2022年10月の本

Index

  1. 『あんときのRADWIMPS:人生 出会い編』 渡辺雅敏
  2. 『ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック』 ピーター・バラカン
  3. 『ピーター・バラカン音楽日記』 ピーター・バラカン

あんときのRADWIMPS:人生 出会い編

渡辺雅敏/小学館

あんときのRADWIMPS:人生 出会い編

 前の『甘美なる来世へ』があまりに手強かったので、さくっと読める本が読みたくて選んだRADWIMPSのバンド・ヒストリー本の第一弾。この本を読み終えて一週間もしないうちに第二弾の刊行が発表された。なんてタイミングがいいんだ。
 この本は、筆者の渡辺雅敏という人が、レコード会社でのラッドの初代宣伝担当者だというのが肝だ。バンドの伝記本は数あれど、レコード会社のいち社員の目を通じてデビューからブレイクまでの裏舞台をつまびらかに活写してみせた本って珍しいのではないかと思う。
 理想のバンドを手がけたいと新人バンドを探していた渡辺氏がRADWIMPSという稀有なインディーズ・バンドと出逢い、競合他社との争奪戦を制して契約をとりつけ、無事メジャー・デビューを果たしてから三枚目の『アルトコロニーの定理』をリリースするまでの流れが、バンドに極めて近い――それでいて当事者ではない――関係者の視点から描かれていく。その視点が僕にはとても新鮮で刺激的だった。
 まぁ、僕はファンだから楽しめて当然かもしれないけれど、この本ってラッドを知らない人が読んでも十分におもしろいんじゃないかと思う。そんなことないのかな。
 いやしかし、野田洋次郎がかつて『ラリルレ論』で語っていた思い出話と、ここで渡辺氏が語るラッドの歴史は相当に印象が違う。書き手の視点が変わるだけで、ここまで印象が変わるのかと。僕にはそこがいちばん興味深かった。
 まぁ、洋次郎がツアーのあいまに、思いついたことをつれずれに綴ったエッセイ集と、はじめからバンドの歴史を語る目的で第三者によって書かれた文章では、イメージが違っていてあたりまえなのかもしれないけれど、それにしてもなぁ……ってくらいに違うのが、洋次郎のお父さんの印象。
 洋次郎が愛憎あいなかばさせながら(どちらかというと「憎」を激しく発しつつ)語っていた傲慢で暴力的な父親像が嘘のように、この本で渡辺さんの目を通して描かれる洋次郎のお父さんは魅力的だ。そりゃもうびっくりするほどに。
 びっくりしたといえば、うちの奥さんに「いまラッドのレコード会社の人が書いた本を読んでいるんだけどさ」とか話しかけたら、即座に「山口さん?」という返事が返ってきたのにもびっくりした。
 渡辺氏の同僚としてこの本にも名前が出てくるラッドのディレクターの山口一樹という人は、なんとうちの奥さんの社会人時代の先輩の従弟なんだそうだ。
 つまり僕の妻の知人の親戚の仕事仲間が野田洋次郎ということになる。
 知りあいの知りあいを六人たどれば世界中のすべての人にたどり着くというような話があるけれど、もしかしたら本当なのかもしれない。
(Oct. 24, 2022)

ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック

若月義人・構成・文/レコードコレクターズ増刊/ミュージック・マガジン

ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック: Once Upon A Time In England... (光文社知恵の森文庫)

 ひとつ前のラッドの本が気持ちよくあっさりと読み終わったので、たまにはこういう読みやすい本をまとめて読んで積読を減らすのもありかもと思って、つづけて手近なところにあったピーター・バラカン氏のこの本を選んでみたのだけれど――。
 あいにくこれはあまり読みやすくなかった。
 べつに内容が難しいわけではないのだけれど、取り上げられているアーティストの半分以上に馴染みがないので――まぁ、基本的にはメジャーなアーティストばかりだけれど、六十年代のロックってそれほど広く聴いてきていないので――それほど盛り上がれず。『レコード・コレクターズ』誌に掲載されたコラムをまとめたものだから、先が気になって読む手が止まらない、なんてことにもならないし、結局断続的にだらだらと読むことになり、読み終えるのに半月かかってしまった。
 この本はバラカンさんが若いころに母国で聴いてきた音楽を当時の思い出とともに語ったもので、僕が読んだのは刊行されたころに買ったソフトカバー版(ムック?)だけれど、そちらはとうの昔に絶版になっていて、いまは文庫版が出ている。
 取り上げられているのは主に六十年代前半から七十年代の中頃まで。バラカンさんの子供のころの思い出話から始まって、仕事で日本へ渡ることになるまでを、当時の音楽――ザ・シャドウズ、ザ・ビートルズから始まって、最後はイエス、ボブ・マーリーまで――をまじえて回顧した内容になっている。
 おもしろいのは、とりあげられているアーティストがバラカン氏が好きなアーティストだけではないこと。レッド・ツェッペリンとか好きじゃないはずなのに、なぜかツェッペリンの章があると思ったら、「好きじゃなかったけれど、寒い日のフェスで観てガンガン踊っていたら体が温まった」みたいな思い出話とともに語られていた。ジャニス・ジョプリンやニール・ヤングも好きじゃないそうだ。その辺のアーティストって、当時の音楽ファンにとってはマストかと思っていたのでちょっと意外だった。
 そういう好きでもないアーティストを取り上げる一方で、好きなアーティストについても「次のアルバムがいまいちで聴かなくなった」みたいなことをあっけらかんと語っている。バラカン氏は特定のアーティストを偏愛することなく、音楽とニュートラルに向き合っている人なんだというのがわかる本だった。
 あと、つねづね英語のカタカナ表記がおかしいと主張しているバラカンさんだけあって、この本はアーティスト名の表記が独特だ。章のタイトルになっているアーティストだと、レッド・ゼペリンとか、フランク・ザパとか。出てきた箇所がわからないから、正確には引用できないけれど、アベレージ・ホワイト・バンドなんて、まるで違うバンドみたいになっていた。「アーヴェッジ・ワイト・バンド」とか、そういう感じ。
 そのほうが英語の発音には違いのだろうけれど、さすがに慣れ親しんだ英語表記の「ホワイト」が「ワイト」になっちゃうのは違和感があった。時代が違うからこの本には出てこないけれど、ジャック・ワイトとか書かれたら、日本人の大半は誰それって思ってしまうんじゃなかろうか。
(Oct. 25, 2022)

ピーター・バラカン音楽日記

ピーター・バラカン/集英社

ピーター・バラカン音楽日記

 もう一冊つづけてピーター・バラカンさんの本。
 前の本はバラカンさんへのインタビューをコラムの形にまとめたもの――つまり文章を書いたのは別の人――だったけれど、この本の文章はすべてバラカン氏自らによるもの。
 つまりあちらはインタビュー集(そうは見えないけれど)でこれはエッセイ集ということで、やや性格は異なるけれど、どちらもバラカン氏が音楽について語っている点は同じ。
 内容は2002年から2009年まで『週刊プレイボーイ』に連載されていたというコラムをまとめたもの(刊行は2011年)。
 つまり取り上げられている内容は、いまから十年から二十年ほど前の音楽について。僕になじみがあるところでいうと、ヴァン・モリソンの『ダウン・ザ・ロード』やノラ・ジョーンズのファースト、ディランのブートレグ・シリーズ、映画『ノー・ディレクション・ホーム』や『ザ・ブルーズ・ムービー・プロジェクト』なんかが取り上げられている。
 逆にいうと、僕が知っているのはそれくらいで、あとは知らない――もしくは名前は知っているけれど聴いたことがなかったり、聴こうとは思わないアーティストの話がほとんど。ワールド・ミュージック好きのバラカン氏らしくアフリカ音楽の話も多いし、つまらないとまではいわないけれど、正直なところ僕にとってはそれほど盛りあがれる読み物ではなかった(ゆえにこれも半月を要した)。
 表紙に使われている様々なアーティストのイラストは沢田としきというイラストレーター(故人)の作品だそうで、雑誌掲載時にコラムの内容にあわせて描かれた、いい感じのイラストがこの本には(たぶん)すべて掲載されている。
 惜しむらくはそれらが表紙以外は白黒なこと。すべてカラーで収録されていたら、村上春樹の『ポートレイト・イン・ジャズ』みたいに、単に眺めているだけでも楽しめる、何倍も素敵な本になっていただろうと思うけれど、でもそうするとお高くなってしまって、とてもペイしないんでしょうね。残念。
(Oct. 25, 2022)