2017年10月の本
Index
- 『ゼロヴィル』 スティーヴ・エリクソン
- 『踊る黄金像』 ドナルド・E・ウェストレイク
- 『ヘラクレスの冒険』 アガサ・クリスティー
ゼロヴィル
スティーヴ・エリクソン/柴田元幸・訳/白水社
なにかと難解なイメージのあるスティーヴ・エリクソンの作品にしては、この小説は過去最高に読みやすかった。
あくまでエリクソンだから、意味不明なところがないわけではないけれど、でもメインとなるストーリーが時系列でまっすぐに進むので、道に迷うことなく最後まで楽しく読める。しかも随所に映画に関するネタがたっぷりと仕込まれていて、エリクソン風シネマガイド的な趣もある。エリクソン史上もっともエンターテイメントな作品といっていいと思う。
物語は『陽の当たる場所』という映画の主演のふたり、モンゴメリー・クリフトとエリザベス・テイラー(おそらく単行本の表紙を飾っているふたり)の肖像をスキンヘッドにタトゥーで彫りこんだ異形の奇人、ヴィカーがハリウッドにやってくるところから始まる。
この人は神学校で建築を学んでいたのに、ある日観た前述の映画に魅せられて、映画の世界で生きてゆくべく決心してハリウッドにやってきた──というような話だったと思う(すでに記憶があいまい)。
この作品はそんな風に映画というオブセッションに捉えられた主人公の波乱の半生を、二十世紀の映画史を背景にすえた、もうひとつの裏ハリウッド史とでもいった視点で描いてゆく。その随所随所に映画史上に残る名画や迷画への言及が──「小さい女の子が悪魔に憑かれる話」のような形で──タイトルを伏せたまま、数えきれないくらいにインサートされる。エリクソンがなんの映画について語っているかというクイズを解くような楽しみもこの小説の魅力のひとつだ。
終盤には名画のフィルムに埋め込まれたサブリミナルなひとコマの謎を探求するミステリ的なクライマックスも用意されているし、この物語は本当におもしろかった。
僕はエリクソンの作品ではデビュー作の『彷徨う日々』がいちばん好きで(考えてみればあれも映画の話だった)、その点はいまでもかわらないけれど、単純に本を読む楽しさだけでいえば、この作品がエリクソンでは過去最高かもしれない。
(Oct 09, 2017)
踊る黄金像
ドナルド・E・ウェストレイク/木村仁良・訳/早川書房/Kindle
ひさしぶりに読むウェストレイクの単発もの。南米の美術館から盗み出されてアメリカに持ち込まれたアステカの黄金像が、レプリカに混ざってどれが本物かわからないままちりぢりになってしまったことから巻き起こるドタバタ騒動を描くクライム・コメディ。
この小説はとにかく登場人物が多い。十六体の黄金像を記念品としてもらう人々が十六人。事件の黒幕が四人に、南米での盗難の実行犯が三人。運び屋として雇われてそれを横取りしようと企む小悪党の四人チームに、その話を盗み聞きして争奪戦に加わるセールスマンがひとり。ここまでの主要メンバーだけで計二十八名。それに加えて、さらにその家族や友人、行きずりの警察官やタクシーの運転手、パイロットにスチュワーデス……と、脇役まで数えてゆけば、おそらく総勢は五十人をくだらないだろう。
それだけの人数が登場する群像コメディが、なおさら文体的にもユーモアたっぷりのしつこい語りでもって展開される。なんたって「ニューヨーク・シティーでは、誰もが何かを捜している」という冒頭の一節から、その「誰か」と「何か」に関する具体例が、数ページ──少なくても僕のKindleの設定では数ページ──にわたってつづくのだから、そのくどさは推して知るべし。
とにかくこの作品はそんな風に登場人物の数も、文章の饒舌さも過剰だ。その過剰さをユーモアとして楽しめれば最高の小説だと思うのだけれど、読書力の衰えているいまの僕にはちょっとばかり苦しかった(とくに序盤は)。ようやく楽しく読めるようになったのは、ある程度主要キャラの性格が呑み込めて、なおかつ話が予想外のロマンティック・コメディ色を強めた終盤になってから。
でもまぁ、それでも読後感はなかなかよかったので、ゆったりとした気分で馬鹿話を楽しみたくなったらまた読み返したいと思う。
あ、でもこの電子書籍はひさびさに誤植が多かった。その点はマイナス。もっとちゃんと校正して欲しい。
(Oct 09, 2017)
ヘラクレスの冒険
アガサ・クリスティー/ 田中一江・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle
エルキュール・ポアロの「エルキュール」という名前はギリシャ神話の英雄「ヘラクレス」のフランス語形なのだそうだ。ということで、これはかの神様が十二の難題に挑んだという神話にあやかって、ポアロが自らも十二の事件の謎を解くという趣向の連作短編集。
それぞれの短編は『ネメアのライオン』、『レルネーのヒドラ』、『アルカディアの鹿』……等々、下敷きにしたギリシャ神話のエピソードをそのままタイトルに使用している。そのほとんどが動物絡みだから、そのままじゃ通常のミステリになりにくいからだろうか(安直に解釈すると動物大虐殺みたいな話になりそう)、この短編集にはふつうに殺人が起こってそれを解決するというパターンの作品がまったくない。
ポアロ自身が「ふだんならこの手の依頼はお引き受けしないんですがねぇ」なんていいながら引き受けているように、この本のポアロさんは犬の誘拐事件に、片思いした女性の失踪事件、政治絡みのスキャンダルに麻薬密売の黒幕探し、名画の盗難事件など、これまでにないタイプの事件を次々と手掛けている。
まぁ、一編一編はそれほどの出来映えとも思わないけれど、そういうイレギュラーでバラエティに富んだ事件の数々が集まっているところがこの本の楽しみどころ。人がほとんど殺されなくて、死者はわずか数人ってところもいい。
ポアロがかつて知り合ったロシアの侯爵夫人(自称? 『ビッグ4』に出ているらしい)に入れ込んだりしているのも一興です。
(Oct 25, 2017)