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最近の五冊

  1. 『雨天炎天』 村上春樹
  2. 『それから』 夏目漱石
  3. 『アメリカン・マスターピース 古典篇』 柴田元幸・編訳
  4. 『プロジェクト・ヘイル・メアリー』 アンディ・ウィアー
  5. 『日出る国の工場』 村上春樹・安西水丸
    and more...

雨天炎天 -ギリシャ・トルコ辺境紀行-

村上春樹/新潮文庫/Kindle

雨天炎天―ギリシャ・トルコ辺境紀行―(新潮文庫)

 月いち村上春樹、五月分はギリシャ・トルコ旅行についての紀行文。

 刊行されたのはギリシャでの暮らしについて書いた『遠い太鼓』と同じ1990年だから、その本では取り上げられなかった二つの旅行について、まとまった文章を残しておきたかったということなんだろうと思う。

 ただ、その辺の理由はいっさい説明されていない。

 いやもとい。後半のトルコ編については「初めて訪れたときに感じた空気が特別だったため、ずっと再訪してみたいと思っていた」みたいなことが書いてあったけれど、少なくてもギリシャのほうはいっさいなかった――と思う。たぶん。

 まぁ、村上さんは当時ギリシャに住んでいたので、この本で書かれているアトスの修道院巡りは、その時点ではある意味国内旅行なわけで、日本人の四国巡礼みたいなものだから、わざわざ説明なんていらないってことなのかもしれない。

 でもまるで宗教的なことに関心のなさそうな春樹氏が、わざわざ特別な許可証をもらって三泊四日の修道院巡りに赴いたというのが、僕にはなんとなく不思議だった。

 それこそ僕自身は日本人だからといってお遍路しようとは思わないわけで。

 それともギリシャ人にとって、ギリシャ正教はとても身近なので、普通の人が人生で一度はアトスを訪れるのがあたりまえの風習になっていて、ギリシャで暮らすうちに自分も一度その山を訪れてみたいと思うようになったということなんだろうか。願わくばその辺の事情が分かるようなまえがきか、あとがきが欲しかった。

 なんにせよ、なぜに村上さんがその地を訪れようと思ったのかがわからないまま、僕らは村上春樹氏が同行したカメラマンの松村映三とともに出向いたアトス山に点在する修道院を巡る三泊四日のハードな旅の模様を追いつづけることになる。

 対する後半のトルコ旅行編は三週間。日程的なボリュームは五倍なのに、本書のページ数は半分ずつというところに、ギリシャ旅行での経験の濃さが表れている気がする。まぁ、ほとんどが徒歩だったギリシャと、基本的には車で移動していたトルコでは、時間感覚に違いがあって、それが反映されているだけなのかもしれない。

 トルコは僕が漠然と思っていたよりもタフでハードな国っぽかった。

 でもまぁ、なんたってもう三十五年以上も昔の本なので、いまのギリシャやトルコはもうずいぶんと変わっている可能性もある。

 ポール・セローの『ゴースト・トレインは東の星へ』みたいに、春樹氏が再びいまのギリシャとトルコを旅して、当時との違いを語ってくれたらおもしろいのに。

 とはいえ、ほとんど修道院が舞台のギリシャ編に関しては、いまも昔もそう大差がなさそうな気もする。

(May. 31, 2026)

それから

夏目漱石/青空文庫/Kindle

それから

 夏目漱石でいちばん好きな小説。

 ――とかいいつつ、気がつけばかれこれ四半世紀以上読んだことがなかったので、本当にいまでも好きなのか確かめるべく、Kindleの青空文庫版で読んでみた。

 ――答え。うん、いまでも好きでした。

 でも若いころに読んだときとは、さすがに感じ方が変わっている。

 二十代、三十代で読んだときには、代助がどんどん苦しい状況に追い込まれてゆく終盤の展開に胸が熱くなったような記憶があるのだけれど、今回はそうでもなかった。ディテールをほぼ忘れていたこともあり、漱石の小説家としての手腕への感銘がまさった。

 親のすねをかじって悠々自適な生活を送っていた主人公が、仕事でトラブって帰京してきた旧友とその奥さんとの再会をきっかけに、徐々に人生の歯車が狂ってゆき、やがて破綻に至るまでの物語。

 序盤はのんびりとなにごとにも達観している感じの主人公が、中盤になっていきなり彼女への熱い想いを吐露しだす。

 序盤の叙述からすると、え、そんなに好きだったの?――って感じなんだけれど、その唐突さこそがまさに「溢れる熱い想い」。そうか、我慢してたはずが、会っているうちに溢れ出しちゃったかぁって。

 いざ、秘めたるその想いを打ち明ける場面で、自ら訪ねてゆくのではなく、書生にことづけて自宅に相手を呼び出したりするのには、現代人の感覚からすると、なにそれな感はある。それでもやはり告白シーンは恋愛小説の醍醐味。ちゃんと胸を打つものがある。

 そしていざ、両想いを確認したあと、さぁこれからというところで訪れる不意の断絶。そしてそれにつづく不義の罰としてもたらされる窮状――。

 花の香ただよう部屋で居眠りしていた冒頭のおだやかな空気感と、ラストの絶望的な性急さの対比がとても鮮烈だ。

 なにも特別なことは起こらない。人も死ななければ、魔法も悪魔もエイリアンも出てこない。ただ人が人を好きになっただけ――でもって、若さの至りで行動を間違えただけ――で、どうしてここまで力強い物語が生まれるんだろう?

 やっぱ漱石って素晴らしいと思った。

 『それから』と『こころ』はほぼ同じ三角関係の裏表で、姉妹編のような作品だと思うし、『門』は『それから』の後日談的な作品だといわれているので、つづけてそれらの作品も読んでしまいたくなったけれど、なにせ時間がない――というより積読の数が多すぎる――ので、次に漱石を読むのはまたしばらく先の話。

 ただ青空文庫で読んだのは、やはり失敗だった。小さな「づ」というフォントにない文字に「小書き濁点付き平仮名つ」なんて注釈が入っていたりして、興ざめ甚だしい。

 日本の古典は無料だからって青空文庫で読んだら駄目だなってまたもや思った。いったい何度目だよって自分につっこみたい。いやはや、記憶力がたりません。

 もうそろそろいい年だし、Kindleでなんかで読んでいないで、本気で漱石全集の全巻制覇を考えてしかるべ頃合いかもしれない。

(May. 29, 2026)

アメリカン・マスターピース 古典篇

柴田元幸・編訳/柴田元幸翻訳叢書/スイッチ・パブリッシング

アメリカン・マスターピース 古典篇 (柴田元幸翻訳叢書)

 柴田元幸先生が「アメリカ合衆国で書かれた短篇小説の名作中の名作を集めた本を作ることにした」と語るアンソロジーの第一弾。

 収録されているのは、ホーソーン、ポー、メルヴィル、エミリー・ディキンソン、マーク・トウェイン、ヘンリー・ジェームズ、O・ヘンリー、ジャック・ロンドン、以上八名の短編。

 うちディキンソンだけは詩(の断片?)が六篇。そのほかは柴田氏が「ザ・ベスト・オブ・ザ・ベストの選集」と呼ぶだけあって、有名な作品がそろっている。。

 ポーの『モルグ街の殺人』やO・ヘンリーの『賢者の贈物』を手始めに、マーク・トウェインの『ジム・スマイリーと彼の跳び蛙』とジャック・ロンドンの『火を熾す』は、すでに柴田氏によるその作家の短編集で訳出済みだし、メルヴィルの『書写人バートルビー』なども、別の翻訳家の短編集のタイトルになっているし。

 なので僕がタイトルさえ知らなかったのはホーソーンの『ウェイクフィールド』とヘンリー・ジェームズの『本物』の二編だけだった。ほとんどが知らない作品ばかりだった『ブリティッシュ&アイリッシュ・マスターピース』とはその点が違う。「有名なのはこっちだけれど、私はこれが好きだ」みたいな翻訳者としてのエゴが微塵も感じられないこのド級のメジャー感が意外だった。

 ただ、メジャーなタイトルこそ多いけれど、内容はまるで感動的ではないところがおもしろい。どちらかというと、いたたまれなさや不安感をあおるような作品ばかりが並んでいる。古典篇の時点でこういう心気症的な短編となると、この先の準古典篇、戦後篇はどうなっちゃうんだろうという別の好奇心が湧いてくる。

 最後に収録された『火を熾す』を再読してみて、柴田さんが『犬物語』にこの作品の別バージョンを収録した理由がわかった。これはこれで間違いなく傑作だけれど、ちょっとばかり出来映えが劣ろうとも、もうひとつのほうを訳しておきたくなるのはもっともだ。内容はすでに記憶の彼方だけれども、甘っちょろい僕はそっちのほうが絶対に好きだろうなと思った。

(May. 23, 2026)

プロジェクト・ヘイル・メアリー

アンディ・ウィアー/小野田和子・訳/早川書房(全二巻)

プロジェクト・ヘイル・メアリー 上 プロジェクト・ヘイル・メアリー 下

 映画『オデッセイ』の原作である『火星の人』の作者アンディ・ウィアーの最新作。

 発売当初からとてもおもしろいと評判だったから気にはなっていたんだけれど、この人の作品は過去二作ともKindleで読んでいたので、これだけ紙の本で買うのもなぁと思って、読むのをためらっていたせいで、やたらと後手を踏んだ。

 映画版が公開され、それもとても好評だったため、やっぱこれは映画を観る前に原作を読んどかなきゃならんと思い、すでに文庫化されたあとだったけれど、文庫版も電子版もちょい高だったこともあり、ならばと、いまさら単行本を買って読んだ。なんて間抜けなんだ。タイミング逸しすぎ。さっさと初動で読んでおけばよかった。

 でもまぁ、これは内容をほとんど知らないうちに読めてよかった。これから先は映画の情報とか広まって、自然とネタバレを踏んでしまうことも多くなるんだろうから、その前に読んでおいて正解。え、なにそれ、みたいな驚きたっぷりの小説だった。

 映画の予告編で伝わってきたあらすじは「地球の存亡をかけてひとりの宇宙飛行士が単独でミッションに挑む」みたいなやつだったから、勝手に『火星の人』の上位互換みたいなイメージを抱いていたら、序盤からそれを裏切るびっくり展開がつづく。

 物語のきっかけとなり、宇宙船の原動力ともなるアストロファージ。この着想がとにかく素晴らしい。正直なところ、そんなものあるかいって超現実的存在ではあるけれど、SFなんだから、現実味はなくてもOK。アストロファージというひとつの嘘をもとに、ここまでおもしろいフィクションを書きあげた手腕に脱帽した。

 この人の文体はいささか軽すぎる嫌いがあって、作風が好きだとはいえないんだけれど、でもそのおもしろさには毎回夢中にさせてもらっている。まさにページターナー。今回も上下巻・六百ページ越えを一気に読まずにいられなかった。

 ちょっと次から次へとトラブル起きすぎじゃん?――ってくらい、休みなく怒涛のハプニングが頻発する、ジェットコースタームービーならぬ、ライトスピードスペースノベル。

(May. 4, 2026)

日出る国の工場

村上春樹・安西水丸/新潮文庫/Kindle

日出る国の工場(新潮文庫)

 村上春樹と安西水丸のおふたりが日本各地の工場を見学して歩き、水丸氏のカラーイラストを添えて紹介したエッセイ集。

 今回読む予定の村上春樹の作品ではこれがいちばんおもしろそうだと思っていたのだけれど、いざ読んでみたらそうでもなかった。内容的にはとても刺激的で好奇心をかきたてられる部分も多々あったものの、初期の春樹氏のエッセイが苦手な僕には、やはりその書きっぷりがしっくりこなくて、いまいち楽しくなかった。とくに序盤は。

 最初の人体模型工場は超イレギュラーな商品なので、まぁいいとして、引っかかったのはその次の結婚式場を「工場」的なものとして紹介する二編目。新郎新婦の過去の性体験をあからさまに書いているのを見て驚いた。え、結婚前にそんなこと正直に話す新郎新婦なんている? いきなり胡散臭いんだけれど。

 ただでさえ、自身は結婚式をあげていないし、知人の結婚式に出席さえしないと語っている人が、野次馬的な姿勢で結婚式場を取材して、それを「工場見学」のひとつに位置付ける姿勢も厭味ったらしく感じられてしまった。

 つづく消しゴム工場の話も、材料の科学的な説明の難しさに「しくしく」を連発するユーモアのたぐいが僕にはしっくりこなかった。

 ただ、序盤のそこらでつまずいて、悪印象を持ってしまったわりには、その後の工場――牛乳、コム・デ・ギャルソン、CD、アデンランス――ではとくに鼻につくようなところもなく――いや、なくはなかったかもしれないけれど、少なくても記憶に残るほどではなく――興味深く読むことができた。なので後半はずいぶん持ち直した。

 すでに四十年前の本なので、工場自体の技術はずいぶんと古い。なんたってCDが当時最先端のデジタル技術なんだから。それでもCDのすごさを表現するのに「野球場の広さに0.5ミリの砂を記号としてびっしりと並べたようなもの」みたいな具体的なサイズ感がわかる説明があるのには感心した。

 なかでもいちばんインパクトがあったのは小岩井乳業。「小岩井」が小野・岩崎(三菱創業者の弥太郎)・井上の頭文字を並べたものだというトリビアにびっくりしたのに始まり、酪農工場での牛の「経済動物」としての生々しい生態には、なんとも言葉で表しにくいものがあった。心の平静を守るには牛乳も牛肉も口にしないほうがいいんじゃないかって思ってしまった。ベジタリアンやヴィーガンになる人たちにちょっとだけ共感した。

(Apr. 27, 2026)