2013年11月の本

Index

  1. 『スクールボーイ閣下』 ジョン・ル・カレ
  2. 『忍法剣士伝』 山田風太郎

スクールボーイ閣下

ジョン・ル・カレ/村上博基・訳/早川書房/Kindle版(全二巻)

スクールボーイ閣下 上 スクールボーイ閣下 下

 『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』のあと、スマイリーらがどうなるかが気になったので、つづけて読むことにしたカーラ三部作の第二弾は、村上春樹も絶賛しているという噂の作品(未確認)。
 タイトルの『スクールボーイ閣下』は、スマイリーが前作で情報を集めて訪ねて歩いた情報源のひとりで、陽気な新聞記者ジェリー・ウェスタビーのニックネーム(貴族の出だから「閣下」なんて敬称がついているけれど、彼自身にはまったく偉そうなところがないので、おそらくアイロニーが込められていると思われる)。前作では脇役のひとりにすぎなかったこの人が、今回は香港を舞台にした情報戦の主役をつとめるという構造に意外性がある。
 まぁ、主役とはいっても、では彼が物語の中心かというと、そんな印象でもなく。いわば、前作のジム・プリドーと同じような存在。終始フィーチャーされているわりには、本編の流れとは関係なさそうな瑣末なエピソードばかりで取り上げられていて、なぜこの人がタイトルになっているのか、半分くらい読んでもなお、いまいちよくわからない。
 とはいえ、仮にもタイトルになるくらいだから、そのままでは終わるはずもない。そのうちなんか、しでかしちゃうんだろうなぁ……と思って読んでいると、最後にあぁ、やっぱりという展開になる。そしてそんな彼の暴走の結末には、なんともいえないやるせない余韻が残る。
 ジョン・ル・カレの作品のおもしろさは、スパイ戦という非情な世界を筆圧高い文体でドライに描きながらも、そのなかで運命を左右される彼のような人たちの哀しみも同時に描いてみせることにあると思う。片方には俗なる権力争いに明け暮れる人たちがいて、もう片方には情に流されて身を滅ぼす男たちがいる。スマイリーはその中間地点に立って、自らの思いは内に秘めたたまま、静かにサーカスの舵を取ってゆく。
 いわば、愛なき世界を舞台に、愛に惑う弱者たちの悲劇を描く作家。――僕にとってのジョン・ル・カレはそんな印象だったりする。そしてスマイリーはおそらく、そんなル・カレの代弁者なんだろう。──ほとんどなにも語らないけれど。
(Nov 06, 2013)

忍法剣士伝

山田風太郎/角川書店/Kindle版

忍法剣士伝 (角川文庫)

 はじめて山田風太郎を電子書籍で読んだ。それもじつにひさしぶりの忍法帖。──とはいっても、この作品、忍法帖としては、ややイレギュラーな印象がある。
 忍法帖というと、奇想天外な忍法を使う忍者たちが集団で戦うというのが基本フォーマットだけれど、この作品には忍者がふたりしか出てこない(しかも片方は特殊な忍法は使えない)。そして戦うのは彼らではなく、歴史に名を残した偉大なる剣豪たちとくる。
 舞台となるのは戦国時代。戦国大名の北畠具教{きたばたけ・とものり}は、信長の侵略から国を守るため、娘の旗姫──はたひめ? ルビがなくて読みがわからない──の婿として、信長の二男を迎え入れることになる。
 ところが姫に横恋慕した忍者の飯綱七郎太という男がその決定を不服として、果心居士の手ほどきで「びしゃるな如来」なる忍術を身につけて、姫にその術をほどこしてしまったから、さあ大変。
 この忍術、かかった女性をひとめ見た男はたちまち激しい独占欲にかられ、ライバルどうし殺し合いを始め、さらにはその女性の十歩以内に近づこうものならば、たちまち射精してしまうという、とてもふざけたもの。
 果たして、この忍術にかかった姫を見初めてしまったのが、北畠家の危急を救わんと身を寄せていた上泉伊勢守や柳生石舟斎ほか、世紀の大剣豪十二人。かくして殿の命により姫をつれて逃避行に出た忍者・木造{きづくり}京馬のあとを追って、姫をわがものにしようとする大剣豪たちどうしの果し合いが繰り広げられることになる。
 要するに、歴史に名だたる剣豪たちが、「姫様を犯したい!」と妄執燃やして、ライバルたちと一戦を交えるという──しかも姫に近づいた人は「うっ」とかいって射精してしまうという──そんなとても馬鹿らしくて不謹慎な話なわけです。真面目な歴史小説や時代劇を愛好している人からしたら、とても認められない禁断のストーリーなんじゃないだろうか。
 こういう話をいけしゃあしゃあと書いてしまう風太郎先生の自由闊達な姿勢に、僕はとても感銘を受ける。忍法帖のバラエティとして、たったひとつの忍法をたねに、世紀の剣豪どうしの架空の対決を次々と実現してみせる着想もすごいと思う。しかも、ある程度まではきちんと史実を下敷きにしているのだから、なおさらのことだ。
 まぁ、忍法帖としての出来映えは平均的だし、好きかと問われると、ちょっと微妙だけれど、それでも作品の着想がなんとも秀逸な、時代小説家としての風太郎の異端者ぶりが存分に発揮された怪作。
(Nov 24, 2013)