Coishikawa Scraps / Books

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最近の五冊

  1. 『草の竪琴』 トルーマン・カポーティ
  2. 『黄昏の狙撃手』 スティーヴン・ハンター
  3. 『キングの身代金』 エド・マクベイン
  4. 『巨神計画』 シルヴァン・ヌーヴェル
  5. 『ジェイムズ』 パーシヴァル・エヴェレット
    and more...

草の竪琴

トルーマン・カポーティ/村上春樹・訳/新潮社

草の竪琴

 トルーマン・カポーティの代表作のひとつであり、村上春樹氏が長年愛読しているという中編小説『草の竪琴』に、短編『最後のドアを閉めろ』『ミリアム』『夜の樹』の三篇を併載した作品集。

 春樹氏があとがきで「『遠い声、遠い部屋』と『草の竪琴』は、同じ物語のネガとポジのような位置関係にあると評することもできよう」と書いているように、なるほどこの小説は『遠い声、遠い部屋』を陽当たりのいい場所で天日干しにしたら、暗い部分が色あせてなくなってしまった、みたいな作品だった。

 主人公のコリンは親を失って、親戚のもとへ身を寄せた少年で、その家で暮らす年寄り姉妹の姉ドリーとなかよくなる。でもって彼女たちのお家騒動(みたいなもの)に巻き込まれて、ドリーと彼女の召使兼親友のキャサリンともに家出をして、近所のツリーハウスに立てこもることになる。

 身寄りのない多感でイノセントな少年の話という点では『遠い声、遠い部屋』と同じなのだけれど、この小説ではその「イノセンス」の持ち主が主人公のコリンだけではなく、ドリーという老女もだという点が重要。むしろ結婚もせず、一度も社会に出たことのないまま年を取ったドリーのほうが、思春期のコリンよりもなおさらイノセントかもしれない。

 さらにそこに黒人だかネイティブ・アメリカンだかよくわからない世間離れしたお手伝いさんのキャサリンが加わった三人組に、地域のはみだし者である男性ふたりが絡んでくる。同調圧力の強い南部の社会では浮きまくっている五人のいびつな共同体の寓話のような善良さがこの小説の魅力。少なくても僕にとってはそうだった。

 カポーティの小説――というかアメリカ南部作家の文学全般――って、この本に収録されている短編のように、曖昧な表現が多くて、居心地の悪さを感じさせる作品が多い印象で、いまいち苦手なんだけれど、この小説はそのおとぎ話のような空気感がよかった。まぁ、それも最後には失われてしまうわけだけれども。その喪失感もまたこの小説の魅力のひとつだと思った。

 でもだから。そこで終わってくれていればよかったのに……。

 そのあとの短編は僕にはいささか蛇足に思えた。いい気分で映画館から出てきたら、外は雨が降っていて、いきなり現実に引き戻された、みたいな気分になった。

 願わくば『草の竪琴』の余韻を残したまま終わりたかった。

(Nov. 29, 2025)

黄昏の狙撃手

スティーヴン・ハンター/公手成幸・訳/扶桑社BOOKSミステリー/Kindle(全二巻)

黄昏の狙撃手(上) (扶桑社BOOKSミステリー) 黄昏の狙撃手(下) (扶桑社BOOKSミステリー)

 ボブ・リー・スワガーを主人公にしたシリーズは『極大射程』から『狩りのとき』にいたる三部作のあと、アール・スワガー三部作を挟んで、『四十七人目の男』で再開するまでに、九年のインターバルがある。

 イメージとしては『狩りのとき』で切りよく三部作がまとまっているので、本当はそれ以降は書くつもりがなかったんじゃないかという気がする。『四十七人目の男』がなんだこりゃって内容の――いってみれば蛇足的なイメージが強い(失礼)――作品だったため、なおさらそんな気がする。その辺の事情がわかる解説がついていてくれると嬉しいのに、残念ながらついてない。これだから電子書籍はなぁ……。

 いずれにせよ前作でシリーズはリブートした。再開後のいちばんの違いは、その間にボブ・リーが年を取っていること。

 歴戦の英雄も六十を過ぎて、まわりからの扱いはすっかりお爺さん。前作での死闘で得た心身のダメージのせいで、頭は白髪がめだつようになり、脚を引きずって歩くようになってしまった彼は、今作ではずっと老人扱いされている。

 今作の魅力はそんな「おいぼれ」が、じつはいまでもすごいんだぜって。そのギャップ。ずっと若い人たちからなめられっぱなしの老人が、最後にその伝説的な戦闘能力を発揮して、悪党たちをやっつける。そんな水戸黄門の印籠的なシーンの到来が待ち遠しくて、ページをめくる手が止まらなくなった。

 あと、この小説は導入部も秀逸。大学を卒業して新米記者となったボブ・リーの娘ニッキが、謎のドライバーに襲われて交通事故を起こし、昏睡状態に陥ってしまう。ボブは愛娘の回復を祈りながら、にっくき敵を探して自ら捜査に乗り出してゆく。そして彼もまた命を狙われるようになる。

 さすがのストーリーテラー。話の運びが上手い。悪役の人物造形も抜群。

 まぁ、出来映えは初期三部作には及ばないけれど、それでも十分なおもしろさだった。ある種マンガ的な楽しさがあったもんで、途中でやめられなくなって、『四十七人目の男』は上下巻で一ヵ月以上かかったのに、こちらは休日を丸一日費やし、一週間ちょいで読み切ってしまった。大変おもしろうございました。

 いやでもこの先、年を取る一方のボブ・リー・スワガーがどうなってしまうのか予断を許さなくて、いまは続編への期待と不安が半々だったりする。

(Nov. 17, 2025)

キングの身代金

エド・マクベイン/井上一夫・訳/ハヤカワ・ミステリ文庫/Kinlde

キングの身代金 87分署シリーズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 スパイク・リーの『天国と地獄 Lowest 2 Highest』の原作だというので読んでみた、エド・マクベイン87分署シリーズの第十作目。

 エド・マクベインを読むのはこれが初めて――ではないかもしれない。若いころにこのシリーズの第一作『警官嫌い』を読んだような気がしなくもないんだけれど、読んだとしてもまったく記憶に残っていないから、実質的にはこれが初めて。

 87分署シリーズはニューヨーク市警(NYPD)をモデルにした架空の警察署を舞台にして、「警察小説」というジャンルを確立したシリーズとのことだけれど、この作品に関しては、誘拐事件の被害者と加害者、その両方を描くのが主体で、刑事たちの活躍の場面は控えめ。そういう意味では、シリーズの中では、ややイレギュラーな作品っぽい。

 とはいえ、このシリーズにおいては、おそらく警察とか犯罪とかは主役ではなく、メインはニューヨークという都市の全体像を、小説という形で再現することなのではないかなって気がした。ニューヨークをモデルにしたアイソラという街の風景やそこに生きる人々の姿を描きだす作者の筆は、それくらい生き生きとしている。五十作品を超える長大なシリーズを生み出した原動力は、ニューヨークという街への深い思い入れにあるのではと思った。

 映画との違いで意外だったのは、映画では終盤まであきらかにならなかった誘拐犯たちの正体が序盤から明かされて、そこから先の物語では犯人側も主役級であること。その点は今年観た『新幹線大爆破』の新旧版と同じだった。リメイクにあたって犯人を隠してミステリっぽさを高めたがるのは、世の習いなのかも。

 身代金の受け渡しをクライマックスとして、それ以降もドラマがつづいた映画とは違って、原作では受け渡しの顛末でハプニングがあって、犯人たちの計画が破綻して、あっさりと事件が解決してしまう。その点、スパイク・リーの映画は、原作よりもむしろ黒澤版を踏襲した部分が多そうな感じだった。

 とりあえず、これを読んでみて、やっぱ黒澤版は観とかなきゃ駄目だなと思った。あと、エド・マクベインの文体にけっこう好感を覚えたので、このシリーズも第一作にさかのぼって読んでみてもいいかなと思った。

(Nov. 15, 2025)

巨神計画

シルヴァン・ヌーヴェル/佐田千織・訳/創元SF文庫(全二巻)/Kindle

巨神計画 上 〈巨神計画〉シリーズ (創元SF文庫) 巨神計画 下 〈巨神計画〉シリーズ (創元SF文庫)

 若いころ『機動戦士ガンダム』や『超時空要塞マクロス』の薫陶を受けた世代なもので、巨大ロボがテーマといわれて興味を持ったところへ、Kindleのディスカウントで安く買えたこともあって読むことにしたSF小説。

 この小説はプロローグのビジュアル・イメージが素晴らしい。

 十歳の女の子が誕生日のプレゼントに自転車をもらい、喜び勇んで走り出した先で、謎の穴に落ちてしまう。彼女を救出しにきた大人たちが見つけたのは、巨大なロボットの掌の上に横たわる少女の姿だった。映像化したら映えること間違いなしな最高のオープニング!

 ロボットといっても、そのときに見つかったのは片手だけ。地球外生命体が何千年も前に地中に埋めたものと推測された。

 少女は長じて科学者となり、世界中に散らばったパーツを集めてロボットを復元するプロジェクトの責任者に任命される。彼女がパーツのありかを見つけるのに有効な調査方法を発見したことにより、ロボットの復元は順調に進んでゆくのだけれど、その過程には思わぬ障害が……。

 未知の地球外生命体によって過去にもたらされた巨大ロボットの復元というテーマにはとてもわくわくさせられるものがあるのだけど、途中から現代社会的な様々な問題が持ち上がり、だんだん話がきな臭くなってゆく。巨大ロボットアニメの小説版的なものを期待していたら、途中から愛憎劇まじりのポリティカル・フィクションになってしまったというか……。まぁ、それでも十分おもしろいんだけれども。ちょっとばかり期待していたのとは違った。

 小説としては、前述のプロローグだけを例外に、本編はすべて政府の機密文書を閲覧しているという想定で、ほぼ大半がインタビュー形式で語られてゆくのも重要なポイント。そのスタイルが物語にドキュメンタリー的なリアリティを与え、かつ叙述トリックとしてミステリ的なおもしろさを醸したりする一方、小説ならではの語りの個性が味わえない点は、やや残念だった。

 ということで、おもしろかったけれど、絶賛するまでには至らなかったから、続編を読むかどうかは微妙だなぁと思っていたら、最後の最後に思わぬ伏線の回収があって、つづきが気になることに……。

 ということでこの三部作についてはいずれ続編も読みます。

(Oct. 30, 2025)

ジェイムズ

パーシヴァル・エヴェレット/木原善彦・訳/河出書房新社

ジェイムズ

 『ハックルベリー・フィンの冒険』でハックとともに旅に出る黒人奴隷ジムを主人公にした、いまどきの言葉でいうなら二次創作の作品にして、ピューリツァー賞ほか数々の文学賞を受賞したという話題作。

 先日読んだ柴田訳が顕著だったように、『ハックルベリー・フィンの冒険』はその語りのスタイルが最重要ポイントな作品だった。

 対してそこから派生したこの作品の文体はきわめて端正。無学な黒人奴隷による語りがなぜこんな?――という疑問への答えこそがこの小説の肝だった。

 その着想には、同世代の黒人作家の作品であり、実在しなかった鉄道の存在をあったことにして物語の世界観を築いてみせた『地下鉄道』ときわめて近いものがある。アメリカで黒人の過去を描くには、ある種のファンタジー要素が必要なのかもしれない。

 物語は途中までは『ハックルベリー』のそれをなぞる形で進んでゆく。

 話が枝道に逸れて独自の展開を見せるのは、ハックたちが殿下と公爵と出逢って以降。オリジナルでは善良なハックたちが、そのろくでもない詐欺師二人に振り回される展開にはけっこううんざりさせられたので、またあれを読むのかぁ……とげんなりしていたら、こちらではそのパートが比較的短めで終わったので、正直嬉しかった。

 ただ、この小説を手放しで称賛できるかというと、そうでもない。終盤で明かされるハックの出自にオリジナルにはない重大なアレンジを加えた点は個人的にはどうかと思った。放っておいたってハックの未来がヘビーモードだろうことは予想に難くないのに、さらなる重荷を背負わせてどうする?

 また、物語が本筋を逸れて以降はバイオレンス色が強くなり、クライム・ノベルっぽくなる。その点はトニ・モリスンの『ソロモンの歌』にも通じるものがあって、僕にはその展開が疑問だった。やっぱ殺人が絡むとどうしたって話が俗っぽくなる。

 ということで、おもしろい小説ではあったけれど、後半のオリジナル部分が原作の世界観とかけ離れていることが、いささか作品の価値を落としているような気がした。事態の解決を暴力に頼っているようでは、世の中は変えられない。黒人にそんなことをいうのは酷かもしれないけれども。

 作者のパーシヴァル・エヴェレットは、どこかで聞いたような名前だと思ったら、映画『アメリカン・フィクション』の原作者だとのこと。

 おぉ、そうなんだ。どちらかというと、そっちの方が興味がある。この作品にヒットにあやかって、どこかで翻訳してくれませんかね。ぜひ読みたい。

(Oct. 22, 2025)