2020年7月の本

Index

  1. 『ホーカス・ポーカス』 カート・ヴォネガット
  2. 『ロスジェネの逆襲』 池井戸潤

ホーカス・ポーカス

カート・ヴォネガット/浅倉久志・訳/早川書房/Kindle

ホーカス・ポーカス

 仕事がテレワークになったことで、もっとも顕著に影響を受けたのが読書時間だった。年がら年中うちにいるのだから増えてもよさそうなものなのに、逆に減ってしまった。特に電子書籍の読書量が激減した。
 読書時間が減少傾向にあったのはもともとだけれど、そんななかでも電子書籍は比較的多めに読んでいた。ただ、その時間の内訳はというと、通勤の電車のなかと仕事先での昼休み、そして就寝前に布団で横になってからがもっぱら。
 このうち通勤時間と昼休みがテレワークでなくなった。まあ、正確にいうと昼休みがなくなったわけではないけれど、自宅にいると家族と一緒に食事をとるので、昼食後にひとりで読書って感じにはならない。
 なので電子書籍を読むのは寝る前だけとなり、でもってテレワークになって以来、飲酒量が増えているので、横になると本を開きもせずに寝てしまうことが多くなった。
 そんなわけで、五月のあたまに読み始めたこの本が読み終わらない、読み終わらない。文庫本だと431ページだそうだから、普通ならば一日三十分読めば二週間くらいで読み終えられるボリュームなのに、二ヵ月たっても終わる気配がない。このままだと半年くらいかかりそうな気がしたので、最後は昼間に一気に読み切った。それでも結局二ヶ月半近くかかってしまった。カート・ヴォネガットの長編も残り二冊だから大事に読もうとは思っていたけれど、これではいささか大事にしすぎだ。
 この小説は語り手がさまざまな紙の断片につれづれに書いた文章を編集者のヴォネガットがひとつにまとめたという体裁の作品で、その紙きれのサイズによって段落の長さがまちまち。なかには一行だけという段落もけっこうある。僕の読書ペースはまるでその紙切れを一日一枚ずつ日めくりカレンダーのように読んでいるような具合だった。でも考えようによっては、この小説を読むのにこれ以上ふさわしい読み方はないような気がしなくもない。
 主人公のユージン・デブズ・ハートキは軍人としてキャリアをスタートして、その後にいっぷう変わった環境で教師としての職を得て、最終的には刑務所の所長となり、いま現在はある罪状で告訴されているという設定。ベトナム戦争で多くの人の命を奪い、退役後はそれと同じ数の女性と寝たと豪語する主人公が、いかなる因果でそんな数奇な人生をたどることになったかが、ヴォネガット作品のつねで、いつも通り一人称で語られてゆく。
 かつて読んだときにはそれほど好きな作品ではなかったんだけれど、今回あらためて読んでみたら、これがふつうにおもしろかった。ヴォネガットの作品には珍しく、主人公が女性と浮気をしまくる点は違和感があるけれど、でも内容的にはシニカルかつコミカルなヴォネガット節が全開。これを楽しめなかった若い日の自分はなんだったんだろうと思ってしまった。
(Jul. 24, 2020)

ロスジェネの逆襲

池井戸潤/文藝春秋/Kindle

ドラマ「半沢直樹」原作 ロスジェネの逆襲: (2020年4月スタートドラマ『半沢直樹』原作)

 ドラマの第二シーズンが始まったばかりの『半沢直樹』のシーズン前半部分の原作。
 今回もそのドラマを横目で眺めているうちに、つづきが気になってイライラしてしまうんだろうと思ったので、先に原作を読んしまうことにした。転ばぬ先の杖。
 前作の最後で左遷されることになった半沢が、今回はその出向先である証券会社の部長として、自分たちの契約をあこぎな手段で横取りした親銀行の証券部門を相手に倍返しをしてみせるというのが今回の話。
 ドラマでは市川猿之助が演じている伊佐山と、古田新太演じる三笠副頭取がワルモノな点はこの原作でも同じだけれど、それ以外の銀行の人はほとんど出てこないし、彼らの濃い~演技が強烈なドラマと違って、原作の文体はいたってあっさりしているので、最後に敵をやっつけて勝っても、それほど痛快な気分にはならない。それどころか、かえって伊佐山らにちょっと同情してしまうところがなきにしもあらず。悪い人相手に喧嘩しちゃったよなぁって。
 そもそも最後は買収企業が隠していたとある秘密を半沢が嗅ぎつけたことで銀行の鼻をあかすことになるわけだけれど、あれくらいの秘密を銀行が見破れないでいたあたりの展開にはいささか説得力がない気がする。いくらなんでもそりゃお粗末じゃんって思う。日本を代表する一流銀行の名がすたる。
 まぁ、なんにしろ小説版の悪役たちはみな普通の人だから、正直なところそれほど憎らしくない(実際に自分の身のまわりにいたらまた違うのかもしれない)。その点、大仰な演技で徹底的に悪役に徹しているドラマ版の俳優陣はすげーなーと思った。
 痛快な逆転劇に酔いしれたい人は原作よりもドラマを観たほうがよいかと思います。
 それにしても、ひとつ前で電子書籍が読めなくなったと嘆いていたのに、池井戸潤の作品になったとたん、あっという間に読み終わってしまった(所要時間わずか二日)。
 活字離れが叫ばれるいまの時代、この読みやすさは正義かもしれない。
(Jul. 24, 2020)