2011年10月の音楽

Index

  1. A Creature I Don't Know / Laura Marling
  2. Strange Mercy / St. Vincent

A Creature I Don't Know

Laura Marling / 2011 / CD

Creature I Don't Know

 UKの若き女性フォーク・シンガー、ローラ・マーリングのサード・アルバム。
 彼女の音楽を聴くようになってまだ1年ちょっとにしかならないけれど、いや~、僕はこの子、大好きだわ。声、音、リズム、どこをとってもどんぴしゃ(歌詞は残念ながらわからない)。すくなくてもここ1、2ヶ月に限定すれば、まちがいなくマイ・フェイバリット・フィメール・ボーカリスト、ナンバー・ワンだ。
 いや、声ってことでいえば、フィオナ・アップルとか、キャット・パワーとか、ファイストとか、似た声質の持ち主はたくさんいる。みんなそれぞれに素敵。でも彼女の場合、そこにアコースティック・ギターの弾き語りを中心としたフォーク・ロック・サウンドが加わる。
 たぶん、このアコギの弾き語りという部分が重要なのだと思う。自らギターを鳴らしながら歌うことで、彼女の音楽は彼女個人のリズム感をはっきりと打ち出したものになる。で、そのリズム認識が僕にはとってもしっくりくる。
 アコギは、もっともお手軽なバッキング・ツールだけれど、それだけでなく一種の打楽器でもある。もっとも手軽にビートを刻める楽器でもある。ブルースの昔から、それゆえにギターは多くのミュージシャンに愛されてきたのだと僕は思っている。
 ローラ・マーリングの音楽からは、そんなギターを弾く人ならではの一貫したリズム感が伝わってくる(特別に強調されてはいないけれど)。そして彼女のギターを中心としたフォーク・サウンドは、その混ざりもののないナチュラルな響きで僕を惹きつける。
 メロディって面ではやや地味目ではあるけれど、彼女の声とこの音があれば、そんなことはあまり気にならない。というか、逆にこれくらいのメロディのほうが、飽きがこなくていいとさえ思えてくる。
 さらに今回のアルバムでは、これまでのオーガニックなフォーク・サウンドに加え、『Salinas』や『The Beast』などの曲で、絶秒のディストーション・ギターを聴かせくれる。これが僕としてはツボ。
 どちらの曲もはじまりは普通にアコギの弾き語りかと思わせるんだけれど、途中からバンドが入ってどんどん音が厚くなってゆき、最終的にはいままでの彼女の作品にはなかったラウドさでエレクトリック・ギターがかき鳴らされる。特別なギター・ソロとかがあるわけではなく、単にコードを鳴らしているだけなのだけれど、これがもう最高にかっこい~。
 オープニングを飾る『The Muse』の初期ボブ・ディラン的なブルースのタッチもたまらないし、前作に比べるとややトラッド色が薄くなって明るい旋律も増えているし、いやぁ、僕の今年ナンバー・ワンはおそらくこれで決まりってアルバム。
 万人受けするタイプのアーティストではないかもしれないけれど、こういうのが好きな人にはこたえられない作品だと思います。
(Oct 30, 2011)

Strange Mercy

St. Vincent / 2011 / CD

Strange Mercy

 引きつづき、これもまた素晴らしい女性ソロ・アーティストの作品。セント・ヴィンセントこと、アニー・クラークのサード・アルバム。
 この人の場合、ひとつ前のローラ・マーリングと違って、僕はその声自体にはあまり惹かれない。声量のすくない上品な感じの歌声は、なんとなくミュージカルの端役みたいだ。いっちゃなんだけれど、歌だけでアピールする力はないと思う(そうでもないのかな)。
 それでも彼女の音楽には、そんなボーカリストとしてのもの足りなさを補うだけの、豊かな音楽性がある。びっくりするほど豊饒なアイディアがある。簡単にいってしまえば、アレンジがやたらとおもしろいのだった。次にどんなフレーズがどういう音で鳴らされるのか予想がつかなくて、ついつい夢中で聴き入ってしまう。
 ダイナミックなリズム認識に、フックの効いたエレクトリック・ギターのフレーズ。全体を彩るカラフルなシンセ・サウンドやオーケストラ。でもってヒップホップなどの黒人音楽のテイストは皆無という。これぞ二十一世紀・白人女性ポップスの極みとさえいいたくなる。
 こういう女性アーティストってあまりいないと思う。
 歌声で僕らを魅了する女性アーティストはたくさんいる。またはブリーダーズのように、歌はいまいちでも、そのオルタナティヴなギター・サウンドで人々をひきつける女性インディー・バンドもけっこうある。でも女性アーティストで、しかもソロで、その歌声ぬきにして、サウンド・アレンジの妙だけで音楽を聞かせるというケースって、あまりないと思う。少なくても僕はほかにひとりも思いつかない。
 ボーカルにそれほど惹かれないのに、サウンド・メイキングの妙で惹きつける人っていえば、まず最初に僕が思い出すのがベック。──そう、僕にとってセント・ヴィンセントは、ベックからブルースやヒップホップといった黒人音楽色をいっさい取り除いた女性版とでもいったイメージかもしれない。もしくは白人女性音楽版のプリンス。それくらい素晴らしい。
 いや、この1枚を聴いただけでもすごいと思うんだけれど、この人でさらにすごいと思ったのは、さかのぼって過去の2枚のアルバムを聴いてみても、これと変わらぬ完成度の高い音を鳴らしていること。1枚だけ素晴らしいアルバムを作ったのならばフロックかもしれないけれど、3枚もつづけてこのレベルの作品を生み出せるというのは尋常じゃない。
 彼女はもしかして現在の音楽シーンにおける、もっとも才能のあるアーティストのひとりだったりはしないだろうか、とさえ思ったりする。
(Oct 30, 2011)