2019年1月の本
Index
羊と鋼の森
宮下奈都/文藝春秋/Kindle
天才調律師との偶然の出会いに触発され、みずからもピアノの調律師として生きてゆくことに決めた青年が、まわりの人々の薫陶を受けつつ成長してゆくさまを描いた青春小説。
ピアノという楽器はフェルト(羊の毛)でできたハンマーでスチール(鋼)製の弦をたたいて音を出すのだそうで、北海道の山奥で生まれ育った主人公がそんな楽器を調律するという未知なる世界へと迷い込んでゆく──というのがタイトルの由来。
でもその内容とタイトルから『ピアノの森』を連想するなってのが無理な話だし、その点ややオリジナリティに欠ける印象を受けてしまった。
物語的にも、ピアノとまったく縁のなかった主人公がたまたま調律師の仕事を間近で見たことから、ある日突然、調律師になろうと決心する冒頭や、仕事で出むいたお宅で才能あふれる女子高生の美人双子姉妹のと仲良くなるって展開などには、どうにも書き手の不自然な作為を感じてしまって、いまいち手放しで褒める気になれない。なんで日本の小説だとこういう感じ方をすることが多いのか、われながら不思議。
でもつまらなかったかというとそんなことはなく。ピアノの調律師という職業に関するうんちくの数々にはとても興味深いものがあったし、なんだかんだいって、それなりに楽しく読むことができた。単にあまのじゃくな英米文学オタクの目線からすると、いろいろ無邪気すぎる印象があったというだけの話。
ちなみにこの本を読んでみる気になったのは、本屋大賞を受賞したのを知っていたのに加えて(映画化されていたのは知らなかった)、よくあるパターンでKindleのディスカウントで安く買えたからなのだけれど、あとから聞いたら、うちの子が文庫本を持っていた。しまった、ただで読めたじゃん──。
でもまぁ、では自分の積読を放っておいて、わざわざ娘の本を借りて読むかというと、そこまでの興味はなかったから、まぁよし。読書自体は適度に楽しかった。
(Jan. 05, 2019)
魔術の殺人
アガサ・クリスティー/田村隆一・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle
ミス・マープルが女学生時代の友人の屋敷に滞在して、その家で巻き起こった殺人事件を解決する話。
物語は「あの家でなにかよくないことが起こりそうだから、あなた助けに行ってあげてちょうだい」と別の友人から頼まれたマープルさんが、貧乏して生活に苦しんでいるという口実で、キャリイ・ルイズという旧友のもとに身をよせるところから始まる。でもって、クリスティーお得意のパターンで、全体の三分の一くらいかけて、その家の人間模様をじっくりと描いてゆく。
やがてその家の主人が興奮した精神病患者の青年に書斎に閉じ込められて、拳銃を突きつけられるという事件が起こる。二発の銃弾が発射されるも、弾はそれて被害なし──のはずが、その最中に別の部屋で訪問客のひとりが射殺されていたことがわかる。
密室での騒動の裏で殺人があったって時点で、読者としてはどうしたってその部屋にいたふたりを疑わずにはいられないわけだけれど、でもそのあとキャリイ・ルイズが毒殺されるのではと被害者が心配していたことがわかり、実際に砒素が見つかるにいたって、彼女の夫(密室にいた片方)が愛する妻を殺そうとするはずがないとマープルさんが断言する。
あれ、じゃあ犯人は誰?――と思わされた時点で僕の負け。『魔術の殺人』なんてタイトルなのだから、そこに手品的なトリックがあることが明らかなのに──原題は『They Do It with Mirrors』で、意訳すると「彼らは手品に鏡を使う」──、僕にはそれが見抜けなかった。まぁ、「魔術」というほどのトリックではないので、やや名に偽りありな気がしちゃうけれど。
僕自身はトリックを見抜けなかったのにこんなことをいうのもなんだけど、やはりクリスティーのミステリとしては平均的な印象なので、謎解きうんぬんよりはむしろマープルさんと旧友とのやりとりに漂う同窓会的な温かみがいちばんの読みどころかではないかと思います。
(Jan. 06, 2019)