高校のカフカ、一九五九
スティーヴン・ミルハウザー/柴田元幸・訳/白水社
前作同様、原書が厚すぎるという理由で、日本での出版事情を鑑みて二分冊になったスティーヴン・ミルハウザーの最新短編集・其の一。
内容はいつも通りのミルハウザーだ。超常的なことはほとんど起こらないけれど、それでいて現実感を欠いた不穏な感触の物語ばかりが並んでいる。
たとえば冒頭の短編では、どこかに電話をして「係の者がまもなく対応いたしますので、電話を切らずにそのまましばらくお待ちください」という自動応答メッセージを聞かされた女性が、待たされたことで記憶を刺激されて、電話口にいもしない話し相手に対して、若いころの異性にまつわる思い出を延々と聞かせる。
ある男性は親密な関係にある恋人に、正面から向かいあうことを拒まれているし(精神的な意味ではなく肉体的に)、最後の短編では主人公の青年が、恋人の母親となにやら微妙なひとときの夕べを過ごすことになる。
そういうミニマムな個人の物語の一方で、マクロな視点に立って、位相がずれた社会現象を描くのもミルハウザーの得意技。
ある町では犯罪者に対して斬首刑が採用されて、広場でギロチンによる公開処刑が行われ、ある町ではマイホームに立てかけた梯子でどこまでも高く昇ってゆくのが流行って、転落死が社会問題になる。ある町では影芝居のブームが人々の生活を変えてゆく。
もっともボリュームがある表題作『高校のカフカ、一九五九』は、カフカという男子高校生の日常を断片的に描いたもので、それだけならば普通の青春小説という印象だけれども、ところどころに同級生たちのインタビューがインサートされるのが味噌。
それがあることで、その子が将来なんらかの形で有名になるんだろうなって読者の僕らは勝手に想像する。ただし、カフカくんが将来どんな大人になるのかは明かされない。偉くなるのか、悪いことをするのか。真相は藪の中。おかげでこの作品はふつうの青春小説とはひとあじ違った不思議な感触を残す短編に仕上がっている。
そんなふうに物語性や会話劇ではなく、その小説の語りのみで世界を構築してゆく。スティーヴン・ミルハウザーほど、小説という表現形態によってどんなことができるかを突き詰めて考え、作品として形にしつづけている小説家も珍しいと思う。
その存在は唯一無二。でもそれゆえに読むとちょっと疲れるので、年末の慌ただしい時期に読んだのをちょっと後悔した。不本意ながら今回は二分冊にしてくれて助かったかもと思ってしまった。
(Jan. 08, 2026)




