2021年9月の本

Index

  1. 『海浜の午後』 アガサ・クリスティー

海浜の午後

アガサ・クリスティー/深町眞理子・浅田実・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

海浜の午後 (クリスティー文庫)

 短めの戯曲三本を収録したクリスティーの戯曲集。
 表題作の『海浜の午後』は海辺に隣りあう三件のコテージの前で日光浴をしてくつろぐ人々のもとへ宝石泥棒を探しに警察がやってくるという設定で、平凡な中年夫婦に、年の離れたカップルと若き間男、母親の尻にしかれるマザコン青年らを配して繰り広げられるコメディ・タッチの犯罪劇。
 ふたつめの『患者』は病院を舞台に、二階から転落して植物状態になった患者をめぐって、それが事故だったのか、殺人未遂だったのかを突き止めようと、医師と警察がタッグを組んで、被害者の家族と関係者にとあるトリックを仕掛けるという話。
 最後の『ねずみたち』は何者かによって主が不在の屋敷に呼び集められた不倫カップルが、過去の犯罪を理由に罠にはめられるという話。正体不明の人物に招待されて複数の男女がひとつの場所に呼び出されて……という展開には、クリスティーの代表作『そして誰もいなくなった』に通じるところがあると思った。あれの骨子だけを抽出して、もっとミニマムでコンパクトな舞台劇にしてみせた感じの小品。
 翻訳は最初の二編が深町眞理子氏で、最後のひとつが浅田実氏。
 どれも名探偵が登場しない、謎解きミステリというよりは苦味のきいたスリラー寄りの一幕劇で、演劇部のちょっとした教材とかに使うにはもってこいではって気がする。
 ということで、クリスティーの戯曲も残すところあと一冊。最後の『アクナーテン』は古代エジプトが舞台らしいから、ふつうの現代ミステリの脚本はこれでおしまい。そう思うとなんとなく名残惜しい。
(Sep. 12, 2021)