2019年6月の本
Index
- 『検察側の証人』 アガサ・クリスティー
- 『今昔百鬼拾遺 河童』 京極夏彦
- 『ちょっと面白い話』 マーク・トウェイン
検察側の証人
アガサ・クリスティー/加藤恭平・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle
映画化もされているし、クリスティーの戯曲の中ではもっとも有名な作品ではないかと思うのですけど……。
これを読んでなにに驚いたかって、自分の記憶力のなさ。何年か前に『死の猟犬』に収録された短編バージョンを読んでいるし、ビリー・ワイルダーが監督した映画版の『情婦』も観て、感想まで書いているのに、まったくどういう話か覚えていなかった。どうなってんだ、俺の記憶力。
まぁ、弁護士が主人公だってことまでは忘れていなかったし、後半に謎の女性が登場したところで、あぁ、そうだったとミステリとしての肝の部分を思い出したので、さすがに記憶ゼロってこともなかったけれど、それにしても、そこまでの忘れっぷりに自分でも感心してしまった。年取ると忘却力がはんぱない。
あまりに忘れていたので、つづけて短編を再読してみたところ、そちらは戯曲版とラストが違っていた。戯曲は短編よりも長い分、最後にもうひとひねりある。でもってその部分のせいで読後感がまるで違う。
世の中広いから短編のさくっとした終わり方が好きだという人もいるのかもしれないけれど、やはり無情感あふれる戯曲版のほうがインパクトが大きかった。
(Jun. 10, 2019)
今昔百鬼拾遺 河童
京極夏彦/角川文庫
「なんて品のないお話なの――」
そんな女子高生の台詞から始まる百鬼夜行スピンオフの新シリーズ第二弾。
なんたって、今回のモチーフ妖怪は河童ですから。
河童といえば「屁の河童」。とうぜん下品なものと相場が決まっている――んだそうで。とにかく「品性に欠ける」だ、「お下品な話」だと、各章の冒頭で同じような台詞を毎回しつこく繰り返しつつ物語は進んでゆく。
というのも、今回のお題は男性を対象にした覗きが徘徊する中で、被害者がおしり丸出しの連続殺人事件の謎を追うという、なにそれな事件なわけで。たしかに京極作品史上、もっとも品のない話かもしれない。このあいだ再読した『百器徒然袋』の『鳴釜』といい勝負だ。
とはいってもこのシリーズで探偵役をつとめるのは中善寺の敦ちゃんと女子高生――前作のあとで高校に進学したらしい――の呉美由紀ちゃんなので、花も恥らう乙女を活躍させておいて、そうそう下品なほうへばかりは話は流れない。謎解きのあとには馬鹿らしくももの悲しい結末が待っている。
今回は多々良先生も登場、そのうっとうしいキャラを存分に発揮している。多々良先生、このシリーズでもっとも再会が嬉しくない人物かもしれない。
(Jun. 25, 2019)
ちょっと面白い話(トウェイン完訳コレクション〈サプリメント1〉)
マーク・トウェイン/大久保博・訳/角川文庫/Kindle
マーク・トウェインの短編集だと思って買ったら、そうではなく。マーク・トウェインが書き残したユーモラスな警句や格言・金言を集めた格言集。かつて旺文社文庫(知らない)から出ていたものを角川が数年前に電子書籍化したものとのこと。全編これシニカルなユーモアあふれまくりの一冊。
文章の長短はあるものの、過半数は数行の詩のような文章から成り立っている本なので、基本的に言葉数はとても少なくて、ページは圧倒的に白い部分のほうが多い。アマゾンのページにある「紙の本の長さ:131ページ」とあるので、オリジナルの文庫はとても薄いだったんだろう。
そんなだから身を入れて読めば二、三時間もあれば読み終わってしまうんだろうけれど、なにせ断片的な文章の集まりだから、あまり集中的に読む気にもなれず――。ぽつぽつと拾い読みするようなペースで読んでいたら、読み終えるのに三週間もかかってしまった。あまりの遅読ぶりに自分でもびっくり。
これを読んで、僕は初めてカート・ヴォネガットがどれだけマーク・トウェインの影響に受けているのかがわかった気がした。読んでいるあいだじゅう、ずっとヴォネガットの本を読んでいる気分だったので。途中で何度か、あ、違う、これはマーク・トウェインの本なんだったと思ったくらい。それくらい似ている。
アメリカ文学界にマーク・トウェインやカート・ヴォネガットのような作家がいるのってすごい羨ましいと思いました。そしてこの流れを汲む作家がいまもいるのならば、ぜひ読みたいとも思った。
どなたかご存知ならばご紹介ください――とかいってないで、マーク・トウェインをちゃんと読めって話だ。
(Jun. 25, 2019)