2006年12月の音楽

Index

  1. Modern Times / Bob Dylan
  2. One More Drifter in the Snow / Aimee Mann
  3. The Information / Beck
  4. Rollers Romantics / The Birthday

Modern Times

Bob Dylan / 2006 / CD+DVD [Delux Edition]

Modern Times (W/Dvd) (Spec)

 ビルボードで初登場第一位に輝いたボブ・ディランの新作。
 これが本当に一位になったのかと不思議になるくらい地味な作品だ。ボブ・ディランのリスナー自体は少なくないんだろうけれど、それよりも単にレコード・セールスが落ち込んでいて、全体の売上が下がっている分、こういう若くない人をメイン・リスナーとするアルバムの順位があがってしまっているんじゃないだろうかと思ったりする。まあ、そもそも初登場で一位になるアルバムというのは、音楽そのものよりもアーティストの人気がものをいう部分が大きいのだろうし、ボブ・ディランほどのキャリアを誇る人ならば、前評判さえよければ、新作のリリースに対してある程度のリスナーが動くのは当然なのかもしれないけれど。
 いや、なんにしろとにかくこれは地味なアルバムだ。全体的にブルース系のナンバーが中心で、3コードのワンパターンが延々と何コーラスも続く、というような曲ばかりだし、音作りもきわめてオーソドックスなフォーク・ロックという感じで、ギター・オリエンテッドではあるけれど、とんがったところは皆無。リズムの上でも苦手なシャッフルが多用されているせいで、僕にはなおさらとっつきにくくなってしまっている。
 でもじゃあ駄目なのかというと、そんなこともない。というか、歌詞を満足に理解していない状態で文句がつけられるはずがない。ボブ・ディランについては、まずなによりもその歌詞が最重要だと思うので、その部分をきちんと理解していない僕に、いまの状態でどうこう言えるはずがない。
 実際に歌詞──輸入盤には歌詞カードがついていないので、ネットで入手した──をながめながら聴いてみると、その言葉の豊かさにはやはり驚かされる。なんたって最初の2曲だけで12分以上あるというのに、その間に同じフレーズのリピートがほとんどないのだから(つまりサビらしいサビもないということだけれど)。一度でも作詞に挑戦したことのある人ならば、決めのフレーズを繰り返さないで歌詞を書くというのが、どれくらい難儀なことなのかわかるはずだ。ボブ・ディランは65歳にして、平然とそういう創作をこなして、なおかつ豊かなイメージを喚起して見せている。そのことに圧倒されてしまう。
 ほんと、地味なアルバムだなあと思っていたこのアルバムだけれど、最初の数曲の言葉に耳をすまして聴いてみた途端に、そのイメージがずいぶんと変わった。もちろん僕の英語力では微妙な言葉の意味がきちんと把握できないので、かなり誤読をしている可能性が高い。だけれどこの人の歌には、間違っていてもかまわないぜと思わせるだけの懐の深さがある。間違って理解された世界が、間違ったままで価値を持ってしまいそうな含みがある。おかげでわからないなりにその魅力を垣間見ることができたような気になれる。
 僕はボブ・ディランの音楽を聴くたびに、言葉の通じない見知らぬ土地を訪れているような気分になる。そこでは見知らぬ男が「アリシア・キーズが生まれた頃、俺はよう」と嘆いていたり、眠れぬ夜につれない恋人のことを延々と思い続けていたりする。そこでは僕はいつだって異邦人だ。それほど居心地がいいわけでもない。それでもなぜか、僕は定期的にその地を訪れたくなってしまう。
 昔もいまもそんな感じで部外者然として、僕はボブ・ディランを聴き続けている。
(Dec 17, 2006)

One More Drifter in the Snow

Aimee Man / 2006 / CD

One More Drifter in the Snow

 エイミー・マンの新作は、わずか10曲で30分ちょっとという、いまどきの新譜にしては珍しいくらいボリュームのないクリスマス・アルバム。
 過半数が『クリスマス・ソング』、『ウィンター・ワンダーランド』、『ホワイト・クリスマス』といった有名なクリスマス・ソングのスタンダードで、エイミー・マン自身によるオリジナル・ナンバーはラストの一曲だけ(それ以外にもあるのかもしれないけれど、作詞作曲にクレジットされているのはそれだけ)。アルバム・タイトルはこの曲の歌詞からの引用だ。
 エイミー・マンという人はルックスも声もとてもクールなので、こんな大衆受けしそうなアルバムを作るというのはちょっと意外だった。でも考えてみれば、この人はティル・チューズデイという一世を風靡したバンドの出身だったりするのだし、初めからこういうわかりやすさと別に無縁だったわけでもないんだろう。回転木馬かなにかのトナカイにもたれたジャケット写真の彼女は、そんなリスナーの当惑を予想していたかのような、いたずらっぽい微笑を浮かべている。
 実際に聞いてみると、彼女のハスキーでクールなボーカルは、イブの夜に降るパウダースノーみたいで、まさにクリスマスの雰囲気にはうってつけだったりする。あまりに嵌まりすぎだから、かえって制作する側にも照れがあったんじゃないだろうか。この声でクリスマス・ソングを歌うのは反則じゃないか、みたいな。だからバンジョーを鳴らしてみたり、ハワイアン風のギターをフィーチャーしたりして、あまりスマートになり過ぎないよう配慮している感じがする。"You're a Mean One, Mr. Grinch" という曲では、映画化されて日本でも有名になったグリンチさん(の代役?)とデュエットしたりしていて、本人も楽しそうだ。オリジナル・ナンバーもこの人ならではの持ち味が出たとてもいい曲だし──コアなファンはこの曲が一番嬉しいだろうと思う──、なかなか素敵なクリスマス・アルバムだった。
(Dec 19, 2006)

The Information

Beck / 2006 / CD+DVD

Information

 前作『Guero』からわずか1年半という短いインターバルでリリースされたベックの新作。あいだに『Guero』のリミックス集『Guerolito』もリリースされているから、ほんとあっという間の新作という感じだった。
 リリース間隔が短いせいで、最初のうちは『Guero』の姉妹盤のような気分で聴いていたのだけれど、きちんと聞き比べてみたら、けっこう印象が違った。『Guero』は一音一音のアタックが強くて、こちらのアルバムのほうが音作りが繊細な感じがする。楽曲は『Mellow Gold』以降ではもっともヒップホップ色が強い印象だ。どこがどういいんだか、うまく説明できないけれど、これはこれでけっこう好きだった。楽曲ではやはりFMでもよくかかっていた『Nausea』が一番アッパーで盛りあがった。

 ちなみにこのCD、ジャケットはDo-It-Yourselfジャケットとかいって、水色罫線の方眼紙を二つ折りにしただけのもの。一緒に妙なイラストや写真やロゴが満載されたB4サイズのステッカーシートがついてくるので、そこから好きなステッカーを貼って、自分だけのオリジナルジャケットを作ってくださいという企画だとのこと。ステッカーは何種類かあるらしく、うちのやつはどうもいまひとつな感じだった。まあ、いまだに手付かずのまま放置したきりだから、いいも悪いもないけれど。
 前作ではブック仕様のデラックス・エディションにのみついてきたボーナスDVDも、今回は通常盤に普通についてくる。しかも『Guero』のDVDは iTunesのヴィジュアリゼーションみたいなBGVだったけれど、今回のはすべて地味ながらちゃんとしたビデオクリップにグレードアップされている。手作りジャケットだけでも過剰なのに、さらにこんなものをさらっとおまけにつけるベックのサービス精神には、ほんと感心してしまう。
(Dec 28, 2006)

(※)DIYジャケット。わが家のステッカーはこんなやつ。

Rollers Romantics

The Birthday / 2006 / CD

Rollers Romantics

 ミッシェル・ガン・エレファントのクハラカズユキをドラマーに迎えたチバユウスケの新バンド、ザ・バースデイのファースト・アルバム。
 チバくんの場合、どんなバンドで活動していても必ずミッシェルと比較しないではいられないところがある。さて今度はミッシェルと比べてどうだろうと、そういう聴き方しかできない。申し訳ないとは思うのだけれど、どうしてもそういうスタンスになってしまうのだから仕方ない。素晴らしいバンドのメンバーだった人の宿命だと思って諦めてもらうしかないと思う。
 そんなわけで先行シングルを聴いた時にも、ああ今回はミッシェルよりも音が軽そうだなと。そんな風に思ってしまった。でもアルバムでまとめて聴いてみると、音響的にそれほど大きく変わった印象はない。いままでと変わらないチバくんならではの世界がきちんと提示されている。ただそれはミッシェルの時とはやはりどこか違う。
 僕にとってのミッシェルの魅力は、ほかのバンドからは得られない刹那なまでの疾走感にあった。ミッシェルの最後のアルバムではそれが薄れてきてしまっていた感じだったけれど、やはりこのアルバムでもあの感覚は甦らない。それはもう永遠に失われたものなのかもしれない。だからミッシェルは解散しなければならなかったのかもしれない。ミッシェル解散後のチバユウスケの積極的な活動は、そんな事実をさっさと世間に認識させるためのようにも思える。
 ミッシェルという呪縛を意識しないよう、できるかぎりニュートラルな姿勢で聴いてみれば、これはこれでとてもいいアルバムだ。なかでもミッシェルの時には聞けなかったタイプのスローバラード、『春雷』にはえらく感動した。チバユウスケという人がうちに秘めたリリシズムがこれほど美しく結晶化した楽曲はこれまでなかったんじゃないだろうか。名曲だと思う。
(Dec 28, 2006)