2021年8月の本

Index

  1. 『遠巷説百物語』 京極夏彦
  2. 『ローリング・ストーンズ伝説の目撃者たち』 山川健一

遠巷説百物語

京極夏彦/KADOKAWA

遠巷説百物語

 終わったのかと思っていたら十年ぶりにリブートされた『巷説百物語』シリーズ最新作。
 今作は都から「遠く」離れた妖怪ファンの聖地・遠野を舞台に、またもや又市以外のキャラを仕掛け人にして、御当地に伝わる妖怪談の裏話を描いてゆくという趣向。
 狂言回しの役どころをつとめるのは、遠野のお殿様の命を受けて市井の人々のあいだに伝わる噂なんかを集めている宇夫方祥五郎という人物。「御譚調掛{おんはなししらべかかり}」なる非公式の肩書を持つこの善人が、かつて又市の仲間だった長耳の仲蔵と献残屋の柳次――とうぜん僕はどちらも覚えていない――が仕掛けた事件に振り回されることになる。
 収録されているのは全六話。それぞれ冒頭にタイトルのもととなった妖怪の浮世絵が配されている点はこれまでと同じだけれど、今回は遠野という舞台にちなんで、そのあとに「昔、あったずもな」から始まり、「どんどはれ」というフレーズで終わる方言だらけの民話が二、三ページで引用されている。
 導入部となるその章が「譚」というタイトルで、物語の本編となるそれ以降の三章にもそれぞれ「咄」「噺」「話」という題がついている。でもって、これらの漢字すべてに「はなし」とルビが振ってある。これが全話に共通する構造。
 要するに昔話である「譚」から始まり、徐々に漢字をいまふうに改めていって、最後の章で現在でも通用する「話」でもって、事件の種明かしをしてみせるという趣向になっているのだった。たいへん気が効いている。
 もしかして過去の作品もそんなだったっけ?――と思って調べようかと思ったのだけれど、困ったことに我が家の本箱の前はすっかりモノで埋まっていて、旧作が見つけられなかった。仕方ないので、アマゾンで『巷説百物語』の試し読みをしてみたところでは、冒頭の章が「1」からの連番になっていたので、この趣向は今回のオリジナルなんだろう。とても洒落ていてカッコいいなと思った。
 出てくる妖怪は最初の羽黒べったり(要するに女性ののっぺらぼう)こそおばけっぽいけれど、それ以降は大魚に巨鳥、巨大熊など(舞台が山奥ということで?)非現実的な大きさの動物がメイン。事件は藩の役人の汚職絡みのものが多い印象だった。
 最後から二番目の『恙虫{つつがむし}』での、お祭りシーズンに伝染病騒ぎが起こるという展開には、そこはかとなく現在のオリンピックと新型コロナウィルスにまつわる社会の喧騒が反映されている気がした。
 前作からのインターバルの長さや舞台の違い、又市が主人公でないこと(でもいちおう出番はある)などで、今回はとくに前作までの内容を忘れていても特に問題なかったけれど、それでも最後の一話だけは旧作からの流れを踏んでいるので、やはり過去をわきまえて読んだほうが確実に楽しめたんだろうなぁと思う。
 すでにシリーズ完結編となる次回作が連載中とのことなので、それを読む前に旧作をぜんぶ文庫版で読みなおすことにしようかと思っている。
(Aug. 22, 2021)

ローリング・ストーンズ伝説の目撃者たち

山川健一/幻冬舎/Kindle

ローリング・ストーンズ 伝説の目撃者たち

 山川健一氏の作品って高校時代か大学時代に何冊か読んでいるはずなんだけれど、いまとなると内容はもとよりタイトルさえ覚えてない(『パーク・アベニューの孤独』とか……)。僕らよりひとまわり上の世代でいうと、ビートルズ好きの物書きの代表が松村雄策ならば、ストーンズ好きの代表が山川健一――ただ漠然とそんな印象があるばかり。
 でも好きか嫌いかと問われると好きだったはずなので、その人が書いたストーンズのエッセイ集ならば、読んでみようかなと思って――電子書籍が安かったのも手伝って――手にした本なのですが……。
 これはちょっと思っていたのと違う内容だった。ストーンズが大好きな作家が長年にわたって書いてきたエッセイを一冊にまとめたものかと思ったらそうではなく、ストーンズの最新(にして最後?)のオリジナル・アルバムである『A Bigger Band』に感動した山川氏が、そのアルバムに至るまでのストーンズの歴史を駆け足で解説してゆくという書き下ろしの作品だった。要するに山川健一目線によるストーンズの伝記本。
 そういう内容だから、個人的にはちょっと消化不良の感が否めなかった。伝記本として読むにはボリュームが足りないし、そもそも主観や憶測が多くて信憑性に欠ける。かといって熱烈なファンによるラブレターというには、説明的な部分が多くて熱量が不十分。ベテラン小説家の作品にしては文体が砕けていて、文章の魅力で読ませるような調子でもない。ということで、僕にはこの本、いささか中途半端に思えた。
 そもそもストーンズがカッコいいという点には異議がないのだけれど、この本ではその理由をきちんと説明できていないというか、説明されてもすとんと胸に落ちてこないというか……。その辺はストーンズをデビュー当時から同世代として聴いてきた団塊の世代と、二十年遅れでファンになった僕らバブル世代のジェネレーション・ギャップなんでしょうかね。
 なんにしろ、つまらないかったとはいわないけれど、残念ながらいまいちしっくりこなかった。
(Aug. 22, 2021)