Coishikawa Scraps / Movies

2026年1月の映画

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  1. ストレンジャー・シングス シーズン5
  2. リコリス・ピザ

ストレンジャー・シングス シーズン5

ザ・ダファー・ブラザーズ制作/ウィノナ・ライダー、デイヴィッド・ハーパー、ミリー・ボビー・ブラウン/2025年/アメリカ/Netflix(全8話)

 海外の配信作品では年末一の話題作って感じだった『ストレンジャー・シングス』の最終シーズン。

 残念ながら今シーズンはシリーズでもっとも出来が悪いと思った。つまらなかったとまではいわないけれど、ひっかかるところが多すぎて、どうにも楽しみ切れなかった。

 このドラマはいたいけな子供たちやふつうの人々が、未知のモンスターに襲われて右往左往しながらも、なんとか事態を切り抜けてゆくスリリングさが魅力だったのに、今回は主要キャラがやたらと暴力的なのがとにかく駄目。

 彼らはホッパーとエルを中心にしたアンダーグラウンドのゲリラ勢力みたいになっていて、ホッパーはアーミーに対して平気で銃を乱射したり、手榴弾を投げつけたりする。ナンシーまでライフルを撃ちまくる展開においては、なんだそりゃだ。人を殺すことに対してなんの躊躇も逡巡もないところに違和感ありまくり。

 終盤でダスティンやスティーヴがランボーみたいな服装をしているので、『ランボー』に代表される八十年代のアクション映画へのオマージュのつもりなのかもしれないけれども、だとしたらちょっとピントがずれすぎではと思う。

 モンスターと戦うのならばともかく、同じ人間どうしで殺しあっちゃ駄目でしょう? 己の信じる正義のためならば他人の命を奪うのもやむなしという発想には、最近のベネズエラ侵攻に通じるアメリカの自分勝手さを感じる。普段ならそれほど気にならなかったのかもしれないけれど、観たのがちょうどその軍事侵攻の直後だったので、なおさら駄目な気がした。

 たかがエンタメ、されどエンタメ。政治と娯楽がともに他人の命を奪うことになんの罪悪感も覚えていないようなアメリカ人の倫理観には疑問しかない。

 このドラマに関しては、新型コロナウィルスや業界のストライキによる中断期間が挟まったために、主演の子供たちが成長してしまったのが最大の痛手だったように思う。

 子供のままだったら、もうちょっと節度のある展開が期待できたかもしれないのに、なまじ大人になってしまっただけに(まぁ、物語の中ではいまだ高校生という設定だけれども)イージーなアクション任せなシナリオになってしまった気がする。

 あと、ラスボスを前作で登場したヴェクナにしてしまったのも個人的には失敗だと思った。もともと人間だったキャラを倒せば世界が救えるという展開にはどうにも説得力がない。最後にそのキャラの首を落として終わりという残虐さについても、なんでそうなるのと思わずにいられなかった。

 最終話では二時間という映画並みの尺をとってクライマックスを描いたあとに、後日談として平和になった世界をたっぷりと見せてくれているけれども、それまでの展開があんまりだったものだから、どうにもハッピーな気分になれない。

 とにかく、アメリカという国が潜在的に持つ暴力性が、エンタメとして悪い形で噴出してしまったような完結編だったと思う。残念。

(Jan. 12, 2026)

リコリス・ピザ

ポール・トーマス・アンダーソン監督/アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン/2021年/アメリカ/Apple TV

リコリス・ピザ

 ハイム三姉妹の末娘、アラナ・ハイムを主演に起用したというので気になっていたポール・トーマス・アンダーソ監督の2021年のアカデミー賞ノミネート作品。最新作の『ワン・バトル・アフター・アナザー』が話題になっているこのタイミングで、遅ればせながらようやく観た。――って、もう五年も前の映画なのか! そりゃびっくり。

 もうひとつ驚いたのは、出ているのがアラナだけではなかったこと。姉のエスティ、ダニエルもそのまま三姉妹の役どころで出ている。しかも役名は三人とも本名と同じ(さすがに苗字はハイムではない)。さらには彼女たちの両親を演じているのも実の親御さんたちだそうで、つまりハイム一家が総出で出演しているのだった。なんだそりゃってキャスティング。

 アラナの相手役を務める主役のクーパー・ホフマンは、いまは亡きフィリップ・シーモア・ホフマンの息子さんだそうで、そういわれると、なるほど父親に似ている。2003年生まれだそうだから、このときまだ十代で、演じているのは十五歳の役だから、まぁ年相応なわけだ。ぽっちゃり体系で、いまいちそうは見えないけれども。彼もこれがデビュー作とのこと。

 対するアラナ(このころはすでに三十歳近い)は二十五歳という設定。

 これはそんな十歳年の離れた年の差カップルの話で、しかも冒頭から男の子が彼女に一目惚れをするという展開――なのですが。

 失礼ながらアラナさん、美人というタイプではないので、その展開に戸惑ってしまった。いったいなぜ彼が彼女を見初めるのか、よくわからない。

 物語的には、典型的な美男・美女を配したほうが納まりがいいのに、あえてそうしていないところがこの映画のポイントなのだと思う。いまの時代ならではの反ルッキズムのたまものなのかもしれない。

 映像はわざと七十年代っぽいテイストで撮ってあるし、使われている音楽もその時代のものだし、全体的に七十年代の青春恋愛映画って作りなのに、主演のふたりの存在がそういう典型からはずれているところに、珍妙な味わいが生まれている――気がしないでもない。『リコリス・ピザ』という意味不明なタイトルも、その辺のずれを象徴しているのかもしれない。

 そもそも、ホフマンはいまいち高校生には見えないだけではなく、彼の演じるゲイリーは、すでに子役として稼いでいて、ウォーターベッドを売ったり、ピンボール店をオープンしたりと、やたらと商売っ気がある、高校生らしからぬ役どころだ。

 対するアラナは年よりも若く見えて、逆に彼女のほうが高校生といっても通りそうな頼りない感じなので、いったいどっちが年上なのか、よくわからない。少なくても十才も歳の差があるようには見えない。そんな物語とキャスティングのミスマッチが変てこりんな味わいを生んでいる。

 脇ではショーン・ペンがウィリアム・ホールデンをモデルにした俳優役を演じていて、そんな彼と親しい映画監督役で、なんとトム・ウェイツも出演している(ふたりとも妙に楽しそう)。さらにはバーブラ・ストライサンドの恋人だったという実在の映画プロデューサー、ジョン・ピーターズ役がブラッドリー・クーパー(いわれないとわからない)。

 主演に映画初出演のふたりを配しながら、脇役にそんな豪華なキャスティングをしてみせたのもこの映画の見どころのひとつかもしれない。

(Jan. 25, 2026)