ヨルシカLIVE 2024「前世」
ヨルシカ /2025
ヨルシカが『前世』と題した映像作品をリリースするのはこれが二度目となる。
最初の作品は2021年リリースの、八景島シーパラダイスで収録された無観客ライブをパッケージ化したもの。
あれはあれでとても素敵な、個人的にも大好きな作品だけれども、あれがヨルシカにとって最初のフィジカルな映像作品となってしまったのは、n-buna(ナブナ)にとっては、いささか不本意なことだったのかもしれないなと、いまとなると思う。
なぜって、あのライブは、ヨルシカがその後のステージで表現してきた「音楽と朗読でひとつの物語を語る」というライブフォーマットから逸脱しているから。
シチュエーションが特殊で、映像としても美しく、ほかでは観られない唯一無二のライブ作品だとは思うけれど、でもヨルシカらしさが十分に出ていたかというと、そうは言い切れないのかなと。内容が音楽だけという意味では、一般的なコンサートと変わらないし、『前世』というタイトルに込められた本来の物語が十分に伝わらない。
僕は最初にあれを観て、そのあとに『月光』を観ているから、ヨルシカが最初は普通のコンサートをしていて、途中から朗読を交えたスタイルに変わったような勘違いをしていたけれど、実際にはそうじゃない。
僕らが映像作品として観ている『月光』は、実際には『月光 再演』のタイトルで開催された2022年のツアーのものであって、『月光』の「初演」は2019年。――それがヨルシカにとっての初のツアーだ。八景島の無観客ライブはそのあと。
要するに、音楽と朗読でコンサートを物語化するというスタイルは、ヨルシカが本格的にライブツアーを始めた当初から現在に至るまで徹底されたトータルコンセプトであり、朗読なしの無観客ライブのフォーマットこそがイレギュラーだったわけだ。
あれも本来ならば同じスタイルになるはずだったのに、新型コロナウィルスのパンデミックにより、無観客での開催を余儀なくされ、水族館というロケーションを最大限に活かすために――また配信限定という特殊な状況もあって――あえて朗読を絡めるのはやめたんだろう。で、結果として、予定していたツアー・タイトルだけが残ったと。
いずれにせよ、『前世』と題してリリースされた最初の作品は、n-bunaが本来思い描いていたものとは別の内容になってしまった。
では、n-bunaが『前世』というタイトルで描こうとした物語とはいったい?
――というのがようやく明らかになるのがこの作品。
朗読+音楽というスタイルは『月光』と同じだけれども、ステージセットはより凝ったものになり、朗読のボリュームも増している――ような気がする。実際には同じなのかもしれないけれども、体感的には倍くらいあった気がする。
――いや、違うな。前回はあきらかに「詩」だったけれども、今回は散文調で、どちらかというと「短編小説」と呼んだほうが正しいだろうって内容だから(実際に初回限定盤の特典についてくる冊子も「朗読小説」と紹介されている)。朗読のボリュームは確実に増している。そして『月光』よりも明確な起承転結があって、最後にサプライズが待っている。
『月光』とは違って朗読の語り手としてのn-bunaがフィーチャーされているし、そういう意味では『月光』よりも『月と猫のダンス』に近い印象だった。あちらでは俳優が演じていた物語パートを、n-bunaの語りだけで表現して見せた感じ。
ということで、『月と猫のダンス』と同じで、これまた個性的なライブではあるものの、繰り返し見るのは厳しいなぁと思ったら、今回はそういう僕のようなリスナーのために、音楽パートと朗読パートを別々に観られるよう、ディスク2がついてきた。初回限定盤の特典かと思ったら、通常盤も二枚組。優しい!
でもって、そのディスク2の再生時間を観たら、朗読パートが50分もある! ライブ全編が130分だから、じつに全体の40%弱が朗読。すんごいな。
楽曲に目を向けると、『負け犬にアンコールはいらない』から始まり、序盤に初期のミニ・アルバム二枚の曲をたくさん演奏してくれているところが今作の醍醐味。あと、途中からはホーンやストリングスをフィーチャーして、アレンジがゴージャスになるところも重要。n-bunaのみならず、キタニタツヤがコーラスを担当する曲もあるし、曲によってニュアンスが変わるsuis(スイ)のボーカルや、これまでになくガーリーな衣装も要注目だ。
そんな風に音楽パートだけでも語るべきことのたくさんある、見どころたっぷりのライブなのに、全体となると、やはり朗読パートのインパクトがすごくて、そちらに意識を持っていかれてしまう。いいんだか悪いんだか。
そういや、n-bunaとsuisがそれぞれ左手の薬指に指輪をしているのも、暗黙の了解的なカミングアウトなのか、はたまた演劇的なライブゆえの演出か、真相がさだかじゃなくて、気になるところだ。
まぁ、いずれにせよ素敵なライブフィルムでした。
この文章を書くためにあれこれ考えていたら、東京公演がないからといって、秋からのツアー『盗作 再演』のチケットを取ろうともしなかったのが失敗に思えてきた。
(Jul. 19, 2025)