2015年4月の本

Index

  1. 『明治波濤歌(山田風太郎明治小説全集九、十)』 山田風太郎
  2. 『悪徳の都』 スティーヴン・ハンター
  3. 『ABC殺人事件』 アガサ・クリスティー
  4. 『ロック・ギタリスト伝説』 萩原健太

明治波濤歌(山田風太郎明治小説全集九、十)

山田風太郎/ちくま文庫

明治波濤歌〈上〉―山田風太郎明治小説全集〈9〉 (ちくま文庫) 明治波濤歌〈下〉―山田風太郎明治小説全集〈10〉 (ちくま文庫)

 明治時代に実在した偉人たちにまつわる架空の裏話を描いてみせた連作中編集。
 一話ごとに別々の話で、それぞれにはこれといった関連性がないので、これを連作と呼ぶのがふさわしいのかどうかわからないけれど、どの話も史実をもとにしつつ、「その事件の裏ではじつはこんなことが起こっていた」というフィクション仕立てになっている点が共通している。
 登場人物は、僕が名前を知っているところでいえば、榎本武揚、南方熊楠、北村透谷、樋口一葉、黒岩涙香、川路利良、川上音二郎と貞奴、野口英世といったところ。漱石や正岡子規がちょっと顔を見せたりもする。
 欧州視察中の初代警視総監・川路利良らが巻き込まれる殺人事件を描く『巴里に雪のふるごとく』にはゴーギャンやヴェルレーヌも出てくる。パリを舞台にクライマックスで剣豪小説のような落ちをつける、そのミスマッチがおもしろい。
 その次の『築地西洋軒』は森鴎外の『舞姫』のモデルとなったドイツ人女性エリスを主役に据えた作品だけれど、そのくせ鴎外の出番はほとんどなく、そのほかこれといった有名人も出てこない。そういう意味ではもっともフィクション度の高い一編。
 この二編や『からゆき草紙』は、ある種のミステリといってもいいと思う。最初の『それからの咸臨丸』は時代劇色が強いし、明治時代を題材にしているところこそ共通しているものの、作風はそんなふうに作品によってまちまちだ(言い換えればバラエティ豊か)。
 個人的にもっとも好きだったのは、樋口一葉を主人公にした『からゆき草紙』と川上音二郎夫妻と野口英世を絡めて描く『横浜オッペケペ』。この二編が物語的にもっともドラマチックでおもしろいと思った。本作のとりを飾る後者では、なにげない脇役だと思っていた人物が、最後の最後に意外な文豪だったことがわかる趣向もいい(その点、背表紙の作品紹介はネタバレで、いかがなものかと思う)。
 なんにしろ、山田風太郎明治小説全集というシリーズ中、その「明治小説」という言葉からイメージする内容にもっともふさわしい一冊(いや二冊)ではないかと思います。
(Apr 05, 2015)

悪徳の都

スティーヴン・ハンター/公手成幸・訳/扶桑社ミステリー(Kindle・全2巻)

悪徳の都(上) (扶桑社BOOKSミステリー) 悪徳の都(下) (扶桑社BOOKSミステリー)

 主人公をボブ・リー・スワガーからその父親、アールに替えての新シリーズ第一弾。
 戦争の英雄として帰国したアールを、伝説のFBI捜査官──というかガンマン――が若手の教育係にスカウトして、不正のはびこるギャンブル都市ホット・スプリングスの粛清に乗り出すという話。
 前シリーズではすでに今は亡き存在であり、不倫によって息子の未来に禍根を残すことになった保安官として回想シーンにのみ登場することもあって、それほどの大物とは思えなかったアールだけれど、この作品はそんな彼の汚名挽回のために書かれたかのよう。
 とにかくこの作品のアール・スワガーはまぎれもないヒーローとして描かれている。戦争中毒的な状態で、一時は酒に溺れたりもするけれど、こと戦闘にかけては無敵の存在。それも単に強いだけではなく、部下に対しては思いやりにあふれ、黒人を人として平等にあつかう、理想的な人格者でもある。ちょっとカッコよすぎる。
 物語はラスベガスを作った実在のギャング、バグジー・シーゲルを脇役に配したりしつつ、アール率いる不正ギャンブル摘発チームの誕生からその末路までを描いてゆく。
 実話ベースのフィクションという点では山田風太郎の明治小説シリーズに通じるものがあるけれど、当然ながら話のダイナミックスさ加減は比較対象外。ことアクションを描かせたら、スワガー親子なみの無敵感のあるスティーヴン・ハンターだった。
 最後に思わぬ活躍を見せる裏切り者の「彼」とは、おそらくこの作者のことだから、シリーズのこのあとの作品でしっかりけりをつけてくれるんでしょう。この作品だけ完結しているにもかかわらず、そんなふうに次回作への伏線が張ってある(ように見える)構成も上手いよなと思う。
(Apr 19, 2015)

ABC殺人事件

アガサ・クリスティー/堀内静子・訳/クリスティー文庫(Kindle)

ABC殺人事件 (クリスティー文庫)

 イニシャルがAの町でイニシャルがAの人が殺され、次はBの町でBの人が……と、タイトルのとおりABCの順番で無差別殺人が行われる―─しかも事件の前には毎回ポアロあてに殺人予告の挑戦状が届く──という、クリスティー作品のなかでも好奇心あおり度では一、二を争う好作品。
 とうぜん僕もこれが再読となるわけだけれど、さすがに読んだのは三十年以上前だから、ABC順に殺人が起こるという大まかな設定以外はなにも覚えていなかった。それこそポアロに挑戦状が届く部分さえ忘れていた。
 ただ、そうはいっても、つづけざまにクリスティーを読んできたことで、すっかりその作風に慣れてしまっているせいだろうか。読みすすめているうちに、それほど時間をかけることなく、ある程度までは話が読めてしまう。ははぁ、この人が犯人だな、動機はこういうことだなと。
 この作品の場合、ヘイスティングの語りでありながら、部分部分でそうではない描写──殺人者と思しき人物の素描──がインサートされるため、それがミスリードになって惑わされた部分はあるものの、でも大概の予想ははずれない。
 なのでミステリならではの驚きという部分ではいまひとつだったけれど、それでも先に書いたとおり、あらかじめ犯人らしい人物を描写してしまう(クリスティーとしては)これまでにない趣向が功を奏していて、これまでのクリスティー作品とはひと味ちがった作品に仕上がっている。いくぶん意外性が損なわれていようとも問題なし。じゅうぶんおもしろかった。
(Apr 19, 2015)

ロック・ギタリスト伝説

萩原健太/アスキー新書(Kindle)

ロック・ギタリスト伝説

 これまたKindleのバーゲンで手に入れた本。さもなければ買わないと思う、こんなすごいタイトルの本。いくら安くたって、健太さんの本でなければ、買おうとは絶対に思わなかった。
 イカ天世代のサザン・ファンゆえ、萩原健太という人に対しては、ロック評論家のなかでは、比較的、親しみを抱いてきた。ロック評論家と聞いて、僕がまず思い出すのは、渋谷陽一、ピーター・バラカン、萩原健太のお三方だけといっていい。
 ──といいつつ、僕は健太さんの本だけは、これまで一冊も読んだことがなかった。ブログや新聞のコラムでの短い文章なら読んだことがあるけれど、評論をまとめて読んだことは、これまでなかった(基本、僕は音楽評論ってほとんど読まないので)。なので、ちょうどいい機会だから──まぁ、タイトルはちょっとなんだけれど──読んでみるかと手にした本なんだけれど……。
 これはちょっとどうなんだと思ってしまった。
 この本の中で健太氏は二十三人のギタリストを紹介している。ジミヘン、クラプトンから始まって、三大ギタリストは当然、リッチー・ブラックモアやブライアン・メイ、サンタナなどメジャーどころから、僕が名前を知らないようなスタジオ・ミュージシャンも取り上げつつ、B.B.キングで終わる。それぞれの経歴をざっと紹介しつつ、その音楽の魅力を(主に技術的な面から)語ってゆく。
 やはりブルース系のギタリストが多い印象だけれど、ポール・マッカートニーやジェイムズ・テイラーがアコースティックで味のあるギターを聴かせるアーティストとして紹介されていたりもする。その人選の幅広さはおもしろいと思う。
 ただ、音楽評論として、もっとも重要な部分──それぞれの音楽の魅力を表現するにあたって、健太氏は平気でギターの技術的な説明をし始める。そこが大いに疑問。
 たとえば、「1弦の9フレットのC#音をホールドして、2弦の12フレットをチョーキングしたC#音とユニゾンさせる」なんて文章が次々と出てくる。ひどいときなんて「2弦10フレット→1弦10フレット→1弦10フレット……」なんてのが、半ページ近くまるまるつづく。そんなこと言われたって、ギターが弾けない人には意味不明でしょう?──というか、ギターを弾く僕にしたって、即座には音のイメージがつかめない。そんなふうな文章で音楽の本当の魅力が伝わるわけがないと思う。
 まぁ、文章で説明した内容があとのページでタブ譜として載っていたりもするので、この本はもしかしたらギター雑誌の連載コラムを一冊にまとめたものなのかもしれない。だとすれば、ちょっとは納得がゆく。とはいえ、そういうギターを弾かない人に対する遠慮のなさ加減はすごく気になった。少なくても、僕自身はあらかじめ読者を限定したような、この手の文章はあまり好きになれない。
 あと、個人的には健太氏が選ぶ名ギタリストにキース・リチャーズが入っていないのも疑問(ストーンズが嫌いなんでしょうか?)。ニューウェーブ以降のギタリストは皆無だし、その辺の趣味の違いを「世代」といって片づけてしまう姿勢に反発をおぼえた部分もなきにしもあらずかなと。
(Apr 29, 2015)