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Recent Notes

  1. 『今昔百鬼拾遺 月』 京極夏彦
  2. 『一人称単数』 村上春樹
  3. 『銀翼のイカロス』 池井戸潤
  4. 『鳩のなかの猫』 アガサ・クリスティー
  5. 『盗作』 n-buna
    and more...

今昔百鬼拾遺 月

京極夏彦/講談社ノベルス

今昔百鬼拾遺 月 (講談社ノベルス)

 予測的中――。
 去年刊行された『今昔百鬼拾遺』の三作品が一冊にまとまって再発売されました。それも、かの懐かしき講談社ノベルスから(わずか一ヵ月遅れで今週になって講談社文庫版も出た)。
 大幅な加筆・修正が施されているからといって――そういわれても、どこがどう変わったか、まるでわからなったりするんだが――去年読んだばかりの作品を再読している暇があったらほかの本を読めよって思う。でも読みたくなっちゃったんだからしかたない。やはり京極夏彦といえば講談社ノベルス。講談社ノベルスといえば京極夏彦。この組み合わせで新刊が出たら、そりゃ読まずにはいられますまい。
 ということで一年たたずして再読しました。中善寺敦子と呉美由紀というシリーズの名脇役である若き女性ふたりが探偵役を務める百鬼夜行シリーズの最新スピンオフ。
 去年文庫版で一遍ずつ読んだときには、若干のものたりなさを覚えた部分もなきにしもあらずだったけれど、やはり三作をつづけて一気に読むと満足度が違う。こうしてまとめて読むと、あの時にはうっとうしいと思った多々良先生でさえも愛おしい。京極夏彦はこのボリューム感あってこそなのだと再認識した。やっぱ薄い京極夏彦なんか京極夏彦じゃねー。
 ――とか、そんな失礼なことをいいつつも、今回これを読んでつくづく思いました。
 ぶあつい新書版って、なんて読みづらいんだ……。
 厚くて重いからページが開きにくくて手が疲れる。初めて『姑獲鳥の夏』を読んだ二十五年前と違って、こちらも老眼が進んでいるから、上下二段組の小さな活字もきつい。なるほど、分冊版の文庫が売れるのももっともかも……と思ってしまいました。
 京極夏彦を読んでみずからの老化を思い知った五十三歳の夏。新型コロナの夏。
(Sep. 15, 2020)

一人称単数

村上春樹/文藝春秋

一人称単数

 怠けていたら読み終わってから一ヵ月もたってしまった村上春樹の最新短編集。
 今回の作品は表紙のデザインやそっけないタイトルに「らしからぬ」雰囲気があるけれど、こと内容に関しては、これぞまさに村上春樹のスタンダードといいたくなる短編集だった。
 イタリア料理店でバイトをしている大学生がなりゆきで職場の女性の先輩と一夜をともにする『石のまくらに』や、とくに仲がいいわけでもない女の子の演奏会に招待された青年の奇妙な体験を描く『クリーム』、ガールフレンドのお兄さんに芥川龍之介の短編を朗読して聴かせる『ウィズ・ザ・ビートルズ』などの作品は、まるで『ノルウェーの森』のサイド・ストーリーみたいだ。
 チャーリー・パーカーの架空のアルバムに関する不思議な話『チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ』、「これまで僕が知り合った中でもっとも醜い女性」(原文まま)についての『謝肉祭』、スーツを着てバーで本を読んでいた語り手が知らない女性にこっぴどく罵られる表題作などには、語り手は春樹氏その人なのではと思わせる雰囲気がある。
 『「ヤクルト・スワローズ詩集」』の語り手にいたっては、そのものずばり春樹氏自身だし――これが小説なのかエッセイなのか、いかんとも判断できないけれど――おまけに『東京奇譚集』に収録されていた『品川猿』が再登場する『品川猿の告白』というサプライズも収録されているという。
 ということで、もしも村上春樹という人が好きならば、これは絶対はずれなしって短編集なのではと思います。
 でもファンでない人にとっては……どうなんだろう? よくわからない。
(Sep. 07, 2020)

銀翼のイカロス

池井戸潤/文藝春秋/Kindle

ドラマ「半沢直樹」原作 銀翼のイカロス: 2020年7月スタートドラマ「半沢直樹」原作

 ドラマ『半沢直樹』の第二シーズン後半部分の原作。
 前作で証券会社への出向中に銀行の損失を防いだ功績を評価されてふたたび銀行に戻った半沢が、航空会社の再建という難題を託されたところへ、就任したばかりの新女性大臣の横槍がはいってさあ大変、という話。
 ドラマと原作では細かいところがけっこう違っているけれど、なんといってもいちばんの違いは、香川照之のエキセントリックな演技で存在感抜群の大和田常務(いまは取締役?)が原作では出てこないこと。
 よく覚えていないけれど、『オレたち花のバブル組』で失脚したんでしたっけ? かわりにドラマでは今のところそれほど存在感のない紀本常務が銀行内のラスボス的な位置づけになっている。おかげで大和田氏がこの先どうなるのかは未知数で、ドラマの彼の運命はちょっと気になるところだ。
 いずれにせよ今回の最大の敵は銀行内の人たちではなく(いやまぁ、銀行内でもいろいろあるけれど)、私欲と打算で半沢のゆく手をふさぐ政府の人たち。なのでクライマックスにおける倍返しの舞台も全国放送の記者会見の席となっている。半沢直樹の倍返しが一気に全国区なのがすごい。
 それにしても、この内容で『銀翼のイカロス』ってタイトルはどうにも大仰すぎの感あり。航空業界を舞台にした話だからそういう題名にしたのだろうけれど、登場人物が俗物だらけで神話性ゼロだから、ミスマッチはなはだしい。そもそもそれほど魅力的なタイトルとも思えない。
 この人の小説ってどれもおもしろいとは思うのだけれど、ことタイトルに関しては、『下町ロケット』を例外として、そのほかはどれもこれも驚くほど読書欲をそそらない。池井戸潤って小説家としてはともかく、コピーライターとしては成功しなさそうな気がする(失礼)。
(Aug. 23, 2020)

鳩のなかの猫

アガサ・クリスティー/橋本福夫・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

鳩のなかの猫

 クリスティーが五十年代の最後に書いたポアロものの学園ミステリ。
 殺人の舞台が全寮制の女学校なので、つい学園ものとか書いてしまったけれど、別にJKたちが殺しあったりするわけではなくて、被害者は学校の先生。しかもその殺人事件の前日譚として、中東でのクーデターにまつわる宝石絡みの人間模様が念を入れて描かれることもあって、序盤の印象はポアロものというよりは、どちらかというと『秘密機関』の系列のスパイもののサスペンス・スリラーのよう。
 クリスティーがこのジャンルに手を出すといまいち結果が思わしくないことが多いので、大丈夫かなぁとちょっと心配になったものの、スパイが暗躍したのはとりあえず冒頭部分だけで、その後、舞台がイギリスの女学校に移って、校長先生らの経営陣目線から物語が進むようになってからは、とくにエキセントリックな感じはなくなる。
 この作品の個人的なクライマックスは、ポアロが捜査の依頼を受けるシーン。
 今回ポアロ氏にはなかなか出番がまわってこないのだけれど、全体の半分以上を過ぎたあとでようやく、予想外の人物からの要請を受けて事件の解決に乗り出すことになる。その部分がとてもいい。なまじその直前に人間の内面の醜さを予想させるような描写があるので、そのあとにつづいた展開のある種寓話的なまでの善良さがとても心地よかった。さすがクリスティー、うまい。
 ミステリ全体の出来としてはそれほどとは思わないのだけれど――特に二人目の被害者は僕には余計としてか思えなかった――そのポアロ登場の部分の旨みだけで僕にはこの作品を肯定するのに十分だった。
 ちなみに、再読となるこの作品。過去に読んだときに強く記憶に残っていたのが、ポアロがある女性の膝に興味を示すことだったので、それが事件の謎を解く重大なヒントなのだと思い込んでいたら、そういうセリフこそあるにはあれど、犯人逮捕にはそれほど関係がなくてびっくりだった。なんなんだ、俺の記憶力。
(Aug. 16, 2020)

盗作

n-buna/ユニバーサル・ミュージック

【Amazon.co.jp限定】盗作(初回限定盤)(特典:缶バッチ付)

 ヨルシカのサード・アルバム『盗作』の初回限定盤についてくるハードカバー仕様のボックスにn-buna(ナブナ)が書き下ろした同名の中編小説。音楽については後日語るつもりだけれど、ひとまず先に小説について取り上げておきます。
 ナブナがこの作品の主人公として描いているのはひとりの音楽家。来たるべき国際祭典(オリンピック?)のメインテーマの作曲を任されているという話なので、かなりの大家といっていいと思う。
 なのに彼は自らの音楽はすべて盗作であるとのたまう。それが単なる比喩かと思っていると、現実的にも後ろ暗い過去があったりする。そんな主人公が自らの音楽観とそれを育むにいたった半生を、インタビュアーに対して赤裸々に語ってきかせる――その告白を一人称で記して見せた部分が、この作品のひとつめの柱。
 一人称が「俺」であることもあって、主人公の独白部分にはハードボイルド小説のようなテイストがある。まあ、心情吐露しないのがハードボイルドだとするならば、自らの心の中の毒を吐き出しまくるその告白をハードボイルドと呼ぶのは間違いなんだろうけれど。でも感触的には極めて近いものがあると(少なくとも僕は)思った。
 心の空白を埋めるために音楽のみならずあらゆる創作行為に没頭してきたと語る主人公の姿には、作品至上主義者にして厭世家であるナブナ自身の思いが投影されているのは間違いない。彼の虚無的かつ露悪的な告白は、そのまんまナブナの作る音楽にもつながる。
 ということで主人公の告白にはナブナらしい排他的な思想性がたっぷりのこの小説。
 それでいて苦味ばかりに終始したりはしないところが彼らしい。
 ナブナの音楽がつねに厭世観と対となる美しい抒情性を兼ね備えているように、この小説にはもうひとつ、主人公とひとりの小学生の男の子との交流を描くハートウォーミングなエピソードが盛り込まれている。
 厭世家の主人公が、孤独な男の子に――基本的にはつれない態度をとりながら――少しずつ情を移してゆく。そして短いつきあいの最後にほんの少しだけ救われる。世俗にまみれた露悪家が少年性の無垢と対峙して、ほんの一瞬だけ放心する――夏の匂いがするなかで。とても美しい結末だと思う。
 内面の葛藤を隠したまま、そちらのエピソードだけをもっと深く掘り下げて描けば、万人受けする感動的な小説に仕上がりそうなのに、そうはしない(できない?)ところがこの人らしい。
 とにかくミュージシャンが片手間で書いたにしては、十分すぎる出来映えの小説だと思う。
 あと、この作品ですごいのが商品としてのパッケージング。
 この小説のブックレットは布張りのぶあついハードカバー仕様で、冒頭にCD収録曲の歌詞があり、そのあとが小説という構成になっている。で、それだけでは全ページの半分足らず。
 残りのページは白紙の厚紙の真ん中を四角くくりぬいた隠し穴になっていて、その中に白いカセットテープが入っている。テープのレーベルには手書きで「月光ソナタ」と書いてあるから、作品のなかで小学生が弾くベートーベンの『月光』が録音されているのだと思う(封を切るのがもったいなくて聴いてません)。
 小説のなかには主人公が手なぐさみで本をくりぬいた抽象作品を作ったというくだりがある。つまりこのハードカバーは小説の中のアイテムを具象化したものなわけだ。主人公が少年のピアノを録音したカセットテープもしかり。そして当然のように楽曲においても、この作品とリンクした歌詞があちこちにある。
 つまりこれは音楽と小説とハードカバーとカセットテープ、すべてが有機的に意味を持って作品の世界観を補完しあっているという、稀有な作品なのだった。
 こんなこと、やろうと思ったって、なかなかやれることじゃない。
 n-buna、おそるべし、である。
(Aug. 15, 2020)

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