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Recent Notes

  1. 『写字室の旅』 ポール・オースター
  2. 『水底の女』 レイモンド・チャンドラー
  3. 『動物農場』 ジョージ・オーウェル
  4. 『満潮に乗って』 アガサ・クリスティー
  5. 『暗い抱擁』 アガサ・クリスティー
    and more...

写字室の旅

ポール・オースター/柴田元幸・訳/新潮社

写字室の旅

 このところのポール・オースターの作品はストーリーがしっかした読ませるタイプの作品がつづいていたけれど、この作品はひさしぶりにとっつきづらい。
 記憶があやしく名前も不明な主人公の老人(便宜上ミスター・ブランクと呼ばれている)は、監視カメラや盗聴器が仕掛けられた病室らしき部屋に軟禁されている。で、そこに彼と過去になんらかの関係があったらしい女性の看護人や医者、元刑事や弁護士らが訪ねてくる。
 主人公はかつてなんらかの権力を持った存在だったらしく、その人たちに過酷な任務を課した過去があるらしい。なんとなく政府関係の諜報機関の人間みたいだけれど、作家のようでもあるし、いまいち釈然としない。このあらゆることの真偽が疑わしい感覚にはカズオ・イシグロの作品に近い感触がある。
 でもって、結局この小説はなにひとつ真相が明らかなにならないうちに無限ループに入るような形で終わってしまう。おいおい、いったいこれってなにが書きたかったんだろう?
 ――という謎は、柴田元幸先生による解説を読んで氷解します。あぁ、これってそういう小説なのかと。オースター・ファンを名乗れるほど彼の作品を読み込んでいない僕には理解できないのが当然って作品だった。
 ということで、もう一度オースターの旧作すべてを読みなおしたあとで、あらためて再読したいと思う。──っていったいいつの話になるやら。
(Feb 12, 2018)

水底の女

レイモンド・チャンドラー/村上春樹・訳/早川書房

水底の女

 村上春樹の翻訳によるレイモンド・チャンドラーの長編小説もこれが最後の一冊。でもまぁ、これまた見事に内容を覚えていなかった。
 湖で女性の死体が見つかった時点でミステリとしての仕掛けが見えてしまう点など、出来映えはいまいち──というようなことを春樹氏は書いているけれど、僕は今回この作品、とても楽しく読むことができた。
 この作品で個人的にとくに印象的だったのが、マーロウと警察関係者たちとのやりとり。湖のある土地の保安官のジム・パットン、予想外の重要キャラだった悪徳警官デガルモ、ベイ・シティー署のウェバー警部など、そうした主要キャラはもちろん、それ以外のちょい役の制服警官までが、それぞれちゃんと個性をもったキャラクターとしてマーロウとユーモアの効いた会話を交わしてみせている。そうしたディテールの積み重ねがチャンドラーの小説世界に独自の深みを与えているのだと思う。
 また、この作品はクライマックスに到る展開──殺人容疑を受けそうになったマーロウが窓から逃げ出して隣の部屋へ侵入するあたりから先──が秀逸だと思った。スカーフの件でマーロウが「え、なにいってんの?」と思わせる発言をして、それがクライマックスへとつながってゆくところ。謎解きミステリとしては駄目かもしれないけれど、ひとつのドラマとして、僕はとてもおもしろいと思った。ラストの西部劇的な対決シーンもいい(まぁあまりにベタといえばベタだけれど)。
 なにより駄目男たちの末路に漂う悲哀が余韻となって残る読後感。これこそがハードボイルドの醍醐味でしょう。
 村上印のチャンドラー、最後までたっぷりと堪能させてもらった。
(Feb 04, 2018)

動物農場

ジョージ・オーウェル/高畠文夫・訳/角川文庫/Kindle

動物農場 (角川文庫)

 人間を追い出して動物たちがみずから農場運営に乗り出してはみたものの、頭脳仕事を一手に引き受ける豚たちにすべてを仕切られて、その他の動物たちは結局人間がいたときと変わらぬ不遇を味わうことになるという不幸な寓話。
 いわば史上最悪の豚の話。豚むかつく。
 まぁでも中編小説としては文句なしの傑作。
 この本にはそのほか三編の短編──象を殺す話と刑務所と病院の話──が収録されている。どれも作者自身の経験を下敷きにしたのが明らかな殺伐とした話ばかりであまり好きにはなれないけれど、とはいえその筆致は見事で、オーウェルという作家のノンフィクション作家としての優れた資質がよくわかる。というか、どちらかというとジョージ・オーウェルという人はそういうノンフィクション的な方向性にこそ強みを持った作家とさえ思える。そういう人が『動物農場』のような優れた寓話を書いたというところに、さらなる価値がある気がする。
 あと、この本で驚いたのが、開高健のエッセイを含めた巻末の訳者解説が全体の三割もを占めていること。こんなに読みごたえのある解説はひさしぶりだった。解説がはしょられることが強い電子書籍でこんな風にたっぷりと解説が読めるのはとても貴重。ほんと角川さんはいい仕事をする。
 素晴らしい表題作とまったく作風の異なる短編三編、そしてこの解説があることで、ジョージ・オーウェルという作家の入門書にうってつけの一冊ではと思います。
(Feb 04, 2018)

満潮に乗って

アガサ・クリスティー/恩地三保子・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

満潮に乗って (クリスティー文庫)

 もうひとつ、つづけてクリスティーを。これはひさしぶりのポアロもの。
 本当はひとつまえに読んだ『暗い抱擁』よりもこちらのほうが先に刊行されたらしいのだけれど、刊行年が同じだったためにリストを作ったときに順番が前後してしまい、まちがいに気がつかずにそちらを先に読んでしまった。そのまま放置しておくのも気持ち悪いので、こちらもつづけて読むことにしました。
 しかしまぁ、作を追うごとに殺人事件が起こるのが遅くなるクリスティーだけれど、この作品ではその記録を更新していて、半分を読み終えた時点でなお殺人が起こらない。でもって、いざ起こったと思うと、イノック・アーデンという、いかにもな偽名(テニソンの詩からの引用らしいです)を名のる、それはいったい誰? って人が殺される。
 物語は旧家の資産家が戦争の爆撃で死亡して、その財産がすべて結婚したばかりの若い妻のものとなったことから、彼の財産を頼りに暮らしていた親族一同と若き未亡人(とそのうさん臭い兄)のあいだで巻き起こる愛憎劇を描いている。話の流れからしたら殺されてしかるべきなのはその未亡人なのに──ってのもひどい言いようだな──そうはならない展開が意表をついている。
 まぁ、当然それだけで話が済むはずもなく、その後も別の殺人が起こって、最後には大どんでん返しが待っている。なまじ前半がドロドロとした人間関係を描きながら淡々と進むので、クライマックスのたたみかけるような急展開とのギャップがすごい。クリスティーの円熟の技が冴える一品。
(Jan 28, 2018)

暗い抱擁

アガサ・クリスティー/中村妙子・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

暗い抱擁 (クリスティー文庫)

 クリスティー通算四作目の普通小説。
 邦題が好みでなかったので、あまり期待していなかったのだけれど、これがなかなかよかった。
 この作品、ジャンル的には恋愛小説なのかもしれないけれど、あまり恋愛色は強くない。たんに謎解きがないだけで、この人のミステリのときと同じような読後感がある。
 まぁ、簡単にいってしまえば、ひとりの女性をめぐる三人の男性の恋の物語ということになるんだろう。でもそのうちのひとりである語り手は、身体に障害があるがゆえに、最初から最後まで傍観者の立場にあまんじているし、話の中心人物である新進気鋭の議員候補は、育ちの悪さから貴族であるヒロインへの想いを素直には認めない。でもって、ヒロインのフィアンセは終盤まで登場しない。
 というわけで、本編のほとんどをかけて描かれるのは、舞台となる地方での選挙戦をめぐっての出来事であって、恋愛小説的なあまい事件はほとんど起こらない。そもそも読んでいてもヒロインがヒロインであることさえ定かじゃない。
 中期以降のクリスティのミステリには事件にいたるまでの人間関係をじっくりと描くあまり、ようやく殺人事件が起こるころには半分近くのページ数を費やしているというパターンがけっこうあるけれど、この小説はいわばそういうミステリの恋愛小説版という感じ。終盤になってようやく、恋愛がらみで事件が起こる。でもって、そこから先には急展開が待っている。いったん恋愛関係がはっきりしてからの事態の急変にはサスペンス・スリラー的な趣さえある。
 とはいえ、これはあくまでも普通小説。ミステリとは違って、結末にいたってもすべての謎があきらかにされたりはしない。僕にはなぜ彼女が彼を選んだかがよくわからない。愛の謎は謎のまま、読者の理解にゆだねられている。
(Jan 21, 2018)