2014年6月の本
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終わりの感覚
ジュリアン・バーンズ/土屋政雄・訳/新潮社
ひさびさに胸にどーんとくる小説だった。読み終わったあと、しばらくは胸のなかに物語の余韻が残っていた。こんな風に感じた小説はひさしぶりだ。短いながらも非常につよい感銘を与えてくれる素晴らしい作品。
どういう物語かは、やや説明しにくい。
序盤は語り手の学生時代の思い出が語られる。高校時代の四人組の親友グループのこと。大学時代にできた初めての恋人とのなれそめと破局。そして親友のひとりの不幸な死。
これらの章――およそ全体の三分の一くらいだろうか――はとても青春小説的なのだけれど、そこのところはその後につづく本編のバックボーンでしかない。
若かりし日の思い出を語り終えたあと、主人公は時計の針を一気に進める。自らの結婚と離婚をダイジェストですっとばし、一人娘が成人して、自らが頭の禿げかかった退職者になった現在へと物語はわずか二、三ページでシフトする。
そして、そこで過去からの亡霊のように立ち上がってきた、とある事件をきっかけに、彼はかつての恋人の不幸な現在と、隠されていた親友の死の真相に直面することになる。
親友の死という重いモチーフと、その原因があきらかになったあとのなんとも言えない読後感。この小説が与えてくれるカタルシスには、漱石の諸作品、とくに『こころ』に通じるものがあると思った。
おそらく今年の僕の小説ナンバーワンはこれでしょう。
(Jun 10, 2014)
死の猟犬
アガサ・クリスティー/小倉多加志・訳/早川書房/Kindle版
オカルト・タッチの短編を中心に編集されたアガサ・クリスティーの短編集。
表題作の『死の猟犬』は『バスカービルの犬』のような話かと思ったらぜんぜん違った。そもそも犬が出てこない。説明のつかない爆発事故があったあとに、猟犬のような形の焦げ跡が残っていて、それが「死の猟犬」と呼ばれた、みたいな話。
その話をはじめとして、ミステリとしての謎解きのない、まぁ不思議っていって終わるオカルト系の作品――ミステリというよりホラーに分類すべきだろうって不気味な短編――が多数収録されている。ミステリの女王がミステリではなく、ホラー小説を書いている。そこんところのもの珍しさがこの本の読みどころかと。
でも全編がミステリではないかというと、そういうわけではなくて、ビリー・ワイルダー監督の名画『情婦』の原作である『検察側の証人』の短編バージョンが収録されていたりもする。ミステリ・ファンにとってはそちらのほうがより重要。
全体的にミステリではない作品が多い中に、ときたまちゃんと謎が解ける作品が混じっている。そこがミステリの女王の面目躍如で、いいアクセントになっている。
(Jun 10, 2014)
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トニ・モリスン/大社淑子・訳/早川書房
この小説のなにに頭が下がるかって、作者、翻訳者ともに、今年で八十三歳になるってこと。そのお歳でこの完成度って……。若いころからまともに文章が書けない僕からしてみると、神業のレベルだ。
トニ・モリスンの小説って、時代設定が古い印象があるけれど、これは比較的新しくて、主人公フランク・“スマート”・マネーは朝鮮戦争の帰還兵(まぁ、それでもじゅうぶん古いけど)。訳あって精神病院に入れられていた彼が、そこから逃げ出して妹の待つ故郷へと向かうというのが主となる話の流れ。それと並行して、その妹シーことイシドラの不幸な半生が描かれてゆく。
この兄妹を中心にその家族や恋人たちの話がいくつもの伏線として絡んでいる多面的な構成は、これまでのトニ・モリソン作品と同様。ただしフランクの帰郷の旅を描くロード・ムービー的なシーケンスと、シーの過去を描く部分が軸としてしっかりしている分、これまでのモリソン女史の作品のなかでも、もっとも読みやすい作品のひとつだった気がする。短いながらも、小説家トニ・モリスンらしさが十分に出た良作。
それにしてもほんと、八十過ぎという人生の晩年にあって、いまだこれだけの構成力の小説をものにできるその筆力には、ただひたすら脱帽です。
(Jun 28, 2014)