猿
京極夏彦/KADOKAWA
京極夏彦の作品では、たまに冒頭からうんざりさせられることがある。
ぱっと思いつくところでいえば、『人でなし』や『塗仏の宴 宴の始末』。最初から登場人物のネガティブな内的独白がつづいて、うへーって気分になる。
この作品もそんな系列のひとつ。
物語は一組の夫婦のやりとりから始まるのだけれど、旦那のほうが新型コロナの後遺症で引きこもりになってしまったという設定で、ぐちぐちしていることこの上ない。内縁の妻である主人公の
この先、この調子でつづくといやだなぁと思っていると、さいわい不幸の元凶である旦那の出番はその最初のパートだけで、その後、祐美が岡山に移動してから、ようやく物語が動き出す。
彼女は見ず知らずの曾祖母から遺産相続を受けたとのことで、その説明を受けるために、これまた会ったこともない従姉妹と弁護士に会うために、岡山へと出かけてゆく。曾祖母の暮らしていたのは、地図にもない山奥の村――。
というような横溝正史っぽい設定で、ちょっと不気味なムードが漂うのだけれど、でも終始論理的な語り――というか会話劇――ゆえに、あまりおどろおどろしい感じがしない。雑誌『怪と幽』に連載されたものとのことなので、ホラーとして書かれたのだろうけれど、どことなく不気味な空気が漂っている? くらいの感じ。
この作品は珍しく章分けがされていないのだけれど、祐美と夫の
祐美があまりしゃべらないので、話は隆顕、芽衣、尾崎による一方的な会話を中心に進んでゆく。でもって最後に相続先の村でのクライマックスに至る。猿、出てはくるけれど、あまり物語に関係なし。
印象としては、ホラーというよりも「恐怖とはなんぞや?」に関する知的考察が物語の体裁を取ったような作品だと思った。でも、残念ながらとってつけたような結末のせいで、いまいち読後感がすっきりしない。
「不思議なことなどなにもない」といっていたはずの京極夏彦が、ホラーだからといって、説明不可能な不思議に逃げて物語を幕引きしたのには、どうにも釈然としない気分になってしまった。
人にはお薦めできない京極作品があるとしたら、『南極』の次がこれかも。
(Jan. 18, 2026)




