2006年11月の本

Index

  1. 『犬は吠えるⅡ 詩神の声聞こゆ』 トルーマン・カポーティ
  2. 『イリアム』 ダン・シモンズ
  3. 『ブルー・ブラッド』 デイヴィッド・ハンドラー
  4. 『明日なき二人』 ジェイムズ・クラムリー
  5. 『ヒューマン・ファクター』 グレアム・グリーン
  6. 『99999』 デイヴィッド・ベニオフ

犬は吠えるⅡ 詩神の声聞こゆ

トルーマン・カポーティ/小田島雄志・訳/ハヤカワepi文庫

詩神の声聞こゆ―犬は吠える〈2〉 (ハヤカワepi文庫)

  『犬は吠える』 の下巻にあたるこちらは、 『ポギーとベス』 というミュージカルがソ連公演を行った際の随行記 『詩神の声聞こゆ』 と、マーロン・ブランドが日本で映画 『サヨナラ』 を撮影している時に彼と交わしたインタビューをまとめたエッセイ 『お山の大将』 、それに日本にまつわる小品ひとつを収録したもの。
 断片的な文章が多かったもう一冊と比べると、こちらは 『詩神の声聞こゆ』 が中編と呼べるボリュームなこともあって、なかなか読みごたえがあってよかった。孤高の天才俳優マーロン・ブランドの人となりが伝わってくるエッセイもいい出来だ。ブランドの出ている映画を見たり、彼の伝記を読んでみたりしたくなった。
(Nov 04, 2006)

イリアム

ダン・シモンズ/酒井昭伸・訳/早川書房

イリアム (海外SFノヴェルズ)

 超大作 『ハイペリオン』 四部作以来、初となるダン・シモンズのSF小説。これがまたとんでもない作品だったりする。
 主要な舞台となるのは地球と火星で、時代設定も未来と過去をまたにかけているらしい。らしいというのはその辺の設定が複雑で、うろんな読者である僕には十分に読み取れなかったからだ。
 物語は三つのエピソードからなる。
 一つめはホメロスが 『イリアス』 で描いたギリシャ・トロイア戦争の世界。これが実存するギリシャ・ローマ神話の神々──ナノテクをあやつるこの神様たちの正体は最後まで読んでもはっきりしない──の介入を受けながら、学師と呼ばれるホメロス研究家たちの見守るなか、ホメロスの詩に従って展開してゆく。語りの中心となるのは学師のひとりであるホッケンベリーという、二十一世紀人の大学教授で、彼はその仕事のために、神々によってこの時代に甦らせられたという設定になっている(理由は不明)。この中年男が思わぬなりゆきで神に刃向かうことになってしまい、それがきっかけとなって物語は本来のホメロスの世界から逸脱して、まったく異なったとんでもない事態へと雪崩れ込んでゆくことになる。
 二つめのエピソードの舞台となるのは、遺伝子改造された「古典的人類」が、謎の存在であるポスト・ヒューマンの管理化に生きる未来の地球。自分たちの現在のあり方に疑問を持ったハーマンという男性が、「さまよえるユダヤ人」老女サヴィの導きにより、人類とポスト・ヒューマンの正体を探る旅に出るというもの。なりゆきでその冒険に巻き込まれることになってしまった小太り青年ディーマンの成長の物語とも取れる。
 三つめのエピソードも設定は未来で、木星を中心に活動するモラヴェックというアンドロイド(それともサイボーグ?)の種族が、火星で起こっている謎の量子運動の理由を探るべく、調査隊を派遣するというもの。調査隊のメンバーは四名(?)で、そののうち二人は火星につくなり、トロイア戦争のパートに登場する神々──ゼウスとヘラ──の攻撃を受けて死亡、残されたマーンムートとオルフという二体のコンビが、任務遂行のために過酷な冒険を余儀なくされることとなる。
 以上三つの物語がそれぞれ細かな章に分割され、順番に少しずつ少しずつスパイラルに語られてゆく。この作品で繰りひろげられる物語とイメージの豊穣さは本当に半端じゃない。これまたエンターテイメント小説の最高峰と呼びたくなるほどの、本当にものすごい小説なのだった。
 しかも 『ハイペリオン』 同様、これも一作では終わらない。それぞれのエピソードは徐々に混じりあってゆくものの、予想に反して、最後まで一本線にまとまることがない。完結編はこの続編 『オリュンポス』 を待たないとならないそうだ。おそるべし、ダン・シモンズ。
(Nov 04, 2006)

ブルー・ブラッド

デイヴィッド・ハンドラー/北沢あかね・訳/講談社文庫

ブルー・ブラッド (講談社文庫)

  『フィッツジェラルドをめざした男』 などのホーギー・シリーズで人気を博したデイヴィッド・ハンドラーの新シリーズ第一弾。あちらのシリーズはどうやら 『殺人小説家』 でもってひとまず打ち切りとなったようで、現在はこちらをずっと書き続けているらしい。
 この新シリーズの主人公となるのは映画評論家のミッチ・バーガーと黒人女性警部補のデズ・ミトリーのコンビ。第一作であるこの作品では、ある事件をきっかけに二人が出会って恋に落ち、新しい生活を始めるまでが描かれている。
 ミッチは人並みの容姿をした大柄な映画オタク青年で、現在は若くして妻を失い、失意のどん底にある。そんな彼が上司である女性編集長の好意で、コネティカット州にある保養地へ取材にゆき、偶然その土地の名士である女性ドリー・セイモアと知り合い、彼女が貸し出していた馬車小屋にひとめ惚れすることになる。彼は再出発を期して、そこで暮らし始めるのだけれど、さっそく家庭菜園の一角で死体を発見してしまい、かくして彼は事件の担当者として調査のためにやってきたデズと運命の出会いを果たすことになるというのが二人のなれそめだ。
 考えてみるとホーギー・シリーズでもなにかと映画に関する引用が多かったハンドラーだ。映画評論家というのは新しい作品の主人公としてはうってつけと言える。正直なところ、ゴーストライターに転身した天才小説家なんていうよりは、こちらの方が断然しっくりくる。おかげであいかわらずくどい繰り返しギャグも気にならない。どちらかというと僕はホーギー・シリーズよりもこちらの方が好きだった。
 ミステリとしては、最初の被害者が殺される理由にぜんぜん説得力がなかったりして、どうもあまり出来がいいとは思えないけれど、それでもこの人の持ち味である軽妙さが十分に発揮されていて、なかなか楽しい小説だった。ということで一応満足させてはもらえことだし、惰性となりつつあるハンドラーとのつきあいは、この先もまだまだ続くことになりそうだ。
(Nov 04, 2006)

明日なき二人

ジェイムズ・クラムリー/小鷹信光・訳/ハヤカワ・ミステリ文庫

明日なき二人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 忘れた頃にやってくるジェイムズ・クラムリーの長編第五作。本書はこれまでの四作品で交互に主役をつとめた二人の探偵、ミロとシュグルー共演する話題作だ。
 前作 『友よ、戦いの果てに』 を読んだ時には、この次回作を読む前には前の3作を読み直してからにしないといけないかもとか書いていたけれど、積読70冊に悩むいまの僕にそんな時間が作れるわけがなく……。気がつけば前作 『友よ~』 の内容もまったく忘れてしまっているていたらくのまま、まるで知らない作家の作品だとでもいうありさまでこの小説を読むことになってしまった。おそまつきわまりない。
 なんにしろハードボイルド小説の伝統芸である一人称を踏襲する本作品。探偵が二人いるがゆえに、6部構成でその二人の語りを交互に採用している。第一部がミロ、第二部がシュグルーで、以降もその順番で繰り返したのち、第六部が「ミロ&シュグルー」で章ごとにナレーションが入れ替わるという構成になっている。
 話はミロとシュグルーがそれぞれの仇に復讐を果たすべく、ともに追跡の旅に出るというもの。ミロは五十三歳の誕生日に相続するはずたった遺産を弁護士に持ち逃げされる。シュグルーは何年か前に酒場で喧嘩をして撃たれ、瀕死の重傷を負わされている。二人はともに酒とドラッグでヘロヘロになりながら、目指す相手を探してテキサスからカリフォルニアまで、ゆく先々で暴力沙汰を起こしつつ、アメリカ南西部を走り回ることになる。
 これくらい過去の作品の内容をきれいさっぱり忘れている作家というのも珍しいけれど、それでいて毎回文庫化されるたびにきちんとフォローしているのは、読むたびにそれなりの満足を覚えているからだろう。それは今回も同じ。来年の今頃にはこの作品の内容をまたきれいさっぱり忘れ去っていそうな気がするけれど、それでも読んでいるあいだはなかなか感心させられたし、読後感もどこがどうと言えないながら、やはりよかったと思っている。いずれ余裕ができたら、これまでの全作をきちんと、ゆっくりと時間をかけて読み直したい。
(Nov 04, 2006)

ヒューマン・ファクター

グレアム・グリーン/加賀山卓朗・訳/ハヤカワepi文庫

ヒューマン・ファクター―グレアム・グリーン・セレクション (ハヤカワepi文庫)

 イギリス情報部に勤務するカッスルには、アフリカ支局に出向していた際に知り合った黒人の妻とのあいだに息子がひとりいる(ただしこの子は彼の実の子供ではない)。担当はアフリカで、部員がわずか二人しかいないという小部門。ところがその部署からソ連側への情報漏洩が発覚して、内部調査が入ることになる。カッスルの同僚のデイヴィスに疑いの目を向けた上層部は、明確な証拠もないまま、事件を闇に葬らんとして……。
 「スパイ小説の金字塔」という肩書きから、派手なアクション小説を想像していると肩透かしを食う。本編のなかで登場人物も語っているけれども、この作品にはイアン・フレミングのジェイムズ・ボンド・シリーズのような華々しさはまったくない。国家機密を扱う政府機関内部における人間模様が淡々と描かれてゆくだけだ。
 かといって、では地味一筋かというとそんなことはない。事件の裏で繰り広げられる人々の内面がきちんと掘り下げられているために、非常に読みごたえがある。特に後半の先の読めない展開が生み出す緊張感はなかなかなものだ。これまでに読んだグリーンの小説のなかではもっとも読みやすいし、それでいてしっかりと胸を打つものがある。文学性とエンターテイメント性が同居した、見事な小説だと思う。さすが金字塔。
(Nov 14, 2006)

99999【ナインズ】

デイヴィッド・ベニオフ/田口俊樹・訳/新潮文庫

99999(ナインズ) (新潮文庫)

  『25時』 のデイヴィッド・ベニオフの短編集。表題作ほか、 『悪魔がオレホヴォにやってくる』 『獣化妄想』 『幸せの裸足の少女』 『分・解』 『ノーの庭』 『ネヴァーシンク貯水池』 『幸運の排泄物』 の8編を収録している。
 これはバラエティに富んでいてなかなかいい短篇集だった。特に東欧の戦場を二人の年配の兵士とともにさすらう若年兵が、戦争の残酷さを味わうことになる一場面を苦いユーモアをこめて描いた 『悪魔がオレホヴォにやってくる』 に感心した。 『獣化妄想』 『幸せの裸足の少女』 『ネヴァーシンク貯水池』 あたりには村上春樹に通じるテイストも感じられる。 『25時』 よりもこの短編集のほうが何倍もいい。
 でもまあ、この著者がいま現在はハリウッド映画の脚本を書いて稼ぎまくっているとか聞かされると、そんな人の作品は読まない方がいいんじゃないかという気分にさせられてしまうけれど。
(Nov 25, 2006)