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Recent Notes

  1. 『愛の重さ』 アガサ・クリスティー
  2. 『オーバーストーリー』 リチャード・パワーズ
  3. 『白夜』 ドストエフスキー
  4. 『死者のあやまち』 アガサ・クリスティー
  5. 『ヒッコリー・ロードの殺人』 アガサ・クリスティー
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愛の重さ

アガサ・クリスティー/中村妙子・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

愛の重さ

 クリスティーがメアリ・ウェストマコット名義で発表した六編の恋愛小説のうちの最後の作品。
 この作品はベースとなる設定がひとつ前の『娘は娘』と似ている。あちらは親子の話だったけれど、こちらは年の離れた姉妹の話。ただ、あちらが仲むつまじかった親子の関係が徐々に破綻してゆく話だったのに対して、こちらの姉妹のあいだには幼少期から不穏な空気が漂っている。
 このままどんどんドロドロな展開になってゆくと嫌だなぁと思って読んでいると、そんな悩みは意外と早い段階で解消されて、ある事件をきっかけにふたりの関係がドラスティックに変化する。
 そこまでを姉のローラを主役にして描いたのが第一部。
 第二部ではふたりが成長してからの恋愛劇が描かれる。前章では赤ん坊だったシャーリーがここではもういきなり恋する乙女になっている。で、その章のあいだで若くして不幸な結婚をしたあげく、最後には悲劇をほのめかすようなミステリっぽい幕引きが用意されている。四部構成の小説なので、ここまでが半分。
 意外性たっぷりなのは、そんなふうに意味深に第二部が終わったにもかかわらず、次の章ではそのつづきが描かれないこと。
 第三部ではそれまでの物語とはまったく関係のないルヴェインという中年男性が初登場して、異国の島を舞台にした別の話が始まる。
 まあ、もちろんそのエピソードがそれまでとぜんぜん無関係ってことはなくて、前の章でとある島の存在がほのめかされていたことから、ああ、ここがその島なのか――じゃあ彼女たちは……と思うことになるわけだけれど。
 とはいえ、さすがにそれまでの物語とはまったく関係のないアメリカ人男性――しかもかなりオカルトが入っている――の数奇な半生がそのタイミングでたっぷりと語られる構成にはちょっとばかり意表をつかれた。しかもそのあとのクライマックスを飾る第四部にもまたどんでん返しがあるし……。
 この作品はそうやって章が変わるごとに視点や状況を変えて物語が描きなおされるところが最大の特徴だと思う。でもって、そんなふうに前の話の顛末を謎として残したまま新しいエピソードが語られてゆくところにミステリに近い感触がある――というか、実際にはこれってある種のミステリなんじゃないかって気さえする。
 ロマンスの体裁でクリスティー・ミステリの独特のタッチが楽しめるという点で、なかなか他では得がたい味わいのある良作だと思う。
 これきりクリスティーのロマンスが読めないと思うとちょっとさびしい。
(Jan. 07, 2020)

オーバーストーリー

リチャード・パワーズ/木原善彦・訳/新潮社

オーバーストーリー

 個人的に二十一世紀の最重要作家だと思っているリチャード・パワーズの最新作。
 原書の刊行からわずか一年ちょいのインターバルで日本でも翻訳が刊行されたのがまずはめでたい。本国ではピューリッツァー賞を受賞したそうで、なおめでたい。
 有名な文学賞をもらっただけあって、内容も素晴らしい。
 メインとなるのは地球温暖化の原因である森林伐採への反対運動にまつわる話。最初の「根」と称した章で、主要登場人物八組をそれぞれ別々に描いてゆき、次の「幹」で各自が出会って物語の本編へと突入するという構成なのだけれど、もう最初の「根」の部分だけで、良質の短編集一冊分くらいの満足度がある。それが「幹」へと突入して、物語の全体像が見え出してからのおもしろさたるや……。
 間違いなく、これまでのパワーズの作品で中でももっとも読みやすく、もっともおもしろい作品だと思った。まぁ、後半に入って最重要人物のひとりがリタイアしてしまってからは、いくらか話が難しくなって物語の推進力が落ちる気はするけれど、それでも最後まで読みごたえたっぷりの素晴らしい作品だった。
 最初に書いたとおり、物語のメインとなるのは環境保護運動にまつわる話なのだけれど、おもしろいのは序章で描かれた登場人物の全員がその運動にかかわってくるわけではない点。主要八組の登録人物のうち、二組のエピソードは最後までメインの物語とは交わらない。老女性学者が書いた一冊の本を介して、緩くつながっているだけ。
 でも樹木によるコミュニケーションを扱い、作品自体をひとつの樹木になぞえられて構築されたこの小説にとっては、そういう枝葉が絶対に必要なんだろう。樹木が一方方向へのみ枝葉を広げるわけではないのと一緒で、この物語も豊かな枝葉末節を持っている。そこもまたこの小説の魅力のひとつだ。
 読書量がた落ちの一年だったけれど、来年はもっと本を読まなきゃなぁという意欲を高めさせられる、一年の最後を飾るにふさわしい作品だった。
(Dec. 30, 2019)

白夜

ドストエフスキー/小沼文彦・訳/角川文庫/Kindle

白夜 (角川文庫)

 なんだかドストエフスキーを読むのもひさしぶりだなぁと思って調べたら、最後に『白痴』を読んだのが九十六年のことだった。いやはや、じつに二十三年ぶり。
 僕は『罪と罰』と『カラマーゾフの兄弟』を世界最高の小説のうちのひとつだと思っているので、その作品を書いたドストエフスキーも当然特別視しているんだけれど、なぜかそれほど積極的に全作品を制覇しようって意欲がわかないのは、やはり時代が古いせいか、はたまたロシア語からの翻訳にあまり惹かれないためか。まあ、もともと英米文学メインで、それほど極端な読書家ってわけでもないのだから、ロシアの文豪を積極的に読まなくても特に不思議はない気はするけれど。
 それにドストエフスキーの作品に出てくる人たちって、どうにも言動が極端にデフォルメされている感じがして、いまいちとっつきづらさがある。ひさびさにこの人の作品を読んでみて、その独特さを懐かしく思った。この普通じゃない感じは、十九世紀の小説だからなのか、ロシア文学だからなのか、はたまたドストエフスキー独特の味なのか。僕にはそこんところがよくわからない。
 ほぼ全編が一組の男女の会話だけで成り立っているような印象のこの短い恋愛小説は、その恋の始まりから終わりまでがわずか四日間。唐突に燃え上がった恋の炎はあっという間にピークを迎えたと思ったら、あっけなくついえる。その間の主人公ふたりの自分本位な饒舌さがものすごい。なんでそうなるのさって、読んでいて唖然としてしまう。
 こういう小説って、現代では成り立たないよなぁと思う。でもその一方で、その過剰なまでに熱い語りっぷりは、一周まわって意外と現代的かもしれないなと思ったりもした。少なくてもこの作品に関していえば、なんとなくカズオ・イシグロあたりに通じるものがなくもないかなと思ったり。
(Nov. 30, 2019)

死者のあやまち

アガサ・クリスティー/田村隆一・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

死者のあやまち (クリスティー文庫)

 よる年波に負けて、すっかり本が読めなくなってしまって、このままだと十月は一冊も本を読まずに終わってしまいそうだったので、ならばクリスティーがつづくにしても読まないよりもましだろうということで読んだ一冊。
 クリスティーが連発になったのは、そういう理由だったけれど、その作品が、意外や、ふたたびポアロものだった。そろそろクリスティーも残り作品が少なくなってきたので、ここへきてポアロものが二冊もつづくとは思わなかった。
 物語は、ミステリ作家のオリヴァー夫人からの一方的な呼び出しを受けて、彼女が滞在中の屋敷へと出向いたポアロが、その屋敷で発生した殺人&失踪事件に頭を悩ませるという話。
 被災者は三人いるけれど、そのうち殺人であることが明確なのはひとり(しかも少女)のみで、あとは「殺されたに違いない」と「殺されたかもしれない」なので、いまいちミステリとしては地味な印象(現実世界では派手でない時点で良心的)。でもそれゆえか、まったく犯人の見当がつかない。そこがこの作品の長所かもしれない。
 ただその半面で、個々のキャラクターの描写が淡白なので、そのうちのひとりが犯人だといわれても、意外性がないのが欠点。ここまで犯人がわからないのに、わかった瞬間のインパクトもない作品もクリスティーにしては珍しい気がした。
 でもまぁ、もしかしたらそれは僕の読書力の衰えによるところも大きいのかなという気がしなくもない。ほんとうに本が読めねぇ……。
(Oct. 31, 2019)

ヒッコリー・ロードの殺人

アガサ・クリスティー/高橋豊・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

ヒッコリー・ロードの殺人 (クリスティー文庫)

 なんかすごくひさしぶりのポアロもの。
 ポアロの秘書のミス・メロン(以前に出てきましたっけ?)の姉が寮母をつとめる学生寮で盗難や器物破損があいついでいると聞いたポアロが、そのお姉さん(ハバート夫人)をお茶に招いて詳しく話を聞いてみたところ、盗まれたもの――夜会靴の片方、ダイヤの指輪、電球、チョコレート、ホウ酸など――の一貫性のなさ、バラエティの豊かさに大喜び。おもしろそうだからと自らその学生寮へ出かけてゆくという話。
 というわけで、今回のポアロさんは若者ばかりを相手にすることになる。まあ、学生寮といいつつ、社会人も住んでいるし、ハバート夫人とか、寮の女性オーナーとか、警部とか、登場人物には若くない人もそれなりにいるけれど、とりあえず事件の中心となるのは若者たち。このポアロ・ミーツ・ヤングマンな構図がこの作品の醍醐味なのかなと思う。
 タイトルにもあるとおり、盗難から始まった事件は当然のように殺人事件へと発展して、さらにその背後には別の組織犯罪が……というような話になってゆく。その展開自体には意外性があるんだけれど、でもクリスティーの作品のつねで、そうやって犯罪組織がどうしたみたいな話になったとたんに、なぜだか妙に説得力がなくなる。クリスティーって組織犯罪に向かない人のような気がする。
 後半の謎解きは五月雨式で、謎がほつれてゆくように段階的に真相が明かされてゆく。そのためポアロの見せ場となる、関係者一同を集めての謎解きシーンはないけれど、いつもと違うその展開がけっこう新鮮でおもしろかった。
(Sep. 30, 2019)