2009年12月の本
Index
- 『死は万病を癒す薬』 レジナルド・ヒル
- 『旧怪談』 京極夏彦
死は万病を癒す薬
レジナルド・ヒル/松下祥子・訳/ハヤカワ・ミステリ
ダルジール&パスコ-・シリーズの第二十一作は、予想どおりダルジールのリハビリの話。
前作で爆破テロに巻き込まれ、瀕死の重傷を負ったダルジールが治療のために身をよせた療養地で巻きおこるちょっぴり猟奇的な殺人事件の顛末を、いつもどおりユーモアたっぷりの堂々たる筆致で描いてみせる。
毎回さまざまな趣向を凝らして楽しませてくれるこのシリーズ、今回はなんでもジェイン・オースティン(またまた登場)の未完の長編、『サンディトン』 を下敷きにしているんだそうだ。そんなこと知らないで読んでも十分に楽しめたけれど、知っていれば楽しさ倍増なのかもしれない。まあ、つい先日まで 『高慢と偏見』 さえ読んだことがなかった男としては、そこまで望むのはないものねだりってもの。
それにしてもこのシリーズは、ほんと楽しい。読んでいて終始にやにややしっぱなしだった(電車で読んでいるとちょっと恥ずかしいくらいに)。主人公らしからぬ精力絶倫のデブ親父、アンディ・ダルジールはもとより、彼を取り囲むパスコーをはじめとしたサブ・キャラクターのひとりひとりが生き生きとしているところが、なによりいい。推理小説の場合、名探偵を生かすためにまわりは凡庸なキャラばかりになりがちなものだれど、このシリーズはダルジールの部下たちがそれぞれに優秀で、ときにはボスを上回る存在感を発揮する。
まあ、最終的にはお釈迦さまの
レジナルド・ヒルは現時点で僕がもっとも好きなミステリ作家のひとりだけれど、この人の問題は、そんな風にシリーズ全体としての結びつきが強すぎるので、単品でこれをぜひと、人に薦めにくい点。これだって、僕にとっては無性に楽しかったけれど、前作までを読んでいない人には、なにがそんなにって感じの作品のような気もする。僕が初めてレジナルド・ヒルの作品を読んだのは 『骨と沈黙』 だったけれど、あれだっていまから考えると、十分にその魅力を味わえていなかった気がする。
なんにしろ、これからシリーズの全作品を読むとなると、それはそれでとても大変だ。そもそも 『骨と沈黙』 以降の作品はどれも長大で、上下二段組の新書サイズで六百ページ前後の大作ばかり。おいそれと薦められるボリュームじゃない。
ということで、ぜひとも一人でも多くの人に読んで欲しいけれど、でもそれは難しいんだろうなぁと。そう思わずにはいられない英国ミステリ界の大家、レジナルド・ヒルだった。
(Dec 06, 2009)
旧怪談(ふるいかいだん) 耳袋より
京極夏彦/メディアファクトリー
『耳袋』──正式には『耳嚢』──というのは、江戸時代に
帯に「
もうひとつの特徴は、帯の「侍」という文字にルビが振ってあるように、かなり
とはいえ、子供向けと馬鹿にするなかれ。大人の僕が読んでも十分に楽しめる内容に仕上がっているのだから、そこはさすが京極夏彦だ。ほんと、最後までまったく退屈せずに、とても楽しく読めた。怪談を読んで楽かったってのも間違っている気がするけれど、でも正直なところ、怪談といいながらも、怖い話よりも笑ってしまう話のほうが多い気がした。その点は、やはり僕が大人だからで、子供が読者ならば、もっとヴィヴィッドに怖がれるのかもしれない。
もととなった原文も一緒に載っているので、対比して読めるのがまたおもしろい。文芸的な装飾のほとんどない叙述的な原文に対して、現代の読みものとして読者を楽しませるために、作者がいかなる技巧を凝らしてみせたかがよくわかる。京極夏彦という人の作家としての力量を知る上で、とても参考になる一冊だと思う。
まあ、真冬に怪談ってのも、どんなもんだと思いますが。
(Dec 28, 2009)