2012年10月の本

Index

  1. 『私たちがレイモンド・カーヴァーについて語ること』 サム・ハルパート
  2. 『ライフ』 キース・リチャーズ

私たちがレイモンド・カーヴァーについて語ること

サム・ハルパート/村上春樹・訳/村上春樹翻訳ライブラリー

私たちがレイモンド・カーヴァーについて語ること (村上春樹翻訳ライブラリー)

 村上春樹翻訳ライブラリーの数少ないオリジナル翻訳作品にして、現時点で最後の一冊。レイモンド・カーヴァーの前妻や娘、知人の作家たちへのインタビューをもとに、故人の生涯をたどるメモリアル。
 もともとは一人ひとりのインタビューを順番に並べた普通の体裁のインタビュー集だったものを、改訂の際に、個々のインタビューを時期ごとに細切れにして時系列に並べ直した、いまのスタイルに変更したのだとのことで、なるほど、感覚にテレビのドキュメンタリー番組を見ているような、おもしろいスタイルの本に仕上がっている。
 ただ、映像をともなうテレビ番組なんかとは違い、インタビュイーたち――トバイアス・ウルフやリチャード・フォードといった、アメリカ文学界では有名なのかもしれないけれど、日本ではあまり馴染みがない人たち――のキャラクターがひと目では伝わらないので、それぞれの発言がどの人のものかが、いまいちよくわからない。初登場の際にはちゃんとその人の人となりやカーヴァーとの関係が紹介されているのだけれど、それがきちんと頭に入っていないもんだから、再登場するたびに、あれ、この人ってどういう人だっけ、と思ってばかりいた。話題に上がるカーヴァーの作品についても、すでに内容を覚えていないものばかりだし(記憶力がねぇ……)、残念ながら、僕にはこの本がちゃんと読めたとはいいがたい。まぁ、この本というか、カーヴァーについては、その作品全般において、終始そんな感じだけれど。
 カーヴァーに近しい人たちの証言を集めた本なので、これを読むと、レイモンド・カーヴァーという人は人間的な魅力にあふれ、作家としての巨大な才能を持ち合わせたアメリカ文学界の巨人だと思えてくる。でも、正直なところ、その人の残した全作品を読んだいまなお、僕にはどこがそこまでの高評価を生んでいるのか、いまいちよくわからなかったりする。
 そりゃ僕も、『ささやかだけれど、役にたつこと』とか、『ダンスしないか?』とか、『使い走り』とかは素晴らしいと思う。それでも、二、三行読んだだけで、これは特別な作家だと思ったとか、フィッツジェラルドやサリンジャーと肩を並べるほどすごい作家だと言われてしまうと、そうなの?と首を傾げざるを得ない。嫌いじゃないけれど、特別な愛着もわかない。
 そんな僕はきっとまだまだ文学というものの本質がわかっていないんだろう。そして、この年でいまだわかんないとすると、これはもう一生わからないまんまで終わるのかもしれない。でもいまとなると、まぁそれでもいいやって思う。とくに誰かと文学的資質を競うって歳でもないし。それでも僕は本が好きだから。
(Oct 04, 2012)

ライフ

キース・リチャーズ/棚橋志行・訳/楓書房

ライフ

 ようやく読みました、キース・リチャーズの自伝。
 仕事の変わり目で落ち着かない時期だったので、不覚にも読み終わるまで一ヶ月以上かかってしまったけれど、それでもとてもおもしろく読めた。
 キース・リチャーズといえば、かつてはもっとも早死にしそうな有名人だと言われ、薬物中毒から足を洗うために全身の血液を入れ替えたとか、最近ではバカンス中に椰子の実を取ろうとして木から落っこちて死にかけたとか、ゴシップ・ネタにはこと欠かない人なので(まぁ、本人に言わせると、そのほとんどが嘘か誇張らしいけれど)、その人生を回顧するこの本は、そりゃ退屈しない内容になっている。
 僕はアニタ・パレンバーグという名前さえ知らなかった不勉強なストーンズ・ファンなので、ブライアン・ジョーンズとつきあっていたその女性をキースが奪って、その後の伴侶としたという話も初耳だったし、その手の女性遍歴をあっけらかんと語っていて、スキャンダラスな話題性もたっぷりな本だ。とはいえ、ストーンズ・ファンとして気になるのは、やはりストーンズと音楽にまつわる部分。
 読んでみていちばん意外だったのは、思いのほかブライアン・ジョーンズの存在感が薄いこと。世間的には初期ストーンズのリーダーはブライアンだった、みたいな話もあると思うのだけれど、キースの話からはそんな印象はまったく受けない。まぁ、キースにしてみれば、若いころに死に別れたバンド仲間だけに(しかもアニタとの件で苦い思い出もある)、いまともなると、あまり語ることもないってだけなのかもしれないけれど。
 それよりも驚いたのが、ストーンズの母体となったのは、もともとはイアン・スチュアートのバンドで、そこに年下のミックとキースが加入したところからストーンズが始まったという話。キース自身が、ストーンズを始めたのはイアン・スチュアートだったと言い切っている。それなのになぜ、その人がその後のストーンズの正式メンバーでないかといえば、それはメジャー・デビューのタイミングでメンバーが多すぎることをよく思わないレーベルの意向で切り捨てられてしまったからとのことで(あぁ無情)。それでも腐らず、その後もストーンズをサポートしつづけたイアン・スチュアートって、なんていい人だったんだろうと思う。
 あと、キースについて、やっぱり世に出る人は違うと思わされたのは、デビュー前にミックやブライアンらとブルースのレコードを聴きながら、この音はどうやって出しているんだと探求しながら、来る日も来る日も夢中で過ごしていたというくだり。
 本人も言うとおり、キースって決して上手いギタリストではないと思うのだけれど、それでもそうやってひたすら純粋に音楽に打ち込む姿勢があったからこそ、その後に5弦のオープンGチューニングなんて規格外のプレーを編み出し、世界中から愛されるギター・ヒーローとなり得たんだろう。やっぱ勝者と敗者を分けるのは、夢に向ってどれだけ集中できるか、その集中力の絶対量だろうと思う。かくいう俺の最近の集中力のなさときたら……。
 なにはともあれ、この本には仲間や家族を大事にするキース・リチャーズという人の人となりがよく出ていて、ボリュームたっぷりなこともあり、読み終えるころには、まるで自分がキース・ファミリーの一員になったかのような気分を味わえる。そんなストーンズ・ファンにとっては必読の一冊。うーん、こうなるとミックの自伝も読んでみたくなる。
(Oct 30, 2012)