2011年1月の本
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象
レイモンド・カーヴァー/村上春樹・訳/村上春樹翻訳ライブラリー(中央公論新社)
レイモンド・カーヴァーが生前、いちばん最後に描き上げた作品を集めた短編集とのこと。
気がつけばカーヴァーの作品を読むのも一年ぶりだったけれど、ひさしぶりに読んでみて、なんで僕を含めた多くの読者は、こんなどうしようもない話ばかりが詰まった本を喜んで読んでいるんだろうと、ちょっと不思議になってしまった。
だって、収録されている話のほとんどすべてが、離婚やら不倫やらに絡んだ、駄目ダメな男たちの話なんだから。新年の一冊目に読むには、どうにもふさわしくない。もうちょっと前向きな本を読めばよかった。
でも、じゃあこの本がつまらないかというと、決してそんなことはない。たとえば表題作の、母親、兄弟、別れた妻に子供たちと、考えられる近親者すべてから金を無心される主人公の徹底したどん底ぶりには苦笑を禁じ得ない。
救われない男たちの救われない人生を淡々と描いてなお、悲しみのみならず、笑いまで誘うカーヴァーの筆致には、おそらく特別ななにかがある……と思う。ただ、いまの僕にはそれをうまく説明できないけれど。
あと、チェーホフの末期の風景を描いたラストの 『使い走り』、これだけは掛け値なしに素晴らしい。そのほかの作品とは違って、これにだけは駄目男が出てこないし、生前最後にこういう作品を書いていたというのは、その事実自体がとてもよくできた一編の物語のように思える。
(Jan 30, 2011)
汚れた7人
リチャード・スターク/小菅正夫・訳/角川文庫
ドナルド・E・ウェストレイクがリチャード・スターク名義で書きつづけた悪党パーカー・シリーズの長編第七作目。
不本意ながら、僕がこのシリーズを読むのはこれが初めて。ウェイストレイクのファンになって以来、いずれは読みたいと思ってはいたんだけれど、タイミングを逸して読めずにいた。
失敗したなぁと思っているのは、シリーズ第一作の 『悪人パーカー/人狩り』 がメル・ギブソン主演で映画化されたタイミングで再刊がかかったにもかかわらず、読まなかったこと。メル・ギブソンがあまり好きでない僕は、その映画(邦題は 『ペイバック』)のポスターを流用した表紙が気に入らなくて、「表紙が変わるまで待とう」とパスしてしまったんだった。
でも結局、表紙が変わることなどなく、その作品はそのまま絶版。その後、ハヤカワ文庫から刊行された何編かの長編も、第一作を読んでいないものだから、スルー。
結果、僕は悪党パーカーのなんたるかも知らないまま、ウェストレイクの訃報を聞くことになった(それも一年遅れで)。それから慌てて既刊を買いに走るも、時すでに遅し。その時点ではもう、ウェストレイク、スターク名義を問わず、ほとんどの作品が絶版になっていた。唯一手に入った悪党パーカー・シリーズの作品がこれだった。
いざ読んでみた悪党パーカー・シリーズは、予想していたことではあるけれど、ドートマンダーのそれとネガポジの関係にあるような作品だった。同じく強盗小説ながら、その方向性は対照的。やたらと人は死ぬし、ユーモアも控えめだ。僕としてはとぼけたドートマンダー・シリーズのほうが好きだけれど、でもさすがに人気シリーズだけあって、これはこれで読ませる。
すごいなと思ったのは、先行する作品で仕事を失敗したパーカーが、この作品ではすでに整形手術で顔を変えていること(しかもあまり見映えのしないやつに)。主人公が整形で顔を変えたなんてシリーズ、聞いたことがない。その一点をとっても、リチャード・スタークのミステリ作家としての非凡さがよくわかろうってものだ。
あぁ、ちゃんと読めるうちにきちんと他の作品もフォローしておきたかったなぁ。まあ、古本なり原書なりでは入手できるのだろうから、老後の楽しみにでもしよう。
(Jan 30, 2011)