2013年2月の本

Index

  1. 『フランケンシュタイン』 メアリー・シェリー
  2. 『春嵐』 ロバート・B・パーカー
  3. 『解錠師』 スティーヴ・ハミルトン
  4. 『華氏451度』 レイ・ブラッドベリ
  5. 『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』 スティーグ・ラーソン

フランケンシュタイン

メアリー・シェリー/森下弓子・訳/東京創元社/Kindle版

フランケンシュタイン (創元推理文庫 (532‐1))

 Kindle版で安く売っていたので、いまさらだけれどこんな本読んでみましたシリーズ第三弾、ゴシック・ホラーの古典中の古典、『フランケンシュタイン』。
 これ、青空文庫版ならば無料で読めるのに、わざわざ有料の創元推理文庫版を買ったのは、青空文庫の味気ない表紙よりもこっちのほうが圧倒的によかったのと、こちらならば解説も読めるだろうと思ったからなのだけれど、残念ながらこの本には解説がついていなかった。
 まぁ、通常の文庫本の半額以下だったので、とくべつ損をしたって気はしないけれど、それでも翻訳もので解説なしってのはめったにないし、東京創元社の公式ページを見るかぎり、通常の文庫版には柴田元幸氏絶賛の解説がついているようなので、このKindle版ではそれが割愛されているのは、なんとも残念だった。僕としては、もうちょっと価格があがってもいいから、ちゃんと解説もつけて欲しかった。
 解説のないこの本にしても、いまんところ表紙のない早川書房の作品にしても、手に取りようがない電子書籍の場合、買ってみるまで、そのことがわからない。そんな電子書籍だからこそ、内容はできるかぎり通常の本と同じであって欲しい。こういう本をみると、電子書籍はまだまだ過渡期だなぁって実感するきょうこのごろ。
 作品そのものに関しては、天才科学者がつくった人造人間の話というだけの知識しか持ち合わせていなかったら、思いがけないサブプロットがこれでもかと盛り込まれていて、びっくりだった。なんたってこれ、北極探検に出かけた若き船長が愛する姉にあてた手紙という形をとった書簡小説なわけで。電子書籍で、中身をペラペラめくって確認したりできないこともあって、もしや間違ってべつの本を読んでいるのではと思ってしまった。
 物語はその船長が意外な場所でフランケンシュタイン博士と知り合いになって、その告白を手紙に書きつづったという形式で、さらにはそのなかにモンスターの告白が含まれるという三重構造になっている。現実問題として考えれば、そんなに入れ子になった手記なんてあり得ないと思うのだけれど、それでも十九世紀にこんな物語を書いていたって時点ですごいので、堅いことはいいっこなし。
 内容的にも、モンスター誕生にまつわる科学的な荒唐無稽さはともかく、彼が人語を解するに至る理由づけがしっかりとなされていることには感心したし、なにより生命誕生という許されざる技により生み出された醜いモンスターの苦悩と、そこから派生的に生み出される悪をとことん描いている点が素晴らしいと思った。さすが後世にその名を残した作品だけのことはある。
(Feb 02, 2013)

春嵐

ロバート・B・パーカー/加賀山卓朗・訳/早川書房

春嵐(ハヤカワ・ノヴェルズ) (スペンサー・シリーズ)

 ロバート・B・パーカーによるスペンサー・シリーズの最終作。
 なんでも、原書では、すでにほかの人があとを引き継いだシリーズ最新作が発表されているようだけれど──アマゾンのレビューを見るかぎり、出来はけっこういいみたいだ──、僕は文体に惹かれてパーカーを読んでいたので、ほかの人の描くスペンサーやホークには、いまいち興味が持てないでいる。
 もしかしたら、今後その跡継ぎ作家──エース・アトキンスという人──のオリジナル作品を読んで、その人のことを好きになったら、読みたくなるかもしれないけれど、そうでもないかぎり、このシリーズの新作を読むのは、これが最後になると思う。
 ということで、これがパーカーによるスペンサー・シリーズの最終作……なのだけれど。
 この作品、この期におよんで、ゆくゆくはスペンサー(かホーク)の後釜となるのではないかと思われる新しいキャラクター、ゼブロン・シックスキルというネイティヴ・アメリカンの若者(通称Z)が準主役として大きくフィーチャーされていることもあり、シリーズのとりを飾るとは思えない若々しい内容になっている。いわば、シリーズでもっとも人気があるという『初秋』のアウトロー版ともいえる内容。生前最後の作品がこれってのがすごい。ある意味、シリーズ作家としてのパーカーの面目躍如たる最終作。
 物語は殺人容疑をかけられた映画俳優に関する捜査を依頼されたスペンサーが、事件の隠ぺいをもくろむ犯罪組織に命を狙われながら、その俳優のボディーガードをつとめていたゼブロンの更生の手助けをするというもの。
 今回はいつものスペンサーによる一人称の文章に加えて、ゼブロンの過去を語る三人称のセクションが合間合間にインサートされている。そうした特例的な扱いに加えて、なんたって原題が『Sixkill』なのだから、このゼブロン・シックスキルというキャラクターが単なる一見さんに終わらず、この先のシリーズにとって重要な存在になるはずだったろうことはあきらかだ。パーカーが計画していたその先の展開を読めないのは、なんとも残念でしかたない。
 残念といえば、今回もホークの出番がないのも、残念きわまりなし。前作でも出てこなかったし、結局ホークは前々作が最後の出演になってしまった。
 この作品では、いつものホークのポジションにゼブロンが収まっているので、おそらくホークとゼブロンの絡みは、次回作以降のお楽しみにとってあったんだと思われる。それが読めずに終わってしまったのは、もう痛恨の極みというしか……。
 まぁ、なにはともあれ、パーカーによるスペンサー・シリーズが読めるのもこれが最後。スペンサーの青年時代を描いた作品が未訳のまま残っているので、それが出版されずに終わるとは考えにくいけれど、とりあえずハードボイルド・ノベルとしてのスペンサー・シリーズは、これにていったん閉幕。わが家にある『ゴッドウルフの行方』は九三年発行のものだから、僕はおよそ二十年近くにわたってこのシリーズに楽しませてもらってきたことになる。うーむ。そう思うと本当に名残惜しい。
 あらためてロバート・B・パーカー氏のご冥福を心からお祈りします。
(Feb 03, 2013)

解錠師

スティーヴ・ハミルトン/越前敏弥・訳/早川書房/Kindle版

解錠師 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 いやぁ、これはよかった。今年度版の『このミス』海外部門第一位というのも納得の出来。あまりによかったので、Kindle版で読んだのを後悔して、結局ポケミス版で買いなおしてしまった(あぁ、無駄づかい)。せっかく買ったのだから、近い将来にもう一度読み返したいと思う。それくらい気に入った。
 この小説はとにかく、語り口が最高によかった。主人公は幼少時代に体験した悲惨な事件のために口がきけなくなった青年マイクル。物語は口のきけない彼が、刑務所で書いた手記という体裁をとっている。話の中ではひとことも口をきかない(きけない)彼が、語りの上では非常に饒舌だというミスマッチがまずいい。
 で、マイクルの告白はふたつの時間軸を交互に繰り返して進む。
 ひとつは少年時代から始まり、孤独な彼がカギを開ける魅力にとり憑かれ、さまざまな状況に流された果てに、やがて金庫破りとしてデビューするまでを描くシーケンス。もうひとつは強盗グループの一員として、若き天才金庫破りとして活躍する彼の日常を描くシーケンス。
 このふたつが──どちらもやたらとおもしろい──交互に語られてゆくことで、物語に見事なドライブ感が生まれている。それぞれに先が気になって、ページをめくる手になおさら拍車がかかる。
 主人公が悪の道に進むのが、欲得ではなく、鍵を開けるという行為に対するプライドや、恋人に対する愛ゆえという点もいい。主人公が基本とても善良なので(ちょっといい子すぎる嫌いはある)、犯罪の話であるにもかかわらず、読んでいて、とても清々{すがすが}しい気分になれる。ミステリとしてだけではなく、青春恋愛小説としても、とても魅力的だし──というか、そういう面もたっぷりとあるがゆえに──、これはもう極上のエンターテイメントだと思う。
 それにしても、こんなおもしろい小説について、この程度のことしか書けない自分にはがっかりだ。
(Feb 09, 2013)

華氏451度

レイ・ブラッドベリ/宇野利泰・訳/早川書房/Kindle版

華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)

 すべての書籍の所有が禁止された近未来を舞台に、本を処分する政府組織の一員である主人公が、自分の仕事と社会のあり方に疑問を持ちはじめたことから、しだいに悲惨な状況に陥ってゆく……というディストピア小説。タイトル『華氏451度』が紙が燃える温度を意味しているというのは有名な話だ。
 これもKindle版が安かったから読むことにした本のひとつで、レイ・ブラッドベリの名前は十代のころから知っているけれど、僕がこの人の本を読むのはこれが初めて。Kindleはいまだに書籍の数が少なすぎるのが最大の欠点だけれど、逆に選択肢が少ないがゆえに、こういう放っておいたらなかなか読む機会のない作家の本を手にとることになるってのは、ある意味いいかもしれないと思っている。
 あと、Kindle の場合、通常書籍だと再販制度のために安くならない書籍も、遠慮なくバーゲン価格で販売していたりするので、おっ、安いと思って、ついつい買ってしまうというのもある。というか、現時点では、これまでにKindleで買った本のほとんどが、そういうディスカウントゆえに選んだものたったりする。
 再販制度って書籍を守るためにあるものだと認識しているのだけれど、その制度のせいで本が高くなって、おかげで手を出しにくくなっているとしたら、本末転倒じゃないかと思ったりもする。いや、それとも再販制度ってのは、本そのものを守るためではなく、それを売る小売店を守るためのものなのかな。その辺は不勉強にして、よくわからない。
 なんにしろ、この本は「本」というものの存在自体が否定された架空の未来を描いた小説なわけだ。昨年末に読んだ『アンドロイドは電子羊の夢を見るか?』にしろ、早川書房がKindle向けに刊行している初期タイトルには、そんなふうに電子書籍を媒体にして、時代の変化を感じさせる作品が多い。やるな、早川さん。
 まぁただ、作品そのものについては、さすがに時代の流れにさらされて、かなり風化している印象を受けた。
 たとえば、この物語の世界では防火技術の進歩により、すでに火事というものが存在せず、それゆえに消防士という職業が存在しない。そのかわり、火を消すのではなく、火をつける、つまり本を焼くことを職業としている焚書官という人たちがいる。
 彼らは「誰それが本を隠し持っている」という通報を受けると、即座に緊急出動するのだけれど、その際に昔の消防士よろしく、二階の部屋からポールをつたって一階へとすべり降りるんだった。そういや、最近見ないけれど、消防士ってそんなことしていたよな~、とか思いながら懐かしい気分になった(いまでもやっているでしょうか?)。
 なんにしろ、未来の政府エージェントがそんなふうに出動するってあたりで、もう時代の古さを感じずにはいられない。
 ──というか、そもそも本を焼くって行為自体が、いまとなるとナンセンスだ。なんたって紙なしで本が読める時代なんだから。
 本をいくら焼いたところで、内容自体を電子データとして、電脳空間のいたるところに瞬時にコピーが作成できてしまうこの時代に、そういう設定の小説を電子書籍端末で読んでいるっていうシチュエーション自体が、すでにずれまくっている。
 そんな時代錯誤な設定がいまいちしっくりこない上に、翻訳にも疑問が残った。
 ミステリ・SF翻訳界の重鎮だった宇野利泰氏の仕事にケチをつけるのもなんだけれど、この本に関しては、かなのひらき方が極端で、もうちょっと漢字をつかった方が読みやすいのに……と思う部分が多々あった。十代の少女が三十代の主人公を「あんた」呼ばわりして、ため口きいているってのも、感覚的によくわからない。
 そんなわけで、内容的にも翻訳的にも、どうかなと思うことが多くて、残念ながら、いまいち楽しみ切れなかった。でも『華氏451度』というタイトルの着想は、それだけでも素晴らしいと思う。
(Feb 16, 2013)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女

スティーグ・ラーソン/ヘレンハルメ美穂、岩澤雅利・訳/早川書房/Kindle版

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女(上・下合本版) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 映画版のビジュアルのイメージから、ダークでエロティックなサスペンス・スリラーを想像していたら、ぜんぜん違った。ヒロイン、リスベットのキャラクター設定をのぞけば、これは極めてまっとうな正統派ミステリだと思う――少なくても序盤の印象は。
 物語の中心となるのは、経済ジャーナリストのミカエル・ブルムクヴィスト――いまだに名前がおぼえられない――が引退した伝説の大企業家からの依頼を受けて、四十年前に起こった失踪事件の謎を追うというもの。
 彼はとある大物実業家のスクープに失敗して、名誉棄損罪の有罪判決をうけたばかり(『ミレニアム』は彼が発行している雑誌のタイトル)。ジャーナリストとしてのキャリアの危機にある彼が、いかにその状況態から抜け出すのか――というのも、この小説のポイントのひとつ。
 さらにここに、タイトルにもなっている「ドラゴン・タトゥーの女」、リスベット・サランデルを追うシーケンスが、もうひとつの伏線として加わる。
 彼女はセキュリティー会社の優秀な調査員で、天才的な能力を持っているにもかかわらず、不幸な生い立ちとあまりに排他的なキャラクターゆえに精神障害者として扱われ、保護観察をうける身となっている。
 おもしろいのは、あきらかに主役のひとりであるはずのリスベットが、序盤はほとんどミカエルと接点がないこと。彼女はミカエルの身辺調査を依頼されるものの、個人的な接触はないまま、やがて彼女個人にふりかかった別の事件(これがとてもひどい)に巻き込まれて、人のことにかまっている場合ではなくなってしまう。
 さて、リスベットとミカエルは、いったいいかなる形でともに事件の謎を追うことになるのか――というのも、読みどころのひとつ。これはそういう、ある種ボーイ・ミーツ・ガール的な興味を抱かせる物語でもあるんだった。ボーイとガールという言葉とは程遠いふたりだから、そういういい方はちょっとナンセンスな気もするけれど。
 あと、意外性があるのは、序盤はいたって穏当な、それこそ古典的ともいえる雰囲気の物語が、リザベットの悲惨な現状や、過去の事件の真相があきらかになる過程で、大きく様相を変えること。途中から、なんでこんな鬼畜の所業な話になっちゃうかな……って感じになる。その辺はいかにも現代的だと思う。
 なんにしろ、この小説はそんなふうに、それぞれに問題を抱えた主人公ふたりの現在に、まったく別の過去の事件をからめた三本立ての物語であり、なおかつその過去の事件も重層的な構造を持っているという、非常に手が込んだ作品なのだった。
 なるほど、世界的ベストセラーとなったのも納得の出来。エンターテイメントとしては、文句なしにおもしろい。
 ただし、内容的には性的虐待など、あと味の悪いテーマを数多く含んでいるので、あまり手放しでお薦めする気になれない――そんな作品。
 まぁ、そういいつつ、つづきが気になって、間髪いれずに第二作を手に取ってしまったのだけれど、そしたらこれが……。
(Feb 20, 2013)