2022年8月の映画
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ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー
オリヴィア・ワイルド監督/ケイトリン・デヴァー、ビーニー・フェルドスタイン/2019年/アメリカ/Netflix
大好きな漫画家の麻生みことさんがブログで絶賛していたので観てみた作品。
高校時代を勉強だけに明け暮れた優等生女子の親友コンビが、卒業式の前夜に最後の思い出を残そうと、住所も知らない同級生宅で開かれるパーティーに繰り出そうとしたことから巻き起こるどたばた騒動を描いた青春コメディ映画。
女子高生を主人公にした物語って、少女マンガやアニメを中心として日本にもたくさんあるけれど、こういう作品は日本ではまず作れないよなって思った。
まずは主人公のうち片方――痩せている方のケイトリン・デヴァーという女優さん――がゲイだっていう設定で、太めの親友(ビーニー・フェルドスタイン)とオナニーの方法についてあけすけな告白をして、あっけらかんとした笑いを取るって序盤のシーンからして日本では無理筋。
そういうナイーヴな問題を、映画の一シーンとしてあっさりとギャグにしてしまうところがさすがアメリカだよなぁと思う。万人があたりまえのようにファックという言葉を連発する国は、やはりユーモアのセンスも違う。
まぁでも、そういうセクシャルな下ネタ多めなところを許容できれば、あとはそれなりに楽しめるコメディ映画かな……と思う。雰囲気的には『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』の女子高生版みたいな感じで、それなりに楽しめました。最後に片方の女の子が勇気を振り絞って警察のお世話になっちゃうところが、これぞ青春映画って感じで好きだった。
ちなみに出演している俳優さんは主演のふたりを含めて知らない人ばかり。唯一の例外が『ストレンジャー・シングス』の最新シーズンでピザ屋のトラックを運転していたエドゥアルド・フランコという人(でも髪が長くなかったら多分わからない)。
(Aug. 07, 2022)
DUNE/デューン 砂の惑星
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督/ティモシー・シャラメ、レベッカ・ファーガソン/2021年/アメリカ/Netflix
SF小説の金字塔『デューン 砂の惑星』の二度目の映画化作品。
デヴィッド・リンチが監督した最初の映画を観ていないので(録画してあるのでいずれ観ます)原作との比較でしか語れない――というか、原作を去年読んだばかりの身としては、原作の存在抜きにしては語れない――のだけれど。
なにも知らずにこの映画を観はじめて、最初に肩透かしを食ったこと。――それはオープニングのタイトルに『Dune: Part One』とあったこと。
おいおい、途中までしかやんないのかよ!
確かにあの壮大な世界観を三時間くらいの映画に収めるのは難しいとは思うのだけれど(この映画は約二時間半)、それでも『デューン』という作品は全体像を俯瞰して初めてその真価を発揮するたぐいの作品だと思うので、正直前半部分だけを切り離して見せられてもなぁって思ってしまった。
なまじリンチ版が一本だけで完結して入るっぽいので、こちらも同じだと思い込んでいた(もしかしてあちらも中途半端とか?)。最初から二部構成なり、三部構成で考えていたならば、これもちゃんと第一部ってタイトルでわかるようにしてくださいよぉ。それならば最初からその心積もりで観たのに……。この映画に対するいちばんの不満はそれ。
でまぁ、前半部分だけと考えて観たならば、部分的なキャラクター設定なんかに若干変更は加わっているけれど、基本的には原作に忠実で良心的な出来だと思う。
とにかく映像的には文句なし。CGでなんでもできるご時世だけあって、前回の映画版より映像面で上回っているだろうことは想像に難くない。視覚や音響部門でアカデミー賞の三冠に輝いたのも納得の出来だ。
それに単に特撮のみが見どころってわけではなく、オスカー・アイザックやハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリンらが脇を固めるキャスティングも豪華(まぁ、公爵役のオスカー・アイザックは彼のこれまでのイメージからすると、やや貫禄不足という気がしなくもないけれど……)。
ただ、物語としては、原作の前半部分にあたるこの映画の内容は、主人公が罠にはまって転落してしまうところまでで終わってしまうので、どうにもカタルシスが足りない。これはもう第二部での怒涛の巻き返しに期待するっきゃないと思う。
ということで、まだ観ていない人は、来年に予定されている続編が出てからまとめて観るのがお薦めです。
(Aug. 19, 2022)
イン・ザ・ハイツ
ジョン・M・チュウ監督/アンソニー・ラモス、コーリー・ホーキンズ、レスリー・グレイス、メリッサ・バレラ/2021年/アメリカ/Netflix
なんとなく乗りで始めたわが家の夏のミュージカル特集その一。ドミニカやプエルトリコ出身のラテン系の移住者が住まうマンハッタンのワシントン・ハイツという地区を舞台にした大ヒット・ミュージカルの映画版。
物語の中心になるのは、食料品店を営みつつ、故国のドミニカで父親がやっていた店を再建させることを夢見ているウスナビという青年(アンソニー・ラモス)。この人が子供たちに自らが若いころに住んでいたワシントン・ハイツの思い出を聞かせているというシチュエーションでこのミュージカルは進んでゆく。冒頭でワンカットで明かされるウスナビという変わった名前の由来がいい。
もうひとり、その地区きっての秀才で、スタンフォード大学(カリフォルニアにあるんすね)に進学したのに、ラテン系のせいで孤立して悩んでいるニーナ(レスリー・グレイス)という女の子がいて、この子が大学中退を決心して里帰りしてきたところから物語は始まる。
ふたりにはそれぞれに思いを寄せる人がいて、この男女四人二組のカップルを中心に、地元のラテン系コミュニティの人間模様が群像劇として描かれてゆく。コンセプト的には『RENT/レント』に近い感じ。あれを二十一世紀風のラテン系ヒップホップ劇としてブラッシュアップしたような作品だった。
オリジナルの舞台の初演が2001年と新しめなこともあって、音楽はラップが中心。でもって、その音楽のスコアを手がけているのが、この映画にカキ氷屋の役で出演しているリン=マニュエル・ミランダという人。エンド・クレジットのあとにもこの人の寸劇があるし、氷屋、ちょい役の割には変に目立っているなぁと思ったら、じつは彼がこの作品の最重要人物だった。
――まぁ、という事実を知ったのは、じつはこの二本あとに『ハミルトン』を観たからなのだけれど(それまではまったく気がつかずにいた)。ちなみに半年前に観た『チック、チック…ブーン!』もこの人の映画監督デビュー作だった。
リン=マニュエル・ミランダ氏、どうやら素晴らしい才能を持った根っからのミュージカル人間らしい。失礼ながら、ぱっと見そこまですごい人とは想像もつきませんでしたが。でも『イン・ザ・ハイツ』と『ハミルトン』の二本を観たいまとなると、この人の才能の豊かさには深く感銘を受けずにいられない。
(Aug. 21, 2022)
ウエスト・サイド・ストーリー
スティーヴン・スピルバーグ監督/アンセル・エルゴート、レイチェル・ゼグラー/2021年/アメリカ/Disney+
夏のミュージカル特集・その二は『ウエスト・サイド物語』のスティーヴン・スピルバーグ監督によるリメイク版。
すでに旧作が決定版というイメージなのに、なにゆえスピルバーグがこれをリメイクしようと思ったのかわからない。僕個人はこのミュージカルがあまり好きではなくて(失礼ながら旧作を観たときにはひどいことを書いている)、いまとなると時代遅れの作品のように感じていたので、もしかしたらそんな作品を蘇らすべく、スピルバーグが思い切り手を入れて現代風なリアレンジを施しているのかと思った。
そしたら、まったくそんなことはなくて、逆にびっくり。
旧作を観たのがもう二十年近く前だから確かなことはいえないけれど、音楽はもちろんとして、時代設定とか、ファッションとか、キャラクターとか、ほぼ旧作と同じなんじゃないだろうか。
まぁ、一部のキャラが女性に変更されていたりするっぽいけれど――ちなみに主演は『ベイビー・ドライバー』のアンセル・エルゴートで(そういわれなかったら気がつかなかった可能性大)あとは知らない人ばかり――それでも作品の世界観はまったく変わっていない印象だった。これほどリメイクという言葉がふさわしいリメイクも珍しいのではと思う。
でもって、いざ観てみると、なぜこれをリメイクしようと思ったんだろう?――という疑問は浮かばなくなる。少なくてもこの映画は二十一世紀のいまだからできる映像美と音響技術に支えられているから。
冒頭の廃墟と化した再開発地のくすんだ映像からして、これぞハイヴィジョンって印象だったし、ビッグ・バンドによるサントラも、最新音楽技術のDOLBY ATMOSのおかげで臨場感たっぷり。旧作をまったく好きになれなかった僕が、このリメイク版はとくに違和感なく楽しんで観られたのは、その映像の美しさと音楽のヴィヴィッドさに負うところが大きいと思う。
まぁ、あとミュージカルについては、ストーリーうんぬんをつべこべいっても仕方ないって思うようになったというのもあるんだろうけれど。主人公ふたりの出会いのシーンとか、唐突過ぎてなにそれって感じなのは変わらないので。
なんにしろ、なんでここまで有名なミュージカルのリメイク版がわざわざアカデミー賞の作品賞にノミネートされたんだろうと不思議だったけれど、その映像美や音響のよさ、演出のスタイリッシュさを観て納得した。これはきっとそういうところが映画ファンの琴線に触れるタイプの作品なんだろうなと思う。
(Aug. 21, 2022)
ハミルトン
トーマス・カイル監督/リン=マニュエル・ミランダ/2020年/アメリカ/Disney+
夏のミュージカル特集・第三弾は、アメリカ合衆国建国の父のひとりだというアレクサンダー・ハミルトンという人の問題ありな生涯を描いた、リン=マニュエル・ミランダによる傑作ミュージカルの映像版。
「映像版」と書いたのは、これが前の二本のミュージカルとは違って、映画として撮影されたものではなく、ミュージカルの舞台をそのまま撮影した作品だから。
アメリカの独立戦争の頃から始まって、アメリカが独立に至る過程を、政府の要人たちを主役に辿る話なので、きちんと映像化したらさぞやスケールが大きくドラマチックな映画になるのだろうけれど、その規模の大きさが災いして予算が取れなかったのか、この映画は舞台をそのまま撮影して見せる形を取っている。
でも、これについてはそれが正解だと思う。
その物語のスケールの大きさに反して、このミュージカルの舞台は、全編でほぼ変わらず、背景をぐるりと取り囲む木製のやぐらや階段だけという極めてシンプルなものだ。背景の変化が乏しい分は、俳優陣のダンスや動き、そして歌でもってイメージを膨らませるという趣向になっている。
僕はミュージカルって一度も生で観たことがないので、こういうのが普通なのかは知らないけれど、こんなにもシンプルな舞台装置でもって、ここまで壮大でドラマチックな物語を見せることができるという事実に大きな感銘を受けた。
しかもその舞台で主演を務めるのは、原作者であり作曲者でもあるリン=マニュエル・ミランダその人だ。
いずれはこの脚本と音楽をもとにした実写版映画も観てみたいと思うけれど、現時点ではこの偉大なるミュージカル作家の才能をこういう形で余すことなく映像に残しえたことはとても幸福なことだと思う。願わくば彼が主演を演じたという『イン・ザ・ハイツ』の舞台も同じように観たかったくらい。
この舞台の中で、主人公のハミルトンさんはアメリカ初代大統領のジョージ・ワシントンや、三代目大統領のトマス・ジェファーソン、四代目のジェームズ・マディソンらと行動を共にしている。つまりハミルトンという人は、彼らと肩を並べて大統領としてその名を残していてもおかしくないくらいの人物だっただわけだ。
でもそんな偉人が不倫騒動を起こして栄誉ある地位を奪われ、ついには不幸な最後を迎えてしまう。
アメリカ合衆国の建国に携わったひとりの偉人の悲喜劇を、見事な歌と音楽でもって描き切ってみせたこのミュージカルはたぐいまれなる傑作だと思う。
そういえば、本来は白人のはずのジェファーソンやマディソンを黒人が演じているのもこの舞台のおもしろいところだ(それでいったらラテン系のミランダ氏がハミルトンを演じていること自体がそうだけれど)。
この作品を映画化したとして、そういう物議をかもしそうなキャスティングがすんなりと世間に受け入れられるかも疑問なので――映画版では全員白人になりそうな気がする――そういう意味でもこの映画が舞台をそのまま撮影した作品となったのは現時点では必然だったのかなと思う。
(Aug. 21, 2022)