Coishikawa Scraps / Books

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最近の五冊

  1. 『プリンス論』 西寺郷太
  2. 『忍法相伝73』 山田風太郎
  3. 『プレイグラウンド』 リチャード・パワーズ
  4. 『海と毒薬』 遠藤周作
  5. 『薬屋のひとりごと16』 日向夏
    and more...

プリンス論

西寺郷太/新潮新書/Kindle

プリンス論(新潮新書)

 僕はプリンスのファンを名乗るにはおこがましいリスナーだけれど、それでもプリンスに対しては、ほかのアーティストにはない特別な思い入れを持っている。

 プリンスが『パープル・レイン』で一世を風靡した高校時代。サザン、ビートルズ、ストーンズ、スプリングスティーンなどを一緒に聴いていた友人らが、プリンスにはまったく関心を示さない中、僕ひとりが彼の音楽に夢中になった。

 僕にしたって最初から彼のことが好きだったわけじゃない。初めて『When Doves Cry』を聴いたときには、そのあまりの異質さになんだこりゃと思ったし、セクシャリティを前面に打ち出した彼のルックスは正直気持ち悪かった。

 それでも大ヒットしていたその曲は、聴くともなしに聴いているうちに、僕の中に深々と刺さっていった。どのタイミングで『パープル・レイン』を聴いたのか、記憶がさだかじゃないけれど、そのアルバムを聴くころには、僕はすっかりプリンスの音楽に夢中になっていた。『パープル・レイン』の試写会に応募して、ひとりきりで有楽町へその映画を観にいったりもした(いまの自分からは考えられない行動力)。

 そして、それまで比較的オーソドックスなロックファンだった僕の音楽志向は、プリンスの音楽の持つ多様性とクリエイティビティに触発されたことで、それまで以上の広がりを持つことになった。そのときに獲得した音楽性の広がりが、その後四十年以上にわたって、僕が音楽を聴きつづける原動力になったといっても過言ではない。

 かつての友人たちが高校時代の趣味のまま年を重ねて新しい音楽を聴かなくなってしまったのに、僕だけがいまだ飽きることなく音楽を聴きつづけているのは、もっとも多感なその時期にプリンスと出会った影響が大きいと思っている。

 いわばプリンスは僕の音楽人生における恩人のひとり――。

 さて、ということで前振りが長くなってしまったけれども、これはノーナ・リーヴスの西寺郷太が書いたそんなプリンスの入門書。

 奇しくもプリンスが亡くなる前の年に出た本なので、もしかしたら改訂版が出るかもと思って待っていたのだけれど、出ないまま十年が過ぎたので、ここいらで読んでしまうことにした。

 新書だからそんなに詳細な内容ではないし、キャリアの後半部分が駆け足になってしまっているのはいささか残念だけれど、それでもミュージシャンが片手間で書いたとは思えない、とてもしっかりとした内容に仕上がっている。

 西寺クンのなにがすごいかって、プリンスやマイケル・ジャクソンに出会ったのが小学校五年生のときだということ。

 その年で洋楽に――それもメロディよりもビートを強調したブラックミュージックに――目覚めるのって、単純にすごいなぁと思う。音楽家として世に出る人はひとあじ違う。

 でもまぁ、青春真っただ中の高校時代にプリンスやスプリングスティーン、最盛期のサザンや佐野元春を聴けた僕らだって、十分に幸運だよねって、いまとなると思う。

(Dec. 31, 2025)

忍法相伝73

山田風太郎/講談社/Kindle

忍法相伝73 (ROMANBOOKS)

 忍法帖シリーズの長編で唯一、これまでに一度も文庫化されたことがない、わけありの作品。

 文庫化されていないってことは、要するに風太郎先生が読まれることを望んでいなかったってことなわけで。

 2013年に単行本化されているけれど、ほかの忍法帖は文庫本しか持っていないのに、そういう作品をわざわざ単行本で所有する気になれずにスルーしてしまった。最近になってものすごく昭和レトロな表紙がついたKindle版が出ているのを見つけて、ようやく読むことができたわけだけれども……。

 なるほど。これは駄目でしょう?

 というか、そもそもこれは忍法帖ではないのでは?

 タイトルに「忍法」とはあるけれど、「73」というアラビア数字がついていることで予想がつくように、舞台は現代だ。

 「忍法帖」の「帖」は暗黙のうちに時代劇を意味しているのだろうから、時代劇ではないこの小説をシリーズとしてカウントするのは間違っている気がする。内容的にも、これをあの一連の傑作群に加えるのには、心理的な抵抗を感じてしまう。

 物語は昭和のいまを生きる若者が、先祖が書き残した忍法の覚え書きに従ってみたところ、本当に忍法が使えてしまいましたというナンセンス・コメディ。作風的には忍法帖というよりは『男性週期律』あたりに近い印象だった。風太郎先生らしいシニカルな視点から生み出された、社会風刺に満ちた馬鹿話。

 もともと1964年に発表した『忍法相伝64』という短編を膨らませて連作長編化したものだとのことで、長編化にあたって数字がなぜ「73」に変わったのかは不明。物語的にはこの数字は西暦とは関係がなくて、忍法書に書かれた七十三番目の忍法を最初に使ったのがその名の由来。その後も各章は「忍法相伝85」、「忍法相伝99」と数字の部分をカウントアップしながら進んでゆく。

 試される忍法はどれも荒唐無稽なだけではなく、とても馬鹿らしくて下品なものばかりだから、わざわざ書き残そうって気にもなれない。クライマックスで序盤の伏線を回収したどんでん返しがあるけれど、最後の落ちときた日には脱力ものだ。なにそれ? まるでコントじゃん。

 いやぁ、これは文庫化したくなかったのもわかる。風太郎先生、若気の至り。悪ふざけにもほどがある。山田風太郎の長編ワースト部門に入ること確実な一冊。

 まぁ、そんなわけで内容には感心しなかったけれども、昭和の世相を色濃く反映している点は一興だった。山登りした先のゴミの多さに国民の道徳意識の低さを嘆くあたりには、外国人に国の清潔さを絶賛されている令和の現代とは隔世の感があった。

 とりあえず、忍法帖シリーズもほぼ読みつくして、残すところあと一冊。これがその最後の一冊なんてことにならなくてよかった。

(Dec. 29, 2025)

プレイグラウンド

リチャード・パワーズ/木原善彦・訳/新潮社

プレイグラウンド

 リチャード・パワーズ三年ぶりの最新作。

 今回の作品では時系列の異なる三つの物語が同時進行で語られてゆく。

 メインとなるひとつめの舞台はマカテア島というポリネシアの島。かつてはリン鉱石が取れたことで栄えたものの、資源の枯渇とともに衰退(ここまでは実話)。現在は過疎化して、住民が八十人くらいしかいないこの島に、新たな開発事業の話が持ち上がる。その是非をめぐる住民投票の顛末が、群像劇として、最新時間軸で描かれる。

 ふたつめはその島で子供ふたりと暮らすアメリカ人夫婦、ラフィ・ヤングとイナ・アロイタ、そして彼らとかつて親密な関係にあったIT長者、トッド・キーンの物語。

 貧乏家庭に生まれた黒人のラフィと大富豪の息子トッドがいかに知りあって親友となったか、ポリネシアからの留学生だったイナとラフィが出逢ったことから、彼らの関係がどのように変わっていったかが、認知症が進行しつつあるトッドの回想談として、一人称で語られてゆく。

 最後はトッドが幼いころに憧れた女性海洋生物学者、イーヴリン・ポーリューの話。この人も現在はマカテア島の住人で、海で死ぬのが本望とばかりに、九十二になってなおスキューバダイビングに精を出す元気なお婆さん。女性学者の先駆けとして道なき道を歩んできた彼女の波乱に富んだ人生が幼少期までさかのぼって綴られている。

 博覧強記なパワーズのことだから、海洋生物学やAIや囲碁の話など、ディテールの蘊蓄うんちくもたっぷりだけれど、とにかく以上の三つの物語がどれもおもしろい。

 まぁ、それらが最後にどのように結びついてゆくのかと思っていたら、「え、それってあり?」と思うような落ちがつくのには、ちょっとだけ釈然としなかったけれども。

 それでもかつての作品ほどの難解さはないし(まぁ、だからといってすべてが理解できたといえないところが情けない)、読み物としてはとても楽しめました。

 きちんと読み取れなかった点も多々あったので、これはいずれ再読しないといけない。――というか、パワーズの作品はすべて一度といわず何度でも読み直したい。

(Dec. 18, 2025)

海と毒薬

遠藤周作/角川文庫/Kindle

海と毒薬 (角川文庫)

 かつて読んだ『沈黙』がよかったので――とはいっても気がつけばもう十六年も昔のことだった――別の作品も読んでみようと思って、内容をまったく知らずに手にとった遠藤周作の作品なのだけれども。

 これはぜんぜん駄目だった。好きになれる要素がひとつもなかった。

 だって太平洋戦争中に、アメリカ人捕虜を生体解剖した人たちの話ですよ?

 そんな話だと知っていたら、絶対に読んでない。病院とか病気の話が嫌いな人間にとっては、完全に許容範囲外。三島由紀夫の『憂国』と同じくらい読むのがつらかった。

 まぁ、それほどグロテスクな描写があるわけではないのが救いだけれども、それでも命を救うことを生業としているはずの医者が、平気で人の命を奪うという事実がなんとも受け入れがたい。これが実話をもとにしたフィクションだと知ってなおさら驚いた。なんてことしてくれてんだ、戦前の日本人。

 まぁ、こういう醜い現実をフィクションとして白日のもとに晒すのも小説という芸術表現の役割のひとつだという考えもあるんだろう。主題は罪悪感ひとつ抱くことなく非道を働く権力者たちではなく、そんな悪党どもに流されるまま、事件に関与させられた弱き人たちの苦悩と煩悶なわけだし。

 ふつうの人がふつうではいられない。戦場で人を殺した人たちが帰国してあたりまえのように日常を送っている。そんな戦争のもたらす非人間性をあぶりだした作品としては、価値がある作品なのかもしれない。

 でも嫌なもんは嫌なんだ。あまっちょろい僕にはこの小説はまったく受け入れられない。紙で買わなかったのがせめてもの救いだった。

 あぁ、やりきれない……。

【追記】ゆうべテレビをつけたら、NHKでその「九大生体解剖事件」のドキュメンタリーをやっていた。そんな偶然ってある?

(Dec. 06, 2025)

薬屋のひとりごと16

日向夏/ヒーロー文庫/主婦の友社/Kindle

薬屋のひとりごと 16 (ヒーロー文庫)

 ついにたどり着いた『薬屋のひとりごと』の最新巻。

 医療ドラマみたいだった前作につづいて、今回もメインは病気の話。地方の村で疱瘡が流行って、医局の人たちがてんてこまいすることになる。

 ちょっと前に猫猫(マオマオ)の後輩となった妤(ヨ)と、猫猫が薬屋の仕事で知りあった克用(コクヨウ)が、ともにかつて疱瘡に感染したことがあり、免疫があるということで、今回はけっこう大事な役どころを演じている。

 疱瘡といわれてもいまいちぴんとこないけれど、それがかつて法定伝染病だった「天然痘の別称」だと言われると、あぁ、それは大変そうだって思う。新型コロナウィルスのパンデミックからまだ数年なので、またもやあんなめになったら本当にやだなぁって思うと他人事じゃない。

 そんな重大事への対応に並行して、今回も猫猫はいろんなところへひっぱりまわされている。雀(チュエ)につれられて馬閃と里樹(リーシュ)の様子をのぞきにいったり。壬氏に請われて皇太后の親戚の毒薬投与事件の謎を解いたり。羅半が商売相手に拉致された事件を解決したり。最後は、らしからぬ態度で壬氏に甘えてみたりしている。

 いちおう疱瘡絡みの話は切りよく終わった感じけれど、さて、このつづきが読めるのは来年か再来年か。この作品、まるで終わりが見えない。

(Dec. 3, 2025)