2021年5月の音楽
Index
- Hey Clockface / Elvis Costello
- Letter To You / Bruce Springsteen
- 創作 / ヨルシカ
Hey Clockface
Elvis Costello / 2020
去年の十月末にリリースされたエルヴィス・コステロの最新アルバム。
今作は三種類の音源から成り立っている。
先行配信された『No Flags』『We Are All Cowards Now』『Hetty O'Hara Confidential』の三曲は、コステロ先生がヘルシンキのスタジオに篭って、ひとりで録音したもの。どれも初期のころを思わせる、いかにもコステロらしいナンバーで、なかではコロナ禍の現状に対する鬱屈が炸裂した印象の『No Flag』がこのアルバムの個人的なフェイバリット。『Hetty O'Hara Confidential』はまるで『Hurry Down Doomsday』の双子の兄弟みたいだ。
『Newspaper Pane』と『Radio Is Everything』の二曲はニューヨークで、ビル・フリゼールらのジャズ・ミュージシャンと録音した曲。前者はホーンが入っている点を除けば、それほどジャズっぽくはない。過去にビル・フリゼールと共演したアルバム(タイトル忘れた)も特別ジャズっぽかった印象はないし、フリゼールという人はギタリストだから、基本的にセンスがロック寄りな気がする。
もう一曲のほうはコステロには珍しい(というか多分初の)スポークン・ワードのナンバーで、今回はオープニングを飾る『Revolution #49』も同じスタイルの楽曲。そちらはアンチ・ポップスなアプローチとそのタイトルから、否応なくビートルズの『Revolution 9』を思い出させるけれど、両者に関係があるかどうかはわからない(そもそも曲自体はまったく似ていない)。
その『Revolution #49』と表題作の『Hey Clockface』を含めた残りの全部がパリのスタジオで、スティーヴ・ナイーヴを含めたジャズ・ミュージシャンとレコーディングしたもの。その辺の曲もとくにジャズっぽくはなくて、ニューオリンズ風の表題作以外はバラード中心のしっとりとした仕上がりの曲が多いせいもあって、どちらかというとT・ボーン・バーネットと作った二枚のアルバムに近いものを感じた。『ヴィヴィアン・ウィップの告白』なんて演劇的なタイトルの曲があるのも、そうしたイメージを助長している。
以上、コステロのひとり仕事である三曲を筆頭に、異なる三つのセッションの音源がひとつに集められているあたりに、パンデミックの影響がひしひしと感じられる一枚。でもライブができないって嘆いているよりは、こうやってこつこつスタジオで新作を作るほうが、アーティストの姿勢としては正しいと思います。新作で変わらぬ歌声が聴けて、ファンとしても嬉しい。
(May. 30, 2021)
Letter To You
Bruce Springsteen / 2020
これも去年、コステロの新譜より一週間前にリリースされた作品。前作『Western Stars』からわすか一年四ヵ月という短いインターバルでリリースされたブルース・スプリングスティーンの最新作。
なんでも2019年の十一月にほぼ一発どりでレコーディングされた作品らしいけれど――そうとは思えない見事なアンサンブル――あれほど充実した内容だった前作からすると意外なほどのインターバルの短さは、二年前に他界した若き日のバンド仲間への追悼のためらしい。とはいっても少なからず新型コロナのパンデミックも影響しているのだろうと思う。
いやー、しかしスプリングスティーンも年をとったねぇ。ジャケットのポートレートがみごとにお爺ちゃん。そりゃそうだよね。もう七十歳を超えてんだもんねぇ。
でも見た目はすっかり老人だけれど、聴かせてくれる歌は決して老けていない。ピアノとオルガンを中心としたバンド・サウンドは往年のE・ストリート・バンドのまんまだし、ジャケットを見なかったら、そんな高齢だとはとても思えない、かつてと変わらない若々しいパフォーマンス。クラレンス・クレモンスの息子のジェイクが父親譲りのサキソフォンを吹き鳴らしているのも変わらない印象を強めている。
ストリングスを取り入れたウェルメイドな音作りがとても新鮮だった前作から一転、あれから一年足らずで、今回はふたたびE・ストリート・バンドに戻って、なんのギミックもない、いつも通りのバンド・サウンドで朗々たる歌を聴かせてくれる。
老境に入りながら、なおかつこんなに充実した作品をあいついで世に送り出しつづけているボスはやっぱりすごかった。
(May. 30, 2021)
創作
ヨルシカ / 2021
ヨルシカ三枚目のミニ・アルバム――だと思っていたら、曲数がこれまでより少ない(歌もの四曲とインストの計五曲)ので、公式サイトではEPと呼ばれていた。要するにシングル以上、ミニ・アルバム以下というボリュームのヨルシカの最新作。
内容的には『強盗と花束』『花泥棒』に、表題作のインスト、ニュース番組のテーマ曲に使われた『風を食む』、そして『嘘月』というタイトルの五曲。半分に強盗、泥棒、嘘というネガティヴなタイトルがついている点で、サード・アルバム『盗作』の補遺的な印象を受ける作品。まぁ、とはいえ今回は直接犯罪を歌っているのは『強盗と花束』だけだけれど。
気になったのは、 曲数が少ない割には、ファースト・ミニ・アルバムの『夏草が邪魔をする』よりも価格が高くて、コスパが低い点。大手ユニバーサルに移籍してから商業主義に呑み込まれつつあるようで、いまいち残念な感が否めないのだけれど、まぁ、この作品の場合、通常のCDと同時に――配信で音楽を聴くリスナー向けってことで――CDなしのパッケージだけのバージョンも発売していて、そちらが千円だというので、通常のCDとの差額の九百円(+消費税)が五曲の価格だということになる。ならば決して高すぎはしないのかなぁと思ったりもした。
それにしても、あいかわらず物議をかもしそうな歌を書いているn-bunaくん。基本フィクションだから許されるという前提で書いているのだと思うけれども、よもや本当に犯罪嗜好があったりしたらどうしようとか思ってしまったのは、去年マンガ『アクタージュ』の原作者が性犯罪で捕まった事件があったせい。
引きこもり気味のマンガ原作者とは違って、ミュージシャンはバンド仲間やスタッフなど、数多くの人たちに支えられて活動しているので、自らの責任の大きさは十分にわかっているだろうから、変なことはしないと信じている。これからも末永く活動をつづけていただくことを心から願っています。
(May. 30, 2021)