2015年9月の本

Index

  1. 『スラップスティック』 カート・ヴォネガット
  2. 『ナイルに死す』 アガサ・クリスティー
  3. 『雪嵐』 ダン・シモンズ

スラップスティック

カート・ヴォネガット/浅倉久志・訳/早川書房/Kindle版

スラップスティック

 あらすじの説明のしにくさというのが、ヴォネガット作品の特徴のひとつだと思う。再読であるにもかかわらず、まったくといって内容を覚えていなかったこの作品。いざ読み終えても、僕には内容をどう説明していいのか、よくわからない。
 小説の語り手は、とても特殊な境遇にあるアメリカ合衆国大統領。彼の任期中にある特殊な病気で人類の多くが死に絶えてしまい、彼はエンパイア・ステート・ビルの廃墟に住み着いて、アメリカ最後の大統領を名乗っている。
 この人が特殊なのはそうした現状だけではない。生い立ちからして普通でない。ネアンデルタール人に先祖返りした身長二メートルの大男で、自分にそっくりな双子の姉がいるという設定。
 このふたりはそれぞれに不足した資質を補い、ふたり揃うことで尋常ならざる知的天才と化すのだけれど、わけあって長いことその事実を隠していて、家族を含めたまわりの人間たちからは、知的障害者だと思われていた。
 やがて真実をカミングアウトする日がきて、当然ごとくひと騒動あり、大人の事情でふたりは離れ離れにされてしまう……。
 というような話が、文明が滅びた世界に生きる主人公の回顧談として語られてゆく。作品的には『猫のゆりかご』と『ガラパゴスの箱舟』の中間くらいにある感じ。
 ただ、この作品にとって重要なのは、そうしたあらすじの部分よりもむしろ、主人公が大統領となって施行した政策──政府が国民全員にミドルネームを与え、同じミドルネームをもつ者どうしを家族とするというもの──にまつわる拡大家族という思想の部分なのだろう。「もう孤独じゃない!」というサブタイトルもついていることだし。
 ただ、その拡大家族という発想に、僕はすんなりとは馴染めない。この作品に関しては、意外とそういう人が多いのではないかと愚考する。
 いずれにせよ、主人公が大統領になる過程やその後の記述は、なんだかひどくあっさりとしている。おかげで重要なはずのその部分は印象が薄く、一方で規格外の双子をめぐってセレブな家族がまき起こす、グロテスクで滑稽な愛憎劇こそが際立っているという。
 あえて言えば、そこがこの小説の欠点ではないかと思う。
(Sep 06, 2015)

ナイルに死す

アガサ・クリスティー/加島祥造・訳/クリスティー文庫(早川書房・Kindle版)

ナイルに死す ハヤカワ文庫―クリスティー文庫

 僕がこの小説を初めて読んだのは、たぶん中学二年の夏のことだった。
 たしかクラスメートの女の子に借りたんだったと思う。暑い夏の日の午後に、薄暗い畳の部屋でごろごろしながら、夢中で読みふけっていた記憶がある。――背筋にうすら寒いものを感じつつ。
 いまからじゃ考えられないことだけれど、まだミステリを読みはじめたばかりの中学生の僕にとって、クリスティーのミステリは怖かった。人が人を殺す──それもたかが利益のために重ねて何人も──という行為の恐ろしさが、ぞっとする感触で鳥肌を立たしめた。
 ミステリを読みはじめた最初のころは、謎解きのロジカルな興奮とともに、そうした恐怖心もまた、ミステリの魅力のひとつだったようにも思う。
 あれから三十年以上が過ぎたいま、ふたたびこの傑作を再読しても、いい年をした中年男の僕には、当然ながらそんなひんやりとした興奮は味わえない。この作品の場合、あまりにインパクトが絶大だったので、犯人も犯行の手口もはっきり覚えているから、謎解きのおもしろさなどもほとんどない。
 とはいっても、そこはクリスティーを代表する傑作のひとつだから、決してつまらなくはない──というか、犯人こそ覚えていたけれど、それ以外の部分はすっかり忘れていたので、それ以外の伏線の多さは、ある意味びっくりだった。
 船には真珠泥棒や連続殺人犯が乗り込んでいるし――殺人犯を追って『ひらいたトランプ』のレイス大佐が再登場して、ポアロの相棒を務める――クリスティーお得意の恋愛劇が、メインの三角関係以外に二組も盛り込まれていたりする。そうやっていくつものエピソードを絡みあわせることで謎を深めてみせる手腕は、いつもながら見事だと思う。
 そして、今回はなんといっても、読んだタイミングがよかった。
 時はまたもや夏。舞台がエジプトのナイル川クルーズだというのに加え、先に書いた初めて読んだときの記憶の鮮明さから、僕にとってはこの小説のイメージは、切っても切れないほど、夏と強く結びついている。読んでいると、遠いあの夏の日に庭で鳴いていた蝉の声が聞こえてきそうな気さえする。
 本を読むことで時を超えて伝わってくるものもあるんだなって。僕は今回この本の読んでそう思った。
(Sep 06, 2015)

雪嵐

ダン・シモンズ/嶋田洋一・訳/早川書房(Kindle)

雪嵐

 私立探偵ジョー・クルツを主人公にしたハードボイルド・アクションの第二弾。
 前作が僕としてはいまいちだったので、あまり期待していなかったのだけれど、これはおもしろかった。
 前作からつづくマフィアとの因縁話に、もうひとつ別の天才連続殺人鬼に関する事件を絡めてみせ、さらにはクルツの娘にまつわるエピソードまで盛り込んだ多重構造がとても効いている。前作はストレートなバイオレンス・アクションって感じだったけれど、今回はどちらかというと、そうやって複雑に絡んだ人間関係がどのように決着するのかというところが読みどころだと思う。
 このシリーズ、ひとことでハードボイルドとはいっても、いわゆるハメットやチャンドラーのそれとは違っていて、ミステリという枠組のなかで語るのは、やや違和感がある。主人公のジョー・クルツは平気で人を殺したりするし。推理らしい推理をするでもないし。どちらかというと、ハードボイルドというよりは、ある種のクライム・ノベルだと思う(もしくはミッキー・スピレイン系のハードボイルドってことになるのかも)。
 とにかく、主人公が人を平気で殺す──それも正当防衛だけではなく、相手がギャングというだけで、恨みもない相手を唐突に射殺したり、一般人に個人的制裁を加えたりさえする──ところが、僕にはいまいちしっくりこない。そんな主人公の行動原理に共感し切れないためか、クルツという人物にはほとんど魅力を感じない。おかげで、物語としてはとてもおもしろいと思うのだけれど、読み終わったあとに、いまいちすっきりとした気分になれない。
 まぁ、前作にしろ今作にしろ、ジョーが最後に敵にやられてめちゃくちゃな大けがを負うってのは、そうしたアウトローな立ち位置に対する作者による落とし前なのかもしれない。ほんと、こんなに毎回主人公が重傷を負う小説も珍しい(そういや、今回は前のより残虐描写が少なめだと思って読んでいたら、連続殺人犯の最後がひどいことになってました。ダン・シモンズ、本当にグロいのが大好きらしい)。
 そういう意味では、この次の話ではその辺がどうなっているのかにも興味があるんだけれど、人気がいまいちだったのか、このあとの第三作目が翻訳されずに終わってしまっているのが残念なところ。原作は三作で打ち止めみたいなので、いまさらだけれど、がんばってあと一本、訳してもらえませんかねぇ、ハヤカワさん。
(Sep 22, 2015)