2021年10月の映画
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オール・シングス・マスト・パス
コリン・ハンクス監督/2015年/アメリカ/iTunes Store
アメリカ最大のレコード店チェーンとして音楽産業の一翼を担うほどの巨大企業となりながら、音楽配信の流れに乗れず倒産の憂き目にあってしまったタワーレコードの盛衰をと当時の映像と関係者のインタビューでたどるドキュメンタリー・フィルム。
この映画の主人公というべき創業者のラス・ソロモン(この映画の三年後に他界している)はアメリカ本国では有名人なのかもしれないけれど、日本では知る人ぞ知るという存在だろうし、その他のインタビューの中心となるのは創業当時から会社を支えた役員級の人たちで、要するに一般人。まぁ、中にはブルース・スプリングスティーンやエルトン・ジョン、デイヴ・グロールなどへのインタビューもあるけれど、登場するミュージシャンはたぶんこの三人だけ(エルトン・ジョンはお得意さまで、デイヴ・グロールは元店員だったそうだ)。なのでこのドキュメンタリーは基本とても地味だ。
ソロモン氏が父親からドラッグ・ストアのレコード売り場を買い取って、アメリカ最大のレコード量販店をオープンした創業秘話や、その後の成功にいたる過程の描写などもあっさりとしていて、どれだけすごかったのか、いまいちぴんとこない。
もしかしてこれってあまりおもしろくない?――とか思って観ていたら、まだ前半戦だろうって時間帯――タワーレコードがアメリカで全国展開する前――にいきなり日本進出の話になってびっくり。えっ、タワーの海外一号店って日本だったんだ。
この映画の時系列が現実通りなのかはわからないけれど、少なくてもこの映画の中では渋谷店(宇田川町の映像が懐かしー)のオープンは、ニューヨーク店よりも前ということになっている。その後タワーレコードが全世界に展開するにあたって、足掛かりとなったのが日本だったらしい。
僕はてっきり世界規模のチェーン店が満を持して日本にやってきたのかと思っていたら、事実は真逆で、日本での成功に味をしめてタワーは世界進出に乗り出したというような話だった。おなじみの「No Music, No Life.」というキャッチフレーズも日本で生まれてアメリカに逆輸入されたというから、なおさらびっくりだ。
まぁ、いずれにせよタワーレコードに最大の収益をもたらしたのは日本だったと。それゆえに業績悪化による赤字を補填するために、もっとも高く売れる日本法人を売却せざるを得なくなり、そのまま業績回復を果たせずに本国のタワーは倒産、別法人となった日本のタワーレコードだけがそのあとに残ったというこの皮肉。デイヴ・グロールがインタビューで「なんてこった、日本にはまだタワーレコードがあるよ!」と驚いたと話しているのがほろ苦い失笑を誘う。
映画の最後はラス・ソロモンが日本のタワーレコード本社を訪れ、社員たちに大歓迎を受けるシーンで終わる。兵どもが夢のあと。タワーレコードにさんざんお世話になっている日本人としてはなんとも感慨深いものがあった。
ちなみにタイトルとなっている『All Things Must Pass』は、どこぞの店舗の店員が、その店の最後の日に惜別の意を込めて店頭の垂れ幕にかかげたジョージ・ハリスンの曲のタイトル。最後は当然その曲がかかって涙腺を刺激する。
最初はいまいちかもと思ったけれど、最後まで観たら意外と感動的だった。
――まぁ、それも僕が日本人だからかもしれないけれど。
(Oct. 07, 2021)
アス
ジョーダン・ピール監督/ルピタ・ニョンゴ、ウィンストン・デューク/2019年/アメリカ/2019年/WOWOW録画
『ゲット・アウト』のジョーダン・ピール監督による次回作で、黒人の四人家族が自分たちとそっくりな何者かに襲われるというホラー映画。
予告編がおもしろそうだったから観てみたけれど、正直これは僕にはいまいちもいいところだった。『ゲット・アウト』もそうだったけれど、この監督は導入部分は魅力的なのに、途中から風呂敷の広げ方に慎みが足りなくなる傾向が強い気がする。この作品も途中から予想外に被害が拡大して、ホラーだかSFだかわからなってしまう。
幼いころに海浜の行楽地で謎の恐怖体験によりトラウマを負った主人公の女性が、結婚して夫と子供ふたりとともに同じ行楽地を訪れて、今度は家族ぐるみで何者かに襲われるという話なんだけれど、そもそもが説明不足なせいで、冒頭で怖いめにあう女の子が主人公の子供時代だというのが僕にはすんなり伝わらなかった。まぁ、そうなんだろうとは思ったけれど、いまいち腑に落ちないままだったので、そのまま物語が本編の不条理なカタストロフに突入してもスムーズに感情移入できない。
そもそも当初の設定のせいで『シャイニング』のような主人公一家の家庭内で完結するミニマムなホラーを予想していたから、それがじつは全米規模の歴史的陰謀劇でした、みたいな派手な展開になってびっくり。まぁ、思い返せば、アメリカには人知れず無数の地下道があって……みたいなテロップが冒頭に出ていたので、その時点で先の展開をほのめかしてはいたんだけれど、まさかそういう話とは思ってもみなかった。
なんにしろ悲劇の原因はあまりに非現実的で説得力に乏しく、おかげでホラーなんだかファンタジーなんだかわからない微妙な感触になってしまっているし、最後のサプライズ要素のせいであと味もよくない。正直出来がいい映画とは僕には思えなかった。
ひさびさに観なくてもよかったかなと思わされた作品。
(Oct. 31, 2021)
ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語
グレタ・ガーウィグ監督/シアーシャ・ローナン、エマ・ワトソン、フローレンス・ピュー、エリザ・スカンレン/2019年/アメリカ/Amazon Prime Video
前の『アス』があんまりだったので、口直しがしたくて同じ日にもう一本映画を観た。同じ2019年公開の作品で、こちらはさすがにアカデミー賞六部門ノミネートというだけあって、気分転換にはもってこいの秀作だった。
内容は『若草物語』のリメイク。僕は昔の映画も観ていないし、原作も読んだことがないので正確なところはわからないけれど、ウィキったところでは、四部作である原作の最初の二冊分が下敷きになっているっぽかった。
重要な伏線として、原作者のルイーザ・メイ・オルコットのモデルだと思われる次女のジョー(シアーシャ・ローナン)が小説家としてデビューするまでを描く自伝的要素が組み込まれているけれど、それが原作通りなのか、この映画オリジナルの脚色なのかは不明。でもこの映画を特別なものにしているのは、まさにその部分なので、それがこの作品オリジナルの脚色だとしたら、拍手喝采ものだと思う。
監督のグレタ・ガーウィグは『レディ・バード』を撮った人で、これがあの作品の次回作。つまりシアーシャ・ローナンは二本つづけてガーウィグ監督の作品の主演を務めていることになる。
でもって今回も彼女の起用は大正解。この映画のシアーシャ・ローナンは本当に魅力的だ。長女メグ役としてハリー・ポッター・シリーズのハーマイオニー、エマ・ワトソンが出ているにもかかわらず、断然ジョーのほうが魅力的に見えるのがすごい。
失礼ながら彼女って決して美形ってわけではないと思うんだけれど、この映画の彼女は自然体で生き生きとしていて本当に素敵。ティモシー・シャラメ(最近売れっ子だな)演じるローリーがぞっこんなのも当然に思える。いやはや、最高でした。
その他の配役では三女ベス役のエリザ・スカンレンという人こそ無名だけれど、四女のエイミーが『ミッドサマー』のフローレンス・ピューで、脇を固める俳優陣も、母親役がローラ・ダーン、大叔母がメリル・ストリープ、ローリーの祖父がクリス・クーパーと、大物揃いのキャスティング。
演出もリズムがよくて気持ちいいし、映像や衣装もきれいで、俳優陣も豪華と、何拍子も揃った文句なしの秀作。願わくば僕は『パラサイト 半地下の家族』よりもこちらにアカデミー賞をあげたかった。
(Oct. 31, 2021)