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Recent Notes

  1. 『バグダッドの秘密』 アガサ・クリスティー
  2. 『魔法の夜』 スティーヴン・ミルハウザー
  3. 『火星の人』 アンディ・ウィアー
  4. 『ねずみとり』 アガサ・クリスティー
  5. 『酔って候』 司馬遼太郎
    and more...

バグダッドの秘密

アガサ・クリスティー/中村妙子・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

バグダッドの秘密 (クリスティー文庫)

 クリスティーによるひさびさのサスペンス・スリラー。一目惚れした青年のあとを追ってバグダッドへ飛んだタイピストのお嬢さんが国際的なスパイ事件に巻き込まれるという話。
 要するにデビュー当時に書いた『秘密機関』や『茶色い服の男』などの系統のスリラーの最新版なのだけれど、内容的にはあのころと五十歩百歩で、びっくりするくらいの成長のあとがない。ミステリ作家として円熟期を向かえて、すばらしい傑作を連発していたこの時期のクリスティーが、なにゆえスパイ・スリラーを書くとこんなんなっちゃうんだろうと不思議になるくらいの能天気な内容。
 印象的には、クリスティー自身が考古学者の夫とともにバグダッドで過ごした日々の思い出を、若き女性主人公に託して描いてみたいというのがこの作品を書いた動機だったのかなと思う。スリラーとしての本編よりも、ひょんなことから遺跡発掘隊に加わることになった都会っ子の主人公ヴィクトリアがその仕事に喜びを見いだし、一見さえない考古学者たちに好意的な目を向けるようになってゆく過程を描いた部分がもっともハッピーで楽しげだった。
 まぁ、ひとりの女の子のゆきあたりばったりでトラブル満載の中東旅行記として読むならば、そこそこ楽しい小説かもしれない。でも、それにしては翻訳が古い。とくに女の子のせりふがオールド・ファッション。内容がいまいちだから、せめて翻訳だけは新しくして欲しかった。
 とはいえ、お世辞にもクリスティーの代表作とはいえない作品だけに、わざわざ新訳するコストは出せないのもわかる。
(Aug 05. 2018)

魔法の夜

スティーヴン・ミルハウザー/柴田元幸・訳/白水社

魔法の夜

 緻密な文章で現実とも幻ともつかぬ世界を描くのがスティーヴン・ミルハウザーという作家の特徴だとするならば、これはまさにそういう作品。
 ある暑い夏の夜に、月の光に誘われるように家を出てきたさまざまな人々の姿を描く断片的な章をいくつも積み上げて、一夜の夢ともうつつともつかぬ世界を浮かび上がらせてみせる。
 仮面をつけた少女たちのグループが他人の家に無断で忍び込むエピソードがあったりするので、もしかしたら以前この人が書いた短編『夜の姉妹団』(内容はまったく覚えていない)を長編──もとい、柴田氏のいうところだと中篇──に膨らませたような作品なのかもしれない。でも柴田氏はそんなことひとことも書いてないから、やっぱ違うのかな。
 これまでに翻訳されたミルハウザーの長編三作はどれもストーリー自体はしっかりしていたけれど、そんなわけで今回はストーリーはそっちのけで、イメージがすべてって仕上がりになっている。小説というより詩に近い印象の作品。それゆえ、その雰囲気に浸れる人にはいいだろうけど、普通の小説のようにストーリーありきで読むとおそらくまったく楽しめないじゃないかと思う。
 かくいう僕自身はどうだったかって? うーん……。
 ところどころに惹かれるものはあったけれど、小説としておもしろかったかと問われると正直なところ困る。
(Aug 05. 2018)

火星の人

アンディ・ウィアー/小野田和子・訳/早川書房/Kindle

火星の人

 マット・デイモン主演の映画『オデッセイ』の原作。
 事故で火星に取り残された宇宙飛行士がいかにして生き延びるかを、主人公の側と彼を助けようと尽力するNASAのスタッフ陣、両サイドから描いているのは映画と同じ──というか、おそらく映画がとても原作に忠実な作りになっているので、映画ではラストにちょっとつけたしがある点をのぞけば、ストーリー的にはほとんど同じだと思う。なので物語としての意外性はあまりない。
 ――といいつつ、こちらはひとつ前の『ねずみとり』とは違って、その映画を観てから一年半以上が過ぎている。映画版の記憶はすっかり薄れてしまっているので、とても楽しく読むことができた。
 映画でもそうだったけれど、この作品のよさは、火星のロビンソン・クルーソー的なメイン・テーマと平行して、主人公を救おうとする地球の側の出来事が群像劇として丹念に描かれている点。主人公の話だけだと(それだけでもじゅうぶんおもしろいけど)やや単調になりがちなところを、NASAの内幕を描くことで何倍もドラマチックかつ感動的にしている。ほんと、映画であらすじは知っているのにもかかわらず、やたらとおもしろくて読むのがやめられなくなった。
 理系の主人公の理詰めのサバイバルには、EVA(宇宙での船外活動のことらしいです)などの専門用語が説明もなく出てくるので、そういうのが苦手な人には読みにくいかもしれないけれど、まぁわからないことはわからないでもいいやって割り切って読めるならば、こんなに楽しい読み物もないと思う。
 Kindle版には解説がついてないのが唯一残念な点。
(Jul 29. 2018)

ねずみとり

アガサ・クリスティー/鳴海四郎・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

ねずみとり (クリスティー文庫)

 短編集『愛の探偵たち』に収録されていた『三匹の盲目のねずみ』の戯曲版。
 もともとラジオ・ドラマのための脚本として書かれた話だということなので、形式的にはこちらのほうがオリジナルに近いものと思われる。
 小説版を読んでから日が浅いので、さすがに物語は記憶に新しくて、ミステリとしての謎解きを楽しむというわけにはいかない。なので興味は味つけの違いということになる。音楽でいえば、スタジオ版とライブ版の違いを楽しむ、みたいな感じ。
 とはいえ、スタジオ版の音がどんなだったかなんてすっかり忘れているので──さすがにメロディーは覚えているけれど、アレンジの相違を確認できるほど聴きこんでいない状況──印象的には、あれ、ちょっぴりキャラクターの設定が違っている? というくらいの印象でしかなかった。
 できればもっと間をおいて読んだほうがよかったとは思うけれど、そこは全作品を時系列で読むという企画の副作用だから、致し方なし。
 それにしても二度も同じ話をつづけて読むと、できたら舞台も観たいなって気分になる。
(Jul 29. 2018)

酔って候

司馬遼太郎/文春文庫/Kindle

酔って候 (文春文庫)

 「Kindleのバーゲンで買いました」シリーズの最新版は日本が誇る小説家・司馬遼太郎先生の短編集。僕が司馬文学を読むのはじつに十年ぶり。
 司馬遼太郎というと文庫本何冊にもなる大河小説のイメージが強いのだけれど、電子版で分冊の長編を買うのは嫌だし、かといって合本はどれもデザインがスーパーのチラシみたいで買う気になれなかったので、短編集だけを何冊か購入した。これはそのうちの一冊。
 収録作品はすべて幕末が舞台で、土佐藩主・山内容堂を描いた表題作『酔って候』と、薩摩藩主・島津久光が主人公の『きつね馬』、伊予宇和島藩の蒸気船建造の顛末を描く『伊達の黒船』、佐賀藩主・鍋島直正の生涯を描く『肥前の妖怪』の四編。
 文庫本のページ数にすると三百二十ページというから決して厚い本ではないんだけれど、なんだかとてもそうとは思えないくらいに読みごたえがあった。どの短編もとてもおもしろい。これが文庫本一冊で六百円台とかで読めてしまうというのはむちゃくちゃお得な気がする。
 司馬遼太郎という人は、あまり人を魅力的に描かないイメージが僕にはある。どんな偉人を描いていても、筆者はつねにその対象に一定の距離をおいていて、ニュートラルな第三者としての視点を失わない印象がある。
 だから司馬先生の登場人物って、織田信長であろうと徳川家康であろうと、あまり魅力的な大人物には見えない(少なくても僕の印象ではそうです)。
 この作品に出てくる四人の藩主たちもそれぞれに癖がある人物ではあるけれど、そんな大物感はない。逆にいえば人間臭い。でもそんな人々が幕末という乱世にそれぞれの思惑で繰り広げる群像劇はドラマチックでとてもおもしろい。
 実際にあったこと(とされていること?)をこんなに淡々と書いているだけなのに、なんでこんなにおもしろいんだろうと不思議になってしまうくらい。
 こういうのが司馬文学の醍醐味なのかもしれない。
 司馬遼太郎もコンプリートしたくなりました。
(Jun 30, 2018)