2021年3月の本

Index

  1. 『内面からの報告書』 ポール・オースター

内面からの報告書

ポール・オースター/柴田元幸・訳/新潮社

内面からの報告書

 前作『冬の日誌』は柴田元幸氏いわく「全巻ほぼ時間軸に沿ってその「君」の身体に何が起きたかをたどって」みせた作品で(そんな内容でしたっけ?)、それにつづく本書はオースターが自らの内面的な精神の変遷をたどってみせた作品、ということになるらしい。
 そういえば『冬の日誌』では交通事故や怪我の思い出とか、引っ越しの履歴とかが印象的でしたっけね。それに比べるとこちらは少年時代の家族との関係や、若かりし日に観て大いなる影響を受けた映画、最初の奥さんになる女性にあてて書いたラブレターの引用など、確かに内向きなエピソード中心になっている気がしないでもない。
 構成的には四部に分かれていて、表題作である第一部が十代のころのメモランダム、『脳天に二発』と題した第二部が、若き日に観て自らの脳裏に深く刻みつけられることになった映画二本の紹介、第三部の『タイムカプセル』はフランス留学時代に恋人にあてて書いた手紙の引用、最後の第四部『アルバム』は以上にまつわる写真(とはいっても本人はまったく映っていない時事風俗的な内容の写真)を集めたものという内容になっている。第四部は読むというより見るものなので、活字としては正味二百ページ強という感じ。普通に読めば一ヵ月もかかるボリュームじゃない。なのにかかってしまうあたりが最近の僕の駄目なところで……というような話はどうでもよく。
 個人的にこの本でいちばんおもしろかったのは第二章。『縮みゆく人間』(1957年)と『仮面の米国』(1932年)という二本の映画について、それぞれ短編小説一遍ぶんくらいはあろうかってボリュームであらすじを紹介している。もはやネタばれがどうとかいうレベルではなく、これを読めばもう映画観なくていいんじゃってくらいの内容。こんなもの書いちゃっていいのかって感じだけど(すでにパブリック・ドメインに入っている作品なんでしょうか)、でもまぁ、どちらもいまとなると誰が知っているんだってレベルの知名度の映画だろうし、こうやってアメリカ文学に名を残す作家の手によりその内容を克明に記してもらえるってのは、それはそれで名誉なことかもと思ったり……。いずれよせよこの二本の映画のあらすじがめっぽうおもしろかった。
 あと、予想外にインパクトがあったのが第一章。周囲とのずれから孤独感にさいなまれたオースター氏の幼少期の記憶の数々は、自分もそれなりに世間からずれた少年だった僕自身の記憶も否応なくゆさぶってくる内容だった。
 まあ、凡庸に生きてきた自分をユダヤ系アメリカ人ゆえの疎外感に深く悩まされたオースター氏と比べるのもおこがましいけど。でもレベルこそ違えど、孤独で悩み多き十代を過ごしたのは僕自身も同じだったから、自らの情けなくも恥ずかしい少年の日々を思い出して、居たたまれない気分になりました。
(Mar. 19, 2021)