夢で会いましょう
村上春樹・糸井重里/講談社文庫
未読の村上春樹作品のうち、デジタル化されているものをすべて読み切っておしまいにするつもりだったんだけれど、紙で入手可能な文庫本がまだ二冊あったので、それも読んでおくことにした。でもって、どうせだからと、絶版になっている本もブックオフで手に入るものを取り寄せたら、月一では年中には読み終わらない数になったので、ここでもう一気に読み切ってしまうことにしました。
ということで「月刊・村上春樹」あらためて「村上春樹最終強化月間」の第一冊目は、糸井重里氏との共著@講談社文庫。初版は一九八六年だから、ちょうど四十年前の作品。
これ、僕は勝手に対談集だと思い込んでたら、前書きで春樹さん自身がそう思っている人がいるけどマチガイですと書いていた。けっこう一般的な思い違いらしい。
同時期に村上龍との対談集が出ているので、それと同列に考えてのことだと思うのだけれど、そちらが文庫化されていないのに、こちらが文庫化されているのはなぜだろうと思っていたら、理由は明確だった。これがちゃんとした(といえるかどうか微妙だけれど)確固たる個性を持った作品だからだ。
内容はランダムなカタカナ語をキーワードにしたショートショートをアイウエオ順で収録した、村上・糸井版の『悪魔の辞典』みたいな本。
内容も雑多で、長いものでも五ページくらい、短いものは一行でおしまいと、ボリューム的にもまちまち。書き手の順番もてんで気ままで、糸井さんの作品が何篇かつづいたあとに、春樹氏を一編はさんでまた糸井さん、みたいな調子。全体としては糸井さんの作品のほうが多い印象だった(ちゃんと数えていないので、あくまで印象)。
作風はのちの『夜のくもざる』に近くて――つまりあまり僕の好みではない――初めて読む糸井さんの文章もけっこう春樹氏と同系統の感触があり、全体としてのまとまりはいい。トータル・コンセプトがしっかりしていて、なかなか個性的な本だと思った。これは絶版になっていないのも納得。
おもしろいのは、ふたりの作品が似ていて非なるところ。どちらの作品かは、各章の最後にある丸で囲った「m」と「i」の記号で区別する仕組みなのだけれど、その記号にたどり着かなくても、読んでいると、とりあげる題材の違いや、語り口で、これは春樹さんだなとか、これは糸井さんだ、というのがなんとなくわかる。
――というか、そりゃアリクイやクモザルなんかが出てくりゃ、誰だってこれは春樹さんだって思うよなって話なんだけれど。なかにはそのまま『夜のくもざる』に転用してない?――って思うような作品もある。四十年前からずっとアリクイやクモザルなんかが出てくる話を書いてるの、ちょっとすごいなと思った。
『ヤクルト・スワローズ詩集』もすでにこのころにはあったんすね。長持ちだな。
(Oct. 24, 2026)





