2006年10月の本
Index
- 『バースデイ・ストーリーズ』 村上春樹・編訳
- 『25時』 デイヴィッド・ベニオフ
- 『邪魅の雫』 京極夏彦
- 『犬は吠えるⅠ ローカル・カラー/観察日記』 トルーマン・カポーティ
バースデイ・ストーリーズ
村上春樹・編訳/村上春樹翻訳ライブラリー(中央公論新社)
今年の初めに刊行が始まった村上春樹翻訳ライブラリーの第一回配本作品。『グレート・ギャツビー』の刊行を知って、ようやく読み始める気になった。
カーヴァーの全集を始めとして、春樹氏の翻訳作品には、関心はあるにもかかわらず、高価だったり装丁が気に入らなかったりして読めずにいた作品がけっこうあるので、こういう手にとりやすい形でそのうちの多くの作品を読めるようになったのは、なかなか嬉しい。願わくばすべての作品を網羅してくれるとなお嬉しいのだけれど、出版社の都合でそれは難しいのだろう。
村上春樹がみずからチョイスした誕生日にまつわる英米作家の短編作品を集めたこの本、そのタイトルから連想する「ハッピー・バースデイ」が聞こえてくるような幸福感あふれる話はひとつもない。どれもありふれた日常のなかにささやかな悲しみが滲み出しているような話ばかりだ。収録作品は以下の13編。春樹氏自らが書き下ろした『カレンダー・ガール』の直前の二編は、単行本には未収録とのことだ。
ラッセル・バンクス 『ムーア人』
デニス・ジョンソン 『ダンダン』
ウィリアム・トレヴァー 『ティモシーの誕生日』
ダニエル・ライオンズ 『バースデイ・ケーキ』
リンダ・セクソン 『皮膚のない皇帝』
ポール・セロー 『ダイス・ゲーム』
デイヴィッド・フォスター・ウォレス 『永遠に頭上に』
イーサン・ケイニン 『慈悲の天使、怒りの天使』
アンドレア・リー 『バースデイ・プレゼント』
レイモンド・カーヴァー 『風呂』
クレア・キーガン 『波打ち際の近くで』
ルイス・ロビンソン 『ライド』
村上春樹 『バースディ・ガール』
カーヴァーとイーサン・ケイニンを除くと知らない人ばかり。でもって正直なところ、どの話がよかったかと問われても悩んでしまうような作品ばかりが並んでいる。ただ、読んでから一月近くたつのに、どの話もとりあえず内容は覚えている。そういう意味では(好き嫌いを別にして)確かにいい作品ばかりだったのかなという気もする。
(Oct 28, 2006)
25時
デイヴィッド・ベニオフ/田口俊樹・訳/新潮文庫
スパイク・リーが2002年に監督したエドワード・ノートン主演映画の原作。
ドラッグ絡みの作品というから、もっとサスペンスフルなエンターテイメント作品を想像していたらぜんぜん違った。ドラッグ売買で捕まり7年の実刑判決を受けた青年の収監前の最後の一日を描いた、思いのほか淡々とした話だった。作風的には文学とエンターテイメントの中間といった感じで、ニック・ホーンビィやアレックス・ガーランド、日本だと『GO』の金城一紀に近い印象を受けた。
この小説の特徴は主人公一人にフォーカスするのではなく、その友人や恋人の思いも同等に描いてみせた点にある。どちらかというと親しい人間と7年間も会えなくなる──しかも再会後の相手の人生については悲観的にならざるを得ない──まわりの人間たちの複雑な心境のほうが主題だという気がする。
(悪い意味で)一番印象に残っているキャラクターは、高校教師のジェイコブ。主人公のモンティとその親友スラッタリーとは高校時代のクラスメイトだったのだけれど、その不良少年二人とはちがって軟弱者で、いまは担当クラスの女生徒に思いを寄せている。その女の子との関係の居たたまれなさときたら……。まったく切実に困ったウジウジ君で、まいってしまった。
小説全体としてはそれほどのインパクトは受けなかったので、これをどうしてスパイク・リーが映画化しようと思ったのか、いまひとつぴんとこない。まだ映画の方は未見なので、そういう意味ではこの話がどんな映画になっているのか、それはそれで楽しみだ。
(Oct 28, 2006)
邪魅の雫
京極夏彦/講談社ノベルズ
長編としては3年ぶりとなる京極堂シリーズの最新作。
随分と待たされた気するけれど、その前の『陰摩羅鬼の瑕』は5年ぶりだったから、それに比べればまあ早かったことになる。まぁ、ファン心理としてはちっとも早かったようには思えないのだけれど。
今回のお題目は大磯・平塚連続毒殺事件。
話の発端はなんと榎木津の見合い話だ。
榎木津本人の知らないところで持ちあがった縁談話が、三つも立て続けに流れてしまったといって、これはなにやら不穏な事件が起きているに違いないと、榎木津の親戚の叔父さんが薔薇十字探偵団に調査を依頼にくるというのが物語の発端。
もちろんそんな話に榎木津本人が耳を貸すはずがないし、話を持ってきた今出川という叔父さんも本人に聞かせるつもりはない。調査に借り出されるのは当然のごとく益田くんだ。
で、彼が調べ出してみると、見合い相手の女性たちはみんな自宅に引きこもったままだったり、行方をくらましていたりと、確かに怪しげなことになっている。その上に見合い相手の家族の一人が毒殺されるという事件まで起こっている。
さらにその事件がまったく別の場所で起こった事件と連続殺人だという話になり、そちらの事件の第一発見者が、本庁から左遷されて江戸川あたりで交番勤務をしていた青木くんだったりする。
益田くんの元上司だった『鉄鼠の檻』の山下さんや『陰摩羅鬼の瑕』に登場した大鷹という人──後者はすでに記憶にない──が再登場したりもする。
そうやってシリーズのレギュラーたちが事件に絡んでゆく一方、さらには一見さんのキャラがたくさん登場、あれやこれやの人間模様が織りなされてゆくことになるのだった。
シリーズのファンとしては普通に楽しめたけれども、ミステリとしては今回も出来はいまいちだと思う。犯人も動機もわかりやす過ぎて、意外性がほとんどなかった。おかげであまり憑き物が落ちた気がしない。焦点の人、榎木津の登場シーンが少ないのも残念だ。
それでもまあ、このところ『百器徒然袋』シリーズで変人化が進んでいた益田くんが、今回はその心のうちを真面目にあかして見せてくれていてほっとできる。
(Oct 28, 2006)
犬は吠えるⅠ ローカル・カラー/観察日記
トルーマン・カポーティ/小田島雄志・訳/ハヤカワepi文庫
カポーティが『冷血』ののち、73年に刊行した──というよりは、それまでに発表済みのもの未発表のものを問わず総ざらえしたといった方が正しい──エッセイ&ノンフィクション集。原書は一冊のところが、日本では今回の文庫化以前からニ分冊になっていたらしい。たいした分量でもないんだから、一冊にまとめてくれればいいのに。なんで日本人は分冊が好きなんだろう。理解に苦しむ。
とにかく一冊目となるこちらは、世界中を旅して歩き、多くの著名人と交遊をむすんだ著者が、それぞれの土地や人物の思い出をつづった文章を集めたもの。エッセイというよりは、思い出の断片を凝った散文で書き散らした、という印象を受ける。いちいち比喩が難しくて、僕なんかにはあまり鮮明なイメージが抱けないような文章ばかりだった。
タイトルの『犬は吠える』というのは、カポーティがフランスの大作家アンドレ・ジッドに教えてもらったアラブのことわざ「犬は吠える、がキャラヴァンは進む」に由来するとのこと。どうやら小沢健二のファースト・ソロ・アルバムのタイトルの出所はこの本らしい。
(Oct 28, 2006)