2017年7月の本

Index

  1. 『ラヴクラフト全集5』 H・P・ラヴクラフト
  2. 『ホロー荘の殺人』 アガサ・クリスティー
  3. 『いなごの日/クール・ミリオン』 ナサニエル・ウエスト

ラヴクラフト全集5

H・P・ラヴクラフト/大瀧啓裕・訳/東京創元社/Kindle版

ラヴクラフト全集 5

 ひさびさのラヴクラフト全集その五。
 とはいえ今回も読むタイミングを失敗した。この六月は仕事が慌ただしくて、ぜんぜん読書に集中できなかった。
 ラヴクラフトはこういうときに読む作家じゃない。格調高い文体で語られる異形の物語にまったく入り込めず。一ヶ月もかけて読んだので、前半に収録されていた短編はどれもほとんど記憶に残っていない。その後の中編四本はまだなんとか……という感じ。
 中でもっともおもしろかったのは、やはり末尾を飾る『ダニッチの怪』。決着のつけ方はかなり強引だし、ラヴクラフトの代表作と呼ぶのはどうかと思うけれど、ドラマの展開が派手だから、エンタメとして純粋に楽しめる。「目に見えないクトゥルーの巨大モンスターが人々を襲う!」みたいなキャッチコピーをつけて映画化できそうな話。
 あと、訳者は出来がいまちといっているけれど、『死体蘇生者ハーバート・ウェスト』も昔の連続テレビドラマを観ているようなB級感があって、なかなかおもしろかった。ラヴクラフトには珍しい雑誌連載ものだとのことで、各章ごとに過去を振り返る語りがあるところにも、それゆえの味があっていいと思う。
(Jul 02, 2017)

ホロー荘の殺人

アガサ・クリスティー/中村能三・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

ホロー荘の殺人 (クリスティー文庫)

 この作品、クリスティー史上もっとも地味なる秀作ではないかと思う。
 事件が起こるまでに四割がたのページを使っているというのは『ナイルに死す』あたりと同じなのだけれど、あちらのような異国情緒がなく、中心となるのはイギリス旧家の人間模様だけ。しかもいざ殺人事件が起こっても、表面的には夫婦の痴話げんかくらいにしか映らない内容だったりする。たまたま招待されていたポアロが殺人現場に出くわすものの、事件を解決するにあたって、これといった活躍をするでもなく、事件の謎はポアロ介入なくしてあきらかにされてしまう。あっけないことはなはだしい。
 ただ、そういう作品だからこそなのかもしれないけれど、読んでいてもまったくといっていいほど、事件の真相が見えてこなかった。思い返せば、それなりの伏線は張ってあったにもかかわらず、だ。そこがすごい。
 僕はかつてこの作品が日本で、そのころ大好きだった某有名俳優の主役でドラマ化されたのを見た記憶があって(でも話はまったく忘れていた)、おかげでなんとなくこの人が犯人なのでは……と思いながら読んでいたのだけれど、でもだとしたらなぜ? の部分がさっぱり見えなかった。
 これほどまでに地味な話で読者を藪のなかに至らしめる。人間模様をたんねんに描きさえすれば、凝ったトリックなど用意しなくても、十分におもしろいミステリが書けるということのお手本のような作品。あらためてミステリの女王の実力にひれ伏すしかなかろうって話。
(Jul 17, 2017)

いなごの日/クール・ミリオン

ナサニエル・ウエスト/柴田元幸・訳/村上柴田翻訳堂/新潮文庫

いなごの日/クール・ミリオン: ナサニエル・ウエスト傑作選 (新潮文庫)

 柴田元幸氏の新訳による村上柴田翻訳堂のとりを飾る一冊にして、おそらくこのシリーズでもっとも妙な印象の作品。
 僕はナサニエル・ウエストという作家を知らなかった。フィッツジェラルドやヘミングウェイと同時代の人だそうだけれど、その作風はどちらにも似ても似つかない──というか、僕の知っている誰に似ているとも言えない、風変わりな作品を書く人だった。
 『いなごの日』はハリウッドで美術関係の仕事をしている人物を語り手に、彼が片思いしている売れない女優と恋のライバルたちとのいびつな交流を描いてゆく長編。映画業界の裏幕的な人間関係を描いていたと思ったら、最後のほうで思わぬカオティックな展開を見せてびっくりさせる。
 もう一本の長編『クール・ミリオン』は立身出世を願う少年を主人公にしたディケンズ風の物語かと思って読み始めてみれば、次から次へと主人公を悲劇が襲う、とんでもなくパセティックな話。そのころ人気があった大衆小説のパロディなのだと聞くと、ああなるほどとは思うんだけれど、その徹底したブラックユーモアに愕然としてしまう。そもそも『いなごの日』とはまったく作風がちがうのにびっくり。
 その二編に加えて、けっこうくせのある短編が二作収録されている。まったく作風の異なった長編二作が同時収録されているだけでも意外性があるのに、さらに風変わりな短編まで入っているという。この本の構成自体がこのシリーズ内では異彩を放っていると思う。ナサニエル・ウエストという人が個性的だということに異存はないけれど、なんとなく読んでいて困った気分になる一冊だった。
 ま、なんにしろ、これにて村上柴田翻訳堂もひとまず全巻読了。すべてが好きとはいえなかったものの──今回のも含めて──読めてよかったと思う作品ばかりだったので、ぜひとも第二期の実現に期待してます。
(Jul 17, 2017)