2017年3月の本
Index
- 『ニック・メイソンの第二の人生』 スティーヴ・ハミルトン
- 『騎士団長殺し』 村上春樹
ニック・メイソンの第二の人生
スティーヴ・ハミルトン/越前敏弥・訳/角川文庫/Kindle
『解錠師』のスティーヴ・ハミルトンの最新作。翻訳家の越前敏弥氏のエッセイを読んだときにKindle版を見つけて、安かったから読むことにした。
作品としては、泥棒仲間が犯した殺人の罪を着せられて二十五年の実刑判決を受けた男が、刑務所で出会った黒人ギャングのボスの手管により釈放され、その手先となって働き始めるというクライム・ノヴェル。
『解錠師』と同じようにこの小説でも主人公のニック・メイソンの現在と過去が交互に語られてゆく。彼はなぜ刑務所に入ることになったのか、なぜ釈放されたのか、そして彼を釈放した男は彼になにをさせようとしているのか。序盤からそういう謎がたっぷりと提示されて、興味をかきたて、ページをめくる手を止まらなくさせる(Kindleだからページがないんだけど)。スティーヴ・ハミルトン、構成力が抜群だ。
まぁ、不満があるとすれば、最後まで読んでもなお残ったままの謎がけっこうあること。その辺は続編に期待しろってことでしょうか。僕としてはこれ一作でサクッと終わって欲しかったところなんだけれど。でもまぁ、続編が出たらおそらく読む。
(Mar 04, 2017)
騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編/第2部 遷ろうメタファー編
村上春樹/新潮社
村上春樹という人はいつも個性的かつ魅力的なタイトルをつける人だと思っているので、今回のこの最新長編のタイトルにはかなり意表を突かれた。
だってなんですか、『騎士団長殺し』って。タイトル聞いただけでは、とても村上春樹の作品とは思えない。これがほかの作家の作品だったらば、僕はおそらく読もうとさえ思わない気がする。
世の中にはそれがオペラの『ドン・ジョヴァンニ』に絡んだタイトルだって看破した人もいるようだけれど──だといわれると、なるほど春樹氏っぽいかもと思う──、そちら方面の知識にうとい僕には、いったいどんな小説なのか見当もつかなかった。
でもまぁ、そこのところは作品の冒頭ではやばやと説明されているので、読み始めてすぐに解ける。でもってその先にはいつもどおりの村上ワールドが広がっている。
あちらこちらで言及されているように、この作品では過去の村上作品から繰り返されるモチーフが多い。名前のない主人公とか、その人の傷心ひとり旅だとか、井戸のような謎の穴とか、謎の失踪とか、奇妙な言葉づかいのサブキャラクターとか、エキセントリックな美少女とか、たくさんのセックスとか(今回は窒息プレイとかテレフォン・セックスとか、あまり普通じゃないのも多い)。
そういった作者お気に入りの設定をこれまでになく丁寧に描いて、新たな物語を紡いでみせたという。そういう感触の作品。
かわり映えしないって批判もあるようだけれど、僕はそうは思わない。一人称が「私」だって時点でずいぶんと印象が違うし、ひとつひとつの描写はこれまでになく入念だと思う。村上春樹の小説の特徴のひとつが読みやすさだとするならば、この作品は文体的にボリュームがあって、それほど読みやすくはない気がする。
画家を主人公にして彼の描く絵画が生まれてゆく過程を辿る部分には、作家の創作過程を覗き見るようなおもしろみがあった。村上春樹版ギャツビーと呼んでしかるべきキャラクターが出てくるのも、なにげに重要だろう。
まぁ、さまざまな謎が回収されず宙ぶらりんのまま終わるので(そこもまた村上春樹らしい)、きっちりとした謎解きを期待するミステリ好きな読者には相性が悪そうな気がする。僕にしたってなにがイデアでメタファーなんだか、さっぱりわかっちゃいなかったりするので。
いずれにせよ、僕はこの小説をいつもどおりに──わからないところはわからないままに──とても楽しく読んだ。まぁ、クライマックスでいつになく具体的に異世界を描いたり、そのあとで失踪事件の顛末を描いたくだりには、やや冗長すぎる感があったけれど。クライマックスであるはずのその部分がいささか退屈に感じられてしまったのは、ちょっとばかり弱点かなぁという気がしなくもない。
『ねじまき鳥クロニクル』や『1Q84』と同じように、今回もまた第1部、第2部と銘打ってあるから、当然のごとく第3部があるのかと思っていたけれど、今回はけっこうきっちり話が収束しているので、つづきは書かれないのではないかと思う。第1部と2部でとくに明確に物語が分かれているでもないし、単に『顕れるイデア編』『遷ろうメタファー編』というサブタイトルをつけたかったからこその二部構成なんじゃないかなという気がする。
いずれにせよ、僕は騎士団長、好きでしたよ。もう彼に会えないと思うとちょっとばかりさびしい。
(Mar 26, 2017)