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Recent Notes

  1. 創作 / ヨルシカ
  2. Letter To You / Bruce Springsteen
  3. Hey Clockface / Elvis Costello
  4. ずっと真夜中でいいのに。 @ 幕張イベントホール (May 16, 2021)
  5. 2+0+2+1+3+1+1= 10 years 10 songs / RADWIMPS
    and more...

創作

ヨルシカ / 2021

創作(Type A)

 ヨルシカ三枚目のミニ・アルバム――だと思っていたら、曲数がこれまでより少ない(歌もの四曲とインストの計五曲)ので、公式サイトではEPと呼ばれていた。要するにシングル以上、ミニ・アルバム以下というボリュームのヨルシカの最新作。
 内容的には『強盗と花束』『花泥棒』に、表題作のインスト、ニュース番組のテーマ曲に使われた『風を食む』、そして『嘘月』というタイトルの五曲。半分に強盗、泥棒、嘘というネガティヴなタイトルがついている点で、サード・アルバム『盗作』の補遺的な印象を受ける作品。まぁ、とはいえ今回は直接犯罪を歌っているのは『強盗と花束』だけだけれど。
 気になったのは、 曲数が少ない割には、ファースト・ミニ・アルバムの『夏草が邪魔をする』よりも価格が高くて、コスパが低い点。大手ユニバーサルに移籍してから商業主義に呑み込まれつつあるようで、いまいち残念な感が否めないのだけれど、まぁ、この作品の場合、通常のCDと同時に――配信で音楽を聴くリスナー向けってことで――CDなしのパッケージだけのバージョンも発売していて、そちらが千円だというので、通常のCDとの差額の九百円(+消費税)が五曲の価格だということになる。ならば決して高すぎはしないのかなぁと思ったりもした。
 それにしても、あいかわらず物議をかもしそうな歌を書いているn-bunaくん。基本フィクションだから許されるという前提で書いているのだと思うけれども、よもや本当に犯罪嗜好があったりしたらどうしようとか思ってしまったのは、去年マンガ『アクタージュ』の原作者が性犯罪で捕まった事件があったせい。
 引きこもり気味のマンガ原作者とは違って、ミュージシャンはバンド仲間やスタッフなど、数多くの人たちに支えられて活動しているので、自らの責任の大きさは十分にわかっているだろうから、変なことはしないと信じている。これからも末永く活動をつづけていただくことを心から願っています。
(May. 30, 2021)

Letter To You

Bruce Springsteen / 2020

Letter to You -Digi-

 これも去年、コステロの新譜より一週間前にリリースされた作品。前作『Western Stars』からわすか一年四ヵ月という短いインターバルでリリースされたブルース・スプリングスティーンの最新作。
 なんでも2019年の十一月にほぼ一発どりでレコーディングされた作品らしいけれど――そうとは思えない見事なアンサンブル――あれほど充実した内容だった前作からすると意外なほどのインターバルの短さは、二年前に他界した若き日のバンド仲間への追悼のためらしい。とはいっても少なからず新型コロナのパンデミックも影響しているのだろうと思う。
 いやー、しかしスプリングスティーンも年をとったねぇ。ジャケットのポートレートがみごとにお爺ちゃん。そりゃそうだよね。もう七十歳を超えてんだもんねぇ。
 でも見た目はすっかり老人だけれど、聴かせてくれる歌は決して老けていない。ピアノとオルガンを中心としたバンド・サウンドは往年のE・ストリート・バンドのまんまだし、ジャケットを見なかったら、そんな高齢だとはとても思えない、かつてと変わらない若々しいパフォーマンス。クラレンス・クレモンスの息子のジェイクが父親譲りのサキソフォンを吹き鳴らしているのも変わらない印象を強めている。
 ストリングスを取り入れたウェルメイドな音作りがとても新鮮だった前作から一転、あれから一年足らずで、今回はふたたびE・ストリート・バンドに戻って、なんのギミックもない、いつも通りのバンド・サウンドで朗々たる歌を聴かせてくれる。
 老境に入りながら、なおかつこんなに充実した作品をあいついで世に送り出しつづけているボスはやっぱりすごかった。
(May. 30, 2021)

Hey Clockface

Elvis Costello / 2020

Hey Clockface

 去年の十月末にリリースされたエルヴィス・コステロの最新アルバム。
 今作は三種類の音源から成り立っている。
 先行配信された『No Flags』『We Are All Cowards Now』『Hetty O'Hara Confidential』の三曲は、コステロ先生がヘルシンキのスタジオに篭って、ひとりで録音したもの。どれも初期のころを思わせる、いかにもコステロらしいナンバーで、なかではコロナ禍の現状に対する鬱屈が炸裂した印象の『No Flag』がこのアルバムの個人的なフェイバリット。『Hetty O'Hara Confidential』はまるで『Hurry Down Doomsday』の双子の兄弟みたいだ。
 『Newspaper Pane』と『Radio Is Everything』の二曲はニューヨークで、ビル・フリゼールらのジャズ・ミュージシャンと録音した曲。前者はホーンが入っている点を除けば、それほどジャズっぽくはない。過去にビル・フリゼールと共演したアルバム(タイトル忘れた)も特別ジャズっぽかった印象はないし、フリゼールという人はギタリストだから、基本的にセンスがロック寄りな気がする。
 もう一曲のほうはコステロには珍しい(というか多分初の)スポークン・ワードのナンバーで、今回はオープニングを飾る『Revolution #49』も同じスタイルの楽曲。そちらはアンチ・ポップスなアプローチとそのタイトルから、否応なくビートルズの『Revolution 9』を思い出させるけれど、両者に関係があるかどうかはわからない(そもそも曲自体はまったく似ていない)。
 その『Revolution #49』と表題作の『Hey Clockface』を含めた残りの全部がパリのスタジオで、スティーヴ・ナイーヴを含めたジャズ・ミュージシャンとレコーディングしたもの。その辺の曲もとくにジャズっぽくはなくて、ニューオリンズ風の表題作以外はバラード中心のしっとりとした仕上がりの曲が多いせいもあって、どちらかというとT・ボーン・バーネットと作った二枚のアルバムに近いものを感じた。『ヴィヴィアン・ウィップの告白』なんて演劇的なタイトルの曲があるのも、そうしたイメージを助長している。
 以上、コステロのひとり仕事である三曲を筆頭に、異なる三つのセッションの音源がひとつに集められているあたりに、パンデミックの影響がひしひしと感じられる一枚。でもライブができないって嘆いているよりは、こうやってこつこつスタジオで新作を作るほうが、アーティストの姿勢としては正しいと思います。新作で変わらぬ歌声が聴けて、ファンとしても嬉しい。
(May. 30, 2021)

ずっと真夜中でいいのに。

CLEANING LABO「温れ落ち度」/2021年5月16日(日)/幕張イベントホール

ぐされ (受注生産限定アナログレコード盤)(2枚組)[Analog]

 新型コロナ・ウィルスのせいで海外アーティストの来日は全滅、国内アーティストも自粛でコンサートの本数が激減している。そもそも開催されても、出不精でマスク嫌いの僕は、二時間もマスクをしたままでステージを観たいとは思わないから、今年は大人になってから初めて一度もライヴを観ずに終わる一年になるかと思っていた。でもなにごとにも例外あり。ずとまよのチケットが手に入っちゃったらば、そりゃ観ないわけにはいきますまい。
 ということで、緊急事態宣言下にある東京を離れて、お隣の千葉県・幕張イベントホールで開催されたずっと真夜中でいいのに。のライブを観てきた。幕張メッセには何度もいっているけれど、このホールでコンサートを観るのはこれが初めて。
 今回の公演は一年前に『クリーニングライブ「定期連絡の業務」』というタイトルで開催される予定だったライヴの振替公演。二度の延期を経て、タイトルを微妙に変更して開催された。感染防止のため、定員を当初の半分にして、一日二公演を二日間。僕らが観たのはその最後の回だった。
 緊急事態宣言のさなかだし、実施すべきかどうか、していいのかと最後まで葛藤はあったのだろうと思うけれど――そのことはコンサート終盤のACAねのMCからも感じ取れた――最終的にはここまで丹精を込めて築き上げてきたものを無にはできないという思いがまさったのだろうと思う。とにかく今回はそのステージ装飾がすごかった。
 二年前に観たこたつのセットも素敵だったけれど、その後のネームバリューのアップにともない予算が増えたからか、今回はさらに壮大なことになっていた。配信で観た去年の『やきやきヤンキーツアー』もすごかったけれど(配信ライヴを観て、マスクが嫌でチケットを取ろうともしなかったことを少なからず後悔した)、今回は会場の広さもあって、さらにグレードアップしていたように思う。
 いや、豪華という言葉は不適切かもしれない。金銀をきらめかせたキラキラとしたきらびやかさとは無縁な、『AKIRA』や『マッドマックス』を思わせる退廃的でレトロな美意識に貫かれたセットだったから。ずとまよはステージの上に二階建ての廃墟の街の風景を築き上げてみせた。
 ステージの右手の二階にはシャッターが下りた研究室がある。ACAねの立つステージの真ん中には、直径二メートルほどの巨大な貯水槽のようなものが配され、その上方から伸びる何本かのパイプが向かう先、右手の建物の二階の物干し台にはコイン・ランドリーのようなドラム型洗濯機数台が並んでいる。セットの上方の薄暗い空には万国旗のようにたくさんの洗濯物がはためいている。
 イメージ的には『やきやきヤンキーツアー』の延長線上。それを「クリーニング」というキーワードを絡めて、さらに発展させた感じで、なんかもう、そのままディズニーシーの一角に持っていってアトラクションとして公開できそうな感じだった。こんなものをたった二日間だけのコンサートのために作るって、どんだけ金かけてんだよと思った。道理でチケットが高いはずだ。
 セットがこれだけすごいのだから、演出も当然のように凝っている。ライブの開演までの待ち時間には、カトレヤトウキョウという人たちがシャッターに『ZTMY』のロゴを描くスプレー・ペインティングのパフォーマンス・アートがある。
 彼らが絵を書いているあいだ、ステージ中央の貯水槽には洗濯機の映像が映し出され――これがあまりにリアルなのでライブが始まるまでずっと実物が配置されているのだと思っていた――そのドラムが回るゴトゴトという音がBGMがわりに会場に流されているのもディズニーリゾートのアトラクションっぽかった。
 カトレヤさんたちはシャッターを仕上げたあと、ステージ右手へと移って、建物の壁をスマイル・マークみたいなラクガキで埋め尽くしていった。彼らが絵を描き終えていったんステージから離れたあと、そのうちにひとりががふたたびステージに戻ってきて、最後に自分たちのサインを入れて作品を仕上げたのがライブの開始の合図。彼が壁の左横にあったドアを開くと、そこからバンドのメンバーがぞろそろと登場してきた。
 今回のバンドには、村山☆潤を中心とした四人に加え、ストリングスを多用した『ぐされ』の音作りを再現するために、吉田宇宙ストリングスという弦楽四重奏が加わっていた。また、途中からおなじみのOpen Reel Ensembleのふたりも参加。さらには『機械油』からの三曲では、津軽三味線の小山豊という人も登場するという。セットのみならずバンド構成もとても豪勢だった。
 話をオープニングに戻すと、最初にドアから出てきたのは、ストリングスの人たちで、彼らの持ち場は右手二階の物干し台の上。この日のコンサートのオープニングを飾ったのは弦楽四重奏による短めのソロだった。
 これがカッコいい! ストリングスの柔らかな音のイメージを裏切る、ちょっと荒くれた感じのビビッドな音が荒廃した舞台装置に映えて最高だった。

【SET LIST】
  1. 胸の煙
  2. お勉強しといてよ
  3. 勘冴えて悔しいわ~ヒューマノイド [メドレー]
  4. はう"ぁ
  5. 繰り返す収穫
  6. 機械油
  7. 彷徨い酔い温度
  8. 勘ぐれい
  9. 過眠
  10. ろんりねす
  11. 眩しいDNAだけ
  12. 暗く黒く
  13. 秒針を噛む
  14. マイノリティ脈絡
  15. 正義
  16. 正しくなれない
    [Encore]
  17. 奥底に眠るルーツ
  18. あいつら全員同窓会 [新曲]
  19. MILABO

 吉田宇宙ストリングスが名刺代わりに弦の音を響かせたあとにバンドの演奏が加わり、一曲目『胸の煙』のイントロが始まる。そこでステージ右手のシャッターがガラガラとあがって、主人公のACAねさんが登場~。そのままステージ中央に向かう階段をおりてきた。わはは、この演出最高~。
 シャッターがあがって初めて、その小部屋が研究室だったことがわかる。背面にはたくさんのモニターがびっしりと配置されていて、右手にはカラフルな液体の入ったビーカーやフラスコから煙が出ている。マッド・サイエンティストのラボってイメージ。細部まで手が込んでいる。そういや今回の「温れ落ち度」という変なツアー名は、DNAを構成する「ヌクレオチド」という物質の語呂合わせらしい。ACAね、可愛い顔して理系度が半端ないな(顔は知らないけど)。
 僕らは今回も席に恵まれて、アリーナの前から七列目の一番左隅にいたので、そういうステージセットが肉眼でもそれなりに見えだから、楽しさ倍増だった。ステージの左右に配置された大型モニターの映像も当然凝ったものだったので、それも目の前で大きく見える僕らの席は、ある意味ベスト・ポジションだったように思う。村☆ジュンが逆サイドにいたのは残念だったけれど、でもこれ以上を望んだら罰があたる。
 いやしかし、あらためて生でその歌を聴くと、ACAねのボーカリストとしての力量がすごい。レコーディング作品で聴ける歌声とまったく遜色がない。さんざん聴いて耳になじんだ楽曲群が、あのまんまの歌声で、なおかつライヴならではのラウドでラフなバンド・サウンドに乗って楽しめるんだから、これが最高ではなくてなんだろう?
 あとね、ACAねちゃんは見た目もかわいい。スポットライトを浴びないのでどんな顔をしているかはわからないけれど、でも歌って踊るそのシルエットは完全に美少女。動きのひとつひとつが可愛くて仕方ない。現実に目の前で歌っている実存の人なのに、なんだか二次元キャラを愛でているような不思議な気分になってしまった。
 セットリストは『ぐされ』のほぼ全曲にライブの定番を加えた感じのもの。『勘冴えて悔しいわ』が『ヒューマノイド』とのメドレーになっていて、ワンコーラスしか聴けなかったのと、『低血ボルト』がはしょられていたのが心残りだった。あと『脳裏上のクラッカー』がはしょられたのも予想外。あれは定番中の定番だと思っていた。
 『はう"ぁ』ではモニターにでかでかと「Have a」と出たので、「あ、そう書くのか」と思ったり(ACAねのことだから気まぐれな語呂合わせの可能性もあり)、『機械油』ではバールのようなものでなにかをたたいていると思ったら、あとでうちの奥さんにあれはレンジだったと教えられたり(「稲妻のレンジ叩け」って歌詞を再現してたとは)。中盤の珠玉のバラッド二連発ではオーディエンスに座るよう勧めたり。声出しNGのご時世ゆえ『秒針を噛む』ではコール・アンド・レスポンスのかわりに手拍子を促したり。アンコールの『奥底に眠るルーツ』ではモニターに表示される歌詞が、途中から歌とはぜんぜん関係ない謎の日記風おもしろポエムに差し替えられていたり。そんなライブならではの見所もたっぷり。
 あとこの日のライブでもっとも印象的だったのが、本編ラストの『正義』から『正しくなれない』という意味深な二曲のあいだに挟まれたACAねのMC。
 記憶力の衰えが著しいので、彼女の発言をきちんと再現できないけれど、それは「押しつけられた正義とは戦っていきたい」というような決意表明だった(少なくても僕はそう思った)。「これからも研究をつづけていきたいです」って。アイドルみたいな若い女の子が「正義を研究する」なんて言うんだからびっくりだよ。
 始まったときにはいつものようにはにかみまくりの口調だったのに、本編をほぼ終えてアドレナリンが出まくったのか、その部分のMCではこれまで聞いたことがないくらいはっきりとした口調になっていたし、アンコールで演奏された初披露の新曲も、そうした心情から作った曲だと紹介されていた(なるほど、そういわれるとって内容の素晴らしい曲だった)。
 ACAねのようなユニークでエキセントリックな女の子にとっては、同調圧力の強いいまみたいな社会は生きづらいんだろう。そのことに憤りを感じつつも、いま自分にできる最大限を発揮して、ネガティヴな思いは作品へと昇華させて、こんなにも素晴らしいライヴを見せてくれる――。
 ずとまよが現在の日本でもっとも個性的で重要なアーティストであることを知らしめるような一夜だった。今回もとてもいいものを見せてもらいました。
(May. 23, 2021)

2+0+2+1+3+1+1= 10 years 10 songs

RADWIMPS / 2021

2+0+2+1+3+1+1= 10 years 10 songs(Blu-ray付)

 対岸の火事という言葉があるように、他人の悲劇に共感をよせつづけるのは難しい。
 福島第一原発の事故があったことで、東日本大震災はすべての日本人にとって共通の大災害となったけれど、それでも実際にその震災によって人生を変えることを余儀なくされた被災地の人々と、その他の土地でのほほんと生きる僕らとでは決定的に温度差がある事実は否定できない。
 仮設住宅に暮らす人たちがいまだ何万人もいる状況下でオリンピックを招致しようなんて考える人がいたのがなによりの証拠だろう。家を失ったままの人々を助けることもしないでなにが世界の祭典だと思う。
 とはいえ、かくいう僕自身だって、いまとなれば普段は震災のことなんてすっかり忘れて暮らしているのだから偉そうなことはいえない。
 「原発が吹き飛ぼうとも 少年が自爆しようとも その横で僕ら愛を語り合う」
 このアルバムの四曲目、震災から四年後の三月十一日に発表した『あいとわ』の冒頭で、野田洋次郎はそう歌う。
 僕は他人の悲劇に対する僕らの心情をこれほど見事に表現した歌をほかに知らない。
 その曲を含めて、RADWIMPSは毎年三月十一日前後になるたびに震災についての思いを込めた新曲をYouTubeで発表しつづけてきた。
 おそらく五年目の『春灯』でいったん区切りをつけようと思ったんだろう。2017年だけはブランクになっているけれど、その翌年にはふたたび『空窓』を世に問い、それ以降はまた毎年新曲をリリースしつづけてきた。
 そして震災から十年目となる今年。それまでに発表した曲に新曲二曲を加えてまとめたのがこのアルバム。
 そういう性格の作品だから、収録曲はすべてバラードだけれど、曲調や歌詞の視点はその年の気分によってさまざまだ。その多様さこそが十年という歳月の長さを物語る。
 この作品を偽善的だとそしる人もいるかもしれない。もちろん僕はそうは思わない。野田洋次郎がこの作品に込めた思いにはひとつの偽りもないと僕は信じるし、少なくてもこのアルバムの収益で被災地を助けようとする行為は、なにもしない口先だけの人のそれよりも何倍も尊いと思う。
 こういう楽曲を十年かけてこつこつと発表しつづけてきた野田洋次郎という人に僕は最大限の敬意を表する。
(Apr. 25, 2021)