2014年11月の本

Index

  1. 『ラヴクラフト全集1』 H・P・ラヴクラフト
  2. 『青年』 森鴎外

ラヴクラフト全集1

H・P・ラヴクラフト/大西尹明・訳/東京創元社/Kindle版

ラヴクラフト全集 1 創元推理文庫 (523‐1)

 学生時代に一、二巻だけ読んだきり、つづきを読まずに終わってしまっていた創元推理文庫の『ラヴクラフト全集』がKindle版で全巻そろっていたので(しかも僕が買ったときは安かった)、この機会にあらためて読んでみることにした。
 まずは第一巻。収録作品は中編『インスマウスの影』と『闇に囁くもの』に、短編『壁のなかの鼠』『死体安置所にて』の四編。
 やはりこの中で印象が強いのは、古代から生き続ける不死の半漁人族がアメリカの田舎町を乗っ取っていましたという『インスマウスの影』。
 この作品、たまたまその町を訪れた語り手の経験した恐怖談というスタイルと見せかけておいて、後半に思わぬ方向へと話が向かうところがおもしろい。それこそタイトルが『インスマウスの恐怖』とか、『インスマウスの謎』とかではなく、『インスマウスの影』であるゆえん。あくまで「影」。その影の影たる理由があきらかになる終盤の無気味さがとても効いている。
 『闇に囁くもの』は、クトゥルー神話のキーワードをたっぷりと含めてあるにもかかわず、なんだかまがいものな感じがするところがおもしろい。それこそ宇宙人についてのあやしげな言及があるあたりのB級感がとても現代風で印象的。
 びっくり箱的な落ちの効いたグロテスクな短編『死体安置所にて』もけっこう好きだった。
(Nov 30, 2014)

青年

森鴎外/青空文庫/Kindle版

青年

 エレカシ宮本が以前なにかのテレビ番組のゲストに出たときに、好きな本として紹介していたというので読んでみた森鴎外の青春小説。
 森鴎外が夏目漱石の『三四郎』に触発されて書いた作品なのだそうだけれど、ちょうど今現在『三四郎』が朝日新聞でリバイバル連載中なので、僕はこの両作品を同時並行的に読むことになった。
 なるほど、地方から東京に出てきた大学生が主人公ということで、両者の世界観はそのまんまかぶる。おかげで少なからず内容を混同してしまった感がなきにしもあらず。
 ただ、この両者、世界観こそ共通するものの、作品そのものの印象はずいぶんと異なる。
 具体的にいうならば、こちら『青年』のほうが『三四郎』よりも何倍も艶めかしい。
 最初におっと思ったのは、主人公の小泉純一(どこかで聞いたような名前ですよね)の下宿先に、お雪さんという女学生が立ち寄ったシーン。初対面のふたりがつかのまのときを一緒に過ごしたあと、お雪さんは「わたし又来てよ」と言い残して帰ってゆく。
 たったひとことなのだけれど、このセリフがなぜだかとても色っぽく感じられた。明治時代に入ったばかりで、いまだ封建的なんだろう時期にもかかわらず、女性の側が相手への好意を隠さずにアプローチをしてみせるその積極性が、なんともセクシーに感じられたのだと思う。
 小泉くんはとても美青年だという設定なので、その後もほかの未亡人とただならぬ関係に陥ったり、美人の芸者さんに目をかけられたりと、色恋事にことを欠かない。仲のいい先輩が彼に対する同性愛的な内面を自己分析していたりさえする。
 まぁ、そこは明治時代のエリート青年を主人公にした小説だから、過激な描写があるわけではないけれど、それでも漱石と同時代人ということで、漠然とお堅いイメージを抱いていた鴎外がこういうエロスの香りたつような作品を書いているというのが、とても意外で新鮮だった。
 『三四郎』にも序盤に三四郎が行きずりの女性と同じ部屋で一晩を明かす場面があるけれど、あの場面で印象的なのはセクシーさよりも、据え膳食わずに終わった三四郎が別れ際にその女性から意気地なしとけなされる、その恥辱感のほうだろう。
 その場面にかぎらず、僕は漱石の作品からはあまり性的なものを感じたことがない。『草枕』で那美さんを裸で走り回らせてみても、漱石の理知的な文体からは、ほのかなエロスが香るくらいの感じしか受けない。印象的なのは、せいぜい『虞美人草』のクライマックスくらい。
 そういう意味では、森鴎外はこの一冊で、僕に漱石の全作品をあわせた以上のエロスを感じさせた。そこがすごいなと思った。
 もちろん、小泉くんはただ性的なことで悩んでばかりいるわけではなくて、芸術家としての生き方を模索しつつ、友人らと議論を重ねたりしている。複数の女性たちに心をゆすぶられつつ、人としての本分を模索する思春期の日々が、この小説では端正な筆致で鮮やかに描かれている。そこが素晴らしい。僕はこの作品、おそらく『三四郎』よりも好きだ。
 あ、ただこの青空文庫版は、ドイツ語(なんですかね?)の単語の引用部分に『「e」は「’」付き』なんて注釈が全編に渡ってついているところがペケ。青空文庫でテキストファイルとして配布されているものについては仕方ないけれど、仮にもこれは電子書籍としてパッケージングされたものなわけだから、ちゃんとしたフォントに直して欲しかった。
 おかげでいずれ普通の書籍でちゃんと読み直さないといけないなと思わされた逸品。
(Nov 30, 2014)