2009年2月の本

Index

  1. 『また会う日まで』 ジョン・アーヴィング
  2. 『私たちがやったこと』 レベッカ・ブラウン
  3. 『ガンマンの伝説』 ロバート・B・パーカー

また会う日まで

ジョン・アーヴィング/小川高義・訳/新潮社(全2巻)

また会う日まで 上 また会う日まで 下

 第十一作目にして、過去最長のボリュームを誇るという(!)、ジョン・アーヴィングの最新小説。
 この作品の帯には「自伝的長篇」とある。なので、おー、そうなんだと思いながら読み始めてみてすぐに、僕はそのひとことに首をかしげることになった。
 だって、この小説の主人公ジャック・バーンズは、刺青師の母親に連れられて、ヨーロッパ各地を転々としながら幼少期を過ごした美少年という設定だ。
 妊娠した母親を捨てて逃げだした父親は、全身に楽譜の刺青をほどこした教会のオルガン奏者で、ジャックはその人に似て、女の子と見まごう美貌の持ち主。それゆえ学芸会などの舞台で主演の女性を演じることが多く、そうした経験が高じて、成人後は女装で有名なハリウッド俳優として大成功を収めることになる。学生時代にレスリングをするという部分以外は、とても自伝的な話とは思えない。
 実際にどの辺が自伝的なのかは訳者あとがきで簡単に紹介されているけれど、なんでも実の父親を知らずに育った点や、ジャックの人格に大いに影響をあたえる幼少期のある体験などが、アーヴィング自身の実体験に基づいているとのこと。またアカデミー賞にまつわるエピソードは、 『サイダーハウス・ルール』 で自ら脚本賞を受賞した作者自身の体験を下敷きにしているそうで、ジャックが同賞にノミネートされるのは、アーヴィングが受賞したその年だとのことだ。なるほど。
 これらの詳細についてはネタばれになりそうなので――というか、すでになっている――、訳者あとがきを読んでもらったほうがいい。
 いずれにせよ、自伝的なのは断片的なエピソードや設定においてであって、ストーリーの大きな流れ自体はまったくの創作だと思われる。だからこの小説を読んでも、アーヴィングがどういう人生を歩んできたかはわからない。でも、それはそれでまったく問題ないというか、自伝的といいながら、あまりに自伝的らしからぬ大河ドラマになってしまうあたりが、じつにアーヴィングらしくていいと思う。
 らしいといえば、アーヴィングの作品ではいつでもセックスが重要なキーワードだけれど、この作品では特にそれが顕著で、本編の三分の二を過ぎるくらいまでは、ほんとセックス絡みのエピソードのオンパレードといった感がある。
 ジャック自身はセックスに対して淡白で、いつでも受け身な印象だし、露骨な性描写はそれほどないけれど(ただしペニスを握られるシーンはやたらと多い)、それでもほとんどすべてのエピソードに、なんらかの形で性的な要素が含まれている感がある。でもってそういう傾向が、主人公が小学校に入る以前から始まって中年期まで延々とつづくのだから、その点については批判があるもの致し方ないかなという気がする。
 それでも終盤になるとそうした性的過剰さも収まって、家族の絆を描いたクライマックスはなかなか感動的だ。コミカルな要素が勝っていて、大泣きできるような展開ではないけれど、十分に心温まるものがある。でもって、そのくらいのさじ加減こそが僕の好み。やっぱりジョン・アーヴィングはいい。僕はこの小説も、これまでの作品と同様、とても気に入っている。
(Feb 08, 2009)

私たちがやったこと

レベッカ・ブラウン/柴田元幸・訳/新潮文庫

私たちがやったこと (新潮文庫)

 レベッカ・ブラウンという人の本を読むのはこれが三冊目――なのだけれども。
 読むたびにこの人の作品は僕の趣味からは外れていると思う。それなのに三冊も読んでいるのは、翻訳家が柴田元幸氏なのに加えて、前に読んだ二冊というのが、どちらもちょっと変わった内容だったからだ。
 最初に読んだ 『体の贈り物』 はエイズ患者のホームケア・ワーカーを主人公にした連作短編集だった。もう一冊の 『家庭の医学』 はガンにかかった母親を看病しつづけた自らの思い出をつづったエッセイ。どちらも病気や病院の話が苦手な僕にとっては、テーマだけですでに敬遠したくなるような作品だった。まさかその手の話ばかり専門に書いている人でもないのだろうし、よしあしを判断するには、もう一冊くらい読んでおかないとならないだろうと思ったのだった。
 ということで読んでみた三冊目のこの作品でもって、僕はようやくレベッカ・ブラウンという人の魅力の一端を(かろうじて)垣間見た気がした。とくに表題作――離ればなれになれないように、いつでも一緒にいるためにと、あなたの目をつぶし、私の耳の中を焼いたという告白から始まる――は、そうとう強烈だ。好きかと問われるとやはり困るんだけれども。
 柴田さんのあとがきによると、この人はレズビアンなのだそうで――実際この本に含まれるいくつかの話はレズビアンの女性を主人公としている――、そのことが作風に大きく影響している気がする。ストレートな関係では充たされないがゆえの不安定な思いが、ある種の不条理文学という形をとって結実した、といったような印象。
 まあ、僕向きの作家ではないという思いは否めないけれど、それでも、これまでに読んだ三冊のうちでは、まちがいなくこれが一番インパクトがあった。この調子だと、懲りずにまた読むかもしれない。
(Feb 22, 2009)

ガンマンの伝説

ロバート・B・パーカー/菊池光・訳/ハヤカワ・ミステリ文庫

ガンマンの伝説 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ロバート・B・パーカーが西部劇を書いたというので、いったいどんなかと思っていたら、この小説の主人公は、かの有名な保安官ワイアット・アープだった。
 しかも内容は映画 『OK牧場の決闘』 で描かれる史実──OKコラルの銃撃戦と呼ぶのが正しいらしい――を中心としたもの。西部劇に興味がなくて、その映画も観ていない、ワイアット・アープやドク・ホリディって誰って感じの僕なんかにとっては、てんで馴染みのない話だけれど、アメリカ人においては歴史的逸話として、ある種の一般常識的な話なのかもしれない。ハードボイルド作家が描いた時代小説ということで言うならば、日本にも同じようなパターンの作品がある気がする。
 まあ、西部劇とはいっても、この小説でパーカーが描くワイアット・アープは、家族や仲間との絆をなによりも大事にして、愛する女性には一途な思いをそそぐ、いかにもパーカーらしいキャラクターだ。おまけに銃撃戦はスペンサー・シリーズでも日常茶飯事だし、内容的にはほとんど違和感がない。ただ舞台を開拓期の西部にうつして、車を馬に代えたというだけで、内容は百パーセント・パーカー印。この人の小説が好きな人ならばふつうに楽しめるだろうし、加えて西部劇が好きならば、なおさらおいしいと――おそらくそういう小説。
(Feb 28, 2009)