二人称
ヨルシカ / 2026
ヨルシカ三年ぶりの新作は、前代未聞な同名の書簡型小説と連動したデジタル配信アルバム。
配信がスタートしたのは書籍の発売日の翌週だったので、n-bunaとしてはまずは本を読んでから音楽を聴いて欲しかったんだろうけれど、僕はこちらを先に聴いてしまったので、文章もこっちが先。
内容は小説の主人公の少年が書いた詩に音楽をつけたというコンセプトで、内訳は各種のタイアップでリリース済みの曲が十曲に、このアルバムが初披露となる新曲が九曲。加えて「先生との対話」という小説のコンセプトに合致する『ヒッチコック』の再録バージョンと、最初と最後にインストナンバーがあって計二十二曲。トータルタイムは八十二分。
つまりCDにするとなると一枚に収まらず二枚組になってしまう。中途半端なところで分けるとアルバムのトータルコンセプトが損なわれるってことでCDで出さないのか、はたまたこの作品の歌詞はCDの歌詞カードではなく書籍版を買って読むべしというメッセージとしてCDを出さないのか……。
理由はさだかではないけれど、とにかくこの新作を聴きたい人はサブスクに加入するか、デジタル版をダウンロードするしかない。
まぁ、前作の『幻燈』は画集を買ったうえでスマホでストリーミングしないと全曲聴けなかったわけだから、今回はサブスクかダウンロードで全曲聴けるってだけでも、ちょっとだけ敷居が低くなった気がしなくない。
いずれにせよ、はなからCDを売ってランキングの順位に一喜一憂しようって気がないあたりが新世代だ。もはやCDを買って音楽を聴くというライフスタイル――僕の親しい友人らはいまだにCDでしか音楽を聴かない――は旧態依然だといわんばかりのヨルシカさんだった。
このアルバムを聴いて驚くのはその統一感。過半数がタイアップとして五月雨式にリリースされてきた曲なのに、歌詞の世界観といい、音作りといい、見事に一本筋が通っていて、全体としてアルバムとしてのまとまりが半端ない。
それもそのはず。なんとn-bunaは三年前の時点でこのアルバムのコンセプトを決めて、以降はその着想に沿う形で、このアルバムに収録することを前提にすべての曲を制作してきたんだという。
つまり『葬送のフリーレン』の主題歌の『晴る』も、『チ。―地球の運動について―』に提供した『アポリア』と『へび』も、みんなこのアルバムに向けての序曲に過ぎなかったと。
そんなことある? 恐れ入谷の鬼子母神。
音響で印象的なのは、以前に比べてロックっぽくないこと。
変拍子の曲があったり、ボサノバがあったり。そもそもギターが一歩うしろにさがって裏方に徹しているような曲も多い。かわりにホーンや鍵盤、パーカッションが目立つ音作りになっている。ギター主体の曲もニュートラルな弦の響きを大切にしたようなアルペジオやカッティングが中心で、かつてのようなディストーションサウンドはほとんど聴こえてこない。
そんな全体的な音楽性の変化にあわせるように、曲ごとにニュアンスを変えるsuisさんの見事なボーカルも聴きどころだ。多様性の化身のような彼女のボーカルに重ねて、n-bunaのコーラスあり、多重録音した彼女のコーラスありと、全体的にメインボーカル以外の声が聴こえてくる――ひとりで歌ってるんじゃないんだぜって――曲が多いのも『二人称』というコンセプトを意識した結果なのかなと思った。
いずれにせよ、歌詞も音もデビューしたころと比べると格段に表現の幅が広がり、成熟度が増している。こんな風に意識的に着々と変化し、成長してゆくバンドはなかなかないと思う。まぁ、初期のころのやんちゃな感じがなくなってしまったのをいささか淋しく思う気持ちもあるんだけれども……。
ヨルシカがこの先どうなってゆくにせよ、こういう素晴らしいバンドの成長をファンとして見守れる幸せに感謝したい。
(Mar. 29, 2026)



