2016年6月の映画

Index

  1. キック・アス
  2. キック・アス/ジャスティス・フォーエバー
  3. アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン
  4. トイレのピエタ

キック・アス

マシュー・ヴォーン監督/アーロン・ジョンソン、クロエ・グレース・モレッツ、ニコラス・ケイジ/2010年/アメリカ、イギリス/Hulu

キック・アス (字幕版)

 アメコミのスーパーヒーローに憧れた青年が夢を現実にすべく行動を起こしたことから、腕利きのヒットマン父娘の復讐譚に巻き込まれて、大変な目にあうというバイオレンス・アクション・コメディ。
 以前読んだアメコミの原作が血みどろな内容だったので、そのまま実写化したらとんでもない作品になるのではと思っていたけれど、いざ観てみたら、さすがにそこまで血なまぐさい映画ではなくて、ひと安心。まぁ、人はがんがん刺されたり、撃たれたり、殺されたりしているけれど、話自体はスピーティーにさくさく進んでゆくので、それほど引かずに観ていられた。流血シーンもタランティーノの『キル・ビル』などに比べればまだ控えめだ。
 映画としては、オタク青年がへたれヒーローとして活躍するスパイダーマン的なフォーマットの青春物語に、マフィアに人生を狂わされた親子の復讐譚を絡めて、タランティーノ風の過激なバイオレンス・アクションに仕立てた、といった内容。
 幼い少女が平然と人を殺しまくるって展開には心穏やかならぬものがあるし、主人公のラブ・ロマンスも呆れちゃうほどイージーだけれど(ガールフレンド役のリンジー・フォンセカという子はとてもかわいい)、でもまぁ、軸足はコメディーにあるのだろうと思うし、あまり堅苦しいことをいっても野暮かなと。
 単純におもしろかったか、おもしろくなかったかと問われれば、おもしろかったと答えるにやぶさかでない。原作にはもっと鬱屈した痛々しいテイストがあった気がするのだけれど、映画は比較的あっけらかんとコメディーに徹していて、その分だけ気楽に娯楽と割り切って楽しめた。
 それにしても、ヒット・ガール役のクロエ・グレース・モレッツって『ヒューゴの不思議な発明』のヒロインの子だったんすね。映画の作風もキャラも違いすぎて、そう言われなかったらわからない。あと、主役のアーロン・ジョンソン(その後、結婚してアーロン・テイラー=ジョンソンに改姓したそうだ)が最新版『GODZILLA』の主役の人だってのも。この映画ではイケてないオタク青年なのに、じつはイケメン俳優じゃん。ある意味みごとな演技力かもしれない。
(Jun 05, 2016)

キック・アス/ジャスティス・フォーエバー

ジェフ・ワドロウ監督/アーロン・テイラー=ジョンソン、クロエ・グレース・モレッツ、ジム・キャリー/2013年/アメリカ、イギリス/Hulu

キック・アス ジャスティス・フォーエバー (字幕版)

 せっかくだから Hulu(すでに解約済み)で観られるうちにということで続編も観ました。キック・アスと高校生になったヒット・ガールのその後を描いたシリーズ第二弾。
 前作もいちおうは青春映画だったけれど、それは主人公が高校生だからの必然で、映画としてはアクション映画のテイストのほうが強かった。
 それがこの続編ではクロエ・グレース・モレッツがすっかり成長しちゃったこともあって、青春映画色がより強くなっている──というか、ベースはもろ青春映画という作りになっている。
 で、それ自体はべつにいいし、上手くやれば個性的でおもしろい映画になったろうと思うのだけれど(実際に『アメイジング・スパイダーマン』はそういう成功例だと思う)、この映画の場合、そこに無理やりスーパーヒーローどうしのグループ戦を盛り込んだことで、なんともバランスの悪い仕上がりになってしまっている。
 前作のレッドミスト(クリストファー・ミンツ=プラッセ)が、今回は悪に目覚めてマザーファッカーと名乗り、新たに悪の軍団を指揮してキック・アスへの復讐を果たそうとするというのが物語のもうひとつの柱だけれど、個々の悪役のキャラがしょぼい上に(なにかのパロディなんだろうか)、彼らに対する演出が中途半端なコメディー仕立てになってしまっているのが興ざめはなはだしい。
 せっかくジム・キャリーをキャスティングしたにもかかわらず、肝心の彼の役どころ(スーパーヒーロー軍団のまとめ役)にほとんど笑いがないのも大いに疑問。彼とかジョン・レグイザモのようないい俳優を配しているにもかかわらず、彼らベテランの出番は早々に終わってしまうし。おかげでクライマックスのバトルのB級感ったらない。いったいなにを考えているんだろう。
 あと、僕個人がもっとも気に入らなかったのが、前作での主人公の純愛話を反故にするようなシナリオ。
 今作のキック・アスは恋人のケイティを無視して、女性のスーパーヒーロー仲間とファックしていたりする。いくらヒット・ガールのおかげでたくましくなったからって、元オタク青年がかわいい恋人裏切っちゃいかんだろう。お父さんはもうがっかりだよ。
 どうでもいいような笑いとお色気のために主人公にそういう不誠実な行動をとらせてしまうシナリオがこの映画の欠点を象徴しているような気がする。
 個性的な青春映画となり得る題材を、軽薄な演出でスポイルして駄目にしてしまったみたいな。そんな、なんとももったいないB級映画。
(Jun 05, 2016)

アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン

ジョス・ウェドン監督/ロバート・ダウニー・ジュニア、クリス・ヘムズワース、スカーレット・ヨハンソン/2015年/アメリカ/WOWOW録画

アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン (字幕版)

 『アベンジャーズ』のシリーズ第二弾はトニー・スタークが平和維持活動のために作ったはずの人工知能ウルトロンが悪の道に走ってさあ大変……という話。
 この頃のマーベル作品は登場人物がクロスオーバーしすぎている上に、どれも似たような話で、いい加減タイトルごとの違いがよくわからない。演出・話ともに派手すぎて、観ていると疲れるし。でもシリーズだからってんで、新しい話があると、つい観たくなってしまう。なんか、悪いクスリみたいだ。
 この映画で個人的にびっくりだったのが、新登場の超能力者の双子キャラの男のほうが、偶然にもひとつ前に観た『キック・アス』の主役のアーロン・テイラー=ジョンソンなこと(まぁ、そうと知らなかったら気がつかないけど)。そして彼の相方が、2014年版の『GODZILLA』で彼の奥さん役だったエリザベス・オルセンなこと。つまり『GODZILLA』では夫婦だったカップルが、ここでは双子の役を務めているという。なんだかちょっと禁断の匂いがする。
 とにかく、今回はこのふたりの演じる双子の無敵感がすごい。瞬間移動ができる兄に、人の心を操ったり、テレキネシスで物を動かしたりできる妹。なんかもう最強すぎて笑ってしまう。で、なまじすご過ぎるだけに、最後に兄のほうが……って展開には、めちゃくちゃ説得力がない。その部分のシナリオの安直さが、この映画の弱点だと思う。
 まぁ、とはいえ、今作もそれなりにはおもしろかった。スカーレット・ヨハンソン演じるブラック・ウィドウがハルク(マーク・ラファロ)と恋仲になっちゃったり、ホークアイ(ジェレミー・レナー)がふつうの家庭を営んでいて、田舎に奥さんと子供たちがいることが明かされたり。そうした伏線がシリーズとしての重要事項かと。
 あと、トニー・スタークと地球の服を着たソーがバーで肩を並べて酒を飲んでいるときに、「ペッパーとジェーンは?」とか聞かれるシーンには、ファンならにやりとせずにはいられなかろうと思います。
(Jun 05, 2016)

トイレのピエタ

松永大司監督/野田洋次郎、杉咲花/2015年/日本/WOWOW録画

トイレのピエタ

 手塚治虫が末期の病床でつけていた日記で、人生の最後に書き遺した『トイレのピエタ』という作品のアイディアをもとに、映画初出演の野田洋次郎(RADWIMPS)を主演に抜擢して撮影された青春映画。
 尊敬する野田くんの主演作品なので、悪いことは書きたくないんだけれど、僕にはこの映画はとうてい満足できる出来ではなかった。できれば観たくなかったと思ってしまうくらい。
 不満をあげたら切りがない。
 なによりまず初めに欠点だと思うのは、手塚治虫の原案から僕がもっとも大事だと思うスケールの大きさが抜け落ちている点。
 『トイレのピエタ』については、この映画のためにウィキペディアを見て初めて知ったのだけれど、手塚先生の原案は「余命幾ばくもない主人公が病院のトイレに天井画を描き始めたことで世間の注目を浴びる」というようなもので、要するに死に直面した個人の行為が社会的な事件となるところがポイントだと思った。僕はこの原案を読んで、『火の鳥・鳳凰編』に通じる手塚治虫らしいスケール感を感じた。
 それなのに、この映画ではその原案を、ささやかな個人の世界で完結させてしまっている。あまつさえ、手塚先生が日記のなかで作品のテーマだと書き残している「浄化と昇天」という言葉を、主人公のセリフとして直接(しかも唐突に)言わせたりまでして。
 本来作品のテーマなんてものは、描写を重ねることによって間接的に伝えるべきものでしょう? それをそのまんま主人公のセリフにするなんて無粋もいいところだ。僕はそれを表現者としての封じ手だと思っている。この一点をとっても、作り手の表現者としてのレベルを疑わずにいられない。
 たとえ手塚先生の日記にインスパイアされたんだとしても、この内容だったら『トイレのピエタ』のタイトルは避けるべきだったと思う。それなら文句はなかった。この内容であえてその名を使ったのであれば、叩かれて当然。手塚治虫という天才の名前をマーケッティングに使った商業主義のそしりは免れない。
 もうひとつの大きな不満は、登場人物の行動原理のいい加減さ。
 この映画の見せ場のひとつに、夜の学校のプールでヒロインの杉咲花が制服姿のまま泳ぐシーンがある。
 プールでたくさんの金魚とともに女子高生が泳ぐこのシーンを見て、美しいと思う人もいるのかもしれない。でもこの映画の作り手はその美しい絵を撮るために、登場人物にでたらめな行動をとらせている。そこが大いに不満。
 だって、ゆきずりのサラリーマンを脅して金を巻き上げようとしていた女の子だよ? 金には困ってんだよね? そんな子が自腹を切って、何十匹もの金魚を買って、学校のプールに放したりするかぁ?
 そもそもプールには塩素入っているよね? すぐ死ぬよね、金魚。ふーん、どうでもいいんだ、金魚の命なんて……。
 生と死を重要なテーマにした映画でありながら、そんなふうに金魚の命に関しては非常に鈍感──。そんなところにも、この映画を作った人の考えの足りなさが透けて見えてしまっている。それこそプールの底のように。
 とにかく、ゆきずりの人から金をむしり取ろうとしたり、野田くんに「死ねよ!」と罵声を浴びせたりする一方で、認知症の祖母のために献身的につくしたり、プールで服を着たまま金魚と泳いでみせたりするヒロインのキャラクターに、僕はまったく一貫性を見いだせなかった。
 主人公が最後に絵を描くのがなぜトイレなのかも説明できていないし(賃貸アパートのトイレに絵を描いちゃいかんだろう。手塚の原案では、病院のトイレがある種の公共の場所であるがゆえにドラマが生まれると思うのだけれど、自分のアパートのトイレを汚してもなぁ……)、その場面にかぎらず、この映画では登場人物の行動のひとつひとつに「なんでそうふるまうかな?」と思うことが多すぎた。そのたびに引っかかってしまって、物語の世界に入れない。
 演出的には、北野武のフォロアーのような感じだけれど、北野映画のような暴力性やギャグがないものだから(ギャグらしきシーンはあるんだけれど、まったく笑えない)、たんに映画が下手なだけにしか思えない。
 あと、採血とか下痢とか、わざわざ描かなくても……と思うようなシーンをあえて描く姿勢もどうかと思った。ああやってリアリスティックに現実のシビアさや汚さを描いてみせる姿勢と、金魚のシーンに見られる芸術性は、僕にはとてもミスマッチに思えた。わざわざ野田くんにパンツを脱がせるほど価値のあるシーンとも思えないしなぁ。それとも、よーじろーの生尻見れた!ってよろこぶ女の子のファンとかいるんでしょうか? でもそれを狙っているとしたら、あまりに悪趣味だ。そもそもこの映画の作風でそれはあり得ない。
 主演の二人のほかにも、リリー・フランキー、宮沢りえ、大竹しのぶと、俳優陣は豪華で演技も達者だし(まぁ脇には大根だと思う人もいましたが)、これだけキャスティングに恵まれていてこの出来ってのは、もうなにをいわんやだ。
 作り手にいい映画を撮りたいという理想があるのはわかるんだけれど、それがもう空回りしまくっている感じ。好きな名画からいろんなものを借りてきて自分なりの映画を作ろうとしたのに、首尾一貫した視点が維持できなくて破綻してしまったみたいな印象を受けた(きっとゴダールとかも好きなんだろう)。
 そもそも、僕には最後まで主人公のふたりが恋人どうしには見えなかった。この内容にして主役のふたりにどうして恋愛感情が芽生えるのかよくわからないんだから、その時点でもう失敗作というしかないんじゃないだろうか。
 「最後の夏、世界にしがみつくように、恋をした」という映画のキャッチコピーにまったく納得がゆかない。この数年に僕が観たなかでいちばんの凡作。
 ──とはいいつつ。
 最後にかかるRADWIMPSの『ピクニック』、これだけは掛け値なしに素晴らしい。
 このテーマ曲を聴くためだけにあるような2時間だった。
(Jun 19, 2016)