2020年7月の映画

Index

  1. ジョーカー
  2. ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア シーズン6
  3. マン・オブ・スティール
  4. バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生

ジョーカー

トッド・フィリップス監督/ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ/2019年/アメリカ/Netflix

ジョーカー(字幕版)

 『バットマン』シリーズを代表する悪役(最近はスーパーヴィランと呼ぶらしい)ジョーカーの誕生秘話を描くスピンオフ映画。
 アカデミー賞の最優秀作品賞の候補になっただけあって、これはすごかった。アメコミをベースにしていながら、マンガ的な軽妙さはゼロ。不幸な生い立ちのひとりの精神障害者が、いかにして時代を代表する悪のシンボルとなるをシリアスなタッチで描いてゆく。
 主人公が憧れるテレビ番組の司会者役でロバート・デ・ニーロが出ているけれど(知らなかったから驚いた)、この映画には彼の若いころの代表作である『タクシードライバー』や『キング・オブ・コメディ』に通じるところがある(あとで調べたら、それらの作品を意識して脚本を書いたらしい)。それゆえにデ・ニーロの起用は見事なはまり役だと思った。ぐっときた。
 スコセッシがマーベル作品をして「あれは映画じゃない」といったという話があるけれど、そのマーベルと双璧をなすDCコミックス出自のこの作品が、そんなスコセッシの名作への素晴らしいオマージュとなっていることに、なんとなく皮肉なものを感じてしまった。
 それにしても、ジョーカーといえば『ダーク・ナイト』でのヒース・レジャーのいかれっぷりがあまりに強烈だったから、この先あれを超えるのは至難のわざだろうと思っていたけれど、ここでのホアキン・フェニックスはまったく違う性格のキャラを演じることで、先達の壁を超えてみせた。ヒース・レジャーとはまた違った意味でホアキン・フェニックスのジョーカーも素晴らしい。彼の演技には彼が悪の道に進むのは至極当然だって思わせる説得力がある。
 でも、逆にいうとそこがこの映画の弱点かなという気もする。社会的弱者であるジョーカーが罪を犯すことでその境遇から解放されるというこの映画のカタルシス。それはアンチ・キリスト教的な悪の肯定として良識ある人たちの神経を逆なでするような気がする。
 いまだ『パラサイト 半地下の家族』を観ていないから、あの映画がこの作品よりもオスカーにふさわしいかは判断できないけれど、でもたとえ『パラサイト』がなかったとしても、この映画はオスカーには選ばれなかったのでは……という気がした。こんな映画に賞をあげてはいけないって思う人たちが一定数いそうな気がする。いま現在のアメリカ社会の問題をあぶりだしたような不穏な傑作。
 しかしまあ、これの監督が『ハング・オーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』と同じ人だってのにはびっくりだよ。
(Jul. 12, 2020)

ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア シーズン6

デヴィッド・チェイス総指揮/ジェームズ・ガンドルフィーニ/2007年/アメリカ/Amazon Prime Video

ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア シーズン6 (字幕版)

 ずっと長いこと懸案になっていた『ザ・ソプラノズ』の最終シーズンをいまさらになってようやく観た。
 ひとつ前のシーズン5を観たのが2007年のことだから、じつに十三年ぶり。いつかは観るつもりだったから、安いうちにと廉価版のDVDボックスも買ってあったのに、気がつけば時代はすでにオンデマンドが主流。結局これもDVDではなく、アマゾン・プライムで観てしまった。買ったDVDは封を切ることなく終わるんだろう。あぁ、無駄遣い。
 それだけ長い時間が過ぎているから――主演のジェームズ・ガンドルフィーニがこの世を去ってひさしい――さすがに前シーズンまでの細かいところはほとんど覚えていなかったけれど、でも意外と問題なし。長すぎるインターバルが嘘のように普通に楽しめてしまった。まぁ、楽しいというには問題のある内容だけど。
 この最終シーズンでは一話目で突発的な重大事件がまき起こる。最初からいきなりこの衝撃的展開はすごい。でもその反動でその後しばらくは物語が停滞気味になってしまうのがこまったところ。
 ようやくドラマが本来のリズムを取り戻すのは最初の五話くらいが過ぎてから。そのあとはああそうだここはこんな世界だったという展開がつづいてゆく。最終シーズンといっているけれど、なぜだか途中に一年のインターバルがあるので、実質的には二シーズン分のボリュームがあり、前半と後半でいささか雰囲気がことなる。
 今回のシーズンで印象的なのはブルックリンの組織との抗争、ヴィト(この人のことはぜんぜん覚えていなかった)のカミングアウト、成長したトニーの息子AJの恋愛話や就職難(?)など。クリスが映画で一旗揚げようとする流れから、『ガンジー』のベン・キングズレーが自身の役でカメオ出演しているのも見どころかもしれない。
 最後はブルックリンとの抗争が最終局面に入って、シリーズの中心人物がばたばたと倒れてゆき、最終話での思わせぶりなラストシーンに至る。結末は視聴者が好きなように考えろと。そういう終わり方をしている。放送当時はさぞや賛否がわかれたことだろう。僕はいいとも悪いともいえない。まぁ、エヴァほどひどくはないと思う。
 そういや、ファースト・シーズンからずっとつづいてきたトニーと精神科医のメルフィ先生との対話も、結局なんらかの成果を残すでもなく唐突に打ち切られ、それっきりになってしまった。なんて不毛なんだ……。
 でもまぁ、トニー・ソプラノの悪行の数々を考えれば、みずから彼と縁を切ったメルフィ先生やAJの恋人(黒人かラテン系かわからないけれど、とてもかわいい)が正しいのは間違いなし。現実的な見方をすれば絶対に。
 最後まで観終わって思ったこと――これくらい自分本位な人ばかりのドラマって珍しいんじゃないでしょうか。登場人物の誰ひとりとして共感できない。でもそれぞれの自分勝手さにブレがないから、思わず笑わずにはいられないという。これは徹頭徹尾そういうコメディだった気がする。
 いまは亡きジェームズ・ガンドルフィーニと、彼が演じるトニー・ソプラノにかかわったせいで非業な死を遂げた方々のご冥福をお祈りします。
(Jul. 29, 2020)

マン・オブ・スティール

ザック・スナイダー監督/ヘンリー・カヴィル、エイミー・アダムス/2013年/アメリカ/Amazon Prime Video

マン・オブ・スティール(字幕版)

 『ウォッチメン』の監督ザック・スナイダーによる『スーパーマン』のリメイク版。
 DCエスクテンデッド・ユニバースというシリーズの第一作目で、それにつづく第二弾の『バットマン vs スーパーマン』に興味があったので、先にこれを観ておくことにした。
 この映画、まずはキャスティングが豪華で驚いた。
 スーパーマンことクラーク・ケントを演じる主演のヘンリー・カヴァルこそマイナーだけれど、クリプトン人であるその父親がラッセル・クロウ、地球での養父母がケヴィン・コスナーにダイアン・レイン、のちに恋人となる新聞記者のロイス・レイン役がエイミー・アダムスで、その上司がローレンス・フィッシュバーン、敵の将軍がマイケル・シャノンと、まわりを囲む俳優陣にオスカー受賞者を含む主演級がずらり。この内容でこの豪華さはいささか無駄なのでは……と思ってしまった。
 でもまぁ、『スーパーマン』ってクリストファー・リーヴが主演を務めた1978年の実写版でも今回のラッセル・クロウの役どころをマーロン・ブランドが演じていたり、敵役でジーン・ハックマンが出演していたそうなので、キャスティングの豪華さはある種の伝統なのかもしれない。
 この映画でもうひとつ驚いたのが、その破壊シーンの過剰さ。スーパーマンと敵との戦闘シーンでマンハッタンが遠慮なく破壊されまくる。その模様はまるでゴジラのようなモンスター映画か大災害映画のよう。そこまで破壊しちゃうのはどうなんだって思わずにいられなかった。宇宙人であるスーパーマンの戦いに巻き込まれて過剰な被害が出る展開には、なんとなくいたたまれない気分になってしまった。
 ザック・スナイダーによる演出もところどころ不親切でわかりにくいし――赤ん坊のまま地球に送り込まれたスーパーマンが次のシーンでいきなり成人していたり、突然北極の宇宙船に登場したりと、説明不足でとまどってしまうようなシーンがあちこちにある――無駄に豪華なキャスティングと過剰な被害ばかりが印象的な、これってどうなんだって思ってしまうようなスーパーヒーロー映画だった。
(Jul. 29, 2020)

バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生

ザック・スナイダー監督/ベン・アフレック、ヘンリー・カヴィル/2016年/アメリカ/Amazon Prime Video

バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生(字幕版)

 新バットマンにベン・アフレックを配して『マン・オブ・スティール』のつづきを描くDCエクステンデッド・ユニバースのシリーズ第二弾。監督もひきつづきザック・スナイダーが務めている。
 この映画は過去のバットマン映画でも繰り返し描かれた――それこそつい先日『ジョーカー』でも観たばかりの――ブルース・ウェインの両親が射殺されるエピソードから幕を開ける。そしてブルースが地下の洞窟に転落して、コウモリの群れに襲われるという、バットマン誕生秘話ともいうべき象徴的なシーンも描かれる。
 ここまでは、まあよし。正統的なバットマン映画を踏襲しているのだろうし、原作に対するリスペクトが感じられて好感が持てた。
 でもそのあとの展開がいろいろ問題。バットマンがスーパーマンと敵対関係になるにいたる展開が説明不足だし、なによりバットマンのキャラクター設定がいまいちしっくりこない。そもそも洞窟でブルース少年が浮かび上がるシーンの超常性がどういう意味なんだかわからない。この映画のバットマンは特殊スーツを着た大富豪ではなく、ある種の超人なの? それともあれは単なる幻想シーン?
 バットマンは『マン・オブ・スティール』のクライマックス――この映画でバットマンの視点から再現されているのはよかった――でスーパーマンの戦闘でマンハッタン(ここではメトロポリスという都市らしい)が甚大な被害を負ったことに憤慨して、「こんなやつにゴッサムの運命を任せてられない!」と義憤を感じたらしいのだけれど、その後の彼の行動の善悪があまりに不明瞭で、いい人なんだか悪い人なんだかがよくわからない。スーパーマンとの直接対決シーンも毒ガスなんか使っちゃって、なんかズルしているアンフェア感がすごい。
 『マン・オブ・スティール』同様にスーパーマンの戦闘シーンの天変地異感がはんぱないので、そんな天災レベルの超人を相手に常人のバットマンが互角に戦うという展開に説得力があるはずがない。だからこそ冒頭のシーンでバットマンを一種の超人っぽく描いてみせたとか? でもまったく成功していないから。できるかぎり五分の戦いに持ち込むためにあの緑のガスでスーパーマンを弱らせたりしてみせたのだろうけれど、あれってバットマンの弱さと卑怯さを際立たせただけにしか思えない。
 ジェシー・アイゼンバーグ演じるレックス・ルーサー――スーパーマンのライバルとして、バットマンにとってのジョーカー的な立ち位置のキャラらしく、1978年の『スーパーマン』実写版でジーン・ハックマンが演じているのがこの人とのこと――がふたりの対決に割って入る奇人の大富豪役として、エキセントリックな演技を見せているけれど、彼が定番のヴィランだって知らない僕らにとっては、なんなのこの人って感じで、彼が物語に絡んでくる理由もよくわからない(宇宙人の宇宙船が指紋認証なのもすごい)。そして哀れを誘うスーパーマンの末路……。なんでこの内容で最後があんなにお涙頂戴なんだ。
 ほんと、原作を知らない僕らのような観客にとっては、いったいなんなのこれって映画だった。マーベルの作品が原作を知らなくても普通に楽しめるのと大違い。DCコミックスはマーベルに大きく水をあけられていやしないだろうか。
 終盤になって唐突に正体をあらわして超絶的な強さを見せるワンダーウーマンとか、なぜにそんなに強いんだって気になったから、彼女が主役の続編にも興味がなくはないんだけれど、でも最初の二作がこの出来だと、このシリーズはもういいかなぁって気がしてしまう。
 ベン・アフレックはバットマン役としては過去でいちばん好きだったし、ジェシー・アイゼンバーグの演技もそれ自体はよかったので、この映画全体の出来栄えはほんと残念だった。
(Jul. 29, 2020)