2016年2月の本
Index
- 『職業としての小説家』 村上春樹
- 『天地明察』 冲方丁
- 『殺人は容易だ』 アガサ・クリスティー
- 『ブリジット・ジョーンズの日記』 ヘレン・フィールディング
職業としての小説家
村上春樹/スイッチ・パブリッシング
この本で僕がおもしろいと思ったのは、その表面的な印象と内容がみごとにミスマッチなところ。
表面的なところだけ見ると、この本は意外なことだらけだ。
まずは村上春樹という人がこういう本を出版しようと思ったのが最初の驚き。あまり自己顕示欲が強くなさそうなタイプなので、自分語りのようなものは生涯しないだろうと思っていたから、まさか自身の小説家としてのキャリアやなんやについて、一冊の本を書こうとは思わなかった。
しかもその本のタイトルが『職業としての小説家』とくる。あまりに実務的で、どこかの新書のタイトルみたいだ。これも村上春樹っぽくない。
さらには表紙に肖像写真が使われているのにもびっくり。出版社の意向によるものだそうだけれど、メディアへの露出を嫌う春樹氏がそれを了承したのが意外。しかも撮影したのは、荒木経惟氏だという(まぁ、さすがに世界のアラーキーの仕事で、やたらと渋くカッコよく映ってますが)。
最後に読み始めて、その文章がいつもの春樹氏のエッセイとは違う、講演風の「ですます」調であることにも驚くことになる。
そんな風にこの本の外観は村上春樹を知っている(と思っている僕のような)読者にとっては、意外性に満ちている。
しかし、意外なのはそこまで。
いざ読んでいると、そこに書かれている内容は、これまでの村上春樹のイメージをまったく損なわない。そうそう、春樹さんってこういう感じの人だよねぇって。最初から最後までそう思いながら読み進めることになる。
まぁ、外国の出版社への売り込みの話とか、当然本邦初公開って話もあるにはあるけれど、それにしたって、それ以外があまりに(僕が思っているところの)村上春樹という人の人柄そのままって内容なので、やはり全体的な印象としては、新鮮味は薄い。
作者本人も、みずからの作家業の総まとめみたいなものだから、あえて内容的に重複することも厭わないというようなことを書いているし。おかげで実際にあまり新作を読んだって気がしない。
たとえてみれば、見ず知らずのブロンドの白人美女が、じつは日本生まれの日本人でした、みたいな?
外見的には意外性たっぷりなのに、内容には非常に馴染みがあるという。そんなミスマッチが印象的な一冊。
(Feb 06, 2016)
天地明察
冲方丁/角川文庫(Kindle特別合本版)
何年か前に本屋の店先で『光圀伝』を見かけて、その虎の表紙とコストパフォーマンスの高さに惹かれ──あの厚さで二千円は格安でしょう──今度読んでみようと思ったにもかかわらず、それきりになってしまっていた
どうせ読むならばその『光圀伝』がよかったのだけれど、やはりそっちは普通の書籍で買わないと気がすまないので──でも積読が多すぎて現状では買うに買えない──、Kindleで安く売っていたこの作品を試しに読んでみた。
その内容は、江戸時代初期に日本独自の暦を発明した人物、渋川春海(またの名を安井算哲)の波乱の半生を描いてみせた歴史小説。
なるほど、映画化のみならずコミック化までされているだけあって、これはなかなかおもしろかった。
この作品、主人公の名前が「はるみ」という、あまり時代劇っぽくない名前で──「しゅんかい」と読むこともあるようだけれど、この作品では「はるみ」となっている──、しかもその性格がかなり現代の学生っぽい味つけで描かれていることもあり、歴史ものでありながら、それらしくない軽みがある。そこが魅力のような、欠点のような。でも大ヒットしたのならば、そこに魅力を感じた人が多いんだろう。
とにかくこの小説の主人公・渋川春海は、二十代後半にしてなお、やたらと貫録のない人物として描かれている。囲碁の名家の跡取りとして、なに不自由ない人生を約束されながら、その道に満足できずにいるモラトリアムな青年。ツンデレな武家娘に箒で叩かれそうになったりもしている。そういうところも、いかにも現代風。
そんな彼が幕府の大老や水戸黄門さまに見込まれ、改暦という大事業を仰せつかることになる。はてさて、彼はいかにしてその大任を果たしてみせるのか──というのが、この小説の読みどころ。
やたらと世間知らずで頼りのない青年にみえた春海くんが、二十数年の歳月の果てにようやく大願成就を果たす。しかも最後は、囲碁の棋士ならではの周到なる布石を打って、難しい局面を打開してみせる。
頼りなかった青年が、いつの間にか成長して、天下の朝廷を相手に大胆不敵な勝負を仕掛け、ついには勝利をもぎ取ってみせる。これは歴史小説でありながら、そんな痛快なビルグンドゥス・ロマンでもある。その辺もいかにもマンガ世代の作家だなあと思う。
なんにしろ歴史ものらしからぬ軽快な読み心地が印象的な作品だった。
(Feb 06, 2016)
殺人は容易だ
アガサ・クリスティー/高橋豊・訳/早川書房/クリスティー文庫(Kindle版)
このところクリスティーはずっとポアロものがつづいていたので、ノン・シリーズの作品はじつにひさしぶり。これが意外といい作品だった。タイトルが地味なので、期待していなかった分、大いに楽しめた。
物語は植民地で警察の仕事をしていた主人公が、新生活を始めるべく母国イギリスへと帰国したところから始まる。
彼はたまたま同じ列車に乗り合わせたオールド・ミスのお婆さんから、「私の村には誰にも疑われずに殺人を繰りかえしている連続殺人犯がいる」という話を聞かされる。
そのときは年寄りの勘違いだろうとスルーした彼だけれど、翌日その老婆がひき逃げ事件に巻き込まれて死亡したことを知り、さらには後日、彼女が「つぎの犠牲者になるかもしれない」と心配していた人物の死亡記事を見るにおよんで、ことの重大さに気づく。
かくして本当に事件があるのかを調べるべく、みずから問題の村へと調査へおもむいた彼は、友人のコネを頼って訪ねていった地元の名士の屋敷で、その屋敷の当主と婚約中の美女と出会って恋に落ちることになる。
ということで、クリスティーのノン・シリーズの作品のつねで、この作品も恋愛が事件に絡んで話をややこしく(ある時はスリリングに)している。
そういうところはこれまでと同じなのだけれど、その一方で、人には殺人だとわからないような形で殺人を繰り返す犯人という、遺作の『カーテン』などに通じる、新しい犯人像を描き出しているところがポイント。
さらには小さな田舎町を舞台に、洞察力の鋭いオールド・ミスを活躍させているところには、のちにミス・マープルをシリーズ・キャラとして再登場させるにあたっての伏線のような印象も受ける。
ということで、初期から後期にかけてのクリスティーの作風の変化をつなぐミッシング・リンクのような、なかなか意義深い一編なのではという気がしました。
(Feb 06, 2016)
ブリジット・ジョーンズの日記
ヘレン・フィールディング/亀井よし子・訳/角川文庫(Kindle版)
レニー・ゼルウィガー主演でヒットした同名映画の原作。
どこぞの現代文学百選みたいな企画で名前が上がっているのを見た(気がする)ので、では読んでみようと思ったのでしたが。
これはちょっといまの気分ではなかったかなと。
タイトルの通り「日記」の体裁を取っていることもあり、全編がくだけた口語調で、「文章としての小説」を読む楽しみが薄かった。話も映画とだいたいのところは一緒なので、わりを食ってしまった感もある。
でもまぁ、毎日飲んだ酒の量や吸った煙草の本数、自らの体重などを記録しつづけている──そして年中それらの過剰さを嘆いている──アラサー女子の本音をさらけ出して苦笑を誘う、そういうコメディ作品としては、なかなか個性的で楽しい小説だと思う。売れたのもわかる。
冒頭にかかげた新年の抱負で、一週間の酒の量を十四単位以内(彼女独自の換算方法で、ビール350ミリ缶にすると十四本、つまり一日二缶)に制限しようと誓いながら、元日一日でその量に達してしまうブリジットさんの酒豪家ぶりには苦笑と共感を禁じえません。
(Feb 21, 2016)