夏帆 The Tale of KAHO
村上春樹/新潮社
この村上春樹の三年ぶりの長編小説は、どうにもすっきりしない気分にさせられる作品だった。
まずは主人公の女性がブラインドデートの相手から「君みたいに醜い相手は初めてだよ」といわれるところから始まる第一章。
短編『謝肉祭』のアイディアを転用したようなこの始まり自体はまぁいい。実際に醜いのならばそれはそれでどんな醜さか興味が湧くし、醜くないのならばないで、相手はなぜそんな失礼千万なことをいったのか、知りたくなる。
でも本で村上氏はそのどちらの関心もきちんと満たしてくれない。なんかすごく中途半端な回答でお茶を濁されてしまう。
しかもその相手の男性はその後は登場しないまま次第に怪しさを増してゆき、再登場するころには、ファーストイメージを裏切る超常的な存在っぽくなっている。
第一章の時点ではリアリズムっぽかった物語は、第二章のありくい、第三章のシロアリの女王と、超常的な存在の登場でまったく違う様相を帯びてゆき、ついに第四章では非現実の世界において決着をみて、曖昧なまま終わる。
村上ワールドにおいては、過去の作品でもファンタジー要素がそれなりに重要なポジションにあったけれども、今回のそれはこれまでになくイージーに使われている感じ。そのうえで物語の決着はある種の暴力性によってもたらされる。
不条理な未知の悪意に対抗するために、勇気を振り絞って立ち向かうという展開は、過去作でも繰り返されている村上作品にとって重要なモチーフだけれど、この作品の場合はその悪意をもたらすのが人間ではないせいで、話がどうにも説得力を持っていない気がした。事件が非現実的な空間での流血をともなわない暴力によって決着をみる展開には、なんともいえないもやもや感が残ってしまった。
いま現時点での僕自身の嗜好がファンタジーよりもリアリズムに向かっているせいもあってか、残念ながらこの作品はまったく僕には刺さらなかった。
本人はそんなもの欲しくないよって思っていそうだから、なんの問題もないのかもしれないけれど、このところの村上春樹って、作品を重ねるごとにノーベル賞から遠ざかっている気がする。
(Aug. 2, 2026)





