2015年11月の本

Index

  1. 『ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い』 西寺郷太
  2. 『下町ロケット』 池井戸潤
  3. 『怪盗ニック全仕事1』 エドワード・D・ホック
  4. 『ポアロのクリスマス』 アガサ・クリスティー

ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い

西寺郷太/NHK出版新書 (Kindle)

ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い (NHK出版新書)

 ノーナ・リーヴス(名前しか知りませんでした。失礼)のボーカリスト・西寺郷太が、『ウィ・アー・ザ・ワールド』を糸口にしてアメリカン・ポップスの歴史を紐解いてみせた音楽評論本。
 この本の特徴は『ウィ・アー・ザ・ワールド』という──楽曲としてよりも、むしろ音楽イベントとして──アメリカ音楽史上に大きな影響を与えた一曲を軸に据えて、アメリカ音楽の歴史を語り聞かせてみせた点。
 MTV世代の著者(僕より七つ年下)は、アメリカン・ポップ・ミュージックの重要要素のひとつは映像であるという考えでもって、その原点を無声映画の誕生にまでさかのぼって語り始め、そこからロックンロールの誕生をへて『ウィ・アー・ザ・ワールド』に至るまでのアメリカ大衆音楽の歴史を紐解くことに、この本の前半を費やしている。
 そしてマイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー、クインシー・ジョーンズらの黒人主導で実現した『ウィ・アー・ザ・ワールド』は、それまでの白人至上主義だった音楽シーンが劇的に変わった事実の象徴だとして、その重要性を大いに説いてみせる。
 『ウィ・アー・ザ・ワールド』の集合写真に写っているメンバーの数が、実際にレコーディングに参加した人数よりも二人少ないという事実に気がついた著者が、丹念に写真を確認していって、足りないのが誰と誰かを突き止めて、その理由を推察してみせるくだりには、ある種の探偵小説のようなおもしろみがあったりもする。
 そんなふうに、単なる音楽評論に留まらず、音楽に詳しくない人にもわかるようにと、その歴史をていねいに語ってみせたうえで、ミステリっぽいおもしろさまで感じさせてくれるという。そんなこの本はとても個性的で、ミュージシャンが余技で書いたというレベルを超えたおもしろさがあった。なかなか感心しました。
 タイトルに「呪い」なんて言葉をつけたのはどういうわけか?――というのは、読んでのお楽しみ。まぁ、なるほどねと思う一方で、ちょっとこじつけじゃん? と思わないでもなかった。なんたって盛者必衰は平家の昔からの世の習いですので。
 なんにしろ、この次回作が『プリンス論』だというんならば、それもぜひ読まねばなりますまい。
 ちなみに、この本の冒頭には、始まったばかりの Apple Music に関する言及がある。つまりこの本は、まだ発売になってから、半年もたっていないわけだ。Kindle のディスカウントで手に入れたので、もっと前の本かと思っていた。
 出たばかりの本が(電子版とはいえ)定価以下で手に入っちゃうという。『ウィ・アー・ザ・ワールド』から今年ではや三十年というのもあわせ、なんだかすごく時代の変化を感じさせる一冊だった。
(Nov 15, 2015)

下町ロケット

池井戸潤/小学館/小学館eBooks(Kindle)

下町ロケット

 またもやテレビドラマ化につられて読んでしまった池井戸潤のベストセラー。
 ドラマはまともに観ていないのだけれど──というか、観ていないからこそ──、家族が観ているのをなんとなしに横目で眺めていたら、『半沢直樹』のときと同じようにつづきが気になって、ええぃ、ならば読んでしまえって気になり。で、ドラマの一話目の放送中に読みはじめ、結局その日のうちに読了。
 この人の小説は風景描写とか心理描写とかがほとんどなく、話がさくさくと進んでゆくので、とても読みやすい。まるでマンガみたいな感じで気楽に読める。年じゅうこういうのばっか読んでいるのもどうかとは思うけれど、たまに息抜きで読むにはもってこいだ。人も死なないし、残酷描写とかエロ描写もなくて、それでいてちゃんとおもしろいってのがとてもいいと思う。
 僕がこの話でいちばん好きなのは、佃製作所に帝国重工の査察が入るところ。それまで社長の夢物語に反発していた社員たちが、大企業の横暴さの前に一致団結して、立派な仕事ぶりで相手にひと泡吹かせてみせるくだりがとても痛快だ。
 池井戸潤、この読みやすさは癖になるかも。すでに半沢直樹シリーズの二作目や、『花咲舞が黙っちゃいない』の原作も読みたい気分になっている。
(Nov 21, 2015)

怪盗ニック全仕事1

エドワード・D・ホック/木村二郎・訳/東京創元社/Kindle

怪盗ニック全仕事 1 (創元推理文庫)

 二万ドルの報酬をもらって、なんの役にも立たなさそうなものだけを盗む泥棒、ニック・ヴェルベットが出くわす珍妙な事件の数々を描く連作短編集。
 これもKindleのバーゲンで買った本(最近は二冊に一冊がそんな感じ)。泥棒の小説ということで、ウェストレイクのドートマンダー・シリーズみたいなのを期待していたら、ぜんぜん違った。
 一般的にケイパー・ノベルの醍醐味は、盗めそうにないものをどうやって盗むかという不可能性に挑戦するところだと思うのだけれど、この作品の主人公ニックは、そこのところがかなり適当。一作目の『斑の虎を盗め』なんて、清掃業者のふりしてトラックで動物園に乗りつけて、警備員を殴りたおしちゃうし。その手口のスマートじゃなさ加減に、ある意味びっくり。
 以降もだいたいそんな感じで、プールの水を盗み出す仕事で、消防士に化けて寸劇を仕掛けたりしたのにちょっと感心したくらいで、あとはいたって平凡な印象。なので、この人がその道では有名で、依頼人があとを絶たないという設定には、ちょっと首を傾げざるを得ない。
 もちろん、それだけで終わったら作品が人気を博すはずもないので、このシリーズのおもしろみはちゃんとべつのところにある。それは依頼人の側の裏事情。
 わざわざ高額の報酬を払ってまで、役に立たないもの──虎とか、水とか、ビルの看板の文字とか──を盗み出させようとしたのはなぜか? たいてい仕事が終わったあとであきらかになる、そこんところの真相がこのシリーズの肝。盗む対象の珍妙さと、それを盗ませる理由の意外性。そこが人気の秘訣とみた。
 ただ、僕自身が泥棒ものに期待するのは、盗む側の創意工夫のおもしろさや、仕事の際に発生するスリルやサスペンス、盗みという犯罪行為にともなう自虐的なユーモアなどなので、そういう点でこの本は正直なところ、期待はずれだった。
(Nov 22, 2015)

ポアロのクリスマス

アガサ・クリスティー/村上啓夫・訳/クリスティー文庫(Kindle版)

ポアロのクリスマス (クリスティー文庫)

 1939年の作品で、五年前から始まったクリスティーのポアロ量産期に書かれたポアロものの最後の一編。
 前の二作が中東を舞台にしていたので、この作品でホリデイ・シーズンのイングランドに舞台を移したのには、ささやかながら故郷に帰ってきたような安心感がある。
 ただし、今回は舞台がイギリスってだけで、作品の設定自体は、家族に憎まれている大富豪が殺されるという話で、前の二作品と同じ構造。この時期のクリスティーにはなにかしら家族の愛憎劇に固執するわけがあったんだろうか。
 その理由はともかく、少なくても、今作に関しては、殺されるのが因業な男性で、しかもクリスマスの前後の話ってことで、おそらくクリスティーの頭にはディケンズの『クリスマス・キャロル』が頭にあったんではないかと愚察する。
 だからこそ、わざわざ「クリスマス」って言葉を使いたくて、このタイトルになったんじゃないかと思うのだけれど、『ポアロのクリスマス』というわりには、当のポアロがクリスマスを満喫しているわけでもなく、作品自体にジングル・ベルが聞こえてきそうな華やかなイメージもない。そういう意味では、タイトルにやや違和感の残る作品。
 あと、冒頭の作者の献辞にあるように、この作品は義兄から「最近の君の作品は貧血症的すぎる」と言われたクリスティーが、「それでは」と血みどろの現場を用意してみせた、というのも特徴のひとつ。
 とはいえ、あまりにスプラッターなミステリが氾濫している現在の目からしてみると、ここでの殺人はとくべつ残虐な印象でも、おどろおどろしくもない。たんに出血がすごいというだけで、描写もごくあっさりしている。その点はあくまでクリスティーだなぁと。乱歩あたりと比べると、その差は歴然だと思う。
 メインの密室トリックについては、まったく見抜けなかったけれど──あんな手口が推測できる人がいるとも思えない──、そのトリックの伏線のせいで、犯人自体はある程度、早い段階で見当がついてしまった。なのでミステリとしての出来映えという点では、そこそこという印象。
(Nov 22, 2015)