2009年9月の本

Index

  1. 『1Q84 BOOK 1, 2』 村上春樹
  2. 『ファイアズ(炎)』 レイモンド・カーヴァー
  3. 『池袋ウエストゲートパーク』 石田衣良
  4. 『アラバマ物語』 ハーパー・リー
  5. 『新宿鮫』 大沢在昌
  6. 『小説 こちら葛飾区亀有公園前派出所』 京極夏彦、他

1Q84 BOOK 1, 2

村上春樹/新潮社(全2巻)

1Q84 BOOK 1 1Q84 BOOK 2

 記録的な大ベストセラーになっているという噂の、村上春樹の五年ぶりの長編小説。
 僕はここ数年、年がら年じゅうこの人の手がけた翻訳作品を読んでいるので、あまりひさしぶりって気がしないのだけれど、言われてみれば、前作 『アフターダーク』 からもう五年も過ぎている。どうにも年をとると時間が過ぎるのが速くていけない。
 なにはともあれ、待望の春樹さんの新作なのだけれども。
 うーん。僕にはこの小説をどう語っていいのかわからない。読み終わってから、かれこれ十日以上になるというのに、それ以来ずっと感想を書きあぐねている。いい加減、この本ばかりに時間を割いてもいられないので、どうにかしないといけないとは思うのだけれど、どうにもこうにも、適当な言葉が出てこない。
 つまらなかったから?
 いや、そうじゃない。この小説は十分おもしろかった。ひさしぶりに本を読んでいて、読み終わるのが惜しいとさえ思った。一ページ、一ページを{いつく}しむように読んだ。
 でも、それでいて僕はこの作品を、あまり高く評価する気になれないでいる。楽しく読ませてもらいはしたけれど、個人的には感心しないところも少なくなかった。結果として、なにかを書こうとすると、ネガティブな言葉が先に出てきてしまう。
 このところの僕は、数日前に飲んだアルコールがいつまでたっても抜けないみたいな感じで、すっかり頭の回転が鈍くなってしまっている。こんな状態で、自分にとってもっとも重要な作家の一千ページを超える労作に対して、つべこべ言いたくない。
 ということで、おそまつながら、この作品に関する感想は保留。まあ、この作品自体、あまりに多くのものごとが宙ぶらりんのままに終わってしまっていて、 『ねじまき鳥クロニクル』 のようにあとから第三部が出る可能性も少なくなさそうなので──だからこそ春樹氏も上・下巻じゃなく、Book 1、2としたのだろうし──、そうなったらばそのときに、あらためてきちんと考えたいと思います。あしからず。
(Sep 12, 2009)

ファイアズ(炎)

レイモンド・カーヴァー/村上春樹・訳/村上春樹翻訳ライブラリー

ファイアズ(炎) (村上春樹翻訳ライブラリー)

 カーヴァーが自らのエッセイ、詩、短篇の中から、絶版になっていた作品を選んでかき集めたという、訳者・村上春樹氏のことばを借りれば「落ち穂拾い的な内容」の作品集。
 短篇の半分は過去に発表された作品のバージョン違いで、(おもしろいんだけれど)あまり新鮮さはなく、詩も抽象的なものが多い印象で、いまの気分にはしっくりこなかった。だからというのもあって、この本に関しては、父親や恩師の思い出や創作に関する考えを語ったエッセイがとくにおもしろかった(春樹氏もエッセイのお手本のようだと絶賛している)。
 僕は年中、映画や本について、それなりの量の文章を書きながら暮らしているけれど、この手の「いかにもやっつけで書きました」みたいな、ろくでもない感想ひとつをとってみても、実はとても苦労して書いている。少なくても、さっと一筆書きのように一回で書きあげた文章なんてひとつもない。どれも何度となく手を入れて、それでも大抵は満足ゆかず、でもいつまでもこんなところでぐずぐずしているわけにはいかないから先へ進もう、いまはこれが精一杯と踏ん切りをつけて、そっとネットにアップしている。後日、なにげなく見直して気に入らなくなり、微妙に手を加えることも少なくない。
 そんなだから、この本のエッセイを読んで、同じ短篇を飽きることなく書きなおし続けたというカーヴァーに、僕はかなり強く共感した。アメリカ文学史に確かな足跡を残しているカーヴァーと、たわいのない映画の感想ばかり書きつらねている僕などを比較するのはおこがましいけれど、それも同じ文章を飽きずに何度もこねくり回す感覚は、僕にはとてもよくわかるのだった。
 まあ、結果として出てくる文章がこれでは仕方がないけれど。
(Sep 13, 2009)

池袋ウエストゲートパーク

石田衣良/文春文庫

池袋ウエストゲートパーク (文春文庫)

 新潮文庫の100冊でひさしぶりに日本人作家の作品を読んだので、その流れでもう少し日本の作品をつづけて読んでみようという気になった。
 そういえば積読のなかに 『こち亀』 の小説版がある。京極夏彦の短篇めあてに買った本だけれど、これには 『新宿鮫』 や 『池袋ウエストゲートパーク』 の番外編が収録されている。それならば先にそれらのオリジナルを読んでおいたほうが、より楽しく読めるだろうと思った。
 ということで、まずはこの 『池袋ウエストゲートパーク』 から。
 なるほど。これは人気があるのがよくわかる。語り口がいきいきとしていて、テンポがいい。この切れのある文体は確かに魅力的だ。不良少年たちの武勇伝という内容にはそれほど共感できないけれど、それでも連作短編というスタイルがその内容にとてもマッチしていて、なかなか楽しく読めた。
 それに、なんたって僕は池袋の周辺をうろちょろしながら人生の大半を生きてきた人間なので、西口公園にだって数え切れないくらい足を運んでいるし──さすがに恥ずかしくてウエストゲートパークだなんて呼べないけれど──、描かれる風景がその固有名詞だけで自然と目の前に浮かぶ分、親しみやすかった。この小説には見慣れた風景をカメラを通して見たときのような新鮮さがある。
 まあ、とはいっても、僕の知っている池袋はこんなに危ないところじゃないんだけれど。この小説を読んで、舞台となる池袋に憧れて、わざわざ足を運んだ人は、西口公園の、公園というより広場と呼んだほうがいいんじゃないかって風情にがっかりしそうな気がする。
(Sep 15, 2009)

アラバマ物語

ハーパー・リー/菊池重三郎・訳/暮しの手帖社

アラバマ物語

 グレゴリー・ペック主演の同名映画の原作。
 作者のハーパー・リーはトルーマン・カポーティの幼馴染みで、この作品に出てくる少年ディルのモデルがカポーティだというのは有名な話らしいので、やっぱり英米文学好きとしては、原作も一度くらい読んでおくべきだろうと思って、ずいぶん前に買った本。そういえばハーパー・リーは映画 『カポーティ』 にも重要なキャラクターのひとりとして登場している。
 それにしても、これくらい原作と映画のイメージがぴったりと重なる作品も珍しい。映画を観たのはもう4年以上前だけれど、印象としては見事にあの映画のまんまだった。さすがに名画との誉れたかい作品だけあって、よくできた映画だったんだなあと、原作を読んで、あらためて映画の出来に感心してしまった(なんだかちょっとまちがっている気がする)。
 映画を観たときにわからなかったことで、小説を読んでああ、と思ったのは、『To Kill A Mockingbird』 という原題の意味。人に害をなさずにただ単に鳴くだけの「マネシツグミを殺すこと」 は罪だというアティカスの説明は、つまり白人に害をなしていない黒人を殺すこともまた罪だという意味なんだなと、ようやく納得がいった。いや、もしかしたら映画の中でも同じ説明があったのに、たんに原題を知らなかった僕が見逃しているだけという気もするけれど。
 ちなみにこの本、日本の本にしては珍しく、表紙にカバーがついていないペーパーバック風の装丁になっている。ただし紙質は向こうのペーパーバックのような軽いものではなく、日本らしい上質紙なので、あまりペーパーバックっぽくない。どちらかというと、昭和レトロな感じ。暮しの手帖社なんて出版社の本を読むのも、僕としては珍しかった。
(Sep 22, 2009)

新宿鮫

大沢在昌/光文社文庫

新宿鮫 (光文社文庫)

 大沢在昌という人はすっかり日本のハードボイルド作家の代表格というイメージになっているし、大好きな京極夏彦と同じ事務所なので、一度は読んでおかないといけないかなと思っていた。
 でもこの人の代表作となると、まずはこの 『新宿鮫』 だ。タイトルからして、なんだか演歌が聞こえてきそうで、どうにも惹かれない。シリーズされているから目立つタイトルだけれど、単品でぽつんと本屋におかれていらた、絶対に手に取ろうだなんて思わない。
 それでも人気作品だしなあと思って読み始めてみれば、物語はいきなり冒頭からゲイばかりが集まるサウナで、太った悪徳警官が若い男を力づくでものにしようとしている場面から始まったりする。なんだかなあ。
 新宿歌舞伎町が主な舞台だとはいえ、その後も出てくるのはヤクザとかクラブのママとかオタクとかばかり(日本にはヤクザの出てこないハードボイルドってないんでしょうか)。主人公である一匹狼の刑事・鮫島は、追っかけていたケイの銃密造犯につかまって、オカマを掘られそうになったりするし……。
 さらに鮫島の恋人、{しょう}がデビュー間近のロック・バンドのボーカリストだという設定で、鮫島が彼女の作詞を手伝ったりするのにも引っかかった。彼がマッチョなだけではなく、優れた感性の持ち主だというのを表現したかったんだと思うけれど、なんとも気恥ずかしくて僕は苦手。時代設定が80年代末ということもあって、晶のファンの男性の部屋に SHOW-YA のポスターが貼ってあったりするのも、どうなんだと思ってしまう。
 要するに、この小説で描かれる風俗のほとんどが、ふだんの僕の趣味や感性からすると、あまりにずれているのだった。物語としてはけっこうおもしろかったし、時間があればつづきを読んでもいいと思うのだけれど、そういう趣味的にずれた部分だけは、どうにもちょっとなあという感じだった。
(Sep 26, 2009)

小説 こちら葛飾区亀有公園前派出所

大沢在昌、石田衣良、今野敏、柴田よしき、京極夏彦、逢坂剛、東野圭吾/集英社

小説 こちら葛飾区亀有公園前派出所

 『こち亀』 の連載三十周年を記念して、日本ミステリ界が誇るベストセラー作家七人が 『こち亀』 をモチーフにして書きおろした短篇小説のアンソロジー。僕は特別こち亀が好きというわけではないのだけれど、京極夏彦が参加していたので、ついつい買ってしまった。さすがに京極堂と両さんが競演するとなると気にかかる。
 参加した七人の作家のうち、今野敏と東野圭吾の二氏をのぞいたあとの人たちの作品は、そんな風にそれぞれの人気シリーズと両さんをなんらかの形で競演させたもの。そう聞くとおもしろそうだけれど、どれも一興という感じで、特別に出来がいいと思うものはなかった。さすがに小説とマンガのキャラを競演させるのは難しいらしい。両さんたちこち亀のキャラは、どの作品でもいまいちマンガとニュアンスが違った。
 そういう意味では、もっともこち亀の味わいに近かったのは、シリーズものではない二人の作品。出来映えの上でも、このふたつがもっともよかった。
 今野敏の作品は、引退して余暇をもてあました警察官が、子供のころ好きだったプラモデル作りに夢中になるという話。さまざまなジャンルのオタクねたに精通している秋元治が、それらを両さんの趣味としてマンガに取り入れている点が、こち亀の長寿をになう重要な一要素だと思うけれど、この短篇はそのうちのひとつである両さんがプラモデルづくりの名人だという設定をとても上手に生かしている。おかげで、こち亀のキャラがまったく出てこないにもかかわらず、こち亀っぽいテイストがあって、とてもよかった。
 もうひとつ、東野圭吾の作品はこの本のなかで唯一、両さんを主役にした純粋なこち亀の小説版。江戸川乱歩賞の賞金一千万円に目がくらんだ両さんが、乱歩賞に打って出るという話で、カネに目がない両さんの強欲さや、目的のためには手段を選ばない人並みはずれたバイタリティーがきちんと活字になっている。しかも文学賞に対する風刺も効いているという。これぞまさしく 『小説こち亀』 という、見事な出来栄えの短篇だった。さすがいま一番売れているミステリ作家。とても感心しました。
 注目の京極夏彦の作品は、大原部長が盆栽関係の稀覯本を探して、中野の古書店(!)を訪ねてゆくというもの。部長はその道すがら、見知らぬ老人と出逢い、自分が若き日に体験したぬらりひょん事件の真相を知らされることになる。話としてはやや強引だけれど、京極ファンとしては、話に中野の古本屋が出てきただけで、思わずにやりとしてしまう。
 それにしても、大原部長が案内役として連れてきた寺井に、古本屋といえばここでしょうといって、いまやオタクの殿堂と化しつつある中野ブロードウェイへ案内される展開は苦笑もの。ほんとに京極堂が中野ブロードウェイに店を構えていたりしたら、興ざめもいいところだ(当然そんなことはありませんので、念のため)。
(Sep 27, 2009)