2018年2月の本
Index
動物農場
ジョージ・オーウェル/高畠文夫・訳/角川文庫/Kindle
人間を追い出して動物たちがみずから農場運営に乗り出してはみたものの、頭脳仕事を一手に引き受ける豚たちにすべてを仕切られて、その他の動物たちは結局人間がいたときと変わらぬ不遇を味わうことになるという不幸な寓話。
いわば史上最悪の豚の話。豚むかつく。
まぁでも中編小説としては文句なしの傑作。
この本にはそのほか三編の短編──象を殺す話と刑務所と病院の話──が収録されている。どれも作者自身の経験を下敷きにしたのが明らかな殺伐とした話ばかりであまり好きにはなれないけれど、とはいえその筆致は見事で、オーウェルという作家のノンフィクション作家としての優れた資質がよくわかる。というか、どちらかというとジョージ・オーウェルという人はそういうノンフィクション的な方向性にこそ強みを持った作家とさえ思える。そういう人が『動物農場』のような優れた寓話を書いたというところに、さらなる価値がある気がする。
あと、この本で驚いたのが、開高健のエッセイを含めた巻末の訳者解説が全体の三割もを占めていること。こんなに読みごたえのある解説はひさしぶりだった。解説がはしょられることが強い電子書籍でこんな風にたっぷりと解説が読めるのはとても貴重。ほんと角川さんはいい仕事をする。
素晴らしい表題作とまったく作風の異なる短編三編、そしてこの解説があることで、ジョージ・オーウェルという作家の入門書にうってつけの一冊ではと思います。
(Feb 04, 2018)
水底の女
レイモンド・チャンドラー/村上春樹・訳/早川書房
村上春樹の翻訳によるレイモンド・チャンドラーの長編小説もこれが最後の一冊。でもまぁ、これまた見事に内容を覚えていなかった。
湖で女性の死体が見つかった時点でミステリとしての仕掛けが見えてしまう点など、出来映えはいまいち──というようなことを春樹氏は書いているけれど、僕は今回この作品、とても楽しく読むことができた。
この作品で個人的にとくに印象的だったのが、マーロウと警察関係者たちとのやりとり。湖のある土地の保安官のジム・パットン、予想外の重要キャラだった悪徳警官デガルモ、ベイ・シティー署のウェバー警部など、そうした主要キャラはもちろん、それ以外のちょい役の制服警官までが、それぞれちゃんと個性をもったキャラクターとしてマーロウとユーモアの効いた会話を交わしてみせている。そうしたディテールの積み重ねがチャンドラーの小説世界に独自の深みを与えているのだと思う。
また、この作品はクライマックスに到る展開──殺人容疑を受けそうになったマーロウが窓から逃げ出して隣の部屋へ侵入するあたりから先──が秀逸だと思った。スカーフの件でマーロウが「え、なにいってんの?」と思わせる発言をして、それがクライマックスへとつながってゆくところ。謎解きミステリとしては駄目かもしれないけれど、ひとつのドラマとして、僕はとてもおもしろいと思った。ラストの西部劇的な対決シーンもいい(まぁあまりにベタといえばベタだけれど)。
なにより駄目男たちの末路に漂う悲哀が余韻となって残る読後感。これこそがハードボイルドの醍醐味でしょう。
村上印のチャンドラー、最後までたっぷりと堪能させてもらった。
(Feb 04, 2018)
写字室の旅
ポール・オースター/柴田元幸・訳/新潮社
このところのポール・オースターの作品はストーリーがしっかした読ませるタイプの作品がつづいていたけれど、この作品はひさしぶりにとっつきづらい。
記憶があやしく名前も不明な主人公の老人(便宜上ミスター・ブランクと呼ばれている)は、監視カメラや盗聴器が仕掛けられた病室らしき部屋に軟禁されている。で、そこに彼と過去になんらかの関係があったらしい女性の看護人や医者、元刑事や弁護士らが訪ねてくる。
主人公はかつてなんらかの権力を持った存在だったらしく、その人たちに過酷な任務を課した過去があるらしい。なんとなく政府関係の諜報機関の人間みたいだけれど、作家のようでもあるし、いまいち釈然としない。このあらゆることの真偽が疑わしい感覚にはカズオ・イシグロの作品に近い感触がある。
でもって、結局この小説はなにひとつ真相が明らかなにならないうちに無限ループに入るような形で終わってしまう。おいおい、いったいこれってなにが書きたかったんだろう?
――という謎は、柴田元幸先生による解説を読んで氷解します。あぁ、これってそういう小説なのかと。オースター・ファンを名乗れるほど彼の作品を読み込んでいない僕には理解できないのが当然って作品だった。
ということで、もう一度オースターの旧作すべてを読みなおしたあとで、あらためて再読したいと思う。──っていったいいつの話になるやら。
(Feb 12, 2018)