2007年7月の本

Index

  1. 『ゴズモポリス』 ドン・デリーロ
  2. 『アウト・オブ・サイト』 エルモア・レナード
  3. 『高い窓』 レイモンド・チャンドラー

コズモポリス

ドン・デリーロ/上岡伸雄・訳/新潮社

コズモポリス

 この小説の舞台は、ごく近未来のニューヨーク。インターネットで巨額の富を得て、大統領に影響力を及ぼすほどの存在となった主人公が、オフィス替わりのリムジンで交通渋滞のマンハッタンをのろのろと移動しながら経験する、セックスと暴力に満ちた波乱の一日を描いてゆく、という内容になっている。
 これを読んで僕は、村上龍を思い出した。即物的な悪夢、あるいはリアルな白昼夢とでもいった雰囲気には、かの人に通じるものがあると思った。まあ、村上龍といっても、僕が読んだことがあるのは 『海の向こうで戦争が始まる』 や 『コインロッカー・ベイビーズ』 など、初期の数作だけなのだけれど。
 で、作家としての力量には感銘を受けながらも、村上龍のそうした即物的な作風があまり好きとはいえない僕にとって、このドン・デリーロという人も、やはり苦手なタイプの作家だったりする。
 この人の作品を読むのは、 『アンダーワールド』、 『ボディ・アーティスト』 に続いて、これが三作目なのだけれど、正直なところ、どれをとっても僕には、よくわからない話ばかりだ。現代アメリカ文学界では高い評価を得ているようだけれど、いまの僕にとっては、読むだけ時間の無駄。自分にわからないことがあることを知る上でのみ意味がある、まさに「無知の知」を確認するための作家という感じになってしまっている。
 ちなみにこの本、新刊として購入してから3年ばかりほったらかしにしていて、ようやく読んでみたと思ったらば、いまやすでに絶版状態になっていた。まあ、確かにあまり知名度の高い作家ではないんだろうけれど、それにしても翻訳ものの出版事情はシビアだなあと思う。
(Jul 01, 2007)

アウト・オブ・サイト

エルモア・レナード/高見浩・訳/角川文庫

アウト・オブ・サイト (角川文庫)

 エルモア・レナードはずっと読んでみたいと思いながらも、なぜだかこれまで一度も読む機会が作れないでいた作家だった。今回、ようやく手にしたこの作品は、スティーヴン・ソダーバーグが監督した同名映画の原作。その映画の出来がとてもよかったので、小説のほうもさぞやおもしろいんだろうと思って、選んでみたのだけれど……。
 これはちょっと選択を誤った。小説としての出来をうんぬんするには、あまりに映画が原作に忠実すぎる。主人公の相棒が白人であることと、結末のひとひねりを除くと、そのほか、あらゆるシーンが、ものの見事に映画のまんまという印象。あまりの齟齬のなさにびっくりするくらいの内容で、ジョージ・クルーニーとジェニファー・ロペスの顔をイメージしないで読むのは難しかった。
 ここまで映画の印象を引きずってしまうと、小説としての出来のよしあしを判断するのはちょっと無理だ。なまじ映画の出来が非常にいいだけに、あとから読んだ小説のほうが、分が悪くなってしまう。それはちょっと不公平だろうと思う。どうせ映画の原作を選ぶんだったら、 『ジャッキー・ブラウン』 の原作だという 『ラム・パンチ』 を選べばよかったかなと思ったりした。あの映画の内容は、いまやほとんど忘れかけているので。
 まあ、なんにしろ、角川文庫に入っているエルモア・レナードの作品は、どれも装丁が好みなので、もう何冊かは読んでみようと思っている。
(Jul 01, 2007)

高い窓

レイモンド・チャンドラー/清水俊二・訳/ハヤカワ・ミステリ文庫

高い窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 フィリップ・マーロウものの長編第三作にあたるこの作品は、翻訳としては、村上春樹訳の 『ロング・グッドバイ』 を除けば、チャンドラーの全長編の中で、もっとも新しいものとなる。──まあ、新しいといっても八十八年の刊行だから、かれこれ二十年も前の作品なのだけれど。
 なんでも翻訳家の清水俊二さんが最後に手がけた作品なのだそうで、残念ながらご本人が訳し終わる前にお亡くなりになってしまったため、同じ映画字幕翻訳家として後輩筋にあたる戸田奈津子さんが、あとを引き継いで完成させたとのこと。
 戸田さんが巻末に寄せた短めのあとがきによると、清水氏は食道癌で入院していた病院のベッドで、最後の最後までこの作品の翻訳にたずさわっていたという。なんたって、未完に終わった原稿用紙の最後の文字が、「彼」という文字の行人偏だけだというんだからすさまじい。本当に余命が許す限り、最後の力が尽きるぎりぎりまで、仕事をしていたのだろう。年がら年中、二日酔いで文章が書けないと嘆いてばかりいる僕にとっては、頭が下がったきり、二度と上がらなくなるような話だった。
 そんな先達の壮絶な努力の成果として残されたこの作品、小説としてはいたってオーソドックスなスタイルのハードボイルドに仕上がっている。マーロウが喘息持ちでワイン浸りの未亡人から、家宝の稀少コインを持ち逃げした不肖の嫁を探し出して欲しいと依頼され、出向いた先々で、死体や美女や警察やギャングと出っくわすというもの。
 医者から「理想的な尼僧になっていた娘」と評される、哀れなヒロイン(?)のマール・デイビスは、これまでに登場した美女たちとは違って、まるでヒロインらしからぬところがマーロウとミスマッチで、なかなか新鮮だった。地味ながらもまとまった謎解きシーンがあったりするのにも、ちょっぴり意表をつかれた。
 僕はこの小説、けっこう好きだ。
(Jul 18, 2007)