスティーのノン・シリーズの作品って、これまではすべてサスペンス・スリラー系の作品だったから、この作品で名探偵不在のまま、ふつうに謎解きを主眼にしたミステリを書いてみせたのも、なにげに新機軸ではある。ほんと、この時期のクリスティーは新しいことをやりたい意欲で溢れかえっていたらしい。
 とはいえ、作品としての出来栄えは平均的。探偵役を務めるのは、その殺人の罪を着せられた婚約者を救うべく立ち上がった美女エミリーで、オカルト仕立てで始まったこの作品、彼女が登場したあたりからは、すっかり『秘密機関』などの冒険小説に通じるほのぼのムードになってしまう。
 一概にそれが悪いとは思わないのだけれど、かといって、ミステリとしてのトリックは凡庸で、謎解きの驚きもあまりないので、やはり印象はぱっとしない。まぁ、犯行の動機にはあっと思わされたし、引っ越し母娘の真相にも感心したけれど、メイン・トリックの弱さはいかんともしがたく、どうにも盛りあがりを欠いた。
 この程度の事件を解決させたのでは、ポアロの沽券にかかわるってんで、ノン・シリーズになったのではないかと。そんなふうに思ってしまうような作品だった。
(Feb 03, 2014)

チャイルド・オブ・ゴッド

コーマック・マッカーシー/黒原敏行・訳/早川書房

チャイルド・オブ・ゴッド

 『神の子』というタイトルにしてこの内容――。
 こりゃもう、なんにも言えない。まさに問題作と呼ぶにふさわしい内容で、僕は誰にもこれはお薦めできない。あらすじを書く気にもなれない。
 訳者の解説によると、この本を読書感想文の課題として中学生に読ませて職を失ったかわいそうな教師がいるそうだけれど、それも当然のことに思えてしまう。さすがにまずかろう、こんな本を未成年に読ませたら。良識あふれる親は黙っちゃいない。
 とにかく鬼畜の所業って形容したくなるような内容の小説なのだけれど、この作品はそれでいて、不思議とその陰惨な内容が嫌悪感を呼ばない。そこがすごい。おそらく、みじめな暮らしに埋没して、人としての尊厳を持ちえない主人公の深い孤独感がひしと伝わってくるがゆえに、彼を拒絶し切ってしまうことを許さないのだと思う。
 これぞまさに文学の力。
 いやぁ、とはいえひどい話です。これでもし倍ボリュームがあったら、さぞや読むのがつらかったに違いない。とりあえず短めの長編で助かった。
(Feb 03, 2014)

極大射程

スティーヴ・ハンター/染田屋茂・訳/扶桑社/Kindle版

極大射程(上) 極大射程(下)

 マーク・ウォールバーグ主演の映画『ザ・シューター/極大射程』の原作。
 ――といいつつ、じつはその映画のことはまったく知らず、それどころか原作者の名前さえも知らず、ただ単にこのごろ多いパターンで、Kindle版が安くなっていたので──で、その評判がえらくよかったので──、読んでみた作品なのですが。
 これが、むちゃくちゃおもしろかった。ゆっくりとした展開の序盤は、これのどこがそれほどの傑作?――って感じだったのだけれど、上巻のなかば、大統領暗殺計画を阻止すべく雇われた主人公が罠にはめられたことがわかったところから先はもう問答無用。やめられない、とまらないのノンストップのおもしろさ。あまりにおもしろ過ぎて、下巻は平日一晩で読み切ってしまった。
 主人公のボブ・リー・スワガーは史上最強の射撃手{スナイパー}で、中盤の山場では彼が自らの命を狙う百人以上の敵を迎え撃つなんて場面もあり、かなり死人の多い話だから、手放しに絶賛してしまうのもどうかと思うんだけれど、でも物語としてはほんと、最高におもしろかった。
 なおかつ、意外なことに、この小説はそんなマッチョな内容にもかかわらず、最後には法廷を舞台にした、非常に気の効いたおちが用意してある。そこんところにも、とても感心した。この結末で好感度が五割増しの感あり。
 ──ということで、これを第一作としたシリーズになっていると聞けば、これはもうその後の作品も読まないではいられないでしょう──という、これはそういう作品。つづきが楽しみだ。
(Feb 16, 2014)