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最近の五冊

  1. 『人間の証明』 森村誠一
  2. 『夏帆 The Tale of KAHO』 村上春樹
  3. 『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』 スティーヴン・ウィット
  4. 『サバイバー』 チャック・パラニューク
  5. 『蘇えるスナイパー』 スティーヴン・ハンター
    and more...

人間の証明

森村誠一/角川文庫/Kindle

人間の証明 (角川文庫)

 母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね――

 メディアミックスの嚆矢として、そんな詩とともに僕らの少年時代に一世を風靡した角川映画の原作ミステリ。これもKindleで安くなっていたので読んでみることにした作品。

 同じく森村誠一原作の次回作『野生の証明』――こちらも近いうちに読む予定――は薬師丸ひろ子のデビュー作ってことで観ているけれど、こちらはそういう華がなかったせいか、観た記憶がない。少なくてもあの有名な詩の一節以外は記憶にない。殺される黒人役が松田優作なのかと思っていたくらい(殺されるのはジョー山中)。

 なので物語をまったく知らないものだから、とても新鮮な気分で読めた。冒頭で発生した殺人事件をよそに、第二、第三のサブエピソードが語られてゆき、それが後半にひとつに収斂してゆくという展開が上手いなと思った。

 まぁ、男女関係の描写とかには、いかにも昭和って感じの古さを感じるし、事件が探偵の推理ではなく、偶然の積み重ねで解決へ向かう展開も、本格推理的なサプライズを求める人にはもの足りないかもしれない。それでもその偶然の積み重ね(ご都合主義ともいう)の扱いがとても巧みだ。逆にトリッキーな推理がないからこそ、ご都合主義的な事実の発覚にも、ある種の現実味が感じられた。

 まぁ、麦わら帽子とか、熊のぬいぐるみとか、西条八十の詩集とか、ラブホの本とか、いささか落とし物や忘れ物が多すぎる気がするけれども。

 ――いや、こうして並べてみると、ほんと多いな。

 かつて松本清張の『砂の器』を読んだときに、そのご都合主義だらけの展開にあきれて、もうこの手の社会派ミステリは読まなくてもいいやと思ったものだけれど、この作品もその流れをくむ作品なんだろう。

 推理の余地がないのならば、偶然に頼る以外にどんな方法が?

 そんな開き直り(?)がちゃんと機能しておもしろい小説になっているのがいい。その上でちゃんと社会問題も提起してくる。文庫改訂版のおまけとして「作家生活五十周年記念」と銘打って収録されている短編が、ミステリではなく戦争小説だというあたりにも、森村誠一という人の作家としての矜持が表れている。

 いま読んだらまた印象も違いそうだから、こんどまた機会があったら松村清張も読んでみようかなと思った。

(Aug. 12, 2026)

夏帆 The Tale of KAHO

村上春樹/新潮社

夏帆 The Tale of KAHO

 この村上春樹の三年ぶりの長編小説は、どうにもすっきりしない気分にさせられる作品だった。

 まずは主人公の女性がブラインドデートの相手から「君みたいに醜い相手は初めてだよ」といわれるところから始まる第一章。

 短編『謝肉祭』のアイディアを転用したようなこの始まり自体はまぁいい。実際に醜いのならばそれはそれでどんな醜さか興味が湧くし、醜くないのならばないで、相手はなぜそんな失礼千万なことをいったのか、知りたくなる。

 でも本で村上氏はそのどちらの関心もきちんと満たしてくれない。なんかすごく中途半端な回答でお茶を濁されてしまう。

 しかもその相手の男性はその後は登場しないまま次第に怪しさを増してゆき、再登場するころには、ファーストイメージを裏切る超常的な存在っぽくなっている。

 第一章の時点ではリアリズムっぽかった物語は、第二章のありくい、第三章のシロアリの女王と、超常的な存在の登場でまったく違う様相を帯びてゆき、ついに第四章では非現実の世界において決着をみて、曖昧なまま終わる。

 村上ワールドにおいては、過去の作品でもファンタジー要素がそれなりに重要なポジションにあったけれども、今回のそれはこれまでになくイージーに使われている感じ。そのうえで物語の決着はある種の暴力性によってもたらされる。

 不条理な未知の悪意に対抗するために、勇気を振り絞って立ち向かうという展開は、過去作でも繰り返されている村上作品にとって重要なモチーフだけれど、この作品の場合はその悪意をもたらすのが人間ではないせいで、話がどうにも説得力を持っていない気がした。事件が非現実的な空間での流血をともなわない暴力によって決着をみる展開には、なんともいえないもやもや感が残ってしまった。

 いま現時点での僕自身の嗜好がファンタジーよりもリアリズムに向かっているせいもあってか、残念ながらこの作品はまったく僕には刺さらなかった。

 本人はそんなもの欲しくないよって思っていそうだから、なんの問題もないのかもしれないけれど、このところの村上春樹って、作品を重ねるごとにノーベル賞から遠ざかっている気がする。

(Aug. 2, 2026)

誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち

スティーヴン・ウィット/関美和・訳/早川書房/Kindle

誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち (早川書房)

 いまやすっかりあたりまえになったデジタル配信を中心とした音楽シーンがいかにして実現したかを三つの側面から紐解いてみせたノンフィクション。

 ひとつめはMP3を開発した技術者たちの話。僕はこれを読むまで、iTunesのファイルフォーマットであるAACをアップルが開発したコーデックだと思いこんでいたので、それがじつはMP3を開発した技術者たちが、MP3の後継規格として開発したものだと知ってびっくりだった。AAC、王道中の王道じゃん。あと、DVDの音声フォーマットにMPEG-2が採用されるまでの覇権争いの話――技術力が政治力に負けるの図――も勉強になった。

 ふたつめは音楽業界がデジタル化の波にもまれる中で、いかに変わっていったかという話。このパートはユニヴァーサル・ミュージックというレコード会社の盛衰記といった内容になっている。ずっとYouTubeでよく見かけるVEVOってなんだろうと思っていたので、それがレコード会社主導で配信ビジネスから広告収入をあげるために生み出されたプラットフォームだとわかったのが有益だった。

 最後の三つめは、音楽をMP3にリッピングしてネットにリークしていた海賊サイトの運営者たちの話。冒頭でこの本の作者が、若いころからそうした人たちによって無料で公開された音楽をダウンロードしまくっていて、音楽は無料で聴くのがあたりまえだと思っていたと語っているのを読んで、著作権を重視する僕としては、あ、これは読んじゃいけない本だったのでは?――と思ったりしたけれど、それでも内容はとても興味深いものだった。

 この本では以上の三つのエピソードが同時並行して語られてゆく。技術的な話はコンピュータを仕事にしている身としては大変興味深かったし、音楽業界の裏話も洋楽ファンならば一読の価値があると思う。でもって海賊サイトにまつわる話には、ある種のクライム・ノベル的なおもしろさがある。

 一粒で二度おいしい――じゃないけれど、これはそんな一冊で三ジャンルが一度に楽しめる良作。僕みたいに著作権法違反者への献金になるのでは……みたいなことを気にしないで済む人にはお薦めの一冊。

(Jul. 25, 2026)

サバイバー

チャック・パラニューク/池田真紀子・訳/ハヤカワ文庫NV

サバイバー〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV)

 『ファイト・クラブ』の作者による長編第二作。

 帯にある「この作家の伝道のために生きています」という担当編集者の煽り文句につられて、『ファイト・クラブ』と一緒に買った本。

 これにつづく三作品(紙は絶版)も、Kindleのバーゲン期間に見つけてつい買ってしまったので、いまだ『ファイト・クラブ』も読まないうちから、僕のライブラリにはチャック・パラニュークの本が五冊もある状態だった。

 で、いざ読んでみれば、『ファイト・クラブ』は正直なところ、それほど好みではなく、つづくこの作品も冒頭からいまいち物語に入り込めなかったので、読んだことのない作家の本をいきなりまとめ買いしたのはまちがいだったかと、ちょっぴり後悔していたのだけれども。

 でも読み終えてみれば、これが意外とわるくなかった――というか、けっこうすごかった。『ファイト・クラブ』同様、僕にとっては共感のしにくい世界観ではあるけれど、小説としては好き嫌いを超越したパワフルさがある。

 物語は航空機をハイジャックした語り手が、乗客をすべて降ろして、操縦士も脱出させてひとりきりになったあと、自動操縦にした飛行機の燃料が切れて墜落するまでのあいだ、フライトレコーダーに吹き込んだ録音だという設定になっている。

 なぜ彼は飛行機をハイジャックして、ひとりで自殺しようとしているのか?

 カルト教団の生き残りとして数奇な人生を歩んだ彼が、その状況に至るまでの道のりが、残りのページを通して描かれてゆく。

 ハヤカワ文庫ではお馴染みの、登場人物の紹介ページにある名前はわずか四名。それもひとりとして本名とはいえない。

 たったそれだけの出自のあやしいキャラを動かして、四百ページ強のボリュームで描き出される物語のイメージは、そのディテールの曖昧さに反して、とても鮮烈だ。

 『ファイト・クラブ』につづけて、こういうパンチのある作品を書けるのだから、この人の作家としての力量は疑うまでもなさそうだ。

 まぁ、それでもやはり、作風の好き嫌いは別として――という断りはついてしまうのだけれど。

(Jul. 20, 2026)

蘇えるスナイパー

スティーヴン・ハンター/公手成幸・訳/扶桑社BOOKSミステリー/Kindle

蘇えるスナイパー(上) (扶桑社BOOKSミステリー) 蘇えるスナイパー(下) (扶桑社BOOKSミステリー)

 ボブ・リー・スワガーが老骨に鞭うって連続殺人事件の謎を追うシリーズ第六作。

 四人の元左翼運動家が殺される連続射殺事件が発生して、その容疑者として浮かび上がった伝説の元海軍スナイパーの自殺死体が見つかる。

 容疑者の自宅には犯行を裏付ける証拠が揃っていたが、あまりに都合のよいその状況をいぶかしんだニック・メンフィスは、ボブ・リーにスナイパーの立場から事件の調査を依頼する。

 ボブ・リーは射撃のまれにみる正確性から、犯人が使ったのは最新のコンピュータ制御のスコープであり、年老いた被疑者には扱えないシロモノであることを明らかにする。そして、罠にはめられて殺された同業者の汚名を晴らすべく、自ら事件の解決に乗り出してゆくことになる。

 ハンターの小説はいつだって銃などのトリビアがたっぷりだけれど、今回はとくにすごかった――ような気がする。最初のスコープやライフルの話とか、後半の拷問手法とか。そんなに親切丁寧に説明してくれなくてもいいんだけれどなって思ってしまった。

 でもそういう蘊蓄のくどさを除けば、今回も物語のおもしろさは衰え知らず。状況が二転三転する後半の展開は読みごたえ満点だった。

 なかでもスクープのためにニックを失脚させようとした新聞記者が自らの無知のせいで墓穴を掘る展開が痛快でよいです。

(Jul. 15, 2026)