2019年1月の映画
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スリー・ビルボード
マーティン・マクドナー監督/フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル/2017年/アメリカ/WOWOW録画
これは傑作。娘を殺された母親が、犯人がいつまでたっても捕まらないことに業を煮やして、郊外の広告看板に警察署長を責める広告を打って出たことから巻き起こる騒動をていねいに描いてゆく。
この映画はとにかく人物の描き方がばつぐんに上手い。
こういう設定だとウディ・ハレルソン演じる警察署長が悪役になりがちだけれど、ここでは人望の厚い、とてもまともな人物として描かれている。しかもガンをわずらっていて、余命幾ばくもないという設定で同情心をあおりつつ。
逆に主人公のフランシス・マクドーマンドが、けっこう問題ありな人物だったりする。娘の死を引きずるのも、深い愛情ゆえというよりは罪悪感のなせる業のようだし。怒りのあまり火炎瓶投げちゃうにいたっては、単なる犯罪者だ。
もうひとりの重要キャラがサム・ロックウェル演じる悪徳警官で、この人は短気で切れやすいレイシストで、序盤は単なる嫌なやつとしか思えない。そんな彼がまさか終盤になってあんな活躍をしてみせようとは……。
その三人を中心に、脇役たちのひとりひとりまでがきちんと、それぞれ長所と短所を兼ね備えた人物として描かれる。単なる善人だとか、悪人だとかって、ひとことで割り切れるほど、人間って単純じゃないよねって。そんな視点のもとで織りなされる人間模様は、ひとことでは表現できない複雑な模様を描き出す。
全体的にギスギスした空気の漂ういびつな物語なんだけれど、そのなかに時折ふと、なにげない優しさがすっと差し伸べられる瞬間がある。その感触が素晴らしい。
新年一発目からとてもいい映画が観られてよかった。
(Jan. 06, 2019)
シェイプ・オブ・ウォーター
ギレルモ・デル・トロ監督/サリー・ホーキンス、マイケル・シャノン、ダグ・ジョーンズ/2017年/アメリカ/WOWOW録画
政府の研究機関みたいなところで働く口の不自由な掃除婦の女性が、捕獲されて連れてこられた半魚人──英語だと「Amphibian Man」だから両生類男?──と恋に落ちるという話。
なにゆえこれが『スリー・ビルボード』を押しのけてアカデミー賞を取ってしまったのか、よくわからない。確かに個性的な映画ではあるけれど、単純に映画としての出来映えでは『スリー・ビルボード』に及ばなくないですか?
僕個人がいまいちぴんとこなかったのは、サリー・ホーキンス(ウディ・アレンの『ブルー・ジャスミン』でケイト・ブランシェットの妹役だった人)演じる主人公がどうして半魚人を好きになっちゃうか、わからないからだと思う。半魚人、異形すぎて、どこがいいかわからない。友達にはなれるかもしれないけれど、恋人にするのは無理。共感ポイントゼロ。
あと、この映画にはそのビンテージ感たっぷりの映像美をわざと壊そうとしているようなところがある。特にセクシャルな場面──女主人公がバスタブで自慰をするシーンとか、マイケル・シャノン(ほんとこの人は嫌な役ばっかりね)のセックス・シーンとか。あんな露骨なシーンを入れなければ、もっと格調の高い、洒落た映画になっただろうに。
でも、おそらくギレルモ・デル・トロはそういう映画にはしたくはなかったに違いない。そういうところに表現者として一本筋の通った反骨心を感じる。まさかこれでオスカー取れちゃうとか、本人も思っていなかったんじゃなかろうか。
クラシックな映像美とねじれた恋愛観を持った異形のモンスター映画として、はからずもオスカーを射落としてしまったという点では画期的な作品かもしれない。
(Jan. 07, 2019)
スプリングスティーン・オン・ブロードウィイ
トム・ジムニー監督/ブルース・スプリングスティーン/2018年/アメリカ/Netflix
ブルース・スプリングスティーンがブロードウェイで行った自伝的なアコースティック・ショーの模様を収録したドキュメンタリー音楽フィルム。
基本的にはライブ・コンサートの内容をそのまま録画しただけの作品だから、音楽の映像作品としで取り上げようかとも思ったのだけれど、ネットフリックスが独占配信している作品でパッケージ化されていないし(同じ内容がCDではリリースされている)、もともとブロードウェイの劇場を借り切って行った、一年以上にわたるロングランの公演だというので、普通のコンサートよりも舞台寄りってことで映画の扱いにしておく。
ステージの内容はスプリングスティーンが幼少期から現在に至るまでの半生を語りつつ、その思い出に絡んだ自らの曲をアコギとピアノの弾き語りで聴かせるというもの。
途中で奥様のパティ・スキャルファが二曲に参加しているけれど、それ以外は基本的にひとりきりでひたすら語りつつ、歌っている。映像の演出とかはなく、あるのはただトークと歌のみ。脚本があるかどうか知らないけれど、毎晩同じ話をしてたんでしょうかね? いずれにせよ、この内容を二時間半ぶっ通しで、しかも一年以上にわたって毎晩のようにやっていたってのがすごい。
おもしろいのは、その語りの部分の内容がとても詩的なこと。
スプリングスティーンというと労働者階級の代表のようなイメージがあるけれど、このステージで語っているように、本人は一度もまともな職についたことがないそうで──週五日働くのなんて今回が初めてだって発言が笑いを誘う──兵役もずるして逃れてしていたりするし、いわゆる一般的な労働者のイメージからはかけ離れたパーソナリティの持ち主だ。本人も「そんなやつが知りもしない労働者のことを歌ってるんだから、ひどい話だ」みたいな感じで苦笑している。
それだからというわけでもないんだろうけれど、ボスの語る思い出話は具体的な出来事を語るよりもむしろ、その当時の空気や景色を再現することに力を注いでいる感がある。いわゆる老人の思い出話というのとはレベルが違う。その語り自体がひとつの作品と呼べそうな芸術性がある。この人ってどれだけ朴訥として見えても、やっぱり確固たるひとりの芸術家なんだなぁと思った。
演奏されている曲の中で個人的にいちばんぐっときたのは『ダンシング・イン・ザ・ダーク』。オリジナル版も大好きだけれど、あちらはいまいちシンセの音が好きになれなかったので、その装飾を剥ぎ取ったここでのアコースティック・バージョンはとても渋くてカッコいい。あと、オリジナルの高揚感をバサっとそぎ落として激渋ブルース・バージョンとなった『ボーン・イン・ザ・USA』もすごい。
しかしまぁ、この公演の興行内容がすさまじいです。Wikipediaによると、2017年10月3日(わが家の記念日!)にこけら落としがあって、そこから翌年末に千秋楽を迎えるまで計236公演。その合計収益が113百万ドルというから、日本円にして123億円になる。ひえー。
ひとりで一ヶ月に十億円近くを稼ぐ男──。
やはりブルース・スプリングスティーンは労働者階級からは程遠かった。
(Jan. 27, 2019)
バード・ボックス
スサンネ・ビア監督/サンドラ・ブロック、トレヴァンテ・ローズ、ジョン・マルコヴィッチ/2018年/アメリカ/Netflix
もう一本、つづけてネットフリックスのオリジナル作品。サンドラ・ブロックが主演で、サントラがナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナー&アティカス・ロスだってんで観ることにしたホラー映画──いや、もしくはテレビ版だから二時間ドラマと呼ぶべきなのかな。ネット配信の時代の映画の定義がいまいちよくわかりません。ま、観た感じはまったくの映画だった。
内容はほとんどの人が死に絶えた世界で、幼い子供ふたりを抱えたサンドラ・ブロックが謎の目的地へたどり着くべく、目隠しをしたままボートで河を下ってゆくというもの。そのシーケンスと平行して、どうして世界が滅びたのか、なぜ彼女たちは目隠しをしないといけないのか、その理由が六年前の回顧シーンとして描かれてゆく。
目隠しをしたまま河を下ったり、森の中をさまよったり──しかも子供連れで──そんなことできるかいっ! って感じだし、世界が滅びたあと、どうやって人々が生活しているのかも説明不足で、あれこれ説得力を欠くきらいはあるのだけれど、でも全編にわたって緊張感に満ちていて、なかなか見応えがあった。スティーヴン・キングっぽくておもしろかったです。
競演の黒人俳優トレヴァンテ・ローズ(『ムーンライト』で売り出した人らしい)も好印象だし、ジョン・マルコヴィッチが出ていたりもして、キャスティングも魅力的。こういう映画が配信サイトのオリジナル作品として観られちゃうんだから、そりゃ時代も変わるよなぁと思う。
(Jan. 27, 2019)