Coishikawa Scraps / Books

2026年6月の本

Index

  1. 『絵本百物語』 京極夏彦・竹原春泉・桃山人
  2. 『観光』 ラッタウット・ラープチャルーンサップ

絵本百物語

京極夏彦・竹原春泉・桃山人/角川文庫

絵本百物語 (角川文庫)

 京極夏彦の最新作は、竹原春泉という画家の妖怪画に、桃山人という人が文を添えた妖怪本の現代語訳版。

 なぜこういう本をいきなり文庫オリジナルで出すことになったんだろう?――と思ったらば、だ。

 なんと、これまるまる一冊が――原書は全五巻みたいだから実質的には一冊ではないのかもしれないけれど――『巷説百物語』のネタ本だったから。

 名に偽りありで、「百物語」をうたいながら、この本で紹介されている妖怪画は四十四しかない。

 対する『巷説百物語』のシリーズを構成しているエピソードは全四十五話。

 最終話は『百物語』だから、つまりそれを除くと同じく四十四。

 そう、つまりその四十四話が、この『絵本百物語』に収録された妖怪――この本の収録順でいえば、白蔵主、飛縁魔、狐者異、塩の長次郎、等々――を、そのままのタイトルで「巷説」として語りなおしたものなのだった。

 まさかそんな統一性があったとは……。

 妖怪好きにとっては自明の理だったのかもしれないけれど、妖怪にうとい一般人としては、まさかそんな仕掛けになっていようとは思いもよらなかった。

 シリーズ全七作でもって、京極夏彦は『絵本百物語』を自家薬籠中の物として、平成・令和の世にあっても楽しめる娯楽作品としてリメイクしてみせた。

 でもって、今回『了巷説百物語』の文庫化により、シリーズの文庫版がすべて出揃ったのにあわせて、その最終巻と一緒にこの『絵本百物語』を刊行することで、シリーズの完結を高らかに宣言してみせた――ということなんでしょう。

 元ネタはすべて使い切りましたよ、もうつづきはありませんよ――と。

 終わってから知ったる、驚嘆すべき名シリーズの大団円。

 いずれこの本の内容をしっかり頭に叩き込んだうえで、シリーズ全部をじっくりと再読したいと思う。

(Jun. 03, 2026)

観光

ラッタウット・ラープチャルーンサップ/古屋美登里/ハヤカワepi文庫

観光 (ハヤカワepi文庫)

 申し訳ないけれど、まったく名前を覚えられる気がしない。

 タイ系アメリカ人作家、ラッタウット・ラープチャルーンサップの短編集。

 アメリカの非白人系作家ということで、『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』のジュノ・ディアスを連想しながら読み始めたら、一話目の『ガイジン』――タイ旅行中のアメリカ人女性とアバンチュールを重ねるハーフのタイ人の青年の話――がまさにそんな印象だったので、同じように奔放な性遍歴を描くタイプの作家かと思ったら、似た感触だったのはそれ一編だけだった。

 そもそもジュノ・ディアスの作品はアメリカに移民してきたドミニカ人が主役で、舞台はアメリカだったけれど、この短編集の舞台はすべてタイだ。そういう意味では表現に向かう立ち位置自体が基本的に違う。

 アメリカ人ではあるんだろうけれど、テーマはタイという国に生きる人々の姿。どの短編も自分と大事な人たち――家族や親友―とのきずなや断絶を、優しい視点で描いてゆく。シビアなテーマを扱いながら、最悪をぎりぎりで回避して、見事に軟着陸させているというか。扱う素材はハードだけれど、仕上がりはソフトだというか。そんな感触の短編がほとんどだった。

 女性観光客との刹那な逢瀬を重ねるハーフの青年。兄の風俗通いについてゆく幼い弟。親のコネで徴兵を回避したことを親友に伝えらない少年。まもなく失明する母親と最後の旅に赴く青年。カンボジア難民の女の子との思い出を汚す少年。タイで結婚した長男に引き取られて母国アメリカを離れた車椅子の老人。闘鶏で負けつづける父親を見守るしかない女の子。

 ――そんな老若男女とりまぜたこの本の登場人物たちの物語は、いざ自分の身に置き換えてみたら、やりきれない話ばかりだ。

 それでいて読後感は思いのほか穏やか。幸せだとはいえないけれど、不幸だと嘆いてばかりいるもの違うよなって。なんとなくそんな捌けた感覚がある。

 描こうと思えば描けるどん底を描かない――もしくは描けない。どちらかは知らない。そこのところにこの作家の文学的な弱さと魅力が併存している気がする。

(Jun. 14, 2026)