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Recent Notes

  1. 『遠い太鼓』 村上春樹
  2. 『虚談』 京極夏彦
  3. 『秘戯書争奪』 山田風太郎
  4. 『ヒトごろし』 京極夏彦
  5. 『写字室の旅』 ポール・オースター
    and more...

遠い太鼓

村上春樹/講談社文庫/Kindle

遠い太鼓 (講談社文庫)

 村上春樹がギリシャ、イタリアで暮らしながら『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』を書いていた時期のエッセイをまとめた紀行文集。
 何度も書いているように僕はあまり村上春樹のエッセイが好きではない──と思ってきたけれど、最近はそうでもない気がしてきた。これはとてもよかった。ユーモラスでとても楽しい読みものだった。
 春樹さん自身の長期にわたる海外生活にフォーカスしているため、最近の『ラオスにいったい何があるというんですか?』に比べると、全体的にまとまりがあり、かつ読みでもあるところがいい。これまでに読んだ春樹氏のノンフィクションのなかでもいちばん好きかもしれない。もしかして若いころに読んでいたら、僕の村上春樹感もまたちょっと違っていたのかな? と思わなくもない。なぜいままで読まずにいたのか、いまいちよくわからない(タイトルが地味だから?)。
 なんにしろおもしろい本でした。やっぱ、なかでも強く印象に残っているのが、外国暮らしで遭遇するトラブルの数々。ギリシャの台風とか、イタリアの郵便事情や、泥棒事件など。現代の便利な日本で暮らしていると、ちょっとそういう国では暮らせないなぁと思うことばかり。でもこれも三十年も前の話だから、いまだったらもうちょっと事情が違うんだろうか? そんなことなさそうな気がしちゃうけど。
 ちなみに村上春樹の本をKindleで読むのはこれが初めて。本当は単行本を買って読もうと思っていたんだけれど、安かったんでついKindleで買ってしまった。将来余裕ができたら単行本で読み返そう(俺の人生そんなんばっか)。
(Apr 11, 2018)

虚談

京極夏彦/KADOKAWA

虚談 (怪BOOKS 幽BOOKS)

 『鬼談』につづく「」談シリーズの第五弾。
 「鬼」というキーワードで全編をまとめた前作と同じように、今回の作品にも明確なコンセプトがある。それはタイトルにある「虚」=「うそ」。
 この本に収録された短編はすべて最終的にこの話は嘘だとか、嘘だといいなとかいって終わる。要するに夢落ちのように、最後にすべてをひっくり返して終わるような話が多い。
 そのせいか、いつになく物語の破たんを恐れていないというか、どうどうと不条理を語り、不安感をあおるような傾向が強い。おかげでこれまでの同シリーズのなかではこの本がいちばん怖い気がした(単なる気分の問題かもしれない)。
 あと、今回は全作品のタイトルがカタカナ(一部ひらがな)の三文字縛りになっている。なんでそういう趣向になっているのかはわからないけれど(なかにはなぜそのタイトルって思うようなものもある)、でも目次に並ぶタイトルがすべて三文字で揃っているというのは、意外と興味をそそるものがある。
 そうそう、もうひとつ。京極さん自身らしい文筆家が語り手の作品がいくつかあるのも注目すべき点。これまでの京極作品には作者本人を思わせる語り手ってあまりいなかったので、もしかしたら語り手は作者本人?と思わせる短編が読めるってのがなかなか新鮮だった。
 このシリーズについては、こんなの書いてないでさっさと百鬼夜行シリーズの続編を……なんて思っていた時期もあるけれど、あちらの続編はすっかり諦めの境地に達してしまっていることもあり、だんだんとこれはこれで好きになってきました。
(Mar 21, 2018)

秘戯書争奪

山田風太郎/角川文庫/Kindle

秘戯書争奪 忍法帖 (角川文庫)

 この忍法帖は冒頭で「これは「医心方」という実在の医学書に関する物語である」というようなことを断って、森鴎外の『渋江抽斎』(エレカシ宮本の歌詞にも出てくる)などからの引用をかかげて始まる。
 ふーん、珍しく真面目な内容なのかな……と思ってページをめくると、第一章のサブタイトルが『将軍萎ゆ』とくる。でもって、将軍様のインポを治すために朝廷方に古くから伝わるセックスの奥義を記した医学書を盗み出せという話になる。あー、やっぱこれも忍法帖だった。いきなりエロ・フラグ全開。
 ということでこの作品、書き出しこそひねってあるけれど、フォーマット的にはすごくオーソドックスな忍法帖。美男美女のカップルがロミオとジュリエット的なシチュエーションで敵・味方に分かれて医学書の奪い合いをすることになり、それを助けて伊賀のくノ一と甲賀の忍者が七対七で対決するという内容。
 かたや女性だけ、かたや男性だけの忍者のグループが性技に関する秘書(日本版カーマ・スートラ?)を奪いあうという話なのだから、その内容や推して知るべし。全編これ、やる、やらないという話ばかり。でも結局は忍者どうしの争いなので、どちらかというとエロいというよりはグロい印象のほうが強かった。
 清純なヒロインもそんな状況にあてられて、最後は変な具合になってしまうし、個人的には残念ながらあまり好きな作品とはいえないけれど、それでも実在する日本最古の医学書からこういうすっとぼけた話を生み出してみせる山田風太郎の着想の豊かさには毎度のことながら感心しないではいられない。
(Mar 04, 2018)

ヒトごろし

京極夏彦/新潮社

ヒトごろし

 これってもしかして時代劇としては史上最凶レベルではないでしょうか。京極夏彦が新選組副長・土方歳三の生涯を描いた長編小説。
 この作品、そもそも『ヒトごろし』ってタイトルからしてひどいのだけれど、読み始めたとたんに土方歳三が一夜をともにした売春婦の首を絞めて殺そうとしていたりするんだから、なおさらひどい。もう目もあてられない。
 なんたってこの土方さん、近藤さんや沖田総司ら新選組の仲間たちをみな殺しにする方法を空想するような人なわけです。要するにサイコパス。沖田総司も別の種類の最悪なサイコパスだし(この作品の沖田では萌えようがない)、芹澤鴨なんかは当然よく書かれるわけなし。近藤さんこそ普通の人だけれど、そのほかは本当にひどい描かれようだ。これほどまでに新選組を悪く書いた小説ってほかにはないんじゃないだろうか。
 いや、新選組にかぎった話じゃない。この作品では幕末の英雄たちのほとんどが、けんもほろろな扱いを受けている。まるで幕末の偉人たちをヒーローの座から引きずり下ろすために書かれた小説のような趣さえある。僕は歴史好きな人がこれを読んでどう思うのかよくわからない。少なくても土方サマとか総司サマとか言っているレキジョには総すかんだろう。『燃えよ剣』のファンの人にも薦めないほうが無難な気がする。
 それでもそんなこの小説が、僕にはめっぽうおもしろかった。
 京極夏彦の描く土方歳三は性癖的には間違いなく殺人狂の人でなしなんだけれど、でもその一方で京極氏はこの人に平凡ならざる論理的思考能力をさずけた。
 みずからは裁かれることなく人を殺すにはどうしたらいいか──。
 幕末の世にあって、歳三はその答えを新選組という組織のなかに見出す。法のもとにおける殺人は罪には問われない。ならばみずからが法の側につけばいい──。
 かくして、自分の殺人欲求を満たすため、歳三は近藤勇や芹澤鴨を傀儡にして新選組を立ちあげ、幕府の名のもとに人々を斬り殺してゆく。
 司馬遼太郎は『燃えよ剣』で土方歳三をなにかが欠けた人間として描いたけれど、京極夏彦もまた土方を心に欠落をもった人間として描いているわけだ。でもそのあり方は百八十度といっていいくらいにベクトルが違う。立ち上がってくる人間像も当然まったく異なっている。でもそれでいて、それぞれが違った意味で魅力的だったりする。
 そう、この小説の土方歳三は人でなしでありながら、それでいて不思議と魅力的なのだった。やっていることはひどいんだけれど、その行動規範に一本筋が通っているからだろう。アンチヒーローとして、素晴らしくキャラが立っている。その非道さの徹底ぶりはある意味すがすがしくさえある。
 あと、この作品でもっとも興味深いのは、この人が戦争を忌み嫌っていること。
 この作品の土方は殺人狂だけれど、単に人が死ねばいいと思っているわけじゃない。彼が望むのは自分の剣でもって人を斬ることだ。だから彼は人間がモノのように大量に殺される戦争を激しく拒絶する。
 主人公が殺人狂であるがゆえに戦争を忌み嫌う──。
 このパラドックスこそがこの小説のもっとも優れた点だと思う。
 ということで、歴史上の人物を主人公に、総ページ数が千ページを超えるぶ厚い単行本でもって、人を殺すことの罪とはなんぞやについて徹底的に考察したようなこの小説。京極作品としてはイレギュラーながら、そのぶ厚さもあって、ひさびさに京極夏彦らしさを堪能できる秀作だった。
(Mar 04, 2018)

写字室の旅

ポール・オースター/柴田元幸・訳/新潮社

写字室の旅

 このところのポール・オースターの作品はストーリーがしっかした読ませるタイプの作品がつづいていたけれど、この作品はひさしぶりにとっつきづらい。
 記憶があやしく名前も不明な主人公の老人(便宜上ミスター・ブランクと呼ばれている)は、監視カメラや盗聴器が仕掛けられた病室らしき部屋に軟禁されている。で、そこに彼と過去になんらかの関係があったらしい女性の看護人や医者、元刑事や弁護士らが訪ねてくる。
 主人公はかつてなんらかの権力を持った存在だったらしく、その人たちに過酷な任務を課した過去があるらしい。なんとなく政府関係の諜報機関の人間みたいだけれど、作家のようでもあるし、いまいち釈然としない。このあらゆることの真偽が疑わしい感覚にはカズオ・イシグロの作品に近い感触がある。
 でもって、結局この小説はなにひとつ真相が明らかなにならないうちに無限ループに入るような形で終わってしまう。おいおい、いったいこれってなにが書きたかったんだろう?
 ――という謎は、柴田元幸先生による解説を読んで氷解します。あぁ、これってそういう小説なのかと。オースター・ファンを名乗れるほど彼の作品を読み込んでいない僕には理解できないのが当然って作品だった。
 ということで、もう一度オースターの旧作すべてを読みなおしたあとで、あらためて再読したいと思う。──っていったいいつの話になるやら。
(Feb 12, 2018)