2009年12月の本

Index

  1. 『死は万病を癒す薬』 レジナルド・ヒル
  2. 『旧怪談』 京極夏彦

死は万病を癒す薬

レジナルド・ヒル/松下祥子・訳/ハヤカワ・ミステリ

死は万病を癒す薬(ハヤカワ・ミステリ1830) (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 ダルジール&パスコ-・シリーズの第二十一作は、予想どおりダルジールのリハビリの話。
 前作で爆破テロに巻き込まれ、瀕死の重傷を負ったダルジールが治療のために身をよせた療養地で巻きおこるちょっぴり猟奇的な殺人事件の顛末を、いつもどおりユーモアたっぷりの堂々たる筆致で描いてみせる。
 毎回さまざまな趣向を凝らして楽しませてくれるこのシリーズ、今回はなんでもジェイン・オースティン(またまた登場)の未完の長編、『サンディトン』 を下敷きにしているんだそうだ。そんなこと知らないで読んでも十分に楽しめたけれど、知っていれば楽しさ倍増なのかもしれない。まあ、つい先日まで 『高慢と偏見』 さえ読んだことがなかった男としては、そこまで望むのはないものねだりってもの。
 それにしてもこのシリーズは、ほんと楽しい。読んでいて終始にやにややしっぱなしだった(電車で読んでいるとちょっと恥ずかしいくらいに)。主人公らしからぬ精力絶倫のデブ親父、アンディ・ダルジールはもとより、彼を取り囲むパスコーをはじめとしたサブ・キャラクターのひとりひとりが生き生きとしているところが、なによりいい。推理小説の場合、名探偵を生かすためにまわりは凡庸なキャラばかりになりがちなものだれど、このシリーズはダルジールの部下たちがそれぞれに優秀で、ときにはボスを上回る存在感を発揮する。
 まあ、最終的にはお釈迦さまの{てのひら}の上の孫悟空のように、おいそれと御大は出し抜けないのだけれど、それでも個々の登場人物がしっかりと事件の解決において一役買ってみせる意外性が、このシリーズの魅力のひとつだと思う。要するに優秀なボスのもとには優秀な人材が集まるというわけだ。たんに名探偵が謎解きをしてめでたしめでたし、という紋切り型のスタイルから逸脱した作品が多いのも、そうしたキャラクター造形の豊かさゆえだろう。このシリーズはシリーズ全体を通して長大な群像劇をなしているといった感もさえある。そこがシリーズとしての強みであり、弱みでもある。
 レジナルド・ヒルは現時点で僕がもっとも好きなミステリ作家のひとりだけれど、この人の問題は、そんな風にシリーズ全体としての結びつきが強すぎるので、単品でこれをぜひと、人に薦めにくい点。これだって、僕にとっては無性に楽しかったけれど、前作までを読んでいない人には、なにがそんなにって感じの作品のような気もする。僕が初めてレジナルド・ヒルの作品を読んだのは 『骨と沈黙』 だったけれど、あれだっていまから考えると、十分にその魅力を味わえていなかった気がする。
 なんにしろ、これからシリーズの全作品を読むとなると、それはそれでとても大変だ。そもそも 『骨と沈黙』 以降の作品はどれも長大で、上下二段組の新書サイズで六百ページ前後の大作ばかり。おいそれと薦められるボリュームじゃない。
 ということで、ぜひとも一人でも多くの人に読んで欲しいけれど、でもそれは難しいんだろうなぁと。そう思わずにはいられない英国ミステリ界の大家、レジナルド・ヒルだった。
(Dec 06, 2009)

旧怪談(ふるいかいだん) 耳袋より

京極夏彦/メディアファクトリー

旧(ふるい)怪談―耳袋より (幽ブックス)

 『耳袋』──正式には『耳嚢』──というのは、江戸時代に根岸鎮衛{ねぎしやすもり}という人が知人から聞き集めた奇妙な話の数々を書き記した随筆集だそうで(この本自体は怪談集というわけではないらしい)、それにならって90年代に木原浩勝と中山市朗という人が「また聞きの話を集める」というコンセプトを踏襲して 『新耳袋』 なる怪談集をシリーズ化。で、それにならった京極夏彦が、オリジナルの 『耳袋』 から怪談として通用しそうな話を抜き出し、『新耳袋』のスタイルを踏襲して書き直したというのがこの本。ということで、江戸時代を舞台にしたショートショート風の怪談がずらりと並んでいる。
 帯に「{さむらい}のUさんがお化けを見た!」とあるように、この本の特徴のひとつは、江戸時代の話であるにもかかわらず、語り手の名前をすべて「Uさん」のようにアルファベット表記にしてある点。これはもしかしたら 『新耳袋』 のスタイルを踏襲しているのかもしれないけれど、基本的にショートショートである以上、主題は話自体であって個人ではないのだから、現代人には馴染みのない江戸時代の長たらしい名前をわざわざ書くよりも、アルファベット一文字で済ませた方がすっきりして読みやすくなるし、ミスマッチで味も出るという配慮なのだろう。
 もうひとつの特徴は、帯の「侍」という文字にルビが振ってあるように、かなり丁寧{ていねい}にルビがついていること。また、「なんでこんな言葉に?」って思うような普通の単語にまで注釈がついていたりすることからして、どうやら対象読者は小学生らしい。
 とはいえ、子供向けと馬鹿にするなかれ。大人の僕が読んでも十分に楽しめる内容に仕上がっているのだから、そこはさすが京極夏彦だ。ほんと、最後までまったく退屈せずに、とても楽しく読めた。怪談を読んで楽かったってのも間違っている気がするけれど、でも正直なところ、怪談といいながらも、怖い話よりも笑ってしまう話のほうが多い気がした。その点は、やはり僕が大人だからで、子供が読者ならば、もっとヴィヴィッドに怖がれるのかもしれない。
 もととなった原文も一緒に載っているので、対比して読めるのがまたおもしろい。文芸的な装飾のほとんどない叙述的な原文に対して、現代の読みものとして読者を楽しませるために、作者がいかなる技巧を凝らしてみせたかがよくわかる。京極夏彦という人の作家としての力量を知る上で、とても参考になる一冊だと思う。
 まあ、真冬に怪談ってのも、どんなもんだと思いますが。
(Dec 28, 2009)