Coishikawa Scraps / Books

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最近の五冊

  1. 『夏帆 The Tale of KAHO』 村上春樹
  2. 『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』 スティーヴン・ウィット
  3. 『サバイバー』 チャック・パラニューク
  4. 『蘇えるスナイパー』 スティーヴン・ハンター
  5. 『小説の読み方、書き方、訳し方』柴田元幸・高橋源一郎
    and more...

夏帆 The Tale of KAHO

村上春樹/新潮社

夏帆 The Tale of KAHO

 この村上春樹の三年ぶりの長編小説は、どうにもすっきりしない気分にさせられる作品だった。

 まずは主人公の女性がブラインドデートの相手から「君みたいに醜い相手は初めてだよ」といわれるところから始まる第一章。

 短編『謝肉祭』のアイディアを転用したようなこの始まり自体はまぁいい。実際に醜いのならばそれはそれでどんな醜さか興味が湧くし、醜くないのならばないで、相手はなぜそんな失礼千万なことをいったのか、知りたくなる。

 でも本で村上氏はそのどちらの関心もきちんと満たしてくれない。なんかすごく中途半端な回答でお茶を濁されてしまう。

 しかもその相手の男性はその後は登場しないまま次第に怪しさを増してゆき、再登場するころには、ファーストイメージを裏切る超常的な存在っぽくなっている。

 第一章の時点ではリアリズムっぽかった物語は、第二章のありくい、第三章のシロアリの女王と、超常的な存在の登場でまったく違う様相を帯びてゆき、ついに第四章では非現実の世界において決着をみて、曖昧なまま終わる。

 村上ワールドにおいては、過去の作品でもファンタジー要素がそれなりに重要なポジションにあったけれども、今回のそれはこれまでになくイージーに使われている感じ。そのうえで物語の決着はある種の暴力性によってもたらされる。

 不条理な未知の悪意に対抗するために、勇気を振り絞って立ち向かうという展開は、過去作でも繰り返されている村上作品にとって重要なモチーフだけれど、この作品の場合はその悪意をもたらすのが人間ではないせいで、話がどうにも説得力を持っていない気がした。事件が非現実的な空間での流血をともなわない暴力によって決着をみる展開には、なんともいえないもやもや感が残ってしまった。

 いま現時点での僕自身の嗜好がファンタジーよりもリアリズムに向かっているせいもあってか、残念ながらこの作品はまったく僕には刺さらなかった。

 本人はそんなもの欲しくないよって思っていそうだから、なんの問題もないのかもしれないけれど、このところの村上春樹って、作品を重ねるごとにノーベル賞から遠ざかっている気がする。

(Aug. 2, 2026)

誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち

スティーヴン・ウィット/関美和・訳/早川書房/Kindle

誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち (早川書房)

 いまやすっかりあたりまえになったデジタル配信を中心とした音楽シーンがいかにして実現したかを三つの側面から紐解いてみせたノンフィクション。

 ひとつめはMP3を開発した技術者たちの話。僕はこれを読むまで、iTunesのファイルフォーマットであるAACをアップルが開発したコーデックだと思いこんでいたので、それがじつはMP3を開発した技術者たちが、MP3の後継規格として開発したものだと知ってびっくりだった。AAC、王道中の王道じゃん。あと、なぜDVDの音声フォーマットにMPEG-2が採用されるまでの覇権争いの話――技術力が政治力に負けるの図――も勉強になった。

 ふたつめは音楽業界がデジタル化の波にもまれる中で、いかに変わっていったかという話。このパートはユニヴァーサル・ミュージックというレコード会社の盛衰記といった内容になっている。ずっとYouTubeでよく見かけるVEVOってなんだろうと思っていたので、それがレコード会社主導で配信ビジネスから広告収入をあげるために生み出されたプラットフォームだとわかったのが有益だった。

 最後の三つめは、音楽をMP3にリッピングしてネットにリークしていた海賊サイトの運営者たちの話。冒頭でこの本の作者が、若いころからそうした人たちによって無料で公開された音楽をダウンロードしまくっていて、音楽は無料で聴くのがあたりまえだと思っていたと語っているのを読んで、著作権を重視する僕としては、あ、これは読んじゃいけない本だったのでは?――と思ったりしたけれど、それでも内容はとても興味深いものだった。

 この本では以上の三つのエピソードが同時並行して語られてゆく。技術的な話はコンピュータを仕事にしている身としては大変興味深かったし、音楽業界の裏話も洋楽ファンならば一読の価値があると思う。でもって海賊サイトにまつわる話には、ある種のクライム・ノベル的なおもしろさがある。

 一粒で二度おいしい――じゃないけれど、これはそんな一冊で三ジャンルが一度に楽しめる良作。僕みたいに著作権法違反者への献金になるのでは……みたいなことを気にしないで済む人にはお薦めの一冊。

(Jul. 25, 2026)

サバイバー

チャック・パラニューク/池田真紀子・訳/ハヤカワ文庫NV

サバイバー〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV)

 『ファイト・クラブ』の作者による長編第二作。

 帯にある「この作家の伝道のために生きています」という担当編集者の煽り文句につられて、『ファイト・クラブ』と一緒に買った本。

 これにつづく三作品(紙は絶版)も、Kindleのバーゲン期間に見つけてつい買ってしまったので、いまだ『ファイト・クラブ』も読まないうちから、僕のライブラリにはチャック・パラニュークの本が五冊もある状態だった。

 で、いざ読んでみれば、『ファイト・クラブ』は正直なところ、それほど好みではなく、つづくこの作品も冒頭からいまいち物語に入り込めなかったので、読んだことのない作家の本をいきなりまとめ買いしたのはまちがいだったかと、ちょっぴり後悔していたのだけれども。

 でも読み終えてみれば、これが意外とわるくなかった――というか、けっこうすごかった。『ファイト・クラブ』同様、僕にとっては共感のしにくい世界観ではあるけれど、小説としては好き嫌いを超越したパワフルさがある。

 物語は航空機をハイジャックした語り手が、乗客をすべて降ろして、操縦士も脱出させてひとりきりになったあと、自動操縦にした飛行機の燃料が切れて墜落するまでのあいだ、フライトレコーダーに吹き込んだ録音だという設定になっている。

 なぜ彼は飛行機をハイジャックして、ひとりで自殺しようとしているのか?

 カルト教団の生き残りとして数奇な人生を歩んだ彼が、その状況に至るまでの道のりが、残りのページを通して描かれてゆく。

 ハヤカワ文庫ではお馴染みの、登場人物の紹介ページにある名前はわずか四名。それもひとりとして本名とはいえない。

 たったそれだけの出自のあやしいキャラを動かして、四百ページ強のボリュームで描き出される物語のイメージは、そのディテールの曖昧さに反して、とても鮮烈だ。

 『ファイト・クラブ』につづけて、こういうパンチのある作品を書けるのだから、この人の作家としての力量は疑うまでもなさそうだ。

 まぁ、それでもやはり、作風の好き嫌いは別として――という断りはついてしまうのだけれど。

(Jul. 20, 2026)

蘇えるスナイパー

スティーヴン・ハンター/公手成幸・訳/扶桑社BOOKSミステリー/Kindle

蘇えるスナイパー(上) (扶桑社BOOKSミステリー) 蘇えるスナイパー(下) (扶桑社BOOKSミステリー)

 ボブ・リー・スワガーが老骨に鞭うって連続殺人事件の謎を追うシリーズ第六作。

 四人の元左翼運動家が殺される連続射殺事件が発生して、その容疑者として浮かび上がった伝説の元海軍スナイパーの自殺死体が見つかる。

 容疑者の自宅には犯行を裏付ける証拠が揃っていたが、あまりに都合のよいその状況をいぶかしんだニック・メンフィスは、ボブ・リーにスナイパーの立場から事件の調査を依頼する。

 ボブ・リーは射撃のまれにみる正確性から、犯人が使ったのは最新のコンピュータ制御のスコープであり、年老いた被疑者には扱えないシロモノであることを明らかにする。そして、罠にはめられて殺された同業者の汚名を晴らすべく、自ら事件の解決に乗り出してゆくことになる。

 ハンターの小説はいつだって銃などのトリビアがたっぷりだけれど、今回はとくにすごかった――ような気がする。最初のスコープやライフルの話とか、後半の拷問手法とか。そんなに親切丁寧に説明してくれなくてもいいんだけれどなって思ってしまった。

 でもそういう蘊蓄のくどさを除けば、今回も物語のおもしろさは衰え知らず。状況が二転三転する後半の展開は読みごたえ満点だった。

 なかでもスクープのためにニックを失脚させようとした新聞記者が自らの無知のせいで墓穴を掘る展開が痛快でよいです。

(Jul. 15, 2026)

小説の読み方、書き方、訳し方

柴田元幸・高橋源一郎/河出文庫

小説の読み方、書き方、訳し方 (河出文庫)

 翻訳家の柴田元幸と小説家の高橋源一郎が「小説とはなんぞや」について語り合った対談集。

 かたや日本におけるアメリカ文学の第一人者、かたや日本現代文学の魁的存在。そんなふたりがそれぞれの立場から、小説を訳すとはどういうことか、書くとはどういうことか、そしてどんな風に読むべきなのかということについて、それぞれの立場から語りあっている。

 柴田さんの専門は米文学だけれど、語られている海外文学は英米に限ったものではないし、日本文学はほとんどを知らない僕にとっては、高橋さんが語る作品のほとんどが未知の世界。それなりの量の本を読んできたつもりでいたけれど、僕くらいの読書量ではまったく本好きを名乗れないなぁと思わされた一冊だった。

 おもしろかったのは序章で柴田さんが語っている、自分は「適性とやりたいことがまったく合わない」という話(p.32)。

 適性試験の結果を見ると、事務能力が抜群だから、事務の仕事に就くべし、みたいな結果が出てくるのに、芸術にかかわる仕事がしたかった。結果として、文学作品を事務的に処理してゆく翻訳家という天職を得られて万々歳、みたいな話(意訳してます)。

 僕自身も音楽や文学に憧れながら、想像力が低すぎてまったくそちらの方面へ向かえず、適性にあったIT関係の仕事で糊口をしのいできた人間なので、すごく共感するものがあった。まぁ、比較するのもおこがましいけれど。

 いずれにせよ、自分の不勉強さを痛感させられた一冊。

 この頃は洋楽よりも邦楽のほうがおもしろいし、もしかして日本文学もいま読めば心に響く作品があるのかもしれないから、いずれこの本で紹介されている日本の作品をぼつぼつ読んでみようかなと思っている。

(Jul. 4, 2026)