2006年1月の映画

Index

  1. あらしのよるに
  2. ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還
  3. Ray レイ
  4. ディープ・ブルー
  5. いぬ
  6. パリの大泥棒
  7. おいしい生活
  8. レディ・キラーズ
  9. ビッグ・フィッシュ

あらしのよるに

杉井ギサブロー監督/2005年/日本/ユナイテッドシネマとしまえん

あらしのよるに スタンダード・エディション [DVD]

 2006年の新春一発目は、連作絵本を原作とした児童向け長編アニメ映画。正月のイベントとして、子供と一緒に劇場に見に行った。
 映画館で映画を見るのはいつ以来だろう。普段は子供向けアニメなんて只でも観たいと思わないのだけれど、この作品に関してはその絵のタッチがこれまでのアニメと随分と違っていたので、どんな風に仕上がっているのか、とても興味を引かれた。また原作が絵本ということで、マンガが原作のアニメよりも映画としてのオリジナリティが強く感じられそうな点も期待が持てそうだと思った。なのでひさしぶりに(前売り券もなしに!)劇場に足を運んだわけなのだけれど……。
 残念ながら僕はこの映画をあまり肯定できないでいる。
 関心を抱いた理由の一点目であるアニメーションとしての技術の面では、かなり完成度が高いと思う。アニメに詳しいわけではないけれど、まるで水彩画かマットペインティングのようなキャラクターが、そのままの絵でちゃんと動いていることには、とても感心した。少なくても宮崎作品を頂点とする日本のセル画アニメに対して、アニメであるがゆえの宿命とも言うべき、その陰影の少ない単一的な色使いにもの足りなさを感じ続けている者としては、この作品の表現力にはとても感銘を受けた。
 作画へのこだわりはキャラクターだけではなく、風景、背景などの描写にも見られる。雨が降り始める部分での雨粒の描写など、今までに僕が見たセルアニメの中では一番リアルだった。全体的に風景描写もとても丁寧で美しい。唯一残念だったのは、主人公二人が濁流に飲まれる部分。あの川の表現だけは、旧来のセルアニメの手法そのままという感じの平凡さで、それがかえって目立ってしまっていた。やはり水を描くのは難しいということなのだろう。
 そのほかにもキャラクター・デザインの上で、ヤギがまるでヤギに見えないというのにも若干ひっかかりを覚えたりもしたけれど──まあリアルに山羊を描いたんじゃ、どう考えたって可愛くできそうにないし、その点はコマーシャリズム的な側面からの必然なのだろう──、そういう細部でのニ、三の不満点を除けば、視覚的な面では非常に感心させられた作品だった。
 その反面気になったのは、とにかく絵本がベースの児童向け映画でありながら、幼い子供への配慮を欠いた演出だ。
 大体にして1時間47分という時間がまず長過ぎる。子供向けならば1時間半にまとめないといけないと僕は思う。少なくても大人の僕にとっても、この映画は不必要に冗長に感じられた。削るところを削れば、もっとコンパクトでわかり易い話にできたはずだ。
 その一番最たる部分が、冒頭のメイの母親が狼に殺されるシーン。監督と原作の人が、狼の残虐性を表現するために、どうしても入れたかったと語るシーンだけれど、僕はその理由を理解した上で──実際にこれがあることにより、ガブとメイの関係がとてもスリリングになっていることは認める──、やはりこのシーンの描き方には不満を覚えてしまう。
 不満は二点ある。まずはそれが物語のメインとなる時間軸からはずれた回顧シーンであること。僕にはそのシーンのあと、物語の流れがどうなっているのか、よくわからなかった。デザイン的にメイが大人になったあとも成獣に見えないせいで、最初のうち、それに続くシーケンスが、すでにメイの母親が死んでから何年か経過した場面だということが飲み込めなかった。幼い子供ならばなおさらだろう。普通の映画ではあたり前に使われている演出だろうけれど、それを子供相手の映画で同じように使うのは、思慮不足じゃないだろうか。大人が説明してあげないとわからないようなシナリオでは仕方ない。
 これはラスト近くでガブが記憶喪失になるという展開もそうだ。この部分は絵本のままなのかもしれないけれど、子供相手の話で記憶喪失はないと思う。普通の映画ならば子供だましだと笑われるような展開を、子供向けだからって使って欲しくない。子供向けだからこそ、子供だましはご法度だ、くらいに思って欲しい。僕は「子供なんだからこの程度の話でもいいだろう」という発想には大いに反感をおぼえる。無知な子供だからこそ、できる限り良質な物語を与えてあげたい。クリエーターにはそういう姿勢であって欲しい。とにかくカブが記憶喪失になるシーンには失望した。
 話は冒頭のシーンに戻るけれど、その部分でもうひとつ気に入らなかったのが、メイの母親が狼の耳を引きちぎるシーン。母親が殺されるのは演出の必要上、仕方ないとしよう。しかしそれにしても見せ方というものがある。なにも耳を引きちぎらなくなっていいだろう。あれはちょっと残酷すぎる。絵本と同じテイストを期待してきた子供が、いきなり冒頭でそんな残虐なシーンを見せつけられることを、製作者側は一体どう思っているんだろうと不思議になった。
 いや、それが物語の上で必要不可欠だというならば仕方ない。それがないと物語が転がっていかないのだからというならば。でもこの場合は決してそんなことはない。そこで耳を引きちぎられた狼はその後ガブの群れのボスとなり、その体験ゆえにヤギを人一倍(狼一倍)憎むことになるという伏線なのだけれど、この物語において、わざわざボス狼にそんなキャラクター設定をする必要がどこにあるんだろう? 群れを離れたガブとメイを執拗に追いかける理由は、単に自分たちを裏切ったからというだけで十分だ。少なくても僕はそれで納得する。なにもボス狼にヤギに対する過剰な憎悪を抱かせる必要なんてない。結果、そういう余計な演出を入れることで、この作品は冗長になり、メインとなる物語の純度が落ちてしまっている。伏線として、いいところなんてひとつもないと僕は思う。そんな演出を加えなくてはならないと思った作者の意図がさっぱりわからない。
 作者の意図がはまっていないと思った点がもうひとつある。メイをオスのヤギとして描いてしまったことだ。これはとても大きなミステイクだと思う。
 この作品、原作の絵本ではメイの性別は明示されていないのだそうだ。だから絵本を読んだうちの妻子は、メイのことを女の子だと思っていたという。パンフレットに収録された監督へのインタビューでも、インタビュアーがそのことについて質問している。それに答えて監督の杉井さんは、原作者のきむらゆういち氏と「男同士の友情の物語とも捉えられるし、男女の恋愛ドラマにも捉えられる。そんなどちらでもないものとして作りましょうって言っていたんです」と語っている。だからメイを女の子にはしなかったんだと。
 けれど絵本では恋愛物語とも友情物語ともとれた話が、この映画では声優に男性を起用したことによって、逆に友情の物語に限定されてしまっている。明示的に恋愛物語であることを否定されてしまっている。ここに恋愛の物語を見るのは、かなり成熟した──というか恋愛に対する、性別を超えた──視点が必要だ。
 困ったことに、同じインタビューで杉井さんは、ガブが食欲という本能を抑え、群れを捨ててまでメイと行動をともにする、それほどまでのメイの魅力がわからないと語っている。だとするならば、余計この演出は失敗だったろうと思う。この映画はメイが可愛いメスだったとした方が絶対にしっくりくる。だとすればガブが食欲をそそられながら、相手の愛らしさに魅せられたがゆえ、食欲よりも友情をとるというのがすんなりとはまる。少なくても僕にはその方が納得がゆく。
 別に恋愛感情なんてなくてもいい。男女の友情の話でもよかったはずだ。もしも友情の話として描くのならば、それこそ声優には男性を起用するのではなく、性別不明な女性声優を起用すべきじゃなかったんだろうか。なまじ起用された若手男優の吹き替えが、特別上手いとも思えなかったから、この点は非常に残念でならなかった。
 というようなわけで、僕は総合的にこの映画は失敗作だと思う。失敗の一番の原因は、絵本という原作のもつ特性、描写や言葉が少ないがゆえに物語が曖昧であること、その曖昧であるがゆえの魅力といったものを表現し切れなかったことなんじゃないだろうか。そしてもしかしたら、そうした曖昧さこそは、一コマ一コマを丹念に仕上げてゆくことを宿命づけられているアニメーターにとって、もっとも苦手なものなのかもしれないなと。そんなことを思った。
(Jan 06, 2006)

ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還

ピーター・ジャクソン監督/イライジャ・ウッド、ヴィゴ・モーテンセン、イアン・マッケラン/2003年/アメリカ、ニュージーランド/DVD

ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還 [DVD]

 年越しでようやく辿り着いた『ロード・オブ・ザ・リング』の完結編。
 この三部作すべてに言えることだけれど、このシリーズはどれも極めて原作に忠実に映画化されているため、原作を知っている人間は、物語としての意外性はほとんど味わえない。一番の興味は、活字でのみ存在していたシーンがいかに映像化されているか、そればかりという感があった。せっかくの壮大な冒険の物語なのに、見所はその映像ばかり、という……。なんだかちょっと間違っている気もする。映画をとことん楽しみたいという人は、先にこれを見て、それから小説を読んだ方がいいかもしれない。その方が、あと付けで省略されたディテールや追加のエピソードが楽しめて、喜びが倍増しそうな気がする。あくまで映像のイメージを引きずって本を読むことを厭わない人は、ということだけれど。
 さてそれはともかく。
 原作と映画を比べて見てみると、主なストーリーには変更はないものの、その進み具合が異なっている。小説では二作目の『二つの塔』で描かれたエピソードが、映画ではかなりこの『王の帰還』へずれ込んできている。アラゴルンたちの話で言えば、ピピンがパランティアを覗き見してゴンドールの危機を知り、ガンダルフに連れられて警告に出発するところまでは『二つの塔』に属する。フロドたちの方などは、この映画で描かれた半分以上──具体的には仮死状態になったフロドがオークに連れ去られるまで──が『二つの塔』のエピソードだ。できれば小説と同じ構成にしたかったのだろうに、そうできなかったあたりに映画化における苦労が感じられる。
 でもそんな風に苦労して物語を合計9時間に納めておきながらなお、ホビットたちがシャイアに戻ってからのエピソードを、たっぷりと時間をとって描いているのが意外だった。僕は指輪の旅が終わって、アラゴルンが王座についたところまでがメインで、あとは思い切りカットしてあるものだと思っていた。正直なところ、冒険が終わったあとにあれだけの後日談を描くのは、映画的ではないと思っていたし。
 けれどピーター・ジャクソンはあえてその後をきっちりと描いた──シャイア討伐のエピソードはさすがに端折られていたけれど、あれまで描いていたら映画がもう一本作れてしまう。彼がいかに原作に忠実であろうとしていたかがわかるシナリオだった。
 省略されたディテールで個人的に残念だったのは、メリーとピピンがエントの食べ物を食べた副作用でひとまわり成長してしまう、というやつ(ありましたよね、そういうの?)。僕は人間並みに大きくなったメリーとピピンにフロドたちが驚くシーンが見たかった。
 あと、原作を英語で(いい加減に)読んだために理解できていなかったのは、アラゴルンが死者の道から連れてくるのが、亡霊の軍隊だったこと。そもそも僕は小説を読んだ時点では、なぜアラゴルンが死者の道(映画ではそう訳されていなかったような気もするけれど)へと行くのか、それがなんなのかとか、全然わかっていなかった。困ったものだ。
 もうひとつ原作を英語で読んだことで違和感があったのは、この映画の字幕が翻訳小説を踏まえていた点。「中つ国」はともかく、「ホビット庄」「裂け谷」「木の髭」あたりは、うーん、どうなんだという感じだった。『ロード・オブ・ザ・リング』なんて邦題をつけるくせに、字幕では『指輪物語』を踏襲するっていう姿勢は間違っていやしないか。どうせならば最初から『指輪物語』と名乗ればいいのに……。
 なにはともあれ邦題はともかく、内容は見事なまでに壮大な三部作だった。脱帽。
(Jan 07, 2006)

Ray レイ

テイラー・ハックフォード監督/ジェイミー・フォックス/2004年/アメリカ/DVD[追悼記念BOX]

Ray / レイ 追悼記念BOX [DVD]

 ジェイミー・フォックスがディカプリオを蹴落としてアカデミー賞の主演男優賞を獲得したことで話題となったレイ・チャールズの伝記映画。
 まあ、これは仕方ない。ジェイミー・フォックスのレイ・チャールズっぷりはあまりに見事だ。ちょっと前まで現役だったミュージシャンを別人が演じた映画という形式にあまり惹かれなくて、特別観たいとも思っていなかった作品なのだけれど、いざ観てみたら思いのほかおもしろくて感心した。
 レイ・チャールズという稀有の天才ミュージシャンの半生をたどる物語は、それだけでソウル・ミュージックの歴史そのものとも言ってもいいようなものだ。音楽ファンのひとりとして、とても勉強になるし、まるで新しい音楽が生まれようとしている、まさにその瞬間に立ちあっているような興奮を味わえる。周囲の反対をものともせずに、ジャンルの枠を飛び越え、次々とヒットを飛ばしてゆく──しかもそれが今となると知らない人のないような名曲ばかり──という展開は実話だと知っていてなお、痛快きわまりない。五、六十年代の黒人カルチャーとショービズ界を舞台とするその映像も、スコセッシ監修の『ザ・ブルース』シリーズを彷彿とさせるリアリティと、その時代ならではのぬくもりがあって、とても好きだ。
 一方で僕の妻が「レイ・チャールズが嫌いになりそう」と言うように、この映画は彼の人間としての欠点をあからさまに描き出している。まわりにいる女性には手当たり次第に手を出し、弟の死にまつわるトラウマに苦しみドラッグに逃避する。出世する過程で親しかった友人や恩人も音楽のためにドライに切り捨ててゆく。そんなレイ・チャールズの人物像は、正直なところそれほど魅力的とは言えない。それもまたある種のリアリティかもしれないけれど。
 なんにしろこの手の映画としては上出来だ。少なくてもソウルやR&Bに興味のある人ならば、一見の価値はある映画だと思う。というか、ただ観ていてもおもしろいけれど、R&Bの知識のある人の方がより楽しめる映画だと思う。それとも、もしかしたら音楽の知識がないと楽しめない映画なのかな? その辺は僕にはよくわからない。
(Jan 07, 2006)

ディープ・ブルー

アラステア・フォザーギル 、アンディ・バイヤット監督/2003年/イギリス、ドイツ/DVD

ディープ・ブルー スペシャル・エディション [DVD]

 DVDのスペシャル・パッケージがあまりに綺麗だったので、欲しくてたまらなくなり、さんざん躊躇{ちゅうちょ}した挙げ句、ついに買ってしまった海洋ドキュメンタリー映画。
 去年は『ザ・ブルース』を初めとして随分とドキュメンタリーを観た。でもそれらすべてが音楽に関するものだ。音楽は僕の人生の一部。買って当然という意識がある。
 ところがこれは違う。一時間半にわたって明確なストーリーもなく、海とそこに住む生物の姿をただひたすら映し続けるだけというドキュメンタリー映画だ。これに金を払っていいのか、と思ってしまう。観るべきものは、ほかにもっとあるだろうよと。
 それでも欲しくなってしまうのが、コレクターの困ったところだ。この上等な外箱はあまりにも僕の購買意欲をかき立てた。しかも中に入っているブックレットは、おまけでありながら、表紙が別紙になっている、いっぱしの小冊子。それだけでも、いや、買ってよかったと思ってしまう本&ディスク好きの僕がいるのだった(ちなみにひとつ前の『Ray』もスペシャル・パッケージの外箱に惹かれて入手したバーゲン品だったりする)。
 ということでモノへの関心が先行する形で入手してしまったDVDで、内容については、まあ結構あれこれ感心はしたけれど、かといって、僕にとって必要な映画だというほどではなかった。やはり僕は自然の神秘よりも、人々の情熱の方により惹かれる。
 しかし『あらしのよるに』といい、この映画といい、はからずも僕のうちのこの正月のキーワードは「弱肉強食」だったみたいだ。
(Jan 07, 2006)

いぬ

ジャン=ピエール・メルヴィル監督/ジャン=ポール・ベルモンド、 セルジュ・レジアニ/1963年/フランス/BS録画

いぬ [DVD]

 ジャン=ポール・ベルモンドが泥棒仲間の情報を警察にリークする密告者を演じる犯罪映画。
 地味なタイトルのせいであまり関心がもてない作品だったのだけれど、ベルモンド好きとしてはやっぱ観ておくべきだろうとしぶしぶ観てみることにしたら、これが意外とおもしろかった。仲間を裏切る話という点で『ミラーズ・クロッシング』を思い出させる。でもどんでん返しの鮮やかさではこちらが上じゃないだろうか。無常観あふれるエンディングも、かえっていさぎよくて気持ちいい。この次に見た同じベルモンドの『パリの大泥棒』ともども、なかなかの好印象だった。フランスのギャング映画というのは、もしかしたら意外と僕の性にあうかもしれない。
(Jan 23, 2006)

パリの大泥棒

ルイ・マル監督/ジャン=ポール・ベルモンド/1967年/フランス/BS録画

パリの大泥棒 [DVD]

 軍隊から返ってきてみれば、アコギな叔父に親の残した財産を奪われ、愛する従妹は他の男と婚約していたというので、ベルモンド演じる主人公は頭にきて、従妹の婚約相手の屋敷から家宝を盗んで叔父に仕返しをする。こうして盗みのスリルに味をしめた彼は泥棒の道へと入り、めきめきと頭角を現してゆくのだった。
 『地下鉄のザジ』のルイ・マル監督作品。娯楽映画にしてはけっこう淡々とした雰囲気だし、痛快な泥棒活劇、といってしまうのは、エンディングに漂う寂寥感が許さない。かといって、難しいメッセージが込められているでもないし。せっかく従妹のシャーロット役、ジュヌヴィエーヴ・ビジョルドが可愛いのに、役柄上あまり存在感がないし。全体的に悪くはないんだけれど、やや中途半端な印象の残る作品だった。
(Jan 23, 2006)

おいしい生活

ウディ・アレン監督/ウディ・アレン、トレーシー・ウルマン、ヒュー・グラント/2000年/アメリカ/BS録画

おいしい生活 [DVD]

 銀行強盗を目論んで、仲間とともに空き店舗を借りたレイ(ウディ・アレン)。世間の目をごまかすために奥さんのフレンチー(トレーシー・ウルマン)にクッキー店を開かせたところ、これが大当たりして、あっという間に大富豪に……。突如としてセレブの仲間入りをした夫婦の間には、思いがけないすきま風が吹き始める。
 取らぬ狸の皮算用で、泥棒たちが分け前の話で揉めるシーンにこんな会話がある。
「あのボガートの映画を観たことがないのか。黄金の話で、仲間割れしちゃうやつ……」「ああ、宝島」「そうそう、ああはなりたくないよな」みたいな。
 違うって、あの映画のタイトルは『黄金』──。そんなつっこみが入れたくなるのも、ここニ、三年で映画をたくさん観たからだ。『黄金』を知らない人にはあのギャグはわからない。やっぱ、継続は力なりだなあと思う。
 なにはともあれ、思いがけぬ、とても楽しい映画だった。僕は大好きだ。
(Jan 23, 2006)

レディ・キラーズ

ジョエル&イーサン・コーエン監督/トム・ハンクス、イルマ・P・ホール/2004年/アメリカ/DVD

レディ・キラーズ [DVD]

 コーエン兄弟の最新作は、元祖オビワン・ケノービ、アレック・ギネスがかつて主演したイギリス映画『マダムと泥棒』(1955年)のリメイク版とのこと。舞台をアメリカ南部に変更して、マダムも敬虔な黒人の老婦人にアレンジ。ゴスペル・シーンたっぷりのクライム・コメディで、雰囲気的には『オー・ブラザー』の流れを踏襲した作品という印象だ。
 英語の"Ladykiller"とは、直訳の「女殺し」という言葉どおり、本来は色男のことらしい。でもこの映画の「女殺したち」は、あまり女性とは縁のなさそうな、冴えない泥棒ばかり。そんな彼らが大仕事にあたって、人のいい老婦人を文字通り殺さなくちゃならなくなる、というのがこの映画のメイン・プロット。オリジナル版がどんな展開になるのかは知らないけれど、少なくてもこの作品に関しては、コーエン兄弟らしいブラック・ユーモアの効いた、なかなか楽しい映画に仕上がっている。それなりに笑えるし──いつもどおり爆笑というよりは苦笑という感じだけれど──、その上、映像がとてもきれいだ。
 個人的にはラスト・シーンで、警官たちがお金の行方を知って愕然とするというシーンが見たかった。それがなくて若干残念かな、という作品。
(Jan 29, 2006)

ビッグ・フィッシュ

ティム・バートン監督/ユアン・マクレガー、アルバート・フィニー/2003年/アメリカ/DVD

ビッグ・フィッシュ コレクターズ・エディション [DVD]

 大ボラ吹きの父と、そんな父親を嫌う息子の和解の物語。初めのうちはティム・バートンらしくない地味な設定の映画だなあと思っていたのだけれど、見終わってみれば知らないうちにちゃんとティム・バートンさしさを満喫させてもらえていた。とても好きだ。
 この映画はキャスティングが豪華かつ見事。主人公エドワードが名優アルバート・フィニーで、彼の若い頃を演じるのがユアン・マクレガー。この二人が本当に似ている。彼の奥さんサンドラ役のジェシカ・ラングとアリソン・ローマンもそう。どちらもちゃんとこの人が年をとると、こういう顔になりそうだと思わせてくれる、とても見事なキャスティングだと思う。こういう配役ができるあたりに英米の映画界のふところの深さをつくづく感じる。
(Jan 29, 2006)